テーマはサツマイモ
文化祭を一緒に回ろうと言っていたノエルは、来年は、最終学年で夏休みも帰れそうにないから今の内に家に帰るということで帰郷することになった。
すまないと謝っていたけれど、今回帰らないと次は、卒業してからじゃないと帰れないので気にしないで!と送り出した。
家族で文化祭を回るのも楽しいものだ。
今年は遊べるものが増えていたので、お爺様の手をラウルと引いて全部やって回った。
夏休みは、領内の子達と一緒に遊び倒し、描けるようになった魔法陣をお爺様に見せたり、魔道具の構想を練って伝えたりと充実した毎日だった。
3週間は、特訓だったけれど、分かるようになったことも多く楽しく過ごした。
「お爺様。ラウル。明後日は菓子コンクールだよ」
明日じゃないのにもう緊張していた。
「覚えておるぞ! ちゃんと予定にも書いてある! 応援に行くからの」
「僕もお爺ちゃんと行くからね!」
よかった。
お爺様は終わったら食事に行こうと言ってくれた。
「うん! ありがとう! 当日はもっと緊張するから来てくれると嬉しい。コンクールを勧めてくれたお茶会の授業のブーランジェシコ先生も来ているはずなんだ」
予選に通ったと教員棟のポストに手紙を出したので、応援に行くと言ってくれていた。
「あい、分かった。挨拶をしておくぞ」
当日は、ロクスが会場まで送ってくれたけど、まさかの屋外開催で、ギャラリーがいっぱいいる中で作る羽目になった。
学校の隣町にあるケーキ通りを封鎖して開催されたのだ。メインストリートに調理台やオーブンが置かれている。
この晴れ渡る空の下、作るのか。
何も遮るものがない為、中点にまで上った太陽が眩しい。
出場者は予選の菓子書類審査を抜けた20人だ。
全員が持ち場に着くと男女の実況が始まった。
『今回のテーマは甘藷です。甘い芋はお菓子作りに古くから用いられてきました。ドーナッツや蒸しパンです。タルトに使う店も最近は出てきました。甘藷を使って美味しい菓子を生み出して下さい!』
『では、スタート!』
制限時間が60分しかない中で甘藷を使った菓子を2品作るのだ。
製菓材料と甘藷は並べられているが、どうしたものか。ケーキは小さければ小さいほど作るのが難しくなる。生地一つにしても火の通りが早くなるので慣れたオーブンじゃないと癖が分からずぱさつくはずだ。
とりあえずこの暑さだ。
焼き菓子はないな。
冷菓にしようと色んな器を魔道具の冷凍庫に入れて冷やす。
一つはスイートポテトだ。
時短になる。
さっそく形の良い甘藷を半割にして、オーブンで蒸し焼きにして、中身をスプーンでくり抜いていく。
ボウルに熱々のまま入れ、砂糖をざっとバターをブロックに切り分けて入れると、すぐにマッシュを始める。
卵を3つ割り入れ、最後に生クリームを入れ木べらで練り上げ、芋の皮に戻して卵黄を塗りオーブンで5分焼き目をつけた。
暑い夏なので、焼き終れば取り出して冷凍庫で冷やしたい。40分あれば何とかなると思う。
時間が短すぎて、綺麗に漉したり、カスタードクリームを作って入れたりすることはできなかったがこれはこれで十分に美味しい物だ。
もう一つはプリンだ。
プリン液を作って蒸して滑らかさを引き立たせ冷凍庫に入れる。
角切りにした甘藷を胡麻油で炒めごま塩をしてハチミツをたっぷりかけ炒めておく。これがプリンの上にかけるトッピングだ。
もう少しトッピングを……。
薄く切った芋をオーブンに入れカリッとしたチップスを作った。
時計を見るとまだ時間がありホッとした。
余った時間で大学芋を作ってみる。食べたくなっただけだ。うん、おいしい。つまむと笑顔になる。
『ラスト5分です!器に盛って下さい!』
キンキンに冷えた黒い細長い陶器の器に、3点を乗せて綺麗に盛り付けたが、審査されるギリギリまで冷やしたいので、冷蔵の魔道具にもう一度入れた。
順番が回って来るまでに時間が掛かりそうだったのだ。
『最年少参加の少年が盛ってから冷蔵庫に入れましたね。もしかして冷菓でしょうか。これは楽しみです』
