第1話
6話完結となっています。
「この役立たず!!今日は飯抜きだよ」
そう言って、おかあさんは私を置いて出ていった。きっと隣の部屋でご飯を食べるのだろう。微かに漂うスープの匂いにお腹がクーと鳴った。今日はと言ったけど、昨日からずっと食べ物を口にしていない……明日は何とかしてご飯を食べたいと思った。井戸から水を汲み、取り敢えず空腹を誤魔化す。そんな生活がずっと続くと思っていた。
私が5歳の時、そんな生活が突然終わった。
その日はおかあさんに連れられ、国境沿いの森で山菜と薬草を採るのを手伝わされていた。この辺りは魔物が多く出るが、山菜や薬草も沢山採れるのだ。籠いっぱいにしたらパンをくれると言っていた。だから一生懸命山菜を採っていた。その日は山菜が沢山採れた。おかあさんも夢中で採っていたからか、私たちは魔物の気配に気づかなかった。
森に入るときは、魔物除けの薬草を燻しながら入るのが常識だと聞いたけど、勿体ないと滅多にそれを使うことはなかった。気づいた時には、魔物がすぐそこまで迫っていた。ドンッと背中に衝撃が走り、私は魔物の方へ倒れ込んだ。横目に見ると、おかあさんが籠をつかんで一目散に走っていくのが見えた。どうやらおかあさんが私を突き飛ばしたようだ。
目の前に魔物が迫る。中型の魔物は大きな口を開けて近づいてくる、生暖かい息が頬にかかる。もう駄目だと私は覚悟を決めた。でもその時グレーの髪の女性が私を庇うように立ちはだかったのだ。ビックリしている間に、女性は魔物を倒していた。本当にあっという間だった。女性は魔物の中から魔石を取り出すと、何も無かったように私に近づいてきた。
「大丈夫?さっきの見てたけど、酷い親もいたものね。魔物の前に子供を突き飛ばして逃げるなんて……あら、あなた結構魔力量があるわね。いいわ、あなた選びなさい。このまま私について来て魔女の弟子になるか、さっき逃げた親のところに戻るか。さあ、どうする?」
女性は魔女だった。魔女は私に手を差し出した、私にはその手が救いに見えた。ガタガタと震える手を伸ばして、魔女の手を握った。温かい手を握ると震えは自然と止まっていた。
「よし、じゃあ今日からあなたは私の弟子ね。帰りましょうか」
魔女は私の手を握ったまま歩き出した。帰る途中の道に、先ほどお母さんが着ていた服がズタズタになって落ちていた。大量の血の跡もあった。きっと違う魔物に襲われたのだと思った、でも私は特に何も感じなかった。
おかあさんとの思い出にいいことなんて何もなかった。殴られたり怒鳴られた記憶しかない。おとうさんは更に酷かった。大事な売り物だと顔を殴ることはなかったが、投げ飛ばされたり水に沈められたりした。おとうさんは大きくて力も強かったから本気で殴られてたら、今頃は死んでいたと思う。
「そうだ、あなた名前は?」
「……ココ」
「そう、ココ。これからこの場所があなたの家よ」
お世辞にも立派とは言えないが、とても落ち着きのある家がそこに建っていた。魔女は部屋の中を案内しながら、私を奥の部屋に連れて行った。そこには大人が寝るには少し小さなベッドが置いてあった。緑色のカーテンがかかっていた。
「昔、4歳の男の子がいた部屋よ。今は使っていないからここを使って。ずっとそのままだったから、埃っぽいわね。あとで浄化魔法で掃除をするわ」
「……」
「そうそう、私はミラーリア。ミラって呼んでね。皆は西の魔女と私を呼ぶわ」
「ミラさん……」
「本当の真名は先代の魔女が名付けて心臓に刻まれているわ。誰も知らないし、決して教えては駄目なの。そして、真名が刻まれている限り、魔女は火炙りでは死なないの。これも秘密ね」
ミラさんはいろいろと家の中の説明をしながら、魔女について教えてくれた。
「今は魔女の弟子だけど、私がココに知識を伝え、黒魔術を教えて、時期が来たら真名を授けるわ。そうしたらココは本物の魔女になる。だから弟子の間に考えなさい。本当に魔女になりたいのかどうかを」
魔女になると、子供がほとんど産めない体に変化するという。だから、魔女は時期が来ると魔力の高い子を探して弟子にするそうだ、自分の知識や黒魔術を伝授するためだ。そして真名を授け、自分は終の棲家を探す旅に出るらしい。ミラさんは短期間で弟子になり、そして西の魔女になったらしい。珍しいケースだと言っていた。
私がミラさんに認められたら、私が次の西の魔女になるそうだ。ミラさん、改め師匠は私にいろいろな知識を惜しみなく教えた。私は筋がいいらしく、ここに来て3年が過ぎる頃には主な魔法薬はほとんど作れるようになっていた。作った魔法薬は、お母さんのお手伝いを装って村に卸しに行っていた。今考えたら、師匠がいなくなって私が一人になっても困らないように、一人で売りに行かせていたように思う。
その頃から師匠はフラッといなくなることがあった。長くても1か月ほどで戻って来たが、理由は教えてくれなかった。私は魔法薬を作っては村に卸して生活の足しにしていたので、特に困ることはなかった。
魔物も師匠から魔法を教えてもらっていたので、小型の魔物なら負けない自信があった。中型以上は魔法薬を使って撃退していた。敵わない相手なら逃げるが勝ちだと師匠は言っていた。ちなみに師匠は一人で大型のドラゴンを倒しているので、逃げることはないのだが。
そんな日々がずっと続くと思っていた。ここに来てから私はずっと幸せだった。お腹が減って死にそうになることも、殴られて痛くて眠れないなんてこともないのだ。本当に夢のようだ。
師匠がいなくなるのは、長くても1か月程度、必ず戻ってくる。そう信じていた。
私が13歳になった時、突然師匠が言った。
「ココの魔法薬は完璧ね。私が教えられるものは、禁術以外は全て教えたわ」
「はい、師匠のおかげです。ありがとうございます」
「まあ、黒魔術の方はまだまだだけどね。弟子としてはまずますかしら。それでね、今回はちょっと外出が長くなるんだけど、ココなら私がいなくても平気よね?」
師匠はそう言うと、私の前から姿を消した。1年が過ぎ、外出ってこんなに長いのか……とか、疑問に思っている間に2年が過ぎ、私は15歳になった。いつものように村に魔法薬を卸しに行って、そのお金で買い出しをしていると、信じられない話が耳に飛び込んできた。
「西の魔女が捕まって、5日前に火炙りの刑が執行されたんだってさ。なんでも火が燃えてる中、ずっと笑ってたって話だぞ。怖いねぇ魔女、化け物だよ」
大丈夫だ、師匠は言っていたじゃないか。魔女は火炙りでは死なないと。真名があるから、それを知られなければ死なないと。まさか真名が知られた……師匠に限ってそんなヘマはしないと思う。そう自分に言い聞かせた。
それに、師匠は必ず私を魔女として認めるために帰ってくる、そう言っていたのだ。次の西の魔女は私なのだから。そう信じて村を後にして帰路に就いた。
国境沿い、丁度私が昔師匠に助けられた場所へ差し掛かった時、男性の叫び声が聞こえた。近くに魔物の気配もする。いつもなら無視をするところだが、今日は何となく気になって声のした方へ向かった。