戦いの始まり 6
「ラインツ様から絶対に許すなと言われているからな。少々手荒になるが、全員俺の後ろにいろ。そうすれば死ぬことはない」
「「うん!」」
教員棟が見えてくると、カルムスが魔法陣を書いて指でピッと飛ばした。
小さい魔法陣だったが、空中に飛ばされると巨大な魔法陣に変わり、教員棟の一番上が吹き飛んだ。
「魔力反応がないな。逃げたか。ソルレイ、ラウルツ。探査の魔法陣だ。学校から街、領、国と探査が展開するように組め」
どこにいても探し出して捕らえる、と言う言葉に頷く。
「「分かった!」」
二人で足首に隠していた魔道具のペンダントを握り地面に書いていく。
お爺様と遊ぶ時に使う物だ。
学校で見つからなければ、街、街で見つからなければ、領、領で見つからなければ国中に網を広げていく。
広域範囲の探査魔法陣をラウルと書き上げた。
“エスクレイム”発動!
「カルムお兄ちゃん。音楽室みたい。でも罠かも。高等科でも僅かに反応してるよ?」
「ふむ。両方行けばいいだろう」
近い音楽室から向かうと、教会の建物の前にユナ先生がいた。
「学長の妹だったな?」
「そうなのよ。いい迷惑だわ。ここにはいないわよ」
「吹き飛ばせば分かる」
「ちょっと! やめてちょうだい!」
「それはこちらの台詞だ。教員なら生徒を守れ。姉についたおまえは役立たずのあいつら以下の無能だ」
喋りながら容赦なく魔法陣を展開させ、教会を瞬く間に破壊するが、俺達には何も被害は無かった。
しっかりと隔絶の魔法陣が展開されており、瓦礫の崩れる衝撃も粉塵さえも感じなかった。
ラウルを引き寄せ、庇うように抱きしめている間に見事な教会型の音楽室が瓦礫に変わっていた。破壊の荒々しさとは真逆の音のない静かな世界だった。
「何がいないだ。白々しい」
360度守れる守護の上位魔法陣が構成されており姉妹で凌いでいた。
カルムスが魔法陣をどんどん展開させ瓦礫を高温で焼きながら巻き上げ風魔法を使う。
ラウルが攻撃魔法陣をえい!えい!えい!と書くので、俺も何か書こうかと考える。
「足元を狙うか」
「拘束の魔法陣ですか?」
「だったらアヴァンズはどうだ? 手伝うぞ」
「そうですね。アヴァンズにします」
「私も手伝わせて下さい」
皆で描いて発動させる。
地面から出た鎖が、足に巻き付くだけなのだが逃げるのが面倒なものだ。カルムスの猛攻を防ぎながらでは相当にきついはずだ。
ラウルに声をかける。
「過重の魔法陣を書いてくれる? 俺は付与の魔法陣を書く。リミットは1秒にして秒ごとに鎖を加重させよう」
「分かったー!」
少ない魔力で効果的な魔法陣を展開させた。
「よし、いい選択だぞ! 実践で学べ! あいつらを踏み台にしろ!」
「「うん!」」
過重はカルムスの魔法を躱していたために間に合わず発動に成功した。
鎖が秒ごとに重くなり、足が悲鳴を上げる。
守護魔法を維持できないくらいに魔力を使わせたカルムスが最後は昏倒させ額に何かの魔法陣を書いた。
「自害禁止、他殺禁止の犯罪者につける魔法陣だ」
「そうなの? 初めて見た」
「僕も。お爺ちゃんに習ってないよ。力を削ぐものなんだね」
額を見て変わった魔法陣だと勉強をする。人体に描くのは難しいとされているが、易易とこなしていた。これは、本人の魔力で常時発動させる魔法陣のようだ。時間の設定をしないことで魔力を還流させているのかな。
まだ読み解く力が足りないようで難しい。見ている間にカルムスは唯の鎖で縛り直した。
「カルムお兄ちゃん?」
声に戸惑いが乗ると、こうしておかないと魔法を使えない軍属もいて困るからなと、馬鹿にしたように髪をかきあげた。
カルムスが過重ではなく軽減の魔法陣を付与して、鎖を持って引きずっていく。
「ああやって戦うのだな」
ノエルの声に腕を組んで、ハルドが頷きを返す。
「勉強になりました」
「魔法陣の展開速度が恐ろしい程に早いですね」
「うん。カルムお兄ちゃんの魔法陣は凄く早かったの」