うわっ。
見られていたようだ、恥ずかしい。
思わず顔を手で覆う。
「お兄ちゃんのお菓子は美味しいよ!」
ラウルに大声で声をかけられ、そっちを見ると、お爺様やラウル、カルムスにダニエル、モルシエナやベンツ、ロクスにミーナ、それからブーランジェシコ先生と担任のクライン先生までいた。
「あ」
人の多さに思わず頭を下げる。
俺の調理台の近くで見守ってくれていたようだ。作るのに一生懸命で全然気づいていなかった。笑顔のラウルの顔を見てほっとして安堵の息を吐く。
情けない顔をしていたかもしれないが、笑い返した。
『次は13番の方ですね』
『本当に冷菓なのでしょうか。楽しみです』
主催者にそう言われ緊張がピークになるが3人のパティシエが一つずつ調理台を回って話しながら採点をつけていくので、順番が回ってくるまでに1時間半は冷凍庫で冷やせた。
各調理台に置かれている魔道具の箱を開けて取り出し、ラウルたちに見えるように置いた。
ちゃんと置く場所を片づけておいたのだ。
テイストスプーンやフォークも冷やしておいたので渡す。
「気遣いが素晴らしい」
「あくまでも味と見た目だ。どれも見たことがない菓子だ」
「見た目はシンプルだ。飾り気がない。味を確かめよう」
そそっとおじい様やラウルたちの方へ行く。
「どうじゃ? 手ごたえアリかの?」
「お兄ちゃんどう?」
「うん。やるだけはやった。味はいいと思うけど、時間が短すぎるよ。本当はもっと丁寧にやりたかったのに……」
小声で話していたのだが、パティシエに射抜くように見られた。失礼だが、顔が怖い。
「君、ここに何を足したかったと言うんだい?」
「3つ作ったようだが、評価するのは2つだ。これとこれでいいね。味が抜群にいいよ。初めて食べたが、とても良い喉ごしだ。芋の塩味も効き、しかしながら芋の甘さも引き立っている。この下の菓子はカスタードではないね」
「は、はい」
「で? 本当はどうしたかった? 十分に冷えていて見事な冷菓を生み出した。甘藷は秋のものだ。この甘藷はこのコンクールの為に寝かせておいたものだからな。この暑さの中冷菓を作ったのは君だけだ。見事だが、どうしたかった?」
矢次場に言われ、助けを求めるようにお爺様を見る。
「ハッハッハ!子供にそのような問い正すような口を聞くでないぞ。ソルレイ、ラウルツに説明してやるとよいぞ」
「うん!僕に教えて」
お爺様とラウルに微笑まれて少し落ち着いた。
「ああ、うん。えっとサツマイモの皮を使った菓子は、もっと滑らかさを出す為に熱い内に丁寧に裏漉しをしたかったんだよ」
俺はパティシエのところからお菓子を持って来てスプーンでお爺様とラウルの口に入れる。
「冷やす時間が欲しかったから仕方なく省いたんだ。芋の食感は残したくなかった。中にカスタードクリームを入れて包んで焼いて、粗熱を取ってから冷やしたかったよ。時間が短すぎた。真ん中の菓子も……」
冷やす魔道具の中に入っていたガラス瓶のプリンを3つ取り出してスプーンを3本ずつ突き入れみんなに渡す。一口ずつならあるはずだ。
「表面に粗糖をかけて、焼いたスプーンを押しつけて飴細工のようにパリッとさせてその上に盛りたかった。トッピングも芋だけじゃなくて塩豆も乗せたかったけど材料になくて……クランブルのような食感を楽しむ物が乗せられなかった。最後の揚げ芋はね、味見をしたらとても甘い芋で美味しかったから、そのまま味わって欲しくて作ったんだよ。平民でも少し頑張れば作れる値段の芋の菓子なんだ。だから、その菓子こそ評価してくれてもいいと思う。芋の皮まで使って菓子にするって大変なんだ。でも使えれば黄色と紫で色目も綺麗でしょう」
審査員のパティシエたちに完全に背を向けてラウルを見て言ったが、緊張に耐え兼ねもう無理だとラウルを抱きしめた。ラウルもしっかり抱きしめてくれる。
「君は、パティシエなのかい?」
「いえ、ただの学生です」
「ふむ。自分なりのテーマがあって素晴らしい。だが、菓子コンクールの域を超えているな」
