空手部のマネージャーになりました
……ということで、理事長の計らいによって私は空手部のマネージャーになった。
どうして私がマネージャーなんかに……!
マネージャー……それは、部員を陰ながら支える縁の下の力持ち存在。部員たちの心身をケアし、サポートをする――だなんて、そんなの大嘘である。
たいていマネージャーになる女子は計算高くしたたかで、その部のエースとお近づきになりたいから、という不純な動機でマネージャーをしている。現に運動部のエースはマネージャーとカップルになっているのが大半だ。
それに私は運動部員が大嫌いだ。アイツらは可愛い女子には良い顔をして地味な喪女モブをゴミのように見る節がある。だから私は運動部員(卓球部は除く)が大嫌いだ。
ひねくれものの私は、まるで宿敵と対峙するかのように空手部が練習する道場の扉を開いた……のだけど。
「お疲れ様です」
「マネージャー、今日からよろしくお願いします」
なんてことだろう。皆、礼儀正しく挨拶をするではないか。
拍子抜けしている私に獅子堂が声を掛けてきた。
「君がハナくんか。皆大会が近くて気が立っているが、これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします……」
私が憎んでいた運動部の姿はどこへやら。すっかり牙を抜かれた私は真面目にマネージャーの仕事に励むのだった。
マネージャーを始めて数日。
獅子堂は不調で今度の大会では優勝が厳しい、と言われているそうだが、素人の私から見てどこが不調なのかわからない。
キレのある動きをしているように見えるが……。
「獅子堂、やっぱり最近いつもと様子が違うよな」
「もうすぐ大会が近いのに」
しかし、毎日獅子堂の空手を見ている部員たちには獅子堂の不調がわかるようだ。
「あの、いつもの獅子堂先輩ってそんなにすごかったんですか?」
私は部員AとBに訊いてみる。
「あぁ。不調前の獅子堂は毎回畳を吹き飛ばしていたからね」
「説明するのが難しいけど“氣”というのか、見えない力で吹き飛ばすんだよ」
何それ⁉ どこのバトル漫画だよ! てか氣で相手を吹き飛ばすって、空手関係ないじゃん! 私は心の中でツッコむ。
「あの、獅子堂先輩は前の大会以降不調になったって聞きましたけど」
「そうなんだよ、前の大会で優勝してから。優勝したから気が緩んだのかな。でもずっと大会を連覇してきた獅子堂が気を緩めることなんて今までなかったし」
「前の大会では普通だったけどな」
二人は首を傾げる。
「でもあの獅子堂のことだから大丈夫だろう」
「そうだな。きっと大丈夫だ」
だけれど最後は“大丈夫”の言葉で締めくくるのだった。
獅子堂凛という男を観察してわかったことがある。獅子堂は非の打ちどころがない男だということに。品行方正で学園内で困っている人がいたら手を差し伸べ、部活では自分も不調だというのに後輩にアドバイスをして多くの生徒から慕われていた。
あんな聖人君子のような男子がいるとはな……。
私は感心しながらマネージャーの仕事である洗濯をしていた。
洗い終わった洗濯物を道場の裏で干していると、
「俺も手伝おう」
獅子堂がやってきた。
「獅子堂先輩、もうすぐ大会が近いのに練習しなくていいんですか?」
「これは息抜きのようなもんだ。気にするな」
かまわず洗濯物を干す獅子堂。
マネージャーの仕事を部長自らが手伝うなんて本当に良い人だな、この人。皆に慕われることも納得だ。
本当は早く獅子堂を不調から克服させて部員たちを安心させてあげたいんだけど。
そして早く理事長からカスタードクリーム入りメロンパン引換券をもらいたいんだけど。
しかし、不調の原因がわからないかぎり克服の手助けだなんて出来やしない。
「……ハナくんも俺の不調のことを気にしているんだろう」
私の心を読んだかのように獅子堂が声を掛けてきた。
「えっ⁉ なぜ、わかっ⁉」
「ははは。ハナくんは顔に出やすいタイプだな。……大事な大会前に部員たちに心配かけてしまって部長として恥ずかしいよ」
「そんな恥ずかしいだなんて思わないで下さい。それは皆さん獅子堂先輩のことが大好きだから心配してしまっているんですよ」
「優しいんだな、ハナくんは」
獅子堂は私を見つめる。
あ。このままだと獅子堂の好感度をあげそうだ。それはマズイ、と私は目を逸らした。
「獅子堂先輩なら大丈夫ですよ!」
「……大丈夫?」
「えぇ。皆さん言ってますよ。例え不調でも獅子堂先輩なら大丈夫って」
「そんなこと気安く言わないでくれよ」
獅子堂の顔が曇る。
「簡単に“大丈夫”だなんて言うなよ……」
獅子堂は拳を握ると唇を噛んだ。
そのただよらぬ雰囲気に、
「先輩?」
私は不安になり声を掛けた。
すると獅子堂はハッと顔を上げる。
「すまない。ハナくんに少し八つ当たりしてしまったようだ……練習に戻る」
そう言い残すと獅子堂は道場へ戻っていった。
あんなふうに思い詰めた顔をする獅子堂を今まで見たことがない。
私、何かマズイこと言ったかな?
うーん、と考えていると、フォッフォッフォ、と笑うしわがれ声が聞こえた。
「うわ、師匠!」
そこには仙人を絵に描いたかのように眉の長いご老人がいた。
このご老人は今の風貌からは考えられないが、若い頃は有名な空手選手だったそうで、空手部の練習を任されている外部コーチだ。皆から師匠と呼ばれている。
「あの赤い若造は自分を律することができてないそうじゃのぅ。あれじゃあまだまだだ」
赤い若造……とは獅子堂のことだろうか。
「自分を律することができない、とはさっき私に八つ当たりしたことですか?」
「うんにゃ、不調の原因と向き合うことじゃよ」
「もしかして師匠、獅子堂先輩の不調の原因を知っているんですか⁉」
「うん、まぁな」
「えっ教えてください!」
しかし、師匠は首を横にする。
「赤い若造のことをよく知らないお主には話せぬ。まずは赤い若造と仲良くなれ。のちに赤い若造が自然と話してくれるだろう」
フォッフォッフォ、と笑いながら師匠は戻っていった。
何だあの仙人じじい、意味あり気に登場してきたと思えば何もせずに帰って行って。
私は心の中で悪態をつくと洗濯物を乱暴に叩く。
でもまぁ、獅子堂から不調の原因を聞かなければ、私は理事長からのミッションをクリアできないのは確かだ。
私は、獅子堂のことをもっとよく知らなければならない。




