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いざ、エリカのもとへ

 まるで、姫を助けに行く王子様のようだ。

 だけどこれは乙女ゲームの世界であって、私はその世界のヒロインである。

 そんな私の名前は月並花子。生前の私は地味で喪女でモブだった。だけど、こんな私でも受け入れてくれる人がいる――。

 エリカのもとに向かう道中、神崎が私に話し掛ける。

「発破をかけておきながら何だが、これから先はゲームのシナリオにない展開が待ち受けている。僕もお前もどうなるかわからない。覚悟は出来ているか?」

「何を今更」私はくすりと笑う。「……私はこの乙女ゲームのシナリオを()()()()()()でしか知らなかったのよ?」

 どんな結末が待っていようと私は私の好きなように動く。だって私はこの世界のヒロイン(主人公)なんだから!

「それと、あのさ。さっきはありがとうね」

 気恥ずかしいあまり、神崎の顔を見ることが出来ない。

「え、ありがとうって何が?」

「そこは察しなさいよ! 鈍感か!」

「はは、何が言いたいかわかってるよ」

 笑う神崎。そんな神崎についどきりと私の胸が跳ねる。

 私を奮い立たせてくれたり、背中を押してくれたり、この感覚を私は覚えている。

 懐かしい気持ちになり、私の胸の真ん中が熱くなっていく――。



「何、ここ……」

 私はエリカの家を前に唖然とする。なぜならばエリカの家は物凄い豪邸だったからだ。

「さすが大手のやり手デベロッパーを父に持つ娘……」

「エリカって実はすごいお嬢様だったのね」

 そんなことさえ私は知らなかったんだ。

 インターフォンを押しても反応がない。立派な豪邸なだけあってセキュリティがしっかりしている。

 正面突破できないとなると……。

「おい、こっちの裏から入れそうだぜ!」

 金剛が手招きする。そこだけ少し塀が低く、よじ登れそうだった。

「待てよ。ここだけ塀が低いっておかしくないか? まるで侵入者をおびき寄せるような……」

 訝しむ西園寺に対して、塀を登った金剛は上から言う。

「なんだよ、もしかしてビビっているのか?」

「そういうわけではない。これは罠かもしれないということだ」

「しかし、ここ以外からじゃ侵入できそうにないし罠であっても進むしかないんじゃないか」と、獅子堂。

「賛成だね。まぁ罠だとしてもハナちゃんは行くんだろう?」と、本条が言う。

「もちろん。私はエリカに会って話をしなきゃいけないんだから」

 私は塀をよじ登ると、皆と一緒に飛び降りた。

 飛び降りた先は、庭だった。池があり、松の木が植えられた日本庭園だ。

「さすがお嬢様、立派な庭園だなー」

「ちょ、一人で勝手に行動すると危な――」

 金剛を注意する神崎。しかし、遅かった。金剛が何かを踏んづけたのだ。それは「きゃんっ」と甲高い悲鳴を上げるとガルルルルと唸り声を上げた。

 黒い塊が動く――金剛が踏んだ()()は番犬のドーベルマンの尻尾だった。

「やばいやばいやばい」冷汗を流す金剛にドーベルマンが飛び掛かる。

 歯をむき出しにして今にでも金剛に噛みつかんばかりのドーベルマンを、私と神崎で必死に押さえつける。

「なるほど、番犬がいるから塀が低くなっていたのか。ここが危険だとよくわかったな西園寺」感心する獅子堂。

「俺の家もそんな造りをしてますから」

「さすが西園寺家の御曹司だ」うんうんと本条が頷く。

「ちょ、呑気に会話してないで助けなさいよ!」

 こんなマイペース軍団でこの先大丈夫なのだろうか? 

