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レッツ!セカンドライフ!

「うううううぅぅぅ」 

 私は教室で自分の席に座りながら頭を抱えて一人唸っていた。

 そんな私をクラスメイトは警戒し、遠巻きに見ている。

「ちょっとハナ! アナタいつもと様子が変よ⁉」

「心配してくれてありがとうエリカ。これは……その、ちょっとした()()のようなものよ」

 皆にも一度は経験があるのではないだろうか。恥ずかしい記憶を思い出し、それを振り払うためにベッドの上でのたうち回る、そんな苦い思い出を。今の私は、まさにそれだ。

 そんな私の様子を見て心配してくれるのは()()()()の親友、エリカだ。

 え? この世界、の意味がわからないって? 意味が分からないという人のために、いちから説明するとしよう。

 私は生前、喪女でモブの高校生・月並花子だった。ある日プロレスをしていた筋肉バカの男子のせいで階段から転落してしまう。そして、目覚めたらそこは乙女ゲームの世界でなんと主人公(ヒロイン)“ハナ”に転生していたのだ! だけれど私は、この乙女ゲームのことをよく知らない。なぜならこのゲームをプレイしていたのは私ではなく幼馴染のナオちゃんで、私はその様子を漫画を読みながら見ていただけなのだから。そんな、ながら見知識しかない私は攻略対象の一人である赤髪の獅子堂先輩に接触したけど、根っからの喪女でモブの私は気持ち悪い笑顔と不気味な笑い声で獅子堂先輩をドン引きさせてしまったのだった……。

 やり直せるものならやり直したい……! 

 しかしここはゲームの世界であってもゲームではない。電源ボタンをオフになど出来ないのだ。

 獅子堂先輩のドン引きした引き攣った顔が頭から消えない。

「もうやめてくれよぉぉぉぉ!」

 耐えられずに叫ぶ私。

「ハナ⁉ 本当にあなたどうしたの⁉ 引っ込み思案で大人しかったというのに進級式の日に木から落ちて以降、おかしくなったわよ……? それにハナは私のこと“エリカ”なんて呼んでなかったわ、“エリカちゃん”って呼んでいたじゃない」

 探偵並みの観察力に私の胸がドキリと跳ねる。

「ぐわぁ、あ、頭が……! 割れるように痛い!」

「大変! 保健室! 保健室に行かなきゃ!」

 私は必死に誤魔化すとエリカは私の肩を支え、急いで保健室へと連れて行ってくれた。


 私が通う学園――聖羅舞璃愛(セントラブリア)学園(すげー名前の学園だ)は幼稚園から大学までのエスカレーター式である。中等部と高等部は同じ敷地内にあるため、保健室や図書室、食堂は中高共同使用になっている。


 保健室に行くと保健医の先生は席を外しているようでいなかった。

「それじゃあ私は先生に伝えるために教室に戻るね?」

「う、うん。ありがとう」

 エリカが保健室から出て行く。

 私はベッドに横になると、白い天井を見ながら考える。

 乙女ゲームの主人公“ハナ”は本当は引っ込み思案で大人しい女の子だったのか……。

 まさしく皆から愛される主人公らしい。

 それとは真逆で私は卑屈でガサツで口も悪くて……全然主人公向きじゃない。

 そこで私はふと考える。

 私は乙女ゲームの主人公に転生した。だけれど主人公として動かなくてもいいのではないか?


 そうよ!


 私はガバッと勢いよく上半身を起こした。

 別にイケイケキラキラ男子を攻略しなくてもいいじゃない。攻略しないと魔王によって世界が破滅することなんてないんだし、私は大人しく()()()学園生活を送ればいいのよ!

 幸い、生前と違って今の私は可愛い顔をしている。イケイケキラキラ男子じゃなくても恋人は出来るはずよ! 

 私の前に道が拓いた。

 私の本当の名前は月並花子。平凡を意味する“月並”に役所の書類記入例に何万回も使い古されている“花子”である。私はその名前にふさわしいように、この世界で平凡にそれなりの人生を謳歌するわ!

