学校の再開
授業が延期された期間は、全部合わせて17日間にも及んだ。
休みの間に作っていた魔道具はラウルの物以外は完成した。カルムスには忙しくしているダニエルの分も渡して欲しいと頼んだ。
内緒で作っていたお爺様の分も最初に作って渡し済だ。
後は、ロクスとミーナだな。
学校に行く準備を終えてから二人を部屋に呼んだ。明日からまた学校だ。
「ロクス、ミーナ。これを持っていて」
完成した魔道具を見せた。
「「これは……」」
「守護の魔道具だよ」
ミーナには言っていなかったが、ロクスには作ると伝えてあったはずだ。妙な反応だな。受け取るように促した。
「これがそうなのですか?」
「盗られないようにしたんだ。ロクスはベルトのバックルでミーナは髪飾りだよ」
アルベルト騎士が行った検問の時に、指輪を見て思ったのだ。見えるところにあると、いつか没収されるかもしれない。指を切り落とされるかもしれないと。
ラウルの時計型ではないが、魔道具と分からない工夫を凝らした。
「ソルレイ様、大変申し上げにくいのですがーー」
ロクスが何か言いかけると、ミーナが髪飾りを取った。
「ありがとう存じます。ソルレイ様。大切に致します。では、お洗濯に行って参ります」
「うん」
仕事中に中抜けさせた形だ。すぐに戻りたいのだろう。
「ミーナ待ちなさい。ソルレイ様、このように繊細な細工の髪飾りは意中の方に渡すものです」
え!?
驚く俺に大きく頷く。
「そ、そうなんだ。ミーナ作り直すよ」
今の今まで目の前にいたミーナは、扉を半分開けており、体を廊下に滑らせていた。動きが機敏だ。もうあそこまで行ったのか。
「これが気に入りましたので嫌です。勘違いなど畏れ多いですわ」
お辞儀をすると扉を静かに閉めて行ってしまった。気に入ってくれたのは嬉しいけれど、あの様子では返してくれとは言い辛いな。
「ごめん」
教えてくれたロクスに不勉強だったと謝った。
「謝罪など必要ございません。ですが、銀細工ではなく白金細工は過分でございます」
「そうか。分からなかった。今度から気をつけるよ」
領内の腕のいい職人は、手間賃を安くしとくよと言ってくれたので、プレゼントだからいい材料で作ってくれと言ってしまった。恐らく好きな相手へだと思ったに違いない。
銀細工ですら平民にとっては憧れの品だ。白金を使いますと職人にさらっと言われると、貴族は当たり前なのだと勘違いをした。
ミーナとロクスへのプレゼントだったから相談もしなかったからな。俺が悪い。
「私の物ですがーー」
「ミーナも持って行ったからロクスも持っていて。でないと変に思われるよ」
ラウルの好きな相手がアイネなので、俺まで使用人に想いを寄せていると思われるといけない。二人に渡した形にしたいと頼んだ。
「かしこまりました。生涯大切に致します。この魔導石は見たことがないのですが、どういった物でしょうか」
両手で恭しく受け取ったバックルを不思議そうな顔で眺めていた。
「それは特級や一級鉱石を砕いたものを再成形したんだ。端材がいっぱい出たから皆から貰ったんだよ」
ノエル達と魔道具作りをした時の物もある。職人に丸く加工してもらったり、デザインカットをしてもらったりする余りをもらったのだ。
何せゴミ扱いだからな。
「再成形、ですか?」
「再成形した方が、鉱物の持っている力の相乗効果が見込めるんだ。鉱物の割合には気を遣うけれどうまくいったよ。色も綺麗でいいでしょ」
石は色が混じり合い溶け合う。唯一無二の模様だ。これを見るのが、楽しくて仕方がない。
「ソルレイ様はそのようなことができるのですか?」
「粒子状にして焼くんだ。冷えたらくっつくよ」
研究棟で削って粒子状にするのだ。鉱物ごとに作る。粒子になっても魔力計測をすると魔力量は変わらなかった。
今度は作りたい守護魔道具に必要な鉱石量を計算して作り、通常の作り方と守護に差が出るのかを調べたが、これも遜色なかった。
利点は、粒子状の方が、発動時間が僅かに速いということ。石の共鳴は、体積が小さい方がスムーズなのだろう。
「最大の利点は、端材の活用だよ。これで大きな鉱石が手に入らなくても小さいのを集めれば良い物が作れるんだ」
研究の一部を話すとロクスがバックルを握り締めて言った。
「それは、大発見です。すぐにラインツ様にご報告なさって下さい」
それが今の段階ではまだできないのだ。
大抵の石は溶けてくれるのだが、火に強い鉱石がある。火のエレメンツが入った希少石もそうだが、水も駄目で最近やっと火力を上げて溶かせたところだ。
ところが、今度は魔力が下がっていた。
火から自分自身を守ろうと魔力を使ったのだろうと推測している。石は生命体ではないのでこの辺りがよく分からない。きちんと条件を見つけるまでは使えない。
「この研究は途中なんだよ。それに貴重な石が勿体ないことになるんだ。手に入った端材で研究していくよ」
もういくつかやってしまった後だ。可哀想な石たちが研究室で砂粒にされ瓶に収まっている。これ以上増やす訳にはいかない。
「そうでしたか。研究に口を出してしまい申し訳ありません」
「ううん、いいんだ。何の研究をしているのかはお爺様に伝えておくよ」
「はい、お喜びになられるはずです」
「うん!」
魔法陣じゃないけど、話しておこう。喜んでくれるといいな。
学校再開の当日は、お爺様がついて来てレリエルクラスに魔道具や魔法陣が仕掛けられていないかを確認してくれた。