 ドーベルマンは態勢を整えるため、私たちから距離を取った。まだ尻尾を踏まれた怒りが収まっていないのか、それとも私たち侵入者を逃がさまいと思っているのか。唸りながら威嚇している。

「こういう時は目を逸らさないで少しずつ後退するのが一番だ」

 神崎はそう言うが、それは熊と遭遇した場合の対処法ではなかろうか。

「いや、もう遅い」

 本条が口を開いた。

「僕たちはもう囲まれているようだ」

 いつの間にか、仲間のドーベルマン数匹が私たちの周りを取り囲んでいた。

「嘘でしょ……こんな所でジ・エンドなんて私は嫌よ」

 心臓がバクバクと速く動いて嫌な汗が流れる。

「バウッ!」

 一匹のドーベルマンの雄叫びで、一斉にドーベルマンたちが襲い掛かってきた。

 嫌っ……! 私は強く目をつぶった。

 しかし、痛みも何も感じない。薄目を開けると、ぐったりとした一匹のドーベルマンが泡を吹いて倒れていて、獅子堂が傍らに立っていた。

「まさか犬と戦う日が来るとは思ってもみなかった」

 もしかして……いや、もしかしなくても獅子堂がドーベルマンをやっつけてくれたのだ。

「安心するのはまだ早い。あと何匹かいるぞ」

「先を急ぐのに……」

 唇を噛み締める私にドーベルマンと戦う獅子堂が叫ぶ。

「ここは俺に任せて先に行くんだっ」

「でも、先輩一人じゃ……」

「俺も加勢するっ」

 そう声を上げたのは金剛だ。

「もともと俺が犬っころの尻尾を踏んづけたせいだから責任を取らなきゃだし」

「そんな、アンタまで……」

「さっきは突然のことで咄嗟に動けなかったけど。ハナ、俺が喧嘩が強いこと忘れたのか? 大丈夫だから、先に行けって」

 二ッと笑う金剛。

「じゃあ俺の背中は金剛くん、君に預けるからな」

「任せろ!」

 金剛と獅子堂は果敢にドーベルマンと戦う。

「さぁ、彼らの意志を無駄にしないためにも僕たちは先に進もう」

 本条に促されて、私たちは屋敷の中へと入り込んだ。


 屋敷の中は嫌なまでに静かだった。長い廊下がどこまでも続いている。

「エリカの部屋はどこだろうか?」

「漫画やアニメでは最上階がボスの部屋と相場が決まっているけど」

「これは乙女ゲームなんだけどなぁ」

 私と神崎がぶつぶつボヤいている間、

「何だか嫌な予感がする」と西園寺が周囲を警戒する。

「嫌な予感って何だい?」本条が訊ねると、

「外はドーベルマンを放し飼いにしていたのに屋敷の中は警備の者どころか使用人の一人もいないだなんておかしくないか?」

 確かに、西園寺の言う通りだ。獅子堂、金剛と戦闘要員がいない今、頼りになるのは西園寺なのかもしれない。

「もしかして罠を仕掛けている可能性が……例えば飾っている絵画に触ると矢が飛んで来るとか」

「この絵画、美しいなぁ。僕の部屋にも飾りたいくらいだ」

 西園寺が説明する最中、本条が絵に触れる。

 カチ、と変な音がしたと同時に西園寺の真下の床が抜けた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」叫び落ちる西園寺。

