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初めての手料理

「えぇ⁉ ハナ、昨日本条先輩と一緒にいたの⁉」

 そう目をまん丸にして驚くのはエリカだ。

 朝のHR終了後、私はエリカに昨日の一件を話していた。

「あの男は危険よエリカ! 近付いたらフェロモンにやられて頭がパァになるわ」

「え……もしかしてハナは本条先輩の噂しらないの?」

「噂?」

「泣かせてきた女は数知れず。女の子をとっかえひっかえして遊びまくっているって噂。これまで女優にアイドルに先輩後輩同級生と浮名を流してきたんだから」

 これはとんだ女誑しである。でもあのルックスじゃあ納得だ。

「でもハナが無事でよかったわ本当に……もう本条先輩に近付いちゃダメよ?」

「う、うん」

 私が頷くとエリカは安堵の表情を見せた。


 私はもう女誑し色気ムンムンフェロモン本条には近付かない。そう決めたはずなのに――……。


「こんにちは、ハナちゃん」

 ぽかぽか陽気が心地いい昼休み。私の目の前には、鼻に湿布、手には包帯を巻いた本条がいた。

 これ見よがしに負傷したことを私にアピールする。

 本条が教室にいることでクラスメイトの女子がざわついている。

 今朝エリカに本条に近付かないと誓ったはずなのに、私は早速本条に近付いて……いや、近付かれていた。そんなエリカは私の隣で心配そうな顔をしている。

「言っときますけど私だって被害者ですから。私は先輩にセクハラされました」

「骨にヒビが入ってたみたいだ」

 包帯ぐるぐる巻きの手を私に見せる。

「えぇ⁉ ヒビぃ?」

 思わず大声が出た。でも、所詮ヒビである。骨折とは違う――……。

「ヒビでも骨折になるんだよ。不全()()というらしい」

「骨っ折⁉」

 たかがヒビと言えないようだ。

「医者からは安静にするようにと言われてしまったよ。手を固定しているせいで日常生活が不便で困ったものだよ」

 髪をかき上げると、責めるように私を見る本条。

「だからハナちゃんに僕の身の回りのことをしてほしいんだけど」

「はぁ⁉ どうして私が」

「え? 嫌なの? 他の女の子は大喜びで僕の世話をするのに」

 信じられないという顔をする本条。

「本条先輩!」

 そこへエリカが私を助けるために口を挟む。

「ハナをこれ以上いじめないで下さい」

「いじめ? 人聞きが悪いな。僕はお願しているんだよ。しばらくの間身の回りのことをして欲しいって。まぁ、世話するのは君でもいいけれど」

 本条はエリカの顎をクイッと持ち上げる。

「え……」

 色気ムンムンフェロモンに当てられるエリカ。トゥンク……と効果音が聞こえる。

「だめだぁぁ! エリカが食われる!」

 私は二人の間に突進する。ひらりと身をかわした本条は骨折していない方の手を使って私の腕を掴んだ。

「じゃあ決まりね。改めて僕のお世話をよろしくね、ハナちゃん」

 こうして私は本条の世話係になったのだった。


 本条は一人暮らしをしているのだが、家事ができなくて困っているとのことだった。

 放課後私は本条の家にやって来た。

 本条が一人暮らしている家は分譲マンションの最上階だった。

 あまりにも立派なマンションに、私は何も言えなくなる。ぽかんと口を開けたままだ。

「本条先輩、やり手女社長の愛人をしているんですか?」

「まさかぁ。それよりハナちゃん。その恰好何?」

 その恰好――……私は本条の色気ムンムンフェロモンに当てられないよう、サングラスで視界を悪くし、鼻からフェロモンを摂取しないよう鼻にテッシュを詰めていた。ちなみに、この作戦を思いついたのはエリカである。

「こうすることで自己防衛しています」

「うん。他の住人に見られたら変に思われるからやめようか?」

 本条は、やんわり注意すると、カードキーを使って玄関扉を開けた。

 3LDKの部屋は綺麗……というか物があまり置いていなかった。必要最低限の家具と家電しかない。

「シンプルな家ですね」

「そう? ハナちゃん、早速で悪いんだけど掃除と洗濯を頼むよ」

 それから私は本条に言われるまま掃除と洗濯をした。

 私が掃除機を掛けようと、ある部屋のドアノブに手を掛ける。すると、私の手の上に本条が手を重ねてきた。

「この部屋は何もしなくていい……というか、この部屋には入らないでくれ」

「わ、わかりました」

 どうしてこの部屋には入ってはいけないのか。気になったけれど、そう言った本条の顔が翳っていて、私はそれ以上何も言えなかった。


 それから私は毎日本条の住むマンションに通うようになった。

 最初は世話係としてマンションに連れ込んだ私に、何かしてくるんじゃないかと警戒していたけれど、本条は何もしてこなかった。自意識過剰な喪女が変に想像してしまって恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 私が家事をしている間、本条はリビングのソファーでテレビを観ていた。海外で活躍している大女優がもうすぐ帰国するという報道が流れていた。

「そういえば本条先輩は料理はどうしているんですか?」

 いつも掃除と洗濯だけで、本条から食事の準備を頼まれたことがない。片手が使えないのでは自分で作るとなると一苦労なことだろう。

「え? いつもデリバリー頼んでいるけど」

「いつも⁉ そんなんじゃ身体壊しますって!」

 私は何か作ろうと冷蔵庫の中を開ける。が、中はミネラルウォーターがぎっしりと並んでいるだけだ。立派な冷蔵庫だというのに中身がミネラルウォーターだけだなんて……冷蔵庫の無駄遣いである。