そして俺もラウルもレリエルクラスのため1年生から4年生のレリエルクラスには守護の魔法陣が書かれ、一瞬で空間に飛散した。
「これでいい。学校内で何かあったらここに逃げ込むのだぞ」
「うん! お爺様ありがとう」
「お爺ちゃん大好きー!」
ノエルの登校時間に合わせた早い時間だったので、静かな教室での一コマだった。
噂が広がるのは早いもので、学校が再開すると、“レディスク家がグルバーグ家へ喧嘩を売った”とか“軍が加担した”といった話が駆け巡っていた。
耳聡いと言いたいところだけれど、教員棟の学長室も音楽室も吹き飛んでいる。
うん、バレるよ。
やったのはカルムスで俺ではないのだが、わざわざ顔を見に来る他クラスの生徒がいる。
微笑むと慌てて帰って行くが疲れる。頬杖をついて、クラスメイトが閉めてくれた扉を見つめる。
「ノエルがフロウクラスに絡まれるって心配してたのに……」
学校が始まるとそんなことはなく、手紙にあった他国の教員というのはガセ情報ではなく事実みたいだが、そのことで他国の生徒が虐められるということは皆無だった。原因になった俺も責められていない。
「学長が教員を使って生徒を殺そうとする方がセンセーショナルすぎる」
そっちで持ち切りのため“他国の教員”のことを忘れているのではないかという意見には納得だ。
インパクトで負けたようだ。
「そう考えると2回も凌いで凄いよ。皆のおかげだ」
初日は何も知らず普通だったのだが、翌日は、クラスメイト達に『学校に来て大丈夫なのですか』と心配されている有様だった。
休み時間の間、扉はきっちり締めるようになったため、偶に開けられると全員に睨まれ俺に微笑まれて他クラスの生徒は逃げ帰って行く。偶にトイレから戻ったクラスメイトもその洗礼を受けるが、何も言わずに席に着く。皆もクラスメイトだったかと妙な頷きをしている。
魔道具の授業は、急遽マットン先生が引き受けていた。
確率はラウルの担任のノックス先生で、なんだか色んな人に気を遣われている。
ただ、授業を受け持つことになった本人は、ゲートの希少な鉱石は欲しかったようで、
「ラウルツ君がいるからそっちがいいと言ったのにぃ」
と、落ち込んでいた。
マットン先生に自慢されたらしい。考えると子供のようなやりとりだな。
音楽の授業は、ユナ先生が捕まったことや音楽室が吹き飛んだことで授業が無くなった。
建物や楽器の弁済はレディスク家が全て行うことになっており、音楽室の建直しを命じられているようだ。
当主は一度グルバーグ家に謝罪に来たが、追い返したと聞いている。先触れの従者が来たため断ると、今度は、本人が辺境までやって来た形だ。
会うわけがない。
娘たちがお孫さんを殺そうとした件ですが、申し訳なかったと言われても、いいですよとはならないのだ。
軍属の騎士家も連日の謝罪行脚だが、当然追い返されている。ノエル達がいる頃から毎日なので反省はしているようだ。
グルバーグ家の子を殺そうとして追いかけ回した、家まで踏み込んだ、学校に呼び出して襲った、と社交界で広まっているという。
それに怒ったお爺様が、軍に二度と協力しないと宣言したことで、アインテール国の国防力は数段落ち、国家の防衛線は大幅に下げて展開することになった。
有事の際にラインツ大魔道士が動かないと知った貴族達が何ということをしたのだ!? と、軍へ厳しい目を向けているというのが現状のようだ。
王が、軍門派閥の貴族達に謝罪させる場を設けようにもラルド国の一件がある。お爺様を王宮に呼び出して、『そんなことを言わずに国の為に頼む!』とは言えないのだ。
軍は国の管轄なので、また王がやらかした、と貴族達は王族に対し冷ややかな目で見ている。
「皆さん、長期間授業ができなかったので補講をします。平日2時間ずつやるか、休みを返上するかですね。対応を協議しております。そのつもりでいてください。夏休みを削るなどもあり得ますので、ご家族にご連絡しておいてくださいね」
クライン先生の言葉に皆はため息を吐きながら頷いた。応じるしかないのだが、申し訳ない気持ちになった。
「音楽の授業の再開ですが、後期はできる目途が立つかと思います」
後期にならないと再開されないとは思わなかったな。
学校で受ける授業が唯一の音楽の授業だったという生徒もいる。
このことを同じ日に聞いた俺とラウルは、帰りの車内で相談をして、ハチミツシャンプーで稼いだお金で楽器を教務課に寄贈することにした。
6弦楽器も寄贈したので今年の1年生は余裕のない家も選択できるだろう。
寄贈先を学校ではなく、親身になってくれた教務課宛てにするという細やかな復讐を学校にしたが、これにより来月から授業は中庭で再開されることになった。
建物は無いので中庭に椅子を置いての青空演奏になるが、音楽が好きな生徒が喜んでくれればそれでいい。
「ラウル、友達に何か言われたりした?」
「ううん。お兄ちゃんは?」
「何も言われなくて拍子抜けしたくらいだ。他クラスは合同授業の時に嫌味を言うと思ったんだけどなあ。外れたよ」
アモンクラスは絶対に言うと思っていた。
「お休みの間にお爺ちゃんもダニーもカルムお兄ちゃんも動いてたよ?」
根回しかな。
「そうなのか。 言ってくれないから知らなかった」
「僕も知らなかったよ。アリスとアイネから聞いたの」
遊ぶのが楽しくて気づかなかったと笑うラウルの頭を撫でながら、御者台に座っているハベルはきっと蚊帳の外なのだろうと不憫に思うのだった。




