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体育祭 後編

 終わったら冬休みに入るけれど、打ち上げをしようと話し、日付と時間と店を決めたところで小さな鞄を借り受けた。


 支給されたリュックにすっぽり入る。女の子が持つ本当に小さなものだ。

「私服で小物を持っていると警戒されないよ」

「では、行くか」

「うん。楽しみだな」


 メイが鍵をかけるのを廊下で確認してから堂々とレストランへ行く。

 案の定警戒をしながら食べている学生服を着た生徒達がいた。


「何か頼んで近づこう」

「食事を持っていたら警戒されなさそうだな。背後を通るふりをして叩くか」

「うん」


 朝からエビフライを頼んだ。

 パンは取らずにおかずだけだ。

 一旦奥まで行って、入口を監視している一人と食べている一人の背中を二人でポンとそれぞれ叩いた。


 バッと振り返られたが、何が起こったのか分からなかったようだ。

 まあ、私服だ。他にも人が通るのを見計らってやったから分からないか。


 俺達は皿を持っていて、無関係の知らない4人組は帰るところだった。その人たちに紛れるように背を叩くと、隣のテーブル席に着き、何食わぬ顔でエビフライを食べる。


「先輩! やっぱり叩かれています。背中に印が!」

「さっきのやつらか!? あーくそ!」

 二人は朝定食をやけ食いして去って行った。


 よし、後は来た人間を迎え撃つぞ。


 俺とノエルは出入り口付近に移動し、注文するためにやって来た制服組の背中をトンと優しく叩く。


 一様に驚くが、注文できる場所には並んでいる人やメニューを見る人で割にいるので誤魔化しがきく。私服は便利だ。


「3組撃破だね」

「食べながら待つか?」

「先輩たちに聞いた手強そうな人達が来ないのって、カフェかな?」

「かもしれないな。若しくは、朝から教室を回っている可能性もある」

「なるほど。来るのは昼か」

「……今の内に食べるか」

「そうだな。本格的に食べようか」


 朝定食を頼んで食べることにした。寮生じゃないと中々、機会がなくて食べられないので嬉しい。


 俺がおとりでわざと中央の通路に近い席で食べる。

 皆は背を隠すので、入口にあえて背を向けていれば案外大丈夫だ。室内のため本来なら外すべき帽子も被り続けた。


 誰か来るまでは食事を楽しもう。

 焼き立てのクロワッサンとコーンスープが美味しい。

 ソーセージも美味しい。


 追加で頼んだソーセージをパンに挟んで、ハンカチで包んだ。アウトにならなかったら、メイとアリアに持って帰るのだ。


 中身を出してもらった小さなカバンに入れると隣の机に置く。可愛いサイズの女の子のカバンを机に置いているので、その席に注文している女子が来るとしか思われないはず。


 ノエルが机を叩き、来たことを告げる。

 指で叩く音は8回で、入って来た人数を表わしている。

 その多さに驚くが、徒党を組んでいるのだとすぐに分かった。

「なるほど。考えたな」


 これがダニエルとカルムスが言っていた鍵となる根回しの結果か。誰とも交渉できなかったな。


「多いな。誰かが裏切ったと思わせることができればいいんだがな」

「トイレは? バラバラに行くんじゃない? 行っても二人ずつかな」

「…………」

「食べて飲んだら出すモノは出すよ」

「……ふぅ。あの顔を見るに油断しているだろうしな」

「8人で多くの生徒を捕まえていたらそうだよね」

「まずは注文中の最後尾のやつを狙うか」

「ノエル頼める? 先回りでトイレに行くよ」

「俺が捕まるか見てからにしろ。無理なら攻めずに戻って籠城しろ。先輩たちだけでは不安だ」

「カフェも行きたかったのに」


 せっかくだからいっぱい捕まえたいと不満を口にすると、呆れたようだ。無言で諭すような目で見られた。


「傷つくからそんな目で見ないでよ。でも、あそこにいるのってみんな4年生じゃないか?」

 料理を注文しているその背は全員が高い。同じ2年生には見えなかった。


「そう、だな。どういうことだ?」

「2年生は足手纏いだから自分達が指輪をつけて別行動しているんだよ。それで仲間内で徒党を組んでる。俺達が私服でも、4年生になった時に真似をする2年生はいないってことだからやりがいはあるよ」

