平和な学年 前編
お爺様とカルムス、俺とラウルの4人で魔道具を作る為、国外にある崖の鉱石を採取するといったワイルドな経験をした夏休みももうすぐ終わりだ。
ダニエルやモルシエナ、ベンツは俺達が採取中に魔物や魔獣に襲われるといけないので警護をしてくれていたが、崖から落ちでもしたらとずっと心配をしていた。
俺も同じ考えで、
「ここで採らないと駄目なの!?」と、本気で悲鳴を上げていた。
「ハッハッハ。大丈夫じゃよ」
お爺様は、一夏の冒険を俺達にさせたかったようで笑っていた。
ラウルは『わぁ! 高いね』と言って喜んでいたが、俺は、崖の上から命綱を頼りに下りていく時、足が震えた。
「高すぎるよ!」
魔道具に使う魔力が入った鉱石を手に入れるのは大変なのだと知った。てっきり、またレジャー感覚で採掘するのだとばかり思っていたため、お爺様に採りに行こうかと誘われて二つ返事で『行くー!』と返した自分の浅はかさを恨めしく思う。
下が見られない。
なんとか見つけた崖の中腹にある氷柱のように突き出した黒い鉱石を両手で掴む。
「ここからどうしよう」
ポケットの中にあるチョーク型の魔道具を握って、魔法陣を片手で描かないといけないのだが。両手で掴むと、もう手を離せなくなった。
掴んだまま動けないでいると、お爺様が気づいて範囲指定の補助魔法陣を組み込んだ高位魔法陣を飛ばしてくれた。
鉱石の根本がバキンと砕け散った。キラキラと煌めいて空中に飛散していく。同時に宙吊り状態になった。
「ありがとう、お爺様」
もう大きな声も出せない。震えた声ではないだけマシだ。根本を切られた鉱石を掴んだまま、先に採り終えた崖上のカルムスに引き上げてもらうのだった。
「大丈夫か。ソルレイ」
「ソルレイ様、そこに座って下さい」
顔が真っ青だという。ダニエル達も心配をしてくれた。
「虚勢も張れないよ。カルムお兄ちゃんもお爺様もラウルツも凄すぎるよ」
足から崩れ落ちるの意味を知ったな。勝手に足がガクッと下がるのだ。仕方なくこの場に座るしかなかった。
「ソルレイは一つか。もっといるなら採ってやるぞ?」
「ううん、いいよ。ありがとう」
カルムスもお爺様も下りなくても視認さえ出来れば魔法陣で簡単に採取できるのだ。今日は、下りて採るという謎の縛りがあった。
風魔法を使い崖を走るようにして上がって来た二人は、常人離れしていた。ラウルは遊びのように楽しめたようだ。
「はい、お兄ちゃん。あげる。作ったらちょうだいね」
「うむうむ。魔道具に使うとよいよ」
二人共俺に渡してくれた。ありがとうとお礼を言いながら一つしか取れなかったことを情けなく思った。
「いい物が作れるように頑張るよ」
その鉱石で夏の終わりにお爺様とラウルへお守りを作った。
魔道士は、騎士と違い痛みに弱く、斬られると魔法が上手く行使できなかったりする。痛みが軽減されるお守りだ。
気休めにしかならない魔道具のネックレスをお爺様もラウルも喜んでくれた。
「大切にしよう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「うん!」
さて、楽しかった夏休みも終わった。
剣術を捨て、剣舞に力を入れることにしたが、果たしてどうなることやら。
「お兄ちゃん、そろそろ行こう?」
「うん、行こう」
ここまででいいよとミーナからカバンを受け取り、並んで大階段を下りて玄関へ向かった。
「今日は初日だ。早目に終わるだろうから、待ち合わせしようか」
「うん。お兄ちゃんが言ってた限定ランチを食べたいな」
昨日寝る前に明日はラウルの好物が裏メニューだと話したからか。
「ハハ。分かった。ミーナ、ハベルに15時半過ぎに迎えに来て欲しいと伝えてくれる?」
「かしこまりました。ソルレイ様、ラウルツ様。行ってらっしゃいませ」
「「行ってきます」」
後期の授業が始まり、クラスメイトに挨拶をして席に着き、ノエルとも挨拶を交わした。
「無事でよかった。おかえり」
「ああ、道中何事もなかった。これで卒業まで戻らないで済む」
「戻るの嫌だったのか?」
「ああ。マリエラがな纏わりついて来るんだ」
じっと見られて首を傾げる。
「もらってくれ」
「アハハ、そんな妹をぬいぐるみみたいに。第一ラウルツがいるよ」
可愛い弟で手一杯だと笑う。
「婚約者はいるか?」
「え!? そっち!? 帰って来て早々何を言ってるんだ」
「遊びに来ないのかと聞いてきて煩かった。もらってくれれば解決する」
じっと見られる。
そんな厄介払いできるかもと願われても。
マリエラって性格も可愛いと思うんだけどな。一緒に遊びたがる弟や妹は可愛いだろうに。
「はぁ。そんなに見ても無理だってば。マリーはもう妹くらいくらいの感覚だよ」
「そうか。諦めるように言っておく」
「うん」
どこまで本気なのか分からない会話をしながら、クライン先生を待った。
