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怪我の功名?先生たちの素顔

 短い秋の授業を終えての試験は順調に進み。よく分からない詩の試験は初めての文字数制限があったが、いつも短い回答なので問題はない。


 ダンスに関しては想定外のことが起こった。全員が教員の誰かと踊る羽目になったのだ。

 ガーネルクラスが余りにも酷い学級崩壊を起こしてしまい、最初はガーネルだけがダンスを担当しているテイナー先生、マーガレット先生と踊ることになっていたのだが、これにエリットが学年一律同じ条件にしてもらいたいと抗議をした。


 その抗議が通ったのかは分からないが、他クラスもこれに巻き込まれた。試験内容が変わったのだ。誘う相手は、教員のみ。申し込まれた教員は断ってもいい。断わられたらテイナー先生とダンス。採点もダンスだけではなく、申込の段階からで誘った教員にもつけられる。

 基準点以下なら冬は補講だ。


 レリエルからは「巻き込むな」とノエルが学校側とエリットに抗議を入れたが、2学年は全部その対応だと覆らなかった。


 知っている女性教員など限られているが、クライン先生に断られても気まずくならないので、早速教員棟に出向いた。

 先生の好きな音楽で踊るから踊ってくださいと言うとあっさり「いいわよ」と言われた。


 もっと交渉が必要かと思っていた。ジェラートの取引は駄目だと前にダニエルに言われたので、今日は軽いお願い程度で引き下がる予定だった。


「本当にいいのですか? 前は断られました」

「だって全員が教員と踊らないといけないのよ?」

「そうみたいですね。よく分かっていないのですが、これって女子も同じなのですか?」

「そうね。女子から誘わないとダメなのよ。可哀相だけどね」

 男性教員に頼みに行くって大変だ。


「社交界でもそんなことはないのでは……」

「まずないわね。それよりもノエル様もですか?」

 隣りにいるノエルに場を譲る。

「ああ。クライン先生、私と踊ってもらたい」


 ノエルがダンスの申し込みのポーズをとる。

 俺は軽く言い、何もしなかったので先生に悪いことをした。申し込みをもう一度やり直した。


「ふふふ。いいわよ。そうねえ。音楽は生演奏がいいわ。私とソルレイ様が踊る時はノエル様が6弦楽器を弾いてくださるかしら。ノエル様の時は……」

 言葉を止めて思案している。

「大丈夫です。6弦楽器も弾けますよ」

「いや、横笛がいい」

「決めるのは私ですよ。でも、ノエル様がよろしいのでしたら横笛がいいわ」

 曲目を言われ、俺もノエルも問題がないので頷いた。


「楽しみねー♪ ドレスを新調するわ!」

「ええ? そんな感じなのですか。どんなドレスか聞いてもかまいませんか。合わせられるようなら合わせたいです」

「それもそうだな。テイナー先生はかなり細かく見る」

「見てのお楽しみよ! そうね、色は決まったら言うわ」


 ノエルと顔を見合わせる。嫌がられるよりは乗り気な方が踊りやすい。担任がクライン先生でよかった。

「では、我々は濃紺のシンプルな物で。先生が主役でどうです?」

「ええ、分かったわ!」


 頷いて、一仕事を終えた。

 今日はこれで終わりだ。帰る為に移動をする。


「先生のあの様子だと気合いの入ったドレスになるのかな」

「…………」

 ノエルが立ち止まって腕を組み、服装は紺でも少しデザイン性のある物の方がいいかと言ったのに対して同意をする。


 余り時間はないこともあり、帰ってすぐにメイドに相談をした。

 ノエルの言うように、大人の女性であるので子供っぽくならないようにしましょうかと言われた。


 先生は小柄だけど、俺とは5センチほどしか変わらず目線はほぼ同じだと伝えると、

「ヒールを履くので完全に負けますわ」と、厳しい現実を返される。


 目立たないように靴に高さのある物をと言うので、この世界にはないインナーヒールを仕立ててもらうことにした。

 グルバーグ領にあるグルバーグ家御用達の職人に内緒で頼むことにした。


 翌日、ノエルに我が家ではこういう準備をすることにしたと話した。間に合わせるために今日家に採寸に来る予定だ。良ければ一緒にどうか尋ね、ノエルも頼むということになり職人に頼んで超特急で作って貰った。

