第4話
ウィンさんはじっと考えていたけど、最後には決心したように師匠を見て頷いた。
「よろしくお願いします」
「そう、じゃあ、材料なんだけど……乙女の生き血、聖女の涙、火のドラゴンの鱗3枚、魔石大3個―――ココ、私がいない間に恋人や、そこの男といたしたりした?」
「……いたす、とはつまり……」
「まあ、ココも年頃だし、私も留守だったからとやかく言えないんだけど」
「いや、ないです!生活するのに手一杯で、そんなことしてる余裕ないです。第一、弟子で修業の身でそんなことしないです!」
「そう、ココが真面目で良かったわ。知らない娘を探して、それも処女の血を大量になんて、下手したら犯罪者になってしまうわ。あとは、聖女の涙……」
師匠が私を見て微笑んだ。まさか聖女を探せとか言うのか……
「あの、もしかしてココは聖女なのですか?毎夜私の腕を癒してくれていましたが、国の上級魔術師でもここまで癒せる者はいませんでした」
「あら~毎夜ねぇ。そうなの」
「ち、違います。寝ているウィンさんをこっそり癒していただけで何も……って気づいていたんですか?」
「すまない。人の気配には敏感なんだ。起きていたが、ココが一生懸命癒してくれていたし、その力を秘密にしているようだったから言い出せなかった」
「私が、聖女なんて……師匠、まさか知っていて、だからこの力は使わせてくれなかったんですか?」
師匠は気まずくなったのか、私から少し目線を逸らして言った。
「そうね……ココを助けた時、かすかに精霊の気配がした。たぶん聖女だと思うわ。だから弟子にしたの」
「そうでしたか。では、私の血と涙を使って下さい」
「かなりの量、血が必要よ。死なないギリギリまで、その覚悟がある?」
「はい、大丈夫です。そこは師匠を信じます。ウィンさんを助けてあげてください」
「ココ……すまない、ありがとう」
師匠は、宣言通り私から大量の血を抜き取った。そして、苦しくて流した涙も採取して、その血に混ぜた。その血で大きな魔法陣を書いた。そう、大きいのだ。血はかなりの量が必要で、私は完全に貧血状態で眩暈をおこした。ウィンさんに支えてもらい、ソファーで造血用の薬草茶を飲んで、体力回復のポーションを美男子改めセイさんがくれたので、それもありがたく飲んだ。それでもさすがにすぐには回復しないようだ。
魔法陣を書き終えた師匠が、その中心にドラゴンの鱗と魔石を配置した。そしてその中心にウィンさんが立った。それを確認した師匠が解呪の呪文を唱えだした。魔石と鱗を対価に解呪を願う呪文だ。そしてその代償を呪詛した術者に返すのだ。
魔法陣が赤く輝きだした。ウィンさんに巻き付いていたイバラが、枯れたようにボロボロと肌から落ちていく。そして師匠が解呪の最後の呪文を唱え終えると、魔法陣は空へ浮かび上がり、隣国の方へ飛んで行った。きっと、呪詛した者のところへ返ったのだろう。
その光景を見て気が緩んだのか、私はそのまま気を失ったようだ。目が覚めると翌朝だった。ずっと付き添ってくれていたのか、ベッドの横の椅子でウィンさんが座ったまま寝息を立てていた。
「ウィンさん……」
声をかけると、パッとウィンさんが目を覚ました。
「ココ、大丈夫かい?気分はどう?」
心配そうにウィンさんが私の顔を覗き込んできた。綺麗な顔が間近にあって、私は焦って目を逸らした。
「だ、大丈夫です。眩暈も落ち着きました。もう少ししたら起きることも出来ると思います」
「そうか、良かった。君のお陰で呪いが解けたよ。苦しい思いをさせてすまなかった」
ウィンさんが申し訳なさそうに頭を下げた。血が抜かれている間、何度もウィンさんは師匠を止めようとした。でも、断固拒否したのは私なのだ……絶対にウィンさんを助けたかった。
「いえ、謝らないでください。私がしたくてしたことです」
「ありがとう、ココ。魔力もすっかり戻ったよ。これなら転移魔法でいつでも国に帰れるよ」
「……そうですか、それはよかったです」
いい事のはずなのに、ウィンさんが帰ってしまうと思うと、急に胸の奥に鉛がつまったみたいに苦しい気持ちになった。
「あのさ、ココさえ良かったら、一緒に国に帰れないかな?」
「え、あの、どういう意味ですか?」
ウィンさんは私の手を取って、そこにキスを落とした。私は初めてのことに完全にパニックだ。
「ココのことが好きだ。一緒に過ごして、君のことをたくさん知って、そして恋をした。どうか私の妻になってくれないか?」
突然の告白に、ビックリして声が出なかった。ウィンさんが私を好き……
「それは無理ではないですか?ボールドウィン殿下」
いつの間にいたのか、扉のところから師匠の声がした。
「師匠?……え、殿下って?」
「どうして私が王子だということを?」
「冒険者ギルドの仕事を斡旋する掲示板に、ご丁寧に絵姿付きで捜索依頼が貼ってあったわ。右腕の特徴的な紋様、歳は19歳で金色の髪に、紫色の瞳。捜索というより、指名手配に近い扱いだったけど……ちなみに闇ギルドの方には、暗殺依頼が堂々と貼ってあった」
「そうか……乳兄弟が殺され、私は呪われ誰も信じられず、いろいろな情報をかき集めてここにたどり着いた。命を狙われていることは気づいていた。実際何度も襲われていたからね。義母である王妃が犯人だと思っているが、証拠はない」
その時、部屋の窓に一羽のカラスが飛んできた。足に紙を巻いている。不定期に届く魔女通信という情報誌だ。師匠はカラスからそれを取ってサッと目を通した。
「そのようね。今、仲間からの情報で黒薔薇の魔女が死んだと書いてあるわ。タルティア王国の王妃になっていたようね。上手く化けたものだわ」
「義母が魔女……そうか、やはり術者は王妃か。異母弟を王太子にしたがっていたからな……」
私と師匠は顔を見合わせた。だってそれは不可能だから……
「黒薔薇の魔女に子供?それも男の子、それは有り得ないわ」
「どういう意味ですか?」
「あ、あの、魔女は子供を産めないそうです。だから魔女は弟子をとって後を継がせる。もし奇跡的に身籠ったとしても、生まれてくるのは絶対に女の子です。だから男の子は有り得ないんです」
「どこからか自分に似た赤ん坊を攫ってきて、周りに自分の子だと暗示でもかけていたんじゃないかしら?」
「そんな……サミエルが攫われた子供?」
ウィンさんはかなりショックを受けたようだ。
「これからどうするの?」
「一度国に帰ります」
「そうね、この分だと国王も操られている可能性があるわね」