「レッツ! セカンドライフ!」

 私は拳をあげる。すると、

「うるせぇ!」

 カーテン一枚で仕切られた隣のベッドから男子の怒鳴り声が飛んできた。

「体調が悪くないのなら出て行けよっ!」

 前の世界の私だったら大人しく縮こまって、そそくさと保健室から出て行ったことだろう。

 しかし、転生して知らない国にお邪魔してます感があるのか、私は気が大きくなっていた。

「そう言うアンタだって元気そうじゃない。大きい声なんか出しちゃってさ」

 ぼそりと嫌味を言ってしまった。

「何だと⁉ こっちはお前と違って毎日毎日忙しいんだよ!」

「忙しいのならここで休んでいる暇もないんじゃないですかぁ? べろべろばぁ~」

「ガキかお前は!」

 まさに売り言葉に買い言葉だ。私と隣で休んでいる男子の口喧嘩はヒートアップしてきた。

「ていうか喧嘩するなら隠れたままじゃなくて顔を出しなさいよ!」

 もし中等部の生徒だったらタダじゃおかない。

「おい、ちょっと待て!」

 私は隔ててあるカーテンを勢いよく開ける。シャッとレールが動く音がした。

「……へ?」

 きっと、今の私はセリフと同じ間抜けた顔をしていることだろう。

 私の隣で寝ていて喧嘩を吹っかけてきたのは、なんとこの乙女ゲーム(世界)の攻略対象の一人、青髪くんだからだ。

「えーと、あなたは確か西園寺グループの……」

 私が小声で言うと、キッと西園寺に睨まれた。

「おい、ブス! 今のやり取りを絶対に誰にも言うんじゃねぇぞ?」

「ななな⁉ ブスですって⁉」

 生前の私ならわかるけれど、今の私をブス呼ばわりするなんて嫌なヤツ!

 西園寺は吐き捨てるように言うと、ドアを思い切り閉めて保健室から出て行った。


 何なのあいつ⁉ 乙女ゲームにあんな野蛮なキャラが出てきていいわけ?

 もし隣にナオちゃんがいるのなら西園寺をぶちのめす方法を教えて欲しいわ!

 私は胸のムカムカが治まらない。

 しかし、春の陽気と開いた窓から入って来る心地よい風により、いつの間にか私は保健室のベッドでぐっすりと眠っていた。


 目が覚めると、昼休みになっていた。

 保健室を出て教室に戻るとエリカが私に声を掛ける。

「ハナ、もう大丈夫なの?」

「うん。頭痛は治まったわ」

 腹の虫は治まらないけど。

 

 私とエリカはお昼ご飯を買いに購買まで移動する。

 すると、廊下の窓から西園寺の姿が見えた。

 西園寺はベンチに座りながら静かに本を読んでいる。そんな姿を見て女子が騒いでいた。

「さすが西園寺くん。モテるわね~」

 隣でエリカが言う。

「あんな奴のどこがいいんだか、御曹司だから性格がねじ曲がっているのよ!」

 するとエリカは、まさか、と笑った。

「西園寺くん、物腰柔らかで皆に優しくて人気なのよ。ほら、進級式の日、中庭にいた女子も言ってたじゃない」

 エリカの言葉に私は記憶を巡らせる。

 進級式の中庭。女子の大群の中に西園寺が一人いる。その場にいた女子ABCが言っていた――。


『あぁ西園寺くん、今日もかっこいいわ』

『西園寺グループの御曹司で成績優秀なうえ性格も良い王子様のようなお方!』

『私、西園寺くん目当てでこの学校に転学したんだから!』


 言ってたわ。女子Bが言ってたわ。


 ってことは、保健室で見た西園寺は裏の顔ってことかしら?

「ふーん」

 私は西園寺の弱みを握ったことに、しめしめと悪どく笑うのだった。


 放課後。

「西園寺くん、いますか?」

 満面の主人公スマイルを放ちながら、私は西園寺のクラスに訪れた。

 西園寺は一瞬、うげっという顔を見せたがすぐに王子様スマイルを私に見せた。

「俺に何か御用ですか?」

「ちょっと話があるの。来てくれるかしら?」


 教室から人けのない階段下に西園寺を呼び出す。きっと傍から見れば西園寺に告白する女子に見えることだろう。

 しかし、私は違う。

「おうおうおう、さっきはよくもまぁ私に悪態ついてくれたわね」

 恨み深い私はまだ保健室でのことを引きずっていた。

 この男をぎゃふんと言わせなければ気が済まない。

「はぁ……俺は忙しいんだ。さっきのことは謝るから向こうに行ってくれないか」

 西園寺は大きく溜息をつくと、犬のようにシッシッシと手で追い払う。

「ねぇ。今のアンタが素でしょう? どうして猫なんか被って王子キャラなんて演じているのよ」

 すると、西園寺はキッと私を睨みつける。

「俺は西園寺グループの息子である限り常に完璧でないといけないんだっ!」

 声を荒げる西園寺。そんなムキになる西園寺を私はポカンと口を開けながら見ていた。

「まぁ俺の苦労なんか凡人のお前にわかるかよ」

 西園寺は捨て台詞を吐くと教室へと戻ってしまった。

 一人、廊下に残される私。

 西園寺は言った。

“常に完璧でなければいけない”と。そして“俺の苦労なんか凡人のお前にわかるかよ”と。

 お気楽お坊ちゃんと思っていたけれど御曹司は御曹司で苦労があるってこと……?

