ラウルツ・グルバーグの一日
「みんな、おはよーう」
「「「おはよう」」」
皆、着替えていないだけでちゃんと起きている。
僕が挨拶をするとノンもハルもクラも身体を起こして、寝たままのお兄ちゃんを見ていた。
すやすやと静かに眠る、今日も熟睡してる寝顔だね。
上に乗って頬ずりをする。
「うぅっ、おもっ重いっ」
「お兄ちゃん、起きてー起きてー」
「うぅん。起きる。重い」
目を擦ろうとするお兄ちゃんの顔を温かいタオルで拭く。
「あったかい」
またそのまま眠ろうとする。
「起きてー!お兄ちゃんの朝ごはんが食べたいよう」
こう言うと、絶対に起きてくれる。体の上から退いて見守る。
「んー」
目を瞬いてもそもそと起き、寝ぼけ眼で皆を見て頷くと、僕の部屋から出て行った。
「ソルレイ様はあんな感じなのか」
「いや、体育祭の時はしっかりと起きていたが……」
「一緒に寝てる時はあんな感じだよ? でも、お兄ちゃんだけが学校に行っていた2年生までは、メイドのミーナより先に起きて身支度してたの。偶に一緒に寝てたから僕を起こさないようにしてくれてたみたい。今は一緒に登校するから、ミーナが来る前に僕が起こしに行ってあげるんだよ」
洗面を済ませ、ばばっとパジャマを脱いで、竹籠に入れ服を自分で出して着る。
こうしておけば、アリスが回収して洗濯をしてくれる。
髪を梳いて鏡を見ておしまいだ。
「お兄ちゃん寝ぼけてたから、僕の分しか朝食がなかったらごめんね。料理長が用意してくれるから許して」
「ああ。大丈夫だ」
「大丈夫ですよ」
「十分です」
「ありがとう!」
ゆっくりでいいよー先に行くねと手を振ってパタンと部屋の扉を閉めた。
お兄ちゃんの部屋を覗くと着替えの真っ最中だった。
黒い髪や白い上半身に大きな窓から差し込む陽が当たり天使みたい。
「お兄ちゃん、飛んでいかないでね」
「ん? ラウル?」
着替えながら扉を振り返ると、僕を見て笑った。
「見張らないでもいいよ。ちゃんと作る」
入って扉を閉めるように言われた。メイドが通るもんね。友達も来てるから知らない執事達も通る。ちゃんと閉めて側に行く。
「剣の練習をするから筋肉があるなって思って見てたの。無理しないでいいからね。お兄ちゃんには似合わないよ」
僕はやっていて楽しいから向いてると思う。どっちかができればいいよ。カルムお兄ちゃんもそうだけどダニーも元騎士だし、モルやベンもいる。
魔法や魔法陣を使える貴族の使用人も多いんだよね。戦力過多だから剣術はいらないと思うよ。
「アハハ。4年生になっただろう。外部講師の騎士が沢山来て扱かれるんだって。俺も嫌だよ」
お兄ちゃんが手に持っている服より、襟付きの服の方が今日はいいよね。ミーナに直される前にこれにしてと渡すと、短く了承をして着てくれた。
それに合うズボンはコレ!
