表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

九州大学文藝部・2023年度・新入生歓迎号

「紫煙」に託して

作者: 離塵帰煙真君


 カチャリ、シュボッ

 胸ポケットから取り出されたジッポーが淡い火を灯す。それを口元へともってゆき、銜えた細巻へと火を移す。チリチリという紙の焦げる音を背景に、深く息を吸う。フィルターを通った毒煙が肺へと侵入する。ほんの少しだけ、息が詰まる。視界にベールがおろされたように、すべての景色が薄く霞む。


 昔日の名作家たちが描いた作品の中でよく目にする「紫煙をくゆらす」という表現が気に食わなかった。親父の吐く煙をいくら観察したところで、白か灰色、稀に青白く見えるくらいのもので、紫とは程遠い色をしている。誰が紫としたのか、なぜ誰も他の色を提案しないのか。まったく謎だった。


 肺に溜まった煙を大きく吐き出す。空気を切り裂いた煙たちが薄く広がる。平時には青白い煙が、夕焼けの赤と混じって紫になる。なるほど、これが噂に聞く「紫煙」というやつだ。熱に侵されボーっとする頭でそんなことを思う。

 一瞬、ビルの狭間から顔を覗かせた太陽と目が合った。思わず漏れ出た涙を拭ううちに、美しい紫煙たちは世界へと溶けて消えてしまった。その光景をもう一度見たくて、右手を口元へと運ぶ。ゆっくりと息を吸えば、呼吸とともに毒煙が体を蝕む。


 この瞬間だけは、何も感じなくて済む。

 あぁ、これは、やめられない。


 私は、紫煙のように風にくゆられて、消えてしまうのを、待っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