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魔道士学府初等科学校長 ミオン・レディスク

 教員棟の最上階に部屋に案内をされた。


 中に大きな一人がけの椅子に座る女性がいる。左には大きなテーブル。

 その上にあるのが魔道具かな。


 初めて見るふんわりとした雰囲気の学長に優秀だと一人ずつ褒められる。その後に座ったまま聞かれた。


「どれがいい?」


 好きな物を勝手に選んでいいようだ。テーブルの方へ移動をすると様々な魔導具が並んでいる。


「一つどこでも使える鏡。一つ魔法の効果を高めるネックレス。一つ勝手に飲み水が湧く水筒。一つ風魔法を使える扇子。どれも一点ものよ。好きな物をお選びになって」


 ふふっと笑うと足を組んだ。

 皆は魔道具を選んでいて、その貴族らしからぬ所作を目にしたのは俺だけだった。爵位順だから残った物が、俺の持ち帰る物になるのだが、学長が笑いながらその様子を見ているのが気になった。


「決まったかしら?」

「どれも素晴らしい品です。少々考えさせてください」

 品を手に取ったアリアがそう言うとにっこり笑う。

「よろしくてよ」


 俺も一応眺めるが、どうにもピンとこない。

 どれも大きすぎる。

 一番小さいネックレスでも、王族ですら躊躇う派手な意匠で悪目立ちしそうだ。


 結局、アリアが水筒。メイが扇子を選び、ノエルがネックレスをじっと見て悩んでいる。鏡と見比べ、諦めたように手に取った。


 いらないけれど消去法で選んだな。

 ということは、俺が鏡だな。

 うーん、いらないな。


「どこでも使える鏡はなぜどんな場所でも使えるのですか? 暗闇でも使えるのですよね?」

「うふふ。興味がおありなの?」

「はい。欲しい魔道具はないので、魔道具を作る本を下さい。いつか自分で作ってみたいです」

「駄目よ。あげるのは魔道具だと決まっているもの」


 価値のある本でも貰えればと思ったが、もう少し上手い言い方が必要なようだ。


「私は、2年生なので4年生でも勝ち残ります。そうしたら、もっと軽くて小さい魔道具が欲しいです。作って頂けますか」


 これ学長の失敗作ですよね?

 喉まで出かかった言葉を呑みこむ。


「あら。バレちゃったのね。グルバーク家の子は頭が良くて困っちゃう」


 少し馬鹿にした言い方だった。

 前世の記憶がなければたぶん気づかなかった程度の。言葉にのる僅かな悪意。欲しい魔道具はなかったことだし、ダニエル式処世術の出番だな。


「気づいた褒美に私と賭けをして下さい。弟が来年入学します。2年生になった時、私は4年生です。今回捕まえた15人の倍30人以上を弟と二人で捕まえてみせます。その時は、私と弟に学長の納得のいく魔道具をプレゼントして下さい。ベッドするのは今回の魔道具です」

「まあ、面白い子ね。よろしくてよ」

「ありがとうございます」


 満足のいく交渉に頷いたのも束の間だった。


「ノエル君。ソルレイ君と弟君を捕まえられたらあなたにその魔道具を渡しましょう。今回は選ばないことが条件ね。1か0よ。いかが?」


 うわっ。ノエルが敵になるのか!?


「是非」

「ノエル様。即断されて悲しいです」

 断わって欲しいが、顔を見る限り無理だな。少し楽しそうに見えた。


「いや、学長の作る魔道具に興味が出た」

「そういう学術的な観点で敵にならないで下さい」

「ここは学校だ」

「まあ、そう言われると返す言葉も見つかりませんが……」


 まあいいか。ラウルと頑張ってみよう。


「まだ2年ある」

「難易度が跳ね上がっちゃったな」

「あらあら。そうじゃないと、私の魔道具の価値が低くなってしまうわ」

「その通りですね。お受け頂きありがとうございます。2年後の楽しみができました」


 貴族の礼をとる。


「よろしくてよ。折角の機会です。わたくしからもよろしいかしら。ソルレイ君は楽師に興味はなくて?」

「急に何を仰るのですか?」


 戸惑いながら返すと、音楽教師のユナは妹なのよと言い出した。


「あなたに楽師になってもらいたいそうよ。いい音を出すのでしょう?」


 ノエル達は、ユナ先生の音楽好きを知っているからか、なんとも言えない顔をしていた。


「ユナ先生はワートン家ですよね?」

 学長はレディスク家だ。義理の姉妹か?