「初等科で一番楽なのは3年生だと言われています。他学年とも接触がないでしょう? 移動教室も近いから平穏ということね。残すところは後期だけれど、今の内に学生生活を謳歌しておくようにして下さい。来年は大変よ」
後期が始まって早々に不吉なことを言われるが、これはアリアとメイからも大変だぞと聞いている。
準備できることは準備しておく方が良いと助言を貰った。
試験の内容も聞いたが、科目も増え何かと大変なのが4年生だ。
詩の試験は授業開始早々に始まる先生との文通で合否が決まる。
剣術の授業も優れた騎士を何度か招いて扱かれるのだ。先生が第4騎士団の副団長のため、来年は第4騎士団の騎士達が来るはずだ。
魔道士学は、魔法、魔道具、魔法陣に分かれ試験はそれぞれ座学と実戦で、6つの試験がある。それに加えて、魔法陣の書き換えも授業中に一人ずつ当てられる。
全部で7試験だ。
音楽は、ソロと2年生と組む二重奏の試験があるが、俺は、前期は免除のため後期試験のみだ。ラウルには申し訳ないが難しい曲を演奏してもらうことになってしまった。
お茶会は自宅に招くこと。
ブーランジェシコ先生は、この前招いた時に『試験前に来てしまいましたね』と、笑っていたので『え?』と聞き返して発覚した。
確率も実戦で魔道具作りだ。新しく教わる先生も増える。何かと厳しくなるのだ。
クライン先生も今のうちに準備しなさいねっていう忠告だな。
「ソルレイ様。ノエル様。あとは、お願いしますね」
「はい」
前に行って、概要に目を通す。来年のことよりまずは短い後期のことだ。
ふむ、ふむ。
あー。クラス対抗はないな。こちらを見ているシュレインには可哀想だけれど仕方がない。首を振ると分かりやすく肩を落とした。
今年の学年末試験はどうだろう。ああ、これは大変だ。
ノエルに回す。
「ここですね。あとクラス対抗はないみたいです」
「そうか。試験は難易度が上がったか。音楽は作曲。詩は題材を見つけて一対一で即興。ダンスは剣舞。剣術は型の小テストか。本試験は来年の学期末と言う割に小テストは頻繁だな」
「はい。小テストは進捗を見るためで成績に関係ないと思っていましたけど、ここを見て下さい。本来は、今年度に学期末試験となっていますよ。あの先生、説明を間違えたのではないでしょうか」
試験をやらないならどうやって成績をつけるのか。
小テストしかない。
「「…………」」
教卓に紙を置きながらノエルが皆に伝える。質問は各教員にするようにと言って終わった。
「ソルレイ。作曲だが、経験はあるか?」
「ないない。あるわけないよ」
「そうか」
これは困ったという顔だな。
耳元に顔を寄せる。
「試験は冬前だから、春を待ちわびるような徐々に明るくなっていく曲にするといいよ。図書館に楽譜もあるからいくつか見てみて。司書の人に言えば出してくれる」
「なるほどな。参考になった」
「うん」
ゴソゴソと横笛を取り出す。
「もう、先生も来ないだろうし、ちょっと音楽室に行って来るよ。ノエルが参考にできるメロディーができるといいんだけど」
「俺は図書館だ。途中まで一緒に行こう」
時間は有効利用だ。席を立ち、一緒に教室を出て行く。
ノエルと分かれてから音楽室という名の教会へ行き、一応授業中でないか確認してから吹き始める。
「このままでもいけるかな」
若しくは交響曲か?
明るい交響曲といえばあれしかないと吹き始め、怪しい箇所で止まり、また吹いてということを繰り返す。
綺麗な音色をもう少し伸ばして、と色々試して休み時間になったので終える。
片づけをして戻ろうと思ったら次は1年生の授業だったらしく、ラウルが来た。
「お兄ちゃん!」
「次はラウルのクラスか」
「音楽の授業だったの?」
「ううん、後期の試験が作曲なんだ。少し寄っただけだよ」
「そうなの?」
「うん」
「聴きたい」
ちらっと見ると女の子達がいるので、どうしようか迷ったが、低学年なのでいいだろうと組み立て直して吹いた。
そうするとラウルが楽器を出し、寄り添うように6弦楽器を弾く。
俺も寄り添う優しい音色に変え、目で合図をして終えた。
「「楽しかった」」
同じ感想を言い、笑い合う。
「休み時間が終わってしまう。戻らないと」
「うん!またお昼にね」
「うん、あとで!」
ほんのりと暖かな幸せを感じる心とは裏腹に、教室まで走り続けた。教室に入ると荒い息のまま急いで席に座る。
「ふぅ、間に合った」
「ギリギリだな」
「うん、でも、なんとか形になりそう。シュミッツ先生に話しておくから家に来てよ。相談しながら作ろう」
その方が楽しいだろう。
「すまないな」
「いいよ、これからが大変だよ。ふわっとしてるから」
「確かに。だが、次は詩だ」
「あぁ。苦しい時間が続くのか」
ノエルの言葉にげんなりしながらノートを出した。