 中の構造を変えるだけなので、それほど大変ではないようだ。


「ノエルの方が背は高いけど、先生のヒールの高さにもよるから」

「ああ。そういうところも点がつきそうだ」

 ダンスの試験は毎度大変だとため息が重なった。



 ダンス当日。クライン先生はかなり綺麗に着飾っていて宝石もつけていた。

 俺は、お爺様から貰った魔道具の指輪があり、ノエルも先生を見てポケットからいくつか取り出し合わせるように選んでいた。


「では、次。ミスターソルレイ!」

「はい」


 着飾った先生達が並んでいる中、黄色地に深い青の石が散りばめられたドレスに身を包むクライン先生の手を取ってホールの中央へ。

 この靴での練習もしたので大丈夫なはずだが、大人の女性だからかエスコートに少し緊張した。


 それにしても……。

「クライン先生は、可愛い方だと思っていたのですが、着飾るととても綺麗なのですね。そのドレスも良く似合っています」

「ふふ、ありがとう存じます」


 ノエルの方を見て合図をすると始まる。美しい6弦楽器の音色に合わせて踊った。曲目も1音1音が長いもので優美さがある。


 先生は伯爵家だから踊り慣れているのだろう。

 とても上手だった。

 俺も前よりうまく踊れたと思う。

 テイナー先生にもそのことを褒められた。


「とてもよかったですよ。上達しましたね」

「ありがとうございます。先生のご指導のおかげです」

「随分といろんな方と踊られたのが見ていても分かりましたよ」

「はい、先生の言葉を胸に数だけはこなしました」

「よろしい、よろしい。それでよいのです。6弦楽器の音にもよく合っていました。ミスクラインもさすがの腕前ですね」

「あら、お褒め頂き光栄ですわね。でも最後の一人のお相手もわたくしですの。評価は大拍手で結構ですわ」

「大きく出ましたね。これは楽しみです。ではミスターノエルどうぞ」

 俺は席に戻り、深呼吸をしてから横笛を手にする。


 立ったままなので、邪魔にならないように端にある椅子の後ろに立つ。

 横笛に一瞬ざわっとなったが、先生が手を横に切り静かにしなさいと示すとパタリと止んだ。


 ノエルから合図が来たので、綺麗な音色で正確に吹く。

 ダンスの邪魔になるのでアレンジは駄目だ。

 だんだん音が明るく大きく伸びやかに膨らんでいく。

 二人のダンスにこの曲はぴったりだ。

 最後もピタッと止めるのに合わせ音も余韻を出さずに止めた。


 先生や生徒から自然と拍手が沸き起こった。

 クライン先生の望んだ大拍手だ。

 俺は笛をしまおうとしたのだが、音楽のユナ先生が、横笛の音で踊りたかったと言い出し、他の年老いた先生も、社交界で敬遠されてから横笛の音色で踊る機会は得られないと嘆いた。


 皆ダンス好きなのか?

 吹くのはいいけど、一昔前のダンス曲だとルーンの燈火かな。

「“ルーンの燈火”か“グレッシングアイズ”でいかがでしょうか?」

「ふむ。懐かしい選曲だ。しかし、グレパスの泡沫がいいのだが、どうだろうか?」

「“レミオルベ”ですね? まだまだですが、吹くだけなら吹けます」

「若いのに大したものだね。その曲が原因で社交界から横笛は消されたのだ。あまりにも奏でた音色が美しすぎて、姫は断ったという逸話がある。恋人は貴族の楽師。姫は手ひどく振ることで恋人の夢を応援した。皮肉にも現実は真逆になった。亡国の姫に捧げられた曲だ」


 それが真実なのか!?