チェストから取り出して渡す。服がいっぱいあると困るよね。
「お兄ちゃん、はい」
「はーい」
着替え終わると、部屋を出て厨房に向かうお兄ちゃんの背を見送り、着替えを用意しにやってきたミーナにもう終わったことを伝えてから食堂へ行った。
「ふふ」
仕事を取られて悔しいミーナの澄まし顔に笑っちゃった。
「お兄ちゃんのーごーはん♪ 久しぶりーあさごーはん♪」
席について歌っているとノン達が入って来た。
「久しぶりなのですか?」
「うん! いつもは料理長だよ。お弁当は頼んだら作ってくれるの」
僕の好きなものがたくさん入っている。
「朝食が珍しいのか」
「うん! 可愛いパンを作ってくれるよ!」
「え? パンから作るのですか?」
「ふふ。そう!」
「ソルレイは拘りそうだな」
皆が席に着き、明日は、釣りに行く約束をしていると、お兄ちゃんがパンの入ったバスケットを抱えて来た。
「みんな、おはよう」
「ああ。おはよう」
「「おはようございます」」
お兄ちゃんが僕とノンを交互に見る。
「ノエル様。ラウルツから選んでも宜しいですか?」
「ああ。パンの話を聞いていたところだ」
「ありがとうございます。ラウル、うささん、ブタさん、ねこさん、イタチさんがいるよ」
「わーい!見せてー!」
バスケットを置いて、傾けて見えるようにしてくれた。
丸みを帯びた可愛い顔をしたうささんが3匹くっついて遊んでる。
ねこさんも眠そうな1匹のねこさんを左右のねこさんが起きてと可愛い手を挙げて起こそうとしている。
「ねこさんにするー!」
「はーい。ねこさんどうぞー」
「ノエル様はどうされますか?」
「……食べ辛いな」
予想の斜め上だとノンが言い、他の二人も頷いた。
「料理長のパンはね、クロワッサンが美味しいよ。でもフワフワパンはお兄ちゃんの方が上手だよ」
食べてみてと勧める。
「そうか。……イタチにするか」
「私はうさぎで、せっかくなので可愛らしいものをいただきます」
「では、私がブタだな」
「うん? ソルレイはどうする?」
「俺はクロワッサンだね。料理長が焼いていたから食べてあげないと可哀相だからね」
「そうか」
一瞬クロワッサンにするか悩んだノンを見て笑う。
パンを選び終わると、一斉にメイドが朝食を運んでくる。
僕の物だけ可愛いプレートで、マッシュポテトや人参のグラッセは星形で、キッシュも可愛いひよこの形。
たまごの殻に見立てたパイが乗っていた。
ソーセージがカニさんの形で、ひよこが殻を破るお手伝いをしたように立って周りに配置されている。
スープは、リボンの形が可愛い色とりどりのマカロニが入った優しい味のクラムチャウダーだ。
「お兄ちゃん!ありがとう!」
「どういたしまして。クラムチャウダーはみんな共通だけど、マカロニだけだからね」
「隣で見ると凄さが分かります」
クラが僕のお皿を見て何度も頷く。
「昨日も思いましたが、ソルレイ様は料理も得意なのですね」
「お菓子も料理も趣味だね。家族が喜んでくれればそれでいいんだ。ラウルはその筆頭だよ。学校に上がったら、『学校では話しかけないでね』って言われるかもしれないなと心配していたんだけれどね」
お兄ちゃんは、そんなことを思っていたの!?
可愛いままで嬉しいと言われる。
「ハハ。なるほど。そういうこともあり得ますね」
「それで一緒に通うか聞いたの? 僕、ショックだったよ」
確認されて嫌だったのだ。
「ごめんな。でも、皆に聞いたらそんなに兄弟で仲がよくないらしいんだ。だから、友達と話している内にとかあるのかな、と」
いつか言われると思っていたと告白するので、きっぱり否定しておく。
「もう!それって跡目争いでしょ。興味ないよ。お兄ちゃんが困ったらねー。僕が助けてあげるよ」
「そうか。うん。我が家はやっぱり平和だ」
笑いながらお兄ちゃんがクロワッサンを頬張る。
「アハハ。確かにこんな可愛いパンを弟に焼こうと思ったことはありません」
「ハハ。それはそうだ」
「見た目だけではなく味もいい」
ノンがイタチさんを頭から食べ、美味しいと言った。
僕もねこさんを1匹ずつに分けてから食べた。
「白パンより柔らかいですね」
「これは美味しい。焼き目がついているのに柔らかい」
「時短で、フライパンで焼くんだよ。20分で焼ける」