「そうだな。実践だとあのスピードなんだな」
魔法も魔法陣もとにかく早い。魔法で攻めていたはずなのにいつの間にか魔法陣でも攻めていて、向こうの反撃などなんの意味もなかった。攻守を入れ替えて戦うのが当たり前のようだった。
魔法陣は守りという考えは捨てた方がいいな。
ラウルはともかく俺には早すぎて無理だな。思考が追いつかない。
魔道具を極めてラウルやお爺様、カルムスやダニエルの助けになれるようにしよう。
皆で凄かったと話しながら教務課へ戻った。
「ほら。連れてけ」
「カルムス様、ご協力ありがとうございました」
「今回の件に軍が絡んだこと、ラインツ様はお怒りだ。覚悟しろ」
「此度のことは誠に申し訳ございません。しかしながら――――」
「ちゃんと言ったほうがいいか? ラインツ様はソルレイとラウルツを愛している。怒り具合は一番弟子の俺が見たことがない程だ。今後、軍からの協力要請があっても手伝うことはない。これは殺されかけたソルレイやラウルツも同義だ。防衛線を引き直せ」
教務課内が一気に張りつめた空気になった。
「そんな…………。そこまで、なのですか」
呆然とした声を軍人が出す。
「ハッ、大恩あるグルバーグ家に騎士達を寄越しておいて何を言う。ソルレイとラウルツを捕らえて何をする気だった? 将来の協力はいらぬとお前たちが示したのだ。言うまでもないことだろうが、俺も協力など一切せんぞ。それから教員が一人関わっていた。他にも協力者がいないか調べろ。無能な軍に似合いの仕事だ」
カルムスが帰るぞと言う。
先生達に来てくれた礼を述べ、ノエル達、皆で正門に向かった。そこにアルベルトの姿はなく、カルムスの乗って来た車をモルシエナとベンツが護るように武器を持って立っていた。近づくと、俺達の姿に目を細めて頷いた。
屋敷の玄関に入ると、お爺様が駆けよって来て俺達を抱きしめる。
「よくぞ無事に戻った!!」
「お爺様!」
「お爺ちゃん!」
「「ただいま!!」」
それからノエル達も抱きしめられていた。ノエルはもう孫の一人くらいの感覚なのかな。
「怖かったじゃろう。すまなかったのう」
「大丈夫です。ラインツ様に守護魔法陣を描いていただけましたので心配はありませんでした」
ノエル達は気にしないで下さいと言ったが、俺も謝る。
「何だか分からないけど狙われていたのは俺みたいだ。皆を巻き込んでごめん」
「どこからどこまでがそうなのか分かりませんよ」
「学長がソルレイ様を狙う意味ってありますか? なんだか通り魔のような……。ユナ先生もあんなに横笛の音色を褒めていたのに……」
「襲撃犯にしてもソルレイがわざわざ生け捕りにしたのに、取り調べが不十分すぎる。学校を再開させようとした意味が分からん」
皆が気にしなくていいと言ってくれたので、何度もお礼を言った。
そんな玄関先で脇に控えているロクスに気づいた。休んでいていいのに。怪我がないかを確認して抱きしめる。
「無事でよかった。一人で帰らせてごめん」
「そんなことは宜しいのですよ」
カルムスのお守りを俺の首にかけ直してくれた。
「俺がカルムお兄ちゃんにも負けないお守りを作ってみせるよ。できたら貰って欲しい」
「はい、いただける日を楽しみにしております」
嬉しそうに微笑まれたので俺も微笑み返し、カルムスにもお礼を言いに行く。
「カルムお兄ちゃんも来てくれてありがとう。嬉しかった」
「うん。ラウルも嬉しかったよ」
ぎゅっと抱きつく。もう大丈夫だととても安心したのだ。
「そうだろう? あまり教師に媚を売るな。グルバーグ家は堂々としていればいいんだ」
「えー? 偉そうだったよ?」
「先生達、可哀相だったよ。見てられなかった」
「何を言っている? 偉いんだから偉ぶっていいだろ」
軍が、“捕まえられない”などと、殺そうとした家に泣きつくなど恥を知れと蔑んでいた。
「教師も軍も犯罪者の身内だろうが」
カルムスが吐き捨てた。
普段は咎めるダニエルも同意する。