「そうだ!王に菓子を振る舞う機会をーー」
「え、いりません。お菓子作りは趣味です。家族が食べてくれればそれでいいんです」
慌てて返す。
「「「むぅ」」」
「今回の優勝は君で決まりだが、一応他の者の菓子もみてみるか」
「そうであるな」
「他にも逸材がいるかもしれん」
パティシエ達が去って行き、力が抜ける。
お爺様にも抱きしめられたので抱きしめ返しながら、 来てくれた家族にありがとう、と礼を言う。
「お爺様。頑張ったよ」
「うむ!よくやった!」
先生達にもお礼だな。
「先生方。来て下さりありがとうございます。ブーランジェシコ先生。私にはやはりお茶会で振る舞う方が向いているようです。時間が短くて焦りました」
頭を掻いて情けなく笑う。
「ミスターソルレイ。無理を言いましたね。しかしながら、素晴らしい菓子です。これからが販売されるのかと思うと興奮致します」
「そうね、ぜひ食べたいわ!オークションがあってからの販売だから夏休み明けくらいね!絶対に買いに行くわ!」
芋の菓子なんか凄いわねと先生に褒められる。
「そうは言いますが、この甘藷は本当に美味しいですから素揚げで塩が一番です」
きょとんとした顔をしてから全員が笑い出した。
「「「「「アハハハハハ」」」」」」
残っていた7人の審査を終えると20人全員の審査が終わったことになる。審査員達が席に戻っていき実況をしていた人に紙を渡した。
『全ての審査が終わったようです!緊張しますねー!今年の優勝者はーー』
『『13番!おめでとうございます!前へどうぞ!』』
「はい!」
嬉しさいっぱいでお爺様やラウルを見ると、皆も笑顔だった。同じ顔を俺もしているのだろうな。
前へ出る時に、競っていたパティシエの人達が拍手を贈ってくれた。優勝を示す盾を貰い、受け取る。
他にも菓子の材料の詰め合わせと製菓器具や便利な魔道具を貰えた。魔道具は勿論お菓子用だ。
一言を求められたので、せっかくだ。言うだけ言おう。
「この、美味しい芋を是非持ち帰らせて下さい」
「「「「ハハハハハハ」」」」
沿道の人たちにも笑われながら終わった。
芋が貰えたら持って帰ってもう一度、今度は丁寧に作るのだ。
愛する家族に食べて欲しいから。
陽射しが照りつける夏の日。
暑い中会場まで来てくれたお礼に、先生達の家に“熱い日差しが肌を焼く時節。冷菓で涼むのはいかがでしょうか”と、お茶会に招く手紙を出した。
喜んで来てくれる辺り先生達はフットワークが軽いよな。
普通は迎賓館だが、母屋の2階のテラスからは美しい山が見えるためテーブルやソファーを出してセッティングをした。
新作の菓子を用意すると、あの芋のお菓子かと思ったとクライン先生が残念がる。
“芋、タコ、南瓜は女性の好物”だったか?
これは、世界が変わっても共通のようだ。
「お土産で3種類ともご用意していますよ。作りたかったものに近いですが、スイートポテト以外は日持ちしませんね。どれも要冷蔵で二日以内にお召し上がりください。味が落ちていきますのでお早めに」
会場で作ったものより丁寧なもので、これが作りたかったものだ。
「まあ!ありがとう!」
「いつも楽しみにしているのですよ。家に持ち帰って味わって食べるのです」
料理人やパティシエに食べさせても作れないと分かり、あげるのはやめたそうだ。
それを聞いて笑う。
シフォンケーキは駄目だったようだ。
「まあ。先生はいつももらっていらっしゃるの? ソルレイ様、私も欲しいですわ」
「お茶会のお菓子はブーランジェシコ先生のためだけに作っています。申し訳ありません」
貴族らしく微笑みを浮かべて断った。
「まさか断られるなんて!?」
「ハハハ」
「アハハ」
先生が楽しげに笑い、俺も笑うとクライン先生が夏休み明けに覚えていなさいと言う。
楽しいお茶の時間を過ごして、先生達を見送った。
お土産の中に感謝の手紙を認めているので、クライン先生も怒らないだろう。
いい夏の思い出になった。




