第3話
身のこなしもどこか洗練された動きで、薪を割っている時でさえ優雅だった……高貴な雰囲気、きっと平民ではなく貴族なのだろう。
「ココは、綺麗なピンクブロンドだね。朝日でキラキラしているよ。それに瞳は日があたると銀色に見える……」
「ち、違います!グレーです」
しまったと思った。私はこの容姿のせいで親に売られる予定だった。この国では珍しい色なのだそうだ。両親は茶色の髪に茶色の瞳、この国では多い色だった。子供心になぜ自分だけ色が違うのか不思議に思っていたが、結局それを聞く前に母は魔物に殺され、父はその後行方が知れない。一度師匠と一緒に住んでいた家を見に行ったが、父は引っ越したと近所の人が言っていた。
私は慌てて前髪を目の上にかぶせた。
「綺麗な瞳なのに、隠すなんて勿体ないな」
「この方が落ち着くんです」
予期せぬ形で始めたウィンさんとの生活だったが、思いのほか楽しかった。人と会話をしながら食事をしたり、一緒に薬草を採取し、魔法薬を作るところを興味深く眺めてきたり、手伝えることは何でも率先して手を貸してくれるのだ。
相変わらず夜は呪いに苦しめられているようで、その度に私はこっそり癒しを使っていた。ウィンさんの呪いについても師匠が使っていた本を調べているが、今のところ解呪の方法は見つかっていない。イバラの紋様は特徴的だ、死の呪い……イバラが成長して紋様が伸び心臓に達すると術が完成して死に至る……解呪方法は術者を殺すか、呪い返す、……返す方法は……
「ココ……」
「……」
「ココ……?」
「あ、ウィンさん、薪割り終わりましたか。いつもありがとうございます」
「ああ、勉強していたのか。邪魔してしまったかな」
「いえ、大丈夫です。それより腕の呪いはどうですか?」
「そうだな、不思議なんだがここに来てからあまりイバラが成長していない。あと1か月で20歳になるんだが」
「え?あと1か月って……そんなに時間がないじゃないですか……何のんびり薪割りしてるんですか⁈」
ウィンさんはのんびり笑っている。私は不安でドキドキと心臓が嫌な音を立てているのに……
「はは、でもここにいるって決めたし、覚悟はできているよ」
「覚悟って、そんな、ウィンさん何も悪くないのに、呪われて死んじゃうなんて、嫌です!!まだ諦めないで、死ぬのを受け入れないで下さい!」
そう言った途端、強い力で腕を引かれそのままウィンさんに抱きしめられていた。突然のことに驚いたが、ウィンさんが泣いていることに気づいたので、そのままウィンさんの背中に手をまわして抱きしめ返した。少しすると、ウィンさんは照れくさそうに離れていった。
「すまない、いきなり抱きしめるなんて……」
「いいですよ、減るもんじゃないですし」
照れくさくなって、変なことを言ってしまった。
その晩も腕の呪いに癒しを施してから、私は師匠の部屋に入った。そこに通信用の魔石が置いてある。この2年の間、何度か通信を試みたが1度もつながっていない。でも、今回だけは諦めるなんて考えられなかった。
「お願い、つながって、師匠」
私は魔石に魔力を込めた。このままウィンさんが死んでしまうなんて、絶対に嫌だ。
「師匠、お願い、返事してください!!」
「―――――」
かすかに魔石が反応した。
「ああ、もう、このくそ魔女!2年間いなくなったのは許すけど、今は返事しないと許さない!!」
「――あら、悪口なんて珍しいわね、ココ」
魔石から2年ぶりに師匠の声がした。私は思わず魔石に縋った。
「師匠―っ助けてください!お願いします!!」
「あら、緊急事態かしら?わかったわ~すぐに戻る」
その声と共に、足元に転送魔法の光が広がった。その瞬間、師匠が美男子と共に現れた。
「誰ですか、この美男子……そんな簡単に現れるなら、もっと帰って来てくださいよ……処刑って何なんですか」
「あはは、久しぶりね。いろいろあってね~今は冒険者になっていて、この人は相棒よ。どうしたの?ココが助けを求めるなんて、珍しいから急いで来たわ」
照れくさそうに笑う師匠を見て、私はこの男性が師匠の恋人だと確信した。
「師匠、いつから金髪碧眼になったんです?私を拾ってからずっと容姿が変わらないのも、ほんと詐欺です」
「そりゃ不老になっているからね~。ココは見ないうちにすっかり大きくなって、綺麗になったわね」
ふわりと抱きしめられ、私は師匠の胸の中で暫く泣いていた。2年間一人きりで頑張っていたけど、ずっと寂しくて心細かった。最近はウィンさんがいてくれて楽しかった。それでも、やっぱり師匠がいなくなって不安だったのだ。
翌朝、突然現れた師匠を見て驚くウィンさんも交えて事情を説明した。
「なるほど、それで、呪い付きの男を拾って、私がいない間に一緒に暮らしていたと……」
「確かにそうですが、師匠が言うと違うように聞こえて、なんだか心外です……」
ウィンさんは先ほどからずっと師匠を見ていた。緊張しているようだ。
「あの、西の魔女、あなたにこの呪いを解くことは可能ですか?」
師匠はじっとウィンさんの腕の紋様を見て嘆息した。
「誰に呪われたか、心当たりがあるのかしら?」
「……証拠はありませんが、心当たりはあります」
「そう、では成功報酬は何をくれるの?魔女はタダでは動かないわよ」
ウィンさんは持っていた鞄の中から、いくつかの宝石と魔石を出した。どれも大きくて高そうだ。
「これでどうでしょうか」
「希少な魔石に、国宝級の宝石……まあいいでしょう。あなたのそれはイバラの呪い。術者は誰かを生贄に捧げて殺したい相手を呪う。周りで誰か、不審な死に方をした人がいたのかしら?」
「はい、呪われた次の日に、私の乳兄弟が死体となって発見されました」
「そう、では身近な人物が呪術を行使した、と」
「……たぶん、そうだと思います」
「結論から言って、呪いは解呪できる。ただ材料がいることと、解呪が成功すれば、その呪いは術者に返り、たぶんすぐに死ぬわ。それはいいのよね?」
「それは……」
「私から言わせれば、勝手に人を呪うのだから、それが失敗に終わったのなら、自分がその代償を払うのは当然の報いだと思うの」