平和な学年 後編
詩の授業が始まると先生に此度は公表して宜しいですか?と聞かれた。
聞かれるまでもない。嫌に決まっている。
とはいえ、先生のこの感じ。逃げられそうにないな。それならやることは一つだ。
「他の方の詩も勉強のために聞かせて下さるのであれば喜んで」
そう微笑み返しクラスを巻きこんだ。
「そうですね。では、全員公表するとしましょう」
「お願い致します」
そうするとクラス中から慌てふためく声が上がる。
「先生、お待ちくださいませ。優秀な方3名に限るのはいかがでしょう?」
「そ、そうです。優秀な方のみにして下さい」
「参考になる方とならない方がいるかと……」
「やはりここは、成績上位者の詩を読むべきではないでしょうか」
「それが宜しいですわ!」
皆が貴族の本領を発揮して、饒舌に回避を図るが、そうはさせない。
逃がさないぞ。
強い意志を持って立ち上がると拍子を打つ。
音に驚きピタッと静かになった。
「皆、授業中だよ。隣のクラスも勉強中なんだ。静かにしよう。確かに成績上位者の詩が勉強になるというのは分かる。でも、不合格を言い渡された者の詩と比較することで学びや発見があるんだ。視点は良くても切り取り方がよくなかっただけかもしれない、いろんなことが分かると思う。学びを深めるために一度全員の詩を聞こうじゃないか」
笑顔で押しきり、先生に宜しくお願い致しますと頭を下げる。
「その通りです。詩は奥が深いもの。ソルレイ様の詩は言葉が美しく情感が豊かなのです。少ない文字数の中に幾通りもの解釈がありストーリーがあります。参考にするように」
褒められると居た堪れない。
目を泳がせながら席に着くと、ノエルから小さな声で「巻き込んだな」と本気の恨み言を浴びた。
ノエル、ごめんな。地獄に一人だけなんて無理だったよ。
「では読みます。題材は“四季を愛でる”です」
“春、うららかな陽気に眠りを感じ、心もふわふわと浮き上がる”
“夏、強い日差しに川の涼の恩恵を知る”
“秋、たわわに実る収穫と共に刈り取りの早さに命の大切さを学ぶ”
“冬、凍える手に息を吹きかけ大切な人をこそ想う”
一番大きなボードに書かれる。
トイレに逃げたい。
「どこの季節から読んでも成立するのだが、4つを読むと1つのストーリーになる。主役は農夫だろうか。農作業の辛さや苦楽と言われればそうも取れる。冬に奥方の手を温めているようにも感じるのだ。あるいは、主役は恋人からの便りを待つ女性であろうか。夏秋が自然を詩っているのに対し冬は人に焦点を当てている。そして春に心が浮き立つと結ぶのだな。春の前半は気候をうたい後半は心情をうたうことで冬からの繋がりを持たせてある」
そうなのか?
自分でも不思議に思いながら先生の解説を聞く。
“思う”ではなく“想う”に時間や空間の距離を感じるといった細かい話を生徒がノートに書き、俺の詩がノートに書かれていると思うと頭を掻きむしりたくなる。
「ノエル書かないで」
「何を言う。これは俺でも分かる良い詩だ」
「裏切り者」
「馬鹿を言うな」
その後も他の生徒の詩が読まれていく。ノエルの詩も勿論公開処刑に合った。時間切れとなったものの次回も発表することが決まり、今日は10人が魂を抜かれた。
「あぁ」
ようやく終わった。先生が出て行くと突っ伏した。
「ソルレイ様。酷いです」
同じ様に突っ伏したアレクに抗議を受けたので、突っ伏したまま返す。
「だって公表されるのは、嫌だったんだよ。皆が知らんぷりをしているから当事者にしてやろうと思ったんだ」
どうせなら道連れにしてやろうと思ったという発言にブーイングが起こる。
「えぇ!?」
「ソルレイ様。酷いですわ」
「そうですよ。出来が違うのに!」
「立派な詩を書いているじゃないですか!」
女子にも非難をされたため、公表が辛かったと訴えた。
「いつも、もう無理だって思って、さっさと書いて出て行くことを知っているだろう。詩って女の子の方が上手いらしいよ。アリア先輩とメイ先輩に一番楽な試験だって言われたんだ。俺は、いつも“次は不合格だな”と思って出している。自信のある女子とは違うよ」