 私が考え込んでいると「いやぁ、西園寺坊ちゃんの地雷を踏んじゃったねぇ」前髪の長い男が階段の手摺壁からひょっこりと顔を出してきた。

「ひぇっ!」

「あー、驚かせてごめんごめん」

 その男は手摺壁をまたぎ飛び降りる。

 白衣を着ていて背が高く、ひょろりとしたモデルのような男だった。紫色をした髪は腰まで長く、前髪が長いせいで目元が隠れている。しかし口角は上がっていて、面白いものを目撃した、と言わんばかりだった。

「アンタ誰よ!」

「酷いなぁ、その言い方。進級式の時、僕が君を保健室まで運んであげたというのに」

 保健室、白衣……そのワードに私はピンときた。

「もしかして……」

「ご明察。僕はこの学園の養護教諭さ」


 西園寺グループ。総資産数千億と言われ国内から国外までホテルを経営している世界でも名だたる企業である。西園寺(あおい)はその社長の息子だ。

 品行方正、成績優秀、文武両道、眉目秀麗。

 四文字熟語まみれの西園寺は女子からの人気が高くファンクラブまであるそうだ。

 ……そんなことを妖しい保健医――紫苑先生から私は聞いた。

「で、紫苑先生はどうして私と西園寺の話を盗み聞きしているのよ」

「僕の家は古くから西園寺家に仕える専属医の家系でね。僕は学校で西園寺坊ちゃんを見守るよう言付かっているのさ。あ、このことは他の生徒や先生にはオフレコだからね」

 先生は指でばってんを作ると口元に当てる。

 なるほど。だから西園寺に保健室を好きなように使わせているわけか。私は合点がいく。

「で、私が西園寺の弱みを握ったから紫苑先生が牽制しに来たんですか?」

 紫苑先生は首をぶんぶん振る。

「とんでもない、その逆さ。僕は坊ちゃんを助けて欲しいんだよ」

「助ける?」

「幼い頃から坊ちゃんは西園寺家の名に恥じぬよう勉強や運動、習い事を頑張ってきた。その結果、今の“完璧な自分”を作り上げたんだけど」

 紫苑先生はそこで言葉を切った。

「本来の坊ちゃんは活発で口が悪いけど憎めない子なんだ。だけれど西園寺家が求める()()()()()でいるために()()()()()を抑えてしまっている。そんな坊っちゃんが僕には辛そうに見えるんだ」

「なるほど。そこで西園寺の素を知ってしまった私に助けて欲しいってことですね」

 任せとけ、と言わんばかりに私は自分の胸を叩く。

「あ、でも強引なやり方はやめてね? 坊ちゃんの評価が下がらないように……」

「よしっ! 善は急げ、思い立ったが吉日! 早速行動に移すわ!」

 私は紫苑先生をその場に置いたまま、教室に戻るのだった。


「彼女に任せて良かったのかな」

 独り残された紫苑はポツリと呟く。

 しかし彼女が動き出してしまった手前、後悔してももう遅い。

 紫苑は成り行きに任せるのであった。

 


      ――Now Loading――


「あれ、青髪キャラなんていたんだ?」

 漫画を切りがいい所まで読んだのか、ただの好奇心か、珍しく花子がゲームのことを訊いてきた。

「青髪キャラって……攻略キャラの一人だよ。今、主人公と初対面するシーン」


 養護教諭からの頼みごとを引き受けた主人公の“ハナ”が保健室にやってくる。

『この資料を机に置いて……』

 ハナが机の上に置こうとした、その時。

 開いてある窓から風が入ってきた。

『あ』

 風のいたずらにより、資料はハナの手から離れ、カーテンで閉ざされた使用中のベッドの中へと落ちていった。

『どうしよう』

 困っているハナ。

 声を掛けて起こすのも悪いし、そっと資料を拾えばいいか……。

 ハナは音が鳴らないよう、ゆっくりとカーテンを開けた。

 そこには青色の髪の男の子が静かに寝息を立てていた。

 長い睫毛に鼻梁が高い鼻。そして綺麗な形の唇――。

 すると青色の髪の男の子が目を覚ます。

『君は、誰だ……?』

 そこでいくつかの選択肢が出てきた。


「ねぇ、花子。主人公はどう動けば西園寺の好感度あげられると思う?」

 興味本位で花子に訊く。

 花子はもうゲームに興味がないのか、スナック菓子を食べながら別の漫画を読んでいる。

「んー? 寝ているベッドに勝手に忍び込んでいる時点で好感度も何もないでしょ。私が青髪だったら問答無用に殴る」

 そう言うと、花子は指に付いた塩をぺろりと舌で舐め取った。


 まったく、花子ったら……。くすりと笑うと、自分もゲームに集中することにした。


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