「ワートン家は、叔母の家ね。子供がいなかったのよ。よくある話ね」


 なるほど。養女ということか。


「ユナ先生にも言いましたが、お爺様から領地を頼むと言われております。音楽は好きですが、楽師の道には進みません」

「あら、そう。残念ね」


 最後は嫌みのない笑顔であっさりと退出するように促された。俺とノエルは受け取らず、アリアとメイだけが礼を述べて受け取り、学長室を出た。


「どこまでも楽しんでいたのはソルレイだったのだな」

 アリアにそう言われて不思議な気持ちになる。

「え? そんなことはありませんよ」

「レストランを出た時に、カフェも行かないかと何度も聞いてきただろう」

「やはりそうか」


 メイにも私達が待っているのに、カフェでも狩りをするつもりでしたのねと責められて焦る。

 焦って関係のない狩りの話を口走ってしまった。


「え? いや、狩りはできません。ようやく兎を1羽……」

「ああ、練習していたのか」

「うん」

「狩りは殿方のステータスですものね」

「優しいだけでは駄目だぞ。偶には力も見せておかねばならん」


 女性が理想とする男性貴族像の話をされつつ、ダンス教室に戻って管理課に借りた毛布などを返却しに行った。

 往復してもなかなかに大変だ。部屋も綺麗に掃除をしてから鍵を閉める。教務課に鍵を返却しておしまいだ。


 朝ごはんを一緒にという皆に頭を下げて丁重に断り、家に帰るために分かれた。

 ラウルが家で待っているはずだ。

 正門を足早に出ようとすると、早朝のロータリーにスニプル車が止まっていた。なんとなくそちらを見ると、ロクスがその横に立って待っていた。


「ロクス!」


 走ると、走らないでくださいませと心配気な声がかかった。

 後ろの扉が開いて、ラウルも走って来る。やっぱりあの広い家だと寂しかったか。


「お兄ちゃん!」

「ラウル! 終わったよ! 待たせてごめんね」

 ぎゅっと抱きしめた。

「お帰りなさい! 行ってらっしゃいって言えなくてごめんね」

「いいんだよ。ちゃんと頬に口づけてから家を出たからね」

「「帰ろう」」


 スニプル車まで手を繋いで戻る。

「ソルレイ様、お疲れでしょう。屋敷まで急ぎますのでどうぞ」

 恭しく開いた扉の前で礼を取るロクスに笑みが零れた。

「ふふ。まだ家じゃないのに家にいる気分になるよ。迎えに来てくれてありがとう。嬉しかった」

「いえ」


 御車台に近い座席に並んで座り、ロクスにも聞こえるように車の中でどんな体育祭だったかを説明した。


 欲しい魔道具がなかったので持ち越したと言うと驚きながらも頷いてくれた。

 ラウルは、2年後に一緒に体育祭ができることを喜び、じゃあロッカーも一緒だねと満面の笑みを浮かべた。


「早く家に帰って料理長の朝ごはんが食べたいよ」

「急ぎます」


 ロクスが飛ばしてくれ、あっという間に家に着いた。

 食べずに迎えに来てくれたラウルと二人で朝食を食べ、お爺様に体育祭の詳細を話すと、目を細めてどこか懐かしそうに笑っていた。


「学長のミオンは、魔道具作りが趣味なのじゃよ」

「そうか。ソルレイは、ガラクタはいらんと言ったのだな。よく言ったぞ。師より素晴らしい魔道具など作れんはずだ」

「え!? そんなつもりじゃなかったよ。だってあんなに大きいと持ち歩くのに邪魔だよ」


 お爺様に貰った指輪の大きさを想像していたのだ。あんなの重すぎて肩が凝る。


「小さければ小さい程材料は吟味せねばならんからのう」

 ラウルから車の中でつけてもらった指輪を眺めた。

「お爺様、作ってみたいです」

 そう言うと驚いた顔をしてから笑った。


「ハッハッハ。確かにソルレイは魔方陣よりも魔道具作りの方が向いてやるもしれんな。本を渡そう。簡単なものから練習するのじゃぞ」

「うん、ありがとう!」


 食べ終わり、疲れたので眠りたいとラウルの部屋に行きベッドを占領した。

「いいよ。寝てて、お兄ちゃん」

「うん、迎えに来てくれて嬉しかった。ごめんな。少しだけ寝かせて欲しい。起きたら遊ぼうな」

「うん!」



 無事に体育祭が終わり、冬休みに入った。

 アリアとメイから誘われた打ち上げにはちゃんと参加し、その後も高等科に進学するまで休みがあるのでと言ってはよくしてくれた。


 女性が主催の茶会も経験しておくといいとノエルと二人招かれたこともあった。

 

 女性は女性を茶会に呼ぶが、男性が呼ばれることもあるのだという。

 二人の祖国の正式な茶会のルールに則って行われ、これが二人なりの礼なのだと感じた。


 体育祭をする大きな意図はもう一つ。ペアの先輩との交流を深めること。


 学校を卒業しても変わることのない縁ができた気がした。

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