今も笑いものになるくらいなら、腹痛になって教室から出て行けないか祈ったと言うと、ブーイングは収まった。
女子も困ったような顔をする。
「こんな詩を書けませんわ」
「高度すぎます」
「女子は上手というのは忘れてくださいませ」
「来週公表の続きですのよ。わたくし休みたいですわ」
俺も来週なら医務室に行っただろうな。
「手を挙げてトイレに逃げようか考えたよ。お願いだからノートに書いたのを消してよ」
切実な願いだった。
「勉強になったので残しておきます」
「詩ってこういうのなのだなって思いました」
「消してくれない皆の方が酷いよ。次が、魔道士学でよかった」
授業に身が入らないところだ。
突っ伏したままだらだらとしているが、詩を読まれた男子はだいたいそうだ。
「ソルレイ様と違って身が入らないと不合格になるのですが……」
「初日だからそんなに進まないんじゃないかな」
「分からなかったら教えてください」
アレクの言葉に了承を返す。
「いいよ。弟と一緒に通っているから放課後は駄目だから休み時間か昼にしてね」
「はい、宜しくお願いします」
「うん」
クラスメイト達と適当に話して休み時間は過ぎていった。
次の魔道士学は話を聞いているだけにしようと思っていたのだが、授業中に先生に話を振られた。
「ソルレイ様。私になにか言いたいことがあるのではないですか?」
「? マットン先生の授業は分かりやすいです。前期の皆が苦手だった単元の復習からしてもらっていますし、教えてもらう立場の生徒が教師に文句をつけるなんて烏滸がましいです」
そう言うと、満足そうに頷く。
「夏休みは何をされていましたか?」
「夏休みですか?」
なんだ?
いろいろやったけど、魔道士学に関することとなると……。
「家族でラベリオス鉱石の採集に行きましたが、その件でしょうか?」
「おお、素晴らしい。さすがは、グルバーグ家ですね。しかし、他にもしていたでしょう?」
え?
まさか、魔道具作成のことか?
でも、お爺様もラウルも内緒にするって言ってくれた。
4年生で魔道具作りがあるってカルムスが教えてくれたから楽をできるようにって。
他に何かあったかな。なんだろう。宙を睨んで考え込む。
「ゴホン。クライン先生やブーランジェシコ先生がなにやら自慢気に話をしていたのですが?」
「え? お菓子コンクールの件でしょうか」
「え? お菓子コンクール?」
しばし先生と二人で見つめ合う。
この話が聞きたいのか分からないが、とりあえず話をする。
「はい、ブーランジェシコ先生がお菓子コンクールに出たらどうかと茶会の席でおっしゃられまして。休み前の試験の時の話です。それで、予選に合格して本選に出場したのですが、会場が学校の隣町のケーキ通りでの開催だったので、クライン先生もブーランジェシコ先生も応援に駆けつけてくれたのです」
どうしてこんなことを授業中に聞くのだろうか。疑問を浮かべつつ話をした。
「ふむ。なるほど。結果はいかがでしたか?」
「優勝できました。レシピは買い上げられて商業ギルドでオークションにかけられるとか。確か。20日後にヴォーリス領のアルデラ街でお店ができます。そこで売られるそうです。1割の売上が永年教会に寄付されるということで応募しましたので、私の手元には入って来ませんが……。先生方が誇りに思って下さっているのなら嬉しいです」
「そうでしたか。私が聞いた話とは少し違ったようですね」
「?」
「いえ、いいのですよ。立派なことをしたのです。胸を張りなさい」
「はい、ありがとうございます」
「では、授業に戻ります」
意味が分からないまま終わり、席に着き、残りの時間の授業を受けた。
詩で負ったダメージは緩和されたので良しとしよう。
次が昼だったので、ノエルに行こうかと声をかける。
「ノエーー」
「ソルレイ様。先程のお店の情報ですが、もう一度宜しいですか?」