「一網打尽を狙うのか」

「トイレに行ったら追いかけて行って最中を狙おう」

「…………」

「素早く出て、残りを叩く」


 トイレで狙うことに乗り気でないノエルにやろうやろうと誘う。


「……仕方がないな。徒党は厄介だ」

「うん、決まりだ」


 待つこと30分、3人がトイレの席に立ったのを見て、ノエルとトイレに向かう。

 貴族には個室じゃないとできないという人もいる為、どうかと思ったが3人共立ってしていた。


 がら空きの背中を叩く。

「え?」

「うわ?」

「ええ!?」


 驚いて顔を後ろに向けるが、たたっと出た。

 そして、食べて待っている5人の後ろをそれぞれ取り素早く背中を手の平で叩いた。


 ノエルに3人を引き受けてもらったが上手くいった。

「うわっ」

「あぁっ」

「あ」

「え」

「!?」


 驚いて振り返る先輩たちに終了を告げる。

「先輩方、お疲れ様でした」

「ゆっくり食事をなさって下さい」

 丁寧に頭を下げると、ため息を吐いて指輪を渡してくれた。


「いえ、指輪はお持ちください」

「持って行くといい」

「一つも持っていないと魔道具は貰えないぞ」

「しかし、2年生とは驚いたな」

 他の人も指輪を外して渡してくれた。

「「ありがとうございます」」


 トイレから戻ってきた3人がやられたと言いに戻って指輪を渡している状況を見て、全てを察したのか指輪を外して差し出してくれた。

 ノエルが俺を見るので頷いてから向き直り、念のため確認を取る。


「先輩方、ちゃんと手は洗いましたか?」


 一瞬静かになった。


「失礼な奴だ!」

「洗ったに決まっているだろう! さっさと受け取れ!」

「そうだ。嫌がらずに手を出せ。トイレを狙ったのはおまえ達だ」


 青筋を立て怒る先輩達に眉を下げ、怖々と両手で3つの指輪を受け取る。


「ククク」

「ハハハハ」

「プッ、クク」


 トイレに行っていた先輩達は怒っていたが、席に座っている先輩達は笑っていた。

 こちらにも丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございます。勝ち残れるように頑張ります」

「ありがとうございます」

「名前は?」

 席に座っている穏やかそうな人に聞かれたので、貴族の挨拶をする。

「レリエルクラスのノエル・アヴェリアフです」

「同じく。ソルレイ・グルバークです。不意打ちを狙い申し訳ありません」

「アリア様とメイ様と組んでいる子達か。なるほどね」

「がんばれよ」

「ちゃんと残れよ」

「「はい」」


 頭を下げ、レストランを出てダンス教室に戻った。

 すぐに鍵を閉め確かめる。


「あ! 戻ってきましたのね!」

「よく戻った!」

「はい。二人にホットドッグのお土産です」

「「ありがとう」」


 他の指輪を持っていないと魔道具が貰えないそうだと話した後で8つの指輪を見せる。


「もうすぐ昼か。攻めるか……悩ましい」

 ギュッと目を瞑る。


 レストランは危ないと考えて時間をずらしてのカフェだと思うんだよな。行くべきか行かざるべきか。


「いや、十分だろう」

「そうですわよ。ソルレイは少々欲張りすぎですわ」

「そうだぞ。これ以上はいいだろう」


 メイは名前呼びに変わっているし、アリアもいろという。

 心細かったのだろうか。


「寂しかったのですか?」

「……寂しくはないが、少々不安にはなるな」

「では、います。このまま籠城しましょう」

「あれだけやれば十分だ」

「はい、分かりました」


 沢山食べてきた俺とノエルに昼は必要ない。

 大きな口を開けて食べるホットドックなので、お二人で、部屋でどうぞと言うと、そうすると笑う。


 女性というより、年相応の女の子の笑みだった。

 神経を使っていたのは、俺だけじゃなかったんだな。ノエルも先輩達も。爵位に応じた振る舞いをして、自分を律していたようだ。

 前より仲良くなれた気がした。


 読み終わった魔法陣の本をもう一度読みこんでいく。

 昼間は先輩達に難しい授業などを聞き、俺とノエルは4年生まである詩の授業に泣きそうになる。

 夜は残ったお菓子でお菓子パーティーで。なんだかんだ楽しめた。