「今から食材買って料理作りますから! 先輩は待っててください!」


 私は急いで食材を買いに行くと、生活感のないキッチンで料理を作り始めた。

 まさか調理器具までないことはないよね? と不安になったが、最低限使うものはあったから安心した。

 私は片手でも食べやすいカレーを作る。

 私が料理をしている間、本条はソファーに座ってにこにこしながら私を見ていた。

「あまり見ないでもらえますか。作りにくいんで」

 言いながら私は野菜を切る。

「料理を作る女の子っていいなぁって思ってさ」

「今まで付き合ってきた女の子がいくらでもしてくれたでしょう」

「いや、してくれてないよ」

 私の包丁を動かす手が止まった。

「え?」

「そんな意外そうな目で見ないでよ」

 本条は肩をすくめると語りだす。

「今まで付き合ってきた子は僕が連れて行くレストランでフレンチを食べたがっていたから。僕はその子の手料理を食べたかったけど、皆、料理は苦手だからって作ってくれなくてさ。僕は下手でも食べたかったんだけど」

 そう言うと本条は遠くを見つめる。

「そう言ってくれるとありがたいです」

 本条が私を見る。

「実は私、家族以外に料理を振舞うの初めてなので。そう言ってもらえると気が楽です」

 私は再び野菜を切り始めた。

「本当に君は僕が出会ってきた他の女の子と違うね」

 ふっと本条は笑った。


 しばらくしてカレーが出来上がった。

「さっ、先輩。私の作ったカレーを食べて下さい」

 私がカレーを差し出すと、本条は一口食べる。

「美味しい」

 本条は呟くと目を輝かせた。

「ハナちゃんはカレーにリンゴを入れるんだね」

 ごろりとしたリンゴを本条はスプーンですくい私に見せる。

「あ。私の母がいれていたので……」

 幼い頃、辛くてカレーが食べられなかった私に、母が少しでも辛みを薄くさせるために入れたのがリンゴである。そのことをナオちゃんに言ったら驚かれたけど、月並家のカレーはリンゴ入りなのが当たり前なのだ。

「おふくろの味、というやつか。いいね、そういうの」

 本条は優しい顔をしていた。優しい顔だったけれど、どこか寂し気だった。


 その日。本条はモデルの仕事のため帰りが遅くなるとのことだった。

 手にヒビが入っているのにモデルの仕事が出来るのかと訊いてみたら、顔だけの撮影だから大丈夫とのことだった。

 私は本条からカードキーを預かり部屋に入ると掃除と洗濯を始める。

 本条のマンションで家事をすることに慣れて、緊張の糸が緩んできた私は、今になって最初本条に固く言われていた“入ってはいけない部屋”が気になり始めた。

 この部屋の中には何があるのだろう? 私は部屋の前に立つ。部屋に入るとしたら本条のいない今がチャンスだ。しかし――……。しばしの葛藤の間、私は部屋に入らないことにした。

 家の主が入るなっていった場所に入るのはやっぱりダメよね。

 私は家事に集中することにした。

 しばらくして本条が帰ってきた。

「おかえりなさい。今日はミネストローネスープ作ったので後で食べて下さい」

「あぁ。ありがとう」

「ぶほぅ!」

 私は部屋に入ってきた本条を見ると吹き出した。

 本条の周りはキラキラとしたバラが飛んでいるように見えて、いつにもなく本条の色気が爆上がりしていたのだ。

「ちょ、何があったんですか本条先輩!」

「え? 何って別に普通だけど」

 いやいや、普通なわけあるかぁ! 私は心の中で思いきりツッコむ。

 すると、何を考えているのか本条が私に抱きついてきた。

「うおっほぅ⁉」

 変な声が出た私は固まる。この状況何何何⁉ 生前、喪女の私にはこんな甘くロマンティックなことなんてなかった。だから今の私にとって、これは予想外にして最大級の出来事だった。

 何、乙女ゲームのようなことしているんだ! いや、この世界は乙女ゲームか……ってそうじゃなくて!

 本条のシャンプーのいい香りが鼻に漂ってくる。うっ、このままだと本条のフェロモンにやられる!

「先輩、退いてください!」

 私は本条を揺さぶる。と、本条の体温が熱いことに気付いた。

「え? ちょっと先輩?」

 本条は額に大量の汗をかき、顔を赤らめぐったりとしているではないか。

「先輩⁉」

 本条は熱を出していたのである。私は本条を寝室まで運ぶとベッドに寝かせる。

「大丈夫ですか、先輩。私、風邪薬を探してきますね!」

 私はリビングに戻ると、キャビネットの引き出しを開け、中を漁くる。しかし、どこにも風邪薬が見当たらない。

 一体、どこにあるの⁉

 その時。ふと私の脳裏にあの部屋が過ぎった。そう……“入ってはいけない部屋”だ。

 もしかしたら、この部屋にあるのかもしれない……。緊急事態だからいいよね⁉

 私はドアノブに手を掛けると、部屋を開けた――……。

「…………え……?」

 そこで私が目にしたもの。

 たくさんのトロフィーとたくさんの写真。その写真に写っている女性に私は見覚えがあった。

 ――……そうだ。この女性は、前に本条がテレビを観ていた時に映っていた大女優、本条麗華だ。

 海外で活躍している本条麗華がもうすぐ帰国すると報道されていた。

「どうして本条麗華の写真やトロフィーが……?」

 そこで、私の中で、ある推測が浮かび上がった。

 本条薫は本条麗華の息子である、と――……。


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