「ん?」
勢い込んで女子達から声がかかった。アンジェリカとケイトか。
珍しいな。ノエルじゃなくて俺なのは。
「ソルレイ様のお作りになられたお菓子の売られるお店が知りたいのですわ。教えて頂けませんこと?」
「ああ! いいよ。グレイシー領の中心地。アルデラ街だよ。“シエル”というお店だと聞いた。20日後にオープンするみたいだから今はまだ店は開いていないよ」
「ありがとう存じます」
オープンしたら行ってみましょうと、女子達が華やいだ声を上げ出て行った。
「ノエル、ごめん。行こうか」
「ああ。ラウルが待っているのだろう」
「今日は裏メニューを食べるって言っていたからね」
「今日は……」
「カキフライ」
「急ぐぞ」
「アハハ、分かった」
急いでレストランに向かい、ぎりぎり滑り込み限定数の厳しいカキフライを頼んだ。
ラウルを探すと来ていないので、おかしいなと白服の生徒を探していると、ラウルが来た。
「出遅れちゃった! 先生が声をかけて来るんだもん」
「あぁ。カキフライはこの行列だともう完売だな。お兄ちゃんのを半分ずつにしよう」
「ありがとう! なにがいい?」
「そうだなあ。チキン南蛮にしようか」
ラウルの好きなものにした。
「分かった!」
「ソファー席を取っておくね」
「はーい」
並ぶラウルを笑って4人が座れるソファー席を取りに行く。
「ソルレイ。早くとるぞ」
「うん」
ラウルが来ると、俺の好きな魚のから揚げもあった。わざわざ別注してくれたようだ。
「半分ずつしようね」
「ふふ。ありがとう」
アイスティーを入れ全員の前に置く。
「相変わらず仲が良いな」
「うん! お兄ちゃんが大好き」
「アハハ、俺もだよ」
「ラウルツ。マリエラをどう思う?」
「次はラウルか」
「何の話?」
ラウルの口にカキフライを入れてやる。
熱い内の方が美味しいからな。
もぐもぐと目を細めて食べている。
「マリエラから離れたいのか。もらってくれないかって聞かれたんだよ。だから、無理だって断った。次はラウルが聞かれるとは思わなかったな。そんなに嫌なの?」
「婚約者がまだいなくてな」
「まだ小さいのに必要なの?」
から揚げの魚を切り分け口に運ぶ。
美味しい。
味を確かめると、塩とフェネルの香草が少し強いのでレモンをかけようと絞る。
「お兄ちゃん、マリーは僕の2つ下だよ。お兄ちゃんや僕が婚約者に相応しいんだよ」
「え!?」
朝のやりとりは本気だったのか!?
思わず絞っていたくし型のレモンに力が入り、ぶしゅっと実が弾け魚に飛び散る。
「「あ!」」
かけすぎた。ちゃんとレモン絞り器を使えばよかった。
「ソルレイを希望していたようだが、さっき断られたのでな。ラウルツはどうかと思った」
「僕も嫌だ」
「そうか。分かった」
希望ってまた無難なところを狙ったな。
親のお小言回避に使われたようだ。汚れた果汁まみれの手を拭う。ノエルに婚約者がいるのか尋ねると、年頃になったら親が用意するだろうと冷めていた。
「そんな感じか」
「ソルレイとラウルはどうだ?」
うーん、我が家ではそんな話は全く出ないからな。聞かれても答えようがない。レモンまみれの酸味の強い魚を口に入れる。酸っぱい。すぐに水を飲んだ。
「お爺様は自由恋愛推奨じゃないかな?」
「僕もそう思う。婚約者の話なんか家で出たことないもん。一緒に遊びに行こうっていう話ばっかりだよね? 夏休みもお爺ちゃんの行きたいところに遊びに行ったよ」
「うん、今年も楽しかったな」
「僕も!」
「それは羨ましい」
遠い目をするのでラウルと顔を見合わせる。
「もしかして、帰る度にそういう話をしているとか?」
ノエルも好物のカキフライをパクンと行儀よく咀嚼しながら頷いた。
大変だなと同情しつつ俺も熱い内にカキフライに手を伸ばすと、ラウルが口を開けたので、入れてあげた。
一つくらいは俺も食べたいのですぐにとって口に入れる。
大ぶりで美味しいんだよな。