「私も元騎士ですからね。確認もせずに上級貴族の家に踏み込むなど異常に感じます。ソルレイ様もラウルツ様も一歩間違ったら何かあったのかもしれないのです。同情をする必要などありません」
「ダニーも怒ってるんだね」
「僕たちが心配だったんだね」
ぎゅっと抱きしめ、大丈夫だよ、帰って来られたよと身体の温もりで伝える。
ダニエルもまたラルド国で親や兄弟を亡くしている。
他国に嫁いだ妹だけが助かったと聞いたのだ。急に家族がいなくなる喪失感は慣れるものではない。
「「ダニーただいま」」
「はい、おかえりなさい。怪我がなくてよかったです」
無事な再会を果たし、家に帰った安心感からかお腹が鳴った。聞いた周囲のメイド達により準備がなされ、早目の昼ご飯を食べる。
詫びに訪れる来客は執事やメイド達によって追い返されていく。取り次がれることは無かった。
お爺様が、私が守るからこのままここにいなさいと言ったこともあり、学校再開まで友人達はグルバーグ家の家敷で過ごすことになった。
忘れない内に、戦利品の鉱石をお爺様に見せる。
「ほう貴重な鉱石じゃな」
「ゲートだったんだ。解体して皆で分けたよ」
「ならば皆で魔導具を作るとしよう」
お爺様の指導の元、魔道具作りに励んだ。
ラインツ様に教えてもらえるなんて、と友人達は喜んでいた。
「ソルレイ。その鉱石を俺にも分けてくれ」
カルムスに声をかけられた。
言われたこれは俺とラウルには必要ない鉱石で、使うのと使わないのとテーブルの上で分けているので、それを見て声をかけてきたのだ。
渡そうとして悩む。
「カルムお兄ちゃんとダニーに揃いで俺が作って渡すのと、カルムお兄ちゃんから貰うのとダニーはどっちが嬉しいかな?」
「俺から貰う方が嬉しいに決まっているだろう」
「じゃあダニー分だね。はい」
そこでハタと止まる。
「自分の分とダニエルの分を作るから2つくれ」
いいよ、と渡す。
カルムスが満足気に頷く。
「カルムお兄ちゃん、俺なら攻撃を阻害する魔道具が作れる。魔法攻撃無効の守護壁、物理攻撃軽減と相手の魔法陣の効果時間軽減、付与効果消滅の魔法陣を組み込んで手の平より小さい魔道具が作れる。俺より良い物を作れる?」
「そんなに組み込むと弾けるぞ」
「ちゃんとお爺様から合格を貰っているよ」
「なに!? 設計図があるのか? 見せろ」
「うん」
一番細かい方眼紙に書かれた設計図8枚をカルムスに見せる。
「…………」
無言で設計図を1枚ずつ見ている。
2つ重ね合わせ守護魔法陣の中央に置くと、24時間耐性の高防御の魔法陣が現れる仕様だと知り目を見開いていた。
本当に可能なのか計算をしているようだ。
手元の指が一定のリズムでテーブルを叩くように動いている。
「他の一級鉱石もふんだんに使う仕様になっているぞ」
「俺とラウルの余りだね」
「頼むとしよう」
「ダニーの分だけ作ろうか? 自分の分は自分で作る?」
「いや、魔道具に関しては、ソルレイの方がもう技術が上のようだ。任せたい」
「うん! 作ったら二人に渡すよ」
「ああ」
ラウルに作る魔道具もお爺様に合格を貰っている。
これが一番作るのが厄介な物になる。
この希少性の高いカクリ石で予め描いた魔法陣をどんどん持って来られる仕様にしたいと言うと、お爺様も一緒に作りたいと言ってくれたのだ。
お爺様の魔法陣もいくつか入れてもらえることになっているので、楽しみだが作るのに時間が掛かる。
たっぷりと力を発揮できるように、特殊な溶液に浸けて石同士の絆を高め合うのだ。
下準備を合わせて1年越しだとラウルに伝えたところ。
「いいよー楽しみにする!」
と、言ってくれた。
その後、学校からは、授業の再開は1週間後に伸ばすとの連格があり、教務課の職員宛てに手紙が来たが間違いはないか問う手紙をもう一度送り直した。
最も信頼している職員宛にした。
翌日の夕方、間違いありません。というクライン先生の署名入りの返事が届き、みんなに伝えに部屋を出た。