「「「時短?」」」
「あ。時間の短縮をするんだ。発酵いらずのパンだよ」
「もはや職人ですね」
「発酵しないのになぜ膨らむのかまるで分かりません」
美味しい朝食を食べた後は、皆で勉強をした。
僕もお兄ちゃんに教わりながら勉強をして、料理長のお昼を食べた後は、魔道具の本を読んだ。
「僕はこれ」
お兄ちゃんに読んでと頼むと分かりやすく説明しながら読んでくれる。
ノン達がじっとそれを聞いているので、邪魔だと思われていると勘違いしたお兄ちゃんが部屋に行こうかと僕に声をかける。
「みんな、本を読んでるから俺の部屋で読もうか」
「うん!」
「……ソルレイ、待て」
「?」
ノンが困った顔をしているとハルとクラが、『一緒に聞いていていいですか?』と口にした。
「え? うん。それはいいけど。ラウルに読んでいるのは魔道具作りの基本だよ」
「あの授業、全然分かりません」
「私もです」
「進むのが早かったからな。今にして思えば教師ではないのだから当たり前かもしれないが……」
「いや、授業自体は教科書に沿ってやっていた気がする」
お兄ちゃんが、言っていたことも本との相違はなかったと言う。
「そうなのですか? ノートを取るだけで精一杯でした」
「うん、かなり早かったよ。それは異常なことなんだと思う。皆が嫌じゃなければ、ここで読むけど、大丈夫?」
「はい。どっちかっていうと助かります」
「そうです。説明してもらえるとありがたいです」
「ノエル様よろしいですか? 煩かったら言ってくださいね」
「ああ」
お兄ちゃんが、さっきの終わったところからもう一度読み直してくれる。僕に分かりやすい言葉に直しながら説明をしてくれるのを皆静かに聞いていた。
「魔道具の発動時間はどうやって決めるの? 魔法陣とは違うもんね」
「それはね、3通りの方法があるんだ。お爺様に貰った魔道具のように常時発動しているもの。危なくなった時に瞬発力を発揮して発動する物は予め計算して決めるんだよ。3つ目の方法は、完成してから自分で発動させるんだ。調理器具の多くがそうだよ。2番目の事前に時間を組むのをやってみようか――――」
例を出して計算しながら教えてくれる。
凄く分かりやすい。
そして、いつも僕に教えるように、実験や実物を作って見せてくれる。
せっかくだから魔道具を一緒に作ってみようとわざわざ研究棟まで材料を取りにいき、作りながら教えてくれる。僕も少しだけ手伝ったんだけど、ノン達が食い入るように見ていて少し怖かった。
魔道具の授業は難しいようだ。お兄ちゃんがサラサラと書いた設計図をじっくり手にとって見ている。
僕は、ノンに対しての溜飲が下がった。
だって、ノンの成績がいいのってたぶんお兄ちゃんのおかげだよ。
「これで最後だ。……できたよ。はい!ラウルの欲しかった魔法陣の効果を高める魔道具だ。魔道具だと分からないように時計型にしたけれど、ちゃんと時計としても使えるからね」
「ありがとう!」
自分の時計のパーツを分解してくれた。せっかく一緒に作るのだからお爺様に貰ったいい材料で作ったと、優しい笑顔で僕の手に時計型の魔道具を置いてくれた。
「ベルトじゃなくて魔道具に魔力を供給してくれるようにブレスレットにして、そこも魔導具にするよ。魔導石の加工を職人に頼むから今度一緒に行こう」
「うん!楽しみーー!」
手首を測って魔導石をくり抜こうと言ってくれた。これは専門の職人じゃないと無理そうだ。早く完成するといいな。
「明日は皆で作ろうか」
お兄ちゃんが笑いながら友達に声をかけた。これは途中で苦手なんだって気づいたね。
「ああ、頼む」
「「お願いします」」
「僕もなにか作りたいな。アイネにあげられるようになるまで練習する」
「アイネ?」
ノンが聞き返すから、『大人になってもまだ好きだったらもう一度言ってください』と、言ってこの前に振られた話をするのだった。
「僕は、もう一度言うつもりなの。大好きだって」
「…………」
この後何故か全員で上手くいく作戦やデートプランを考えてくれた。ハルやクラも外国から来ているので外食が多いらしくて、アインテールの美味しいレストランの情報にやたら詳しい。僕もお兄ちゃんも、しっかり聞いていた。
友達のお泊りって楽しいね!




