縁
騎士の体力は凄いのか、エルクがずば抜けているのかは分からないが、日に日に回復していき7日目になると歩けるまでに回復していた。
盲腸のときは3日間入院していたなと、思い出す機会のなさに不鮮明だった前世の記憶が蘇る。
「医者に見せるか教会の司祭様にって思ってたのに……エルク本当に大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。二人の看病のおかげだ」
「本当?」
「勿論、本当だ」
俺もラウルも頭を撫でられて笑い返した。
エルクは歩けるようになったので軍に戻り、状況を確認してくるという。
「僕たちも行っていい?」
元々軍の建物に逃げる予定だった。そのことを言うと賢明な判断だと言ってくれた。
「しかし、今は朝ではないので行くのは危ない。もう一度ここに来るから待っていてくれ」
軍の動きが気になると口にした。
「うーん。確かに今朝は、城にいるドラゴンへの攻撃音がなかったから何かあったのかもしれない」
「そうなの? うーん」
二人で悩んでいると、エルクが俺たちを包み込むように抱きしめた。
「大丈夫だ。必ず戻る」
「ふふ、うん!」
「うん!約束だからね!」
エルクに念のため軍のどこの建物に行くのかを聞くと、やっぱりここから一番近い西棟の建物から北棟まで行くらしい。そこの5階にエルクの部屋があるのだと教えてもらった。
「遠いから帰りは明日の早朝だね」
「そうなりそうだ。状況の確認に手間取るだろうが、明日の朝には帰って来よう」
「「分かった。気をつけてね」」
行ってらっしゃい。
二人で、近親者のみに行う親愛の口づけを頬にすると、照れた顔で笑いながら初めてお返しをされた。
「今度は私がご馳走しよう」
「「うん!」」
この日。笑顔で送り出したのだが、翌日になってもエルクは戻らなかった。
2日経ち。もう1日だけ待つかどうかを相談して、行って驚かせようというラウルの案に乗り、非常用の持ち出し袋に貴重品を詰めて持ち、薄暗い中、軍の西棟まで足を運んだ。
入口に見張りもなく、あっさりと入ることはできたものの軍の内部はひっそりとしていた。
「少し怖いな」
「お兄ちゃん、手をつなぐ?」
「うん、お願い」
優しいラウルにほっこりして緊張の糸が切れた。
とりあえず、エルクの言っていた北棟の部屋を訪ねることにした。
通路で誰にも会わないから変だなと思っていたが、人の気配はする。時折物音がするし、どこからか話し声もするのだ。
「部屋にはいるみたいだから休んでるんだな」
「まだ朝になってないもんね」
二人で話しながら北棟に行くと、打って変わりこちらは多くの軍人が出入りしている。
「エルクの知り合いだって言っても怒られそうだな」
「じゃあねえ隠れていこ?」
「アハハ、そうしようか」
すべきことが多いのか、周囲の人間を気にする余裕もないのか簡単に5階まで来られた。着くまでは、見つかると終わりのリアル鬼ごっこだ!とラウルと、緊張の遊びに興じていたのに拍子抜けだ。
さてと、5階だと聞いていたけれど部屋の番号までは聞いていない。
「4部屋あるね」
「これだけ広いとなるとエルクは上級貴族だったみたいだ。どこだろう」
「手前からいっこずつね」
「ふふ、分かった」
怒られたらエルクの名前を出そうと言い合い、扉をノックする。
「「…………」」
返事がないのでいないのだろう。次に行こうとすると、ラウルが寝ているのかも? とドアノブを回す。
部屋の扉が開いた。
「「不用心だね」」
顔を見合わせ、そろそろと中を覗くと誰もいない。なので堂々と扉を大きく開けた。
「あ!お兄ちゃん。あっちにも扉だよ」
「そうか。一部屋が広いんだ。ノックの音が聞こえなかったのかもしれない」
さっきよりも凝った細工の扉を開けると、中央に大きな天蓋付きのベッドがあった。
近づいてエルクが寝ているのか覗き込むと、お爺さんが眠っていた。顔は苦悶に満ちており、汗が額に滲んでいる。とても苦しそうだった。
「だ、大丈夫?」
「具合が悪いの?」
思わず声をかけてしまったが、慌てる俺達の声が届いたのか目が薄く開いた。
「こ、ども?」
「エルクに会いにきたの」
勝手に部屋に入ったことを謝ろうとする前に、ラウルが素直に言ったので、ここに来た目的を先に話すことにした。
「エルクシス・フェルレイだよ。ここにいるって聞いたから。大怪我をして看病していたんだ。一昨日戻るはずだったのに戻ってこなかったから心配で……。この部屋だと思って入ったらお爺さんがいたんだ」
具合が悪いのか聞き、ポーションならあると見せると穏やかに笑ってもう効かんからよいよと言う。
「魔道士のラインツ・グルバーグだ。エルクシスの部屋は一番向こうだが、もういまい」
「「えっ」」
「一昨日に主要な軍は王を守る近衛騎士と共にディハール国へと出立した。今もここに残っているのは、動けない者とその看病に当たる者だけだ」
その言葉に俺とラウルは目を見開く。
そんなーーーー。
「約束したよ? 戻るって、朝には戻るって言った」
ふにゅっとラウルが涙を溜める。
俺もつられて涙が浮かぶ。
お爺さんが弱弱しい手で俺の頬を撫でるので。涙が零れ落ちてしまった。
頬に手を置くお爺さんの手に手を重ねて、瞼を閉じ一呼吸する。
そして、そっと手を剥がし振り切るように涙を拭う。
「ラウル、無事ならそれだけでいいだろ。別れが早くなっただけだ」
ドラゴンに襲われて、また通りで血を流しているのではないか。ここに来るまで通りや路地を覗いてから来た。気が気じゃなかったのだ。血の跡を見る度に無事を祈った。
「うん」
ラウルが涙を拭う。抱きしめると強い力で腕をつかんだ。それでも泣かずに堪えていた。
「エルクシスよ、なんと罪深いことをしたのかの」
お爺さんの慈愛の顔を見て平気だよと言った。
「お爺さんはどこが痛いの?」
「エルクも僕たちが治したんだよ。看病してあげるよ」
俺たちがこれもなにかの縁だからねと、精一杯の笑顔で返すと、お爺さんは微笑んで、
「それならば良い最期になりそうだ」と、呟いた。