20食限定だけど、急ぐ価値がある。
冷めない内に皆でフライを頬張り、ラウルから最後のチキン南蛮を口に入れてもらった。
8歳で婚約者がいないのはディハールでは遅い方だと聞き、女の子の場合は一人っ子でない限りは5歳頃に決まるらしい。
逆に男の場合は、家格の釣り合う家だけではなく、出世などもあるため多少前後する。
ノエルは侯爵家なので上は王族から下はぎりぎり伯爵家までが範囲のようだ。
ただ、伯爵家の場合はその家の力が必要な場合などで、大抵は侯爵家か公爵家に納まることが多いという。
グルバーグ家は辺境伯家で辺境の領地を守る派閥の長だ。
伯爵家よりも位階が高く、他国に名が轟く魔道士を排出する名門家なので両親もグルバーグ家ならば賛成するとマリエラに言ったらしい。
「侯爵家って貴族の中でも異質な気がする」
「俺の前でよく言えるな」
「ノエルが変とかじゃなくて、王族との付き合いってなかなかないから。すんなり口に出るということは、それだけ身近なんだなって思った」
「そうだね。僕もお兄ちゃんもお爺ちゃんたちと遊んでるだけだもんね」
「うん」
家で他の貴族の話とかほぼ出ないよね。王族とか話題に上ったこと一度もないよねと二人で話す。
「ソルレイ、ラウルツ。そちらの方が異質だぞ。行きたくもないパーティーに行ったり、社交界に出たりはしないのか? 大体、挨拶回りはしているのか? なんださっきの鉱石採りや菓子コンクールの話は」
ノエルはどうやら家に戻ったことでストレスを抱えているらしい。
ラウルに宥めるように頭を撫でられていた。
「僕たちは、夏休みは子供らしく遊んで過ごしなさいって言われるの。ノンには辛い夏休みだったんだね」
女子達の視線が怖いため、最後のカキフライを諦め、ラウルの口元に運ぶことでやんわりと止めさせる。
「挨拶回りは、入学前にして以来していないけど、財務派閥に甘藷を使った儲け話はしに行ったよ。さっきの菓子コンクールにもかかるけど。同年代じゃなくて年配の人達と話すことの方が多いんだ」
「お兄ちゃん。おじさん達に見せる企画書を作ってたもんね」
「うん。これでいけると思うけど、噛むのか噛まないのかって聞く役だね」
カルムスの父親は良い人だった。
なんだかイメージと違って拍子抜けしたほどだ。
「それはそれで心労があるな」
「『噛ませてください!是非』って言って、すぐに終わったよ?」
「グルバーグ家は、やることさえやれば自由にしていいんだ。領内のお金は俺が回るようにするから気にしなくていい、遊んでのびのびしてて。その方がお爺様も俺も嬉しい」
「うん!」
「マリエラがソルレイと結婚してくれれば俺は楽ができると思ったんだが……」
なんてことを考えるんだ。
「それはもう、マリーの希望とかじゃないだろう」
「ノン。そういうの駄目だよ」
「マリエラが希望したらいいんだな?」
「「!」」
ラウルが僕には好きな人がいるから駄目だと言った。アイネと上手くいくように心の中でエールを送る。
「ふむ。ならばラウルツはどのみち駄目か。ソルレイ、どうだ?」
「うーん。マリーはこれ以上、親に言われるのが嫌で名前を出したはずだ。隠れ蓑になるくらいならいいけど……」
遊んだ時の小さい女の子のイメージのままだ。ラウルよりもまだ小さかった。無理だ。
「仕方がない。アインテール国の自然豊かな風景は気に入っているからな。マリエラにはこっちの貴族と結婚してもらいたい」
「えぇ? ノン、あくまで希望だよね? 本人の意思が大切だよ」
「政略結婚とか本当にあるんだなあ」
「貴族はいつでもそうだぞ。グルバーグ家が変わっているだけだ」
ノエルは心労がかかりすぎているようなので、プリンを作ってあげるから元気をだすようにと励ました。
ラウルと別れる時に髪を直すフリをして、ちゃんと帰ったらラウルに先に作るからねと小さく声をかけると嬉しそうに笑った。
手を振って駆けて行く。
うん、まだまだ可愛いぞ。
俺もまた目を細めて、手を振り返すのだった。




