体育祭 中編
昨日の夕飯時に、お重を出しても控えめに食べる二人にお腹が減りますよ、と盛って渡すことになった。
やっぱり人の家の食事だと口に合わないのかな。
遠慮していただけかもしれないので、夜食に持って行ってくださいと渡して就寝した。
今日は、購買で買いこんだ食べ物を朝食にして、温かい紅茶を淹れた。
先生が置いていた小さい薪ストーブで温めたものだ。
「今日は夜の20時にはレストランです。それまで自由行動です」
「楽すぎですわね。2年生の時は怯えながら逃げていましたのに……」
「音楽室として使われている教会なら誰もいないのではないかと思ったが、行ったら張られていたのを思い出す」
「待ち伏せですか?」
「ああ」
「皆は制服だったので、昼は私服でレストランにでも行きましょうか」
「いいかもしれないな」
「黒髪は目立つので、ちゃんと帽子も持ってきました」
「制服組が食べていたらそっと近づいて一網打尽か」
そうか。レストランでバッティングするのか。
「だったらカフェにしますか?」
「カフェならサンドイッチね」
「私はいいぞ。昼間だしな」
「行くか」
「ここから一番近い教員棟の近くのカフェには裏メニューがあってパスタも食べられます。裏メニューを10回食べると、新しい会員カードがもらえて、……これです。これを提示するとエビたっぷりのラザニアが食べられます。サンドイッチの盛り合わせとパスタとラザニアでシェアをしましょうか。女性限定の裏メニューはパンケーキです。食べたいので1つ頼んでもらえますか?」
「「「…………」」」
何故か無言で頷くが、カフェに行くことが決まった。
隠れると変なので堂々と歩いて行き、私服でカフェに入ると制服の学生が目に入った。
帽子を目深に被ると、居合わせた学生服の背中を明るく声をかけて叩いた。
「おい、おまえ学校に来てたのか?」
「え?」
「ん? ああ、人違いだ。ごめん、ごめん」
知らない内にアウトになっているパターンだ。
驚いたままの学生をよそに奥のテーブル席に座り、堂々とカードを提示して裏メニューを注文をした。
「ソルレイ。何だ今のは。以前にもやった経験があるのか?」
声を潜めたノエルに尋ねられた。
「初めてです。恨みを買わないためにはああいうのがいいのではないかと寝る前に考えました。ペアでいると思ったんですけど……2年生だけだったのかな。それに緊張してたから指輪も全く確認できなかったです」
「指輪はしていなかった」
「本当ですか?」
「ああ。間違いない」
「私も見たがなかったぞ」
ノエルとアリアはすれ違う時にちゃんとつけているか見たらしい。
「アウトにしたらいいや、くらいでした。ちょっと見る余裕はなくて……」
ドキドキした。上手くいったけど、バレるかと思った。
ノエル達は私服でも隠しきれない輝きがあるので、先に歩いているのをいいことに、少し距離を空けて後方で行ったのだ。
「もう一人いるのか、それとも逸れたか。すでにアウトか」
「このゲームはそれが分からないのでもやもやするのですわ。この廊下の先にもう一人いるんじゃないかとか疑心暗鬼になりますの」
「なるほど。逸れた時は怖いですね」
「なるべくそうならないようにしよう」
「食べたら戻るか」
「そうですね」
大好きなラザニアを美味しく食べて、パンケーキも貰い、カフェを出てダンス教室に戻った。
ここからは読書の時間だ。
ノエルと交換できる本を交換して、体が鈍るからという先輩たちとダンスを踊った。
20時になれば貸切にしたレストランへ行くのだが、17時に扉を開けると辺りはもう暗い廊下だ。点在する足元の発光石以外の灯りはない。
「こんな感じか」
「真っ暗だから急に出くわすのか。これは怖いな」
寮からレストランへ行く道はもっと明るいそうだ。
「時間いっぱいまでいて、0時に戻るのも怖いですわね。どうします? まだ食べ物はありますわよ」
「もう1日頑張ってもいい気はするな」
メイとアリアの言うことも尤もだ。
「2日目の夜ですもんね。昼もちゃんと食べられましたから軽いビスケットを食べて明日の朝、終わってからカフェに行くのもいいかもしれません。皆が初日と2日の今日の昼でヘトヘトなら動く価値ありです」
「悩みどころだな」
「皆どうしてるんだろう。ほとんど捕まったと思う?」
「一旦閉めて検討しよう」
「うん」
そこから、学年で誰が残っていそうかを話し合う。
手強いであろう4年生はどこにいるかの目星を付けるためだ。
「動いているのなら潰し合っている可能性もありますよね」
「それはある」
「良い場所どりって大事だものね」
「監視できる場所は、教会の上と教員棟は昼間だけだな。レストランのテラスも見張りに使えるけれど先に予約できているから……あ。予約しに行って断られたら? 張られているかもしれません」
「あり得る」
「危なかったな。パーティーの予約は4年生なら知っている。秋に他クラスの生徒との交流のために学年一同で茶会があったのだ。その時に予約できると聞いた」
「確実に誰か予約したことになりますものね。確認したのではなくて? 明日も明後日も空いているかどうか」
「今日も籠城にしましょう」
そう決めた時に、がちゃがちゃと扉を開けようとする音がした。
全員が一斉に緊張する。
そっと扉に近づきしゃがんで耳を寄せた。
『さっき誰かいた気がしたんだがな』
『閉まっているのなら先生かもしれませんね』
『次、行くか』
『はい!』
バタバタと駆けて行く音を聞き扉から身を離した。