 翌日の朝。終わりを告げる放送は、5時55分と意地が悪い。

『イベントは終了です。イベントに参加していた人は速やかにエントランスまで来て下さい。繰り返します。体育祭に参加しているーーーー』


 全員で円になり各自の時計を腕を付き出すように見せ合う。


「本当にやったか。恐ろしいな」

「55分ですわ」

「6時になるまで放送をして、全員来させる気か」

「もう一度終了がかかるか待ちましょう」

「ああ、行かなければ分かるはずだ。向こうは名簿でもあるのだろう」


 暇なので制服に着替えて、みんなで片づけをしていく。

「布団は後でまた来ましょうか」

「そうだな」


 6時5分に残っている人間の名前を告げる放送があった。

「――以上。4名は速やかにエントランスホールまで来て下さい」


 その放送を聞き、全員で頷いて開始場所のエントランスに向かった。行くと生徒は16人いた。

 結構いたんだな。


「遅刻の理由を聞こうか? 速やかに来るようにと放送をかけたはずだが?」


 4年生の担任なのか、いかつい男性教諭が威圧を込めて見てくる。

 クライン先生がその後ろで見守るように見ていたので、微笑んでおく。


 3人が俺を見るので、説明をする。

「開始時刻は6時5分です。校内の時計は早められていましたので、今が72時間ですね。終了しましたので、来ました。遅刻ではありません。カフェやレストランまで変えるなんて先生方、やりすぎですよ。一般の利用者もいるのに……」

 そう言うと、男性教諭は大笑いをした。


「見事だ!誰が気づいた!?」

「「「ソルレイです」」」

「よし! いいぞ、いいぞ!」

 肩をがしっとポンポンと叩かれた。


「クライン! この子は私が育てる! 担任を下りろ」

「あら、バカを言わないで下さる? わたくしが担任ですの。引っ込んでいらして」


 担任同士が言い合いをしているところへアリアが声をかけた。

「ビボック先生。ソルレイは、『クライン先生が可愛らしいので、困っていると手伝いたくなる』と言っていましたよ。先生には荷が重いのでは?」

「そうですわねえ。わたくしも聞きましたわ。可愛らしさの欠片もない先生では無理ですの。ソルレイはクライン先生がいいのですわ」


 さっきまでの空気が一変し、違う意味で空気がしーんとなった。

 まずい。


「恋愛ではなく敬愛です」

「…………」

「そこは、否定せずにそのままでいいのよ! 生徒にモテる先生というのはステータスなのに!」


 何て返そうかと思っていると、肩をがしっと掴まれた。

「目を覚ましてよく見ろ! クラインは、可愛らしさの欠片もないぞ。むしろ悪女の如きーー」

 ビボック先生が空いていた脇腹に肘を入れられていた。

「ぐっ貴様っ」

「あら? なにか?」

 肘でえぐられ続けている。


 怖いっ。


「はいはい。そこまでにして下さいね。ビボック先生もクライン先生も。今回の合格者はこの4人です。勝ち残った4人には褒美として魔道具が与えられます。ただし、他生徒の指輪を持っているかどうかですね。持っておらずに自分の指輪だけを守ったのであれば魔道具は与えられません。いかがかしら?」


 優しげな年配の女性は4年生の担当だな。

 ノエルが8人分の指輪を渡す。


「まあ、まあ、まあ。頑張りましたのね。指輪を奪っていないけれどアウトにした生徒もいますわね?」

「こちらで誰にアウトにされたのか分からないと言っている者達を確認したぞ」

「「はい」」

「何組かしら?」

「3ペアとカフェで会った2年生の男子生徒一人です」

「宜しい」

「数が合うわ」

「15人とは、素晴らしい成績だ」

「二桁は記録に載るぞ。2年生で名が乗るとはな名誉なことだ」

「魔道具は学長から与えられますの」


 ついていらっしゃいと言われ、4人で先生の後をついて行く。

 他の生徒は確保済み扱いにされているらしい。


 とはいえ、優秀なのでこの話を聞かせ4年生の時に頑張らせるようだ。

 トイレで確保した先輩達もそういう人達だったのだろう。


 俺達は購買で情報を買ったけれど……。

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