「息継ぎが難しい曲なので、それで顔が赤くなって振られたのかと。なんだか吹き辛くなりました。両思いだと思っていなかったのです」


 男性の気持ちを前面に出していたのに、まさか女性の切なさも乗る曲だとは……。夢を応援して身を引く姫君か。吹き方がまるで変わってしまいそうだ。


 弱ったな。

「ハッハッハ。そう言わずに1曲頼む。私が10代の時にはよく社交界でも演奏されていたのだ。難しい曲ゆえ、演奏できる楽師が少なく一部の上級貴族のパーティーでしか流れないのだが、この曲で踊ることができれば一人前だと言われていたのだよ」

 楽師も踊り手も腕を試されるという。

「分かりました。貴重なお話も聞かせて頂きましたのでお受け致します」


 早速女子生徒を担当しているダンスの先生に、申し込みをして喜んでと返されていた。

「ふむ。そう言われると私も踊りたくなりました」

 テイナー先生も誰か誘おうと動き出す。

「テイナー先生。私と踊って下さいませ」

 ユナ先生が誘うと、快諾して手を取る。


 おお、リアルダンス申し込みだ。

 結構気軽に声をかけあうものなんだな。


「先生方、宜しければ合図を下さい」

「では、私が「待ってください。私も踊りたいです」

「ふむ。早くしたまえ。ミスターマットン」

 ま、魔道士学の先生がそんな扱いなのか。

 しかも踊りたいのか。


 内向的な人ではなく情熱的な人なのかもしれない。

 授業では見られない先生達の一面にみんな興味津々だ。

 マットン先生が数学の教師のエリザ先生を誘い、OKを貰っていた。

 クライン先生もバール先生と踊るようだ。


 合図を受け、曲を奏でる。

 この曲は、簡単な横笛の楽譜が続く中で最強難度だ。

 シュミッツ先生に合格を貰ったのは最近だ。

 ギリギリの合格ですので、もっと音を大切にするよう言われている。


 1音ずつ丁寧に吹かないとな。

 初っ端から攻めていく曲なので、強弱というものはなく、強、強、弱強、強、強、最強でガツンと終わる。

 これを繊細な音色が持ち味の横笛で演奏したかったのかと疑問に思うほどの肺活量がいる曲だ。


 恐らく、“好きだ、好きだ、大好きだー!”というのを表わしたかったのだと思う。

 最後も、なんでこんなに複雑にしたのだという高速の指遣いで終わるため先生達のダンスはチラ見しかできなかった。

 吹き終り、静かに深呼吸をする。

「ふぅ」


 先生達は晴れやかな顔で難しかったわ、といった感想や足を踏んだことを謝ったりしていた。

 ダンスが身近にある光景なのだろうが、俺は見たかった先生達のダンスが見られずに少々残念だ。


「ミスターソルレイ。演奏をありがとうございます。大変勉強になる曲でした」

「私の力不足で、先生方のダンスを見る余裕がなく残念でしたが、喜んでいただけて嬉しいです」

 どの先生も楽しそうなので良かった。


「ええ。久しぶりにわくわくしましたね」

「先生方にとってダンスは身近なものなのですね。私は少し見方が変わりました」

「そうなのですよ。ダンスはコミュニケーションですね。相手のことを知る為の手段であり、曲を楽しみ、一緒に作り上げるものです。足を多少踏もうが踏まれまいが関係ありませんよ。女性が男性を知る為の手段でわざと足を踏むことも昔はありましたね。それで悲鳴を上げるか、何度踏んでも怒らない人か見極めたといいます」

 ヒールでそれは痛い。何度もやられたら涙目になりそうだ。


「5分程で相手をよく知ることができます。気遣いのある人ない人。会話や所作に出ますからね」

 なるほど、と頷く。


「あと3分程で授業も終わりです。ミスターソルレイ、1曲お願い致します」

「はい。では、月の調べを」

 そのままクライン先生と踊った曲を横笛で演奏をした。

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