獅子堂の想いと荒療治
俺には大事な幼馴染の親友がいた。
名前は遼生。誰よりも正義感があって、誰よりもカッコよくて俺の自慢の幼馴染だった。
「なぁ、凛。俺と一緒に空手を始めないか?」
「は? 空手? 何で?」
「だって空手って強くてカッコいいじゃん?」
遼生はもう十分にカッコいいのに。その言葉を俺は飲み込むと、
「あぁ、いいぜ。遼生と一緒なら俺も出来る気がする」
俺と遼生はガシッと手を組む。
それが、俺が空手を始めたきっかけだ。
遼生はすぐに強くなっていった。大会では優勝し、右に出る者はいない。
俺は、そんな遼生の背中を追いかけて、根気強く鍛錬に励んだ。努力は裏切らず、次第に俺も大会で成績を修めるようになっていった。
遼生は俺の憧れで目標だった。
そんなある日のこと。遼生が倒れた。
すぐに病院に運ばれ、しばらく入院することになったのだ。
俺はすぐにでも見舞いに行きたかった。遼生の顔を見たかった。
だけれど面会は許されず、やっと見舞いに行けたのは遼生が入院してしばらくのことだった。
久しぶりにあった遼生は、かなり痩せていた。頬はこけ、目の下にはクマがある。遼生は頭にすっぽりと帽子を被っていた。
「遼生……」
「なんだよ凛。そんな泣きそうな顔をして。俺はまだ死んでないぜ?」
遼生は二ッと笑う。
「だって、お前そんな……」
「なぁ凛、俺と約束してくれ。空手で最強になるって。俺なんかよりずっと強くなるって。そしたら俺も元気になると思うんだ」
俺は、涙を堪えるために唇を噛む。
「わかった、約束だ」
それから俺は遼生との約束を果たすため空手に取り組んだ。
一年、二年と年月が過ぎていく。
そして気付けば俺は大会では毎回優勝するほどまでになっていた。
「遼生、ほらトロフィー持って来たぜ」
「凛! 今回も優勝おめでとう」
その頃の遼生は体調が安定していた。もうすぐ退院できるだなんて話も出ていた。
「そういえば凛はスポーツ雑誌に載ってたな“空手の申し子”だなんて言われてるんだって?」
「その呼び方はやめろよ、恥ずかしいだろ」
冗談を言いながら笑い合う。幸せな時間だった。
高等部一年の春。遼生は一時退院すると、俺の大会に顔を出し、応援してくれた。
また、一緒に空手ができたらいいな……。
俺はそんな夢を抱いていた。
だけれど、遼生の体調は一変する。再び入院することになったのだ。
俺は時間が許す限り、遼生に会いに行った。
学年が変わり、空手の大会を翌日に控えていた、その日。
なんだか俺は胸騒ぎがしていた。嫌な予感がして堪らなかった。
「なぁ、遼生。明日の大会、俺は棄権するよ。ずっと遼生についていたい」
しかし、遼生は首を横に振る。
「そんなの駄目だ。凛は明日大会に出ろよ。そしてまたトロフィーを見せてくれ」
「だけど――」
すると、遼生は優しく微笑む。
「俺は絶対“大丈夫”だから」
大丈夫――……。
その言葉を信じて俺は大会に出た。
順調に勝ち進み、俺は優勝した。
大会が終わると、トロフィーと賞状を持って遼生のいる病院へ急ぐ。
きっと遼生は喜んでくれる――いつものように笑って。
「遼生!」
俺は遼生の病室に入る。
しかし、そこには遼生はいなかった。
綺麗に整えられたベッド。
あれ……? 病室を間違えた?
俺は一旦出ようと振り返る。と、いつも遼生を担当している看護師が立っていた。
暗い顔をしているのは、きっと外が曇っているせいだ。窓から陽が差し込まないから。そういえばこの後の天気は雨が降る予報だったか。
きっと、俺は遼生が病室にいない理由がわかっていた。だけど、信じたくなくて。受け入れたくなくて。
「獅子堂くん……あのね」
看護師が目を伏せながら俺に向かって言う。
やめてくれ、言うな。
「遼生くんが――……」
ピカっと稲光と共に雷が鳴った。
その後のことは、よく覚えてない。
気付けば俺は土砂降りの雨の中、傘も差さずに歩いていた。ずぶ濡れになりながら、ぐしゃぐしゃの賞状と、トロフィーを持って。
ふっ、と俺を打ち付ける雨が止んだ。
顔を上げると、師匠が俺に傘を差してくれてた。
師匠は俺が雑に持っている賞状を目の端で見る。
「その賞状とトロフィーはお前がその座に相応しい証だというのに。その座を手に入れたくて努力してきた者の気持ちをお前は踏みにじっていることに気付かんのか、馬鹿者め」
「…………すみません」
「まぁ、でも。今日だけは目を瞑っておこう」
師匠は俺に傘を渡すと、その場を去る。
俺は、膝から崩れ落ちると泣いた。声を上げて泣いた。だけど、俺の声は雨の音にかき消された。
それからというもの、俺は不調になってしまった。
いつもの調子が出ない。いつものように、動けない……。
そんな俺を仲間は心配し、励ましてくれる。
「きっと大丈夫だぜ」
「獅子堂先輩なら大丈夫ですよ」
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫――。
やめてくれ、一体何が“大丈夫”なんだ。
そう言って、遼生は死んでしまったじゃないか。大丈夫だなんて嘘じゃないか。
それから俺の中で大丈夫は呪縛になった。
「大丈夫」
そう言われる度に、遼生のあの言葉が蘇る。
『俺は絶対“大丈夫”だから』
「獅子堂、先輩」
私は待合室にいる獅子堂に近寄る。
「ハナ、足は?」
「軽い捻挫でした」
「そうか、安心した」
獅子堂はホッとした顔を見せた。
本当は。
幼馴染を亡くしたこの病院に来たくなかっただろうに。私のために……。
「あの、さっき看護師さんが話しているのを聞いてしまって。前の大会の日に幼馴染を亡くされていたんですね」
すると、ピクリと獅子堂の肩が反応する。
「あぁ、その通りだ。今の不調もそのせいだ。俺が大会に出ている時にアイツは苦しんで亡くなったんだ。なのに、俺は傍にいられなくて――」
獅子堂は両手で顔を覆う。
何だろう、この感じ……。
胸が苦しくて、悔しくて。……どうして?
獅子堂に同情しているから? いや、違う。このやるせない気持ちは、きっと――。
獅子堂は、今かなり弱っている。こんな時、乙女ゲームのヒロインだったらきっと優しい言葉を掛けることだろう。だけど、月並花子の場合は荒療治だ。
「そんなに苦しいのなら、辞めてもいいんじゃないですか?」
私の言葉に、獅子堂は顔を上げる。
「空手をして幼馴染を思い出して、悲しいのなら、いっそのこと空手を辞めたらどうですか?」
「それは、そんなこと……」
獅子堂がたじろぐ。
「それが出来ないのなら次の大会で優勝してください。獅子堂先輩を慕っている部員のためにも。前を向いてください」
私は一礼すると、捻挫した足をひょこひょことさせながら病院を去る。
そのやりとりを、師匠に見られているとも知らずに。