「さっき誰かいた気がしたって。閉まっているのなら先生だったのかもしれないと話して去って行きました」
「ふぅ。危ない。夜にいるのは確実にそうだと思っているな」
「朝とか昼に堂々と動く方が安全かもしれません」
私服の効果は大きい。ノエルの言葉に同意した。
「湯たんぽが使えませんが、寒くはありませんか?」
「言われた通り毛布を一枚敷いて眠っている。二人で眠っているから温かい。大丈夫だ」
「そうですわよ。大丈夫ですから心配なさらないでね」
きれいな笑顔で微笑まれたので笑い返した。
「それなら籠城しましょうか」
ビスケットにカッテージチーズと瓶詰めの冬葡萄を乗せた。ストーブで温めた湯で紅茶も淹れる。
「なんだか、クオリティーが茶会だな」
「ソルレイのおかげでここだけ別世界のようです」
「ふふ。そうですわね。少しも苦しくない籠城ですわ」
「よかったです。食べて寝てしまえば、朝ですからね」
食べながらのんびりと色んな話をした。
食べて眠れば3日目の朝になる。
このまま何もしないでも凌げるといえばそうだ。
「ノエル。捕まえるのって明日で終わりだよね?」
「明日というか明後日の朝の6時で終わりだ」
「今夜はお腹が減ったらお菓子だね」
「そうなる」
「残っている人達は、レストランに来るかな?」
さすがに明日になったら、お腹も減っているはずだよなと笑うと、ノエルにじっと見られた。
「やるのか?」
久しぶりの観察だ。初めて会った時以来ではないだろうか。
「今日は大人しく寝るよ。明日は、メイ先輩とアリア先輩にはいてもらえばいい。俺達は成績も関係ないからね」
「そうだな。アウトになったら好きに食べられる。抜いていくか」
「そうしよう」
どちらかが捕まった時は連座でアウトになる約束だ。
指輪を守れば勝ちで3日間守り切れば魔道具は貰える。
チーム制だから、俺達も貰えるはずだ。
それなら、4年生になった時の予行演習も兼ねて捕まえる側に回りたい。
みんなは制服、私服のアドバンテージは大きい。この機会を活かす。
アリアとメイに明日の話をしに行く。朝から動きたい。
「はぁ。やはり、11でも男なのだな」
「明日守れば勝ちですのに、わざわざ行くのね?」
すみません、と頬を掻きたくなってしまうのをこらえた。
「これって成績に関係しますよね。お二人にとっては試験です。どういう学びの意図かお分かりですか?」
「「え?」」
「単なるイベントではなくて、学ばせているんですよ。守り切らなければいけない指輪は、戦場では、大将になるのか民になるのか情報になるのか。部隊によって違うだろうけれど見立てているのです。バディを組ませて守りきり、かつ相手を攻撃しないといけない。探索技術や情報戦が必要です。このグループは期せず四人いたので、協力し合い事前に多くの手が打てました。指輪が奪われないと分かった以上、打って出るのも手です。これからはより多くのことを学ぶために、捕まえに行きたいと思います」
目を見開いて驚いていた。
「体力を残し、相手の疲れたところや休んでいるところを狙うのは定石です。周りが敵だらけです。本来は交代で見張りをさせ、将来に備えさせるつもりだったのでしょう。子供の時の経験は強烈であればあるほど鮮明に記憶に残ります。ここで失敗をした方が将来には役立ちます」
騎士になった時や命を狙われた時に死なないように身体で覚えさせる教育だと指摘した。
俺とノエルの話を聞き、アリアは片手で顔を覆う。
「いやはや参った。その考察は2年生とは思えないな」
「そうですわね。……わたくしたちの役目は、ここで指輪を守ることなのね?」
「お願いします。守り切ったら貰える魔道具も欲しいです」
「ふふふ」
「アハハ」
なんとも欲張りだと二人が笑う。
「分かりましたわ。行って下さいませ」
「6時になったと終了の放送がかかってもすぐに出てはいけませんよ」
念のために言っておく。
「あら? なぜかしら?」
「本当に6時かは放送ではなく、自分で判断しなくてはいけません。それに開始時刻は6時5分でした」
「「「…………」」」
「……そうか」
ノエルは目を瞑って頷き、アリアとメイは訝しむ。
「まさか……」
「5分遅かったのか? しかし……」
「学校の時計台の時間を見て入口に戻りました。入口でカウントダウンが始まった時に腕時計を見たら6時5分でした。カフェでも確認しましたが、学校の全ての時計が早められています。最後の罠かもしれません」
背後に来たものは教員でも注意をするように言っておく。
「分かった。重々注意しよう」
「怖くて出にくいですわね」
「戻らなければ戻らないで失格になるかもしれないので、二度目の放送がなければ入口に戻って下さい」
「分かりましたわ」
もう注意事項はないか聞かれたので、もう無いと言い、奪われても恨むことなどないので心配のないように言っておく。
「あくまでゲームです。命までは取られません」
「体育祭だからな。しかし、戦場ではそうではない、か。なるほど、これ以上ないほどの卒業試験に感じる」
「アインテール魔道士高等学府は3クラスになりますわ。ここからは他の貴族学校に編入する子もいますものね。初等科でやる意義があるのですわ。わたくし感心しましてよ。先生方もですが、そのことに気づいた二人にも」
褒められてしまった。
「「ありがとうございます」」
照れながら返した。
明日は、捕まってもいいので思い切りやりたい。どうせなら楽しまないとな!