「さ、西園寺ぃぃぃぃ!」叫ぶ私と神崎。

 しかし罠が矢ではなく落とし穴だったのは、幸いだ。

「西園寺、大丈夫⁉」

「あぁ、大丈夫だ。だけど一人では登れそうにない――俺はここまでだ。先に行ってくれ!」

「くっ、君の犠牲は無駄にしないよ」

「元はと言えば本条先輩のせいでしょうが!」

 私は堪らず突っ込む。自分のせいで西園寺が犠牲になったというのに、この人は何を言っているのだろう。


 私たちは先を進む。二階にあがると、いくつもの扉があった。

 罠探知機である西園寺がいない今、慎重に動かなければならない。私は本条の動向を監視しつつ、行動する。

「どうする、ハナ。ひとつひとつ扉を開けて確認する時間はないし」

「大丈夫よ」

 私は自信たっぷりに答える。それには理由があった。

「漫画やアニメでは最上階の一番奥の部屋にラスボスがいるんだからっ!」

「え、ちょっと待って――」

 止める神崎と本条を無視し、私は進むと勢いよく一番奥の部屋を開けた。

「エリカ!」

「うにゃ?」

 そこにはエリカはおらず、カップラーメンをすすっている老婆がいた。髪の毛を上でお団子にして、メイド服を着ている。

「ハナちゃん。この屋敷は三階建てだよ、ここ二階」

 はぁ、と大きな溜息をつく本条。先ほどと立場が逆になっている。

 老婆メイドは目をかっ開くと、

「し、し、侵入者ぁ! 侵入者ぁ!」

 九官鳥のように叫ぶ老婆メイド。その声は屋敷中に響いた。

「く、うるさい。早く老婆メイドを黙らせなきゃ……」

 両手で耳を塞ぐ私。でも、なす術がない。老婆メイドの声が脳にまで響く。頭がクラクラして意識が飛びそうになっていると――。

「お食事中にすみません、マダム」

 本条が老婆メイドの肩を抱き人差し指で唇を押さえた。

 するとどうだろう。老婆メイドの顔がポッと赤ら顔になり黙ったではないか。

 さ、さすが色気ムンムンフェロモン! 本条の周りに薔薇が見える。

「僕と少しの間お話しましょうか。今は休憩中ですか?」

「え、えぇ。お昼休憩中ですわ」

 もじもじしながら答える老婆メイド。

 本条は目で私に合図を送る。

『ここは僕に任せてハナちゃんは先に行って』と――。

 私は小さく頷くと、神崎と一緒に部屋を出た。           


 残ったのは私と神崎の二人だけになってしまった。

 私と神崎は階段を駆け上がる。

 もうすぐ、エリカに会える――。

 しかし、重厚な扉の前に、強敵が待ち構えていた。

「おや。君はエリカの()()()()()ハナさんだね。まったく勝手に他人の家に上がるだなんて常識知らずだな」

 エリカの父親だ――。

 言葉のひとつひとつに圧があり、その厳つい瞳で見られるとビリビリと身体に電気が走る。

「あの、僕たちは話があって来たんです。学園を無くす話、どうか撤回してくれないでしょうか」

 ビビりまくる私の前に神崎が出る。しかし、神崎の手も震えていた。

「なんだ、その話か。もう決まったことだ撤回はしない。それに可愛いエリカが私にお願いしてきたことだからなぁ“学園を壊して欲しい”って」

「……じゃあエリカを説得すれば撤回も可能ってことですよね」

 私の言葉にエリカの父親はフンっと鼻で笑う。

「まぁそれもアリだが……私が君たちをエリカに会わせるわけないだろう。エリカは君のせいで深く傷付いているというのに」

「なるほど……ここから先は行かせない、ということですね。だけど僕たちは諦めませんよ」

 神崎がエリカの父親に突っ込む。しかし、エリカの父親は神崎を軽く受け止めると腹に膝蹴りを食らわした。

「うっ、げほげほっ」

 激しく咳をしながら床に膝をつく神崎。

「神崎っ!」

「残念だが私には武道経験があるんだよ。さて、次はハナさん。君の番だ」

 エリカの父親の手が私に伸びる。

 もうダメだ……。これで、終わりだ……。

 しかし――。

「まだ終わっていないっ!」

 神崎がエリカの父親にタックルをする。

「ハナ! ここは僕が食い止める! だからハナはエリカの元へ行くんだ! エリカと話をして仲直りするんだろう⁉」


 まさか、乙女ゲームの最後の攻略者がエリカだなんて誰が思ったことだろう。

 このまま僕らがハッピーエンドを迎えることができるかは、全てこの転生者(ハナ)にかかっている。ガサツで突拍子のないことをして、全然乙女ゲームのヒロインらしくない、この子に。

 だけど僕は()()ハナが嫌いではない。だって僕の大好きな花子にどこか似ているから。

 そんなハナだったから僕は協力できたのかもしれない。ここまで来れたのかもしれない。

 その時、僕の頭から光り輝くハートが飛び出した。

 これは――……思わず僕の口元が緩む。

 エリカの父親が腕を振り上げた。振り上げた瞬間、僕はエリカの父親の脇の下を潜り抜けると重たい扉を開ける。

「さぁ! 行くんだ」

 僕はハナの背中を押した。

「ちょ、待ってよ」

 ハナは振り返る。そんなハナに僕は言う。

「大丈夫。()()ならできるよ」

 そして、僕は扉を閉めた――。               


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