音楽の合同試験
音楽の授業は思いの外、和んだ空気で練習できてよかった。アリアもメイもサバサバした性格のようで、不干渉の個人練習だったのだ。
シュミッツ先生の指導の下、ほぼほぼ仕上げていったので、初日の練習日に先生が回って来ても俺は特に何も言われず、
「試験日までに最高の演奏に仕上げてくれればいいわ」と、言われた。
「劇の主役の音源にもなれそうだな。これほどまでに美しい音色なのか」
「ええ、驚きましたわ」
「王侯貴族女性達の偏見のせいで、社交界でもお呼びがかからなくなった楽器なの。今も愛好家が沢山いるのよ」
ユナ先生が、いい加減に聞きたいわと肩をすくめた。
「前にノエル様に指摘されるまでそのことも存じませんでしたわ」
「ソルレイが気に入るのも頷ける」
初めて音色を聞いたアリアとメイはこんなに綺麗だと思わなかったと驚いていた。
嫌悪感はなくなったようだ。
ノエルも俺も女性達の会話には混ざらず、練習を続ける。
時間は有限だ。
「ソルレイ。ここをもう少し綺麗な音で弾きたい」
ノエルにそう言われたので直したいところを弾いてもらい、楽器を貸してもらって弾き直す。
「ここで、こうです。ノエル様はこうしていて……そうじゃなくて、こうです」
「こうだな」
「はい。気持ち少し長めにすると、優雅に聴こえます」
ノエルが頭から演奏をして音を確かめていた。それを何となく皆で見ていた。
「ふむ。ソルレイに問題がないようなので、私もしっかりやらねばな」
「わたくしもですわ。二人ともこんなに熱心だなんて思いませんでしたもの」
後期の授業もどんどん進み、音楽の空き時間は恒例の勉強する時間だ。
自習室や中庭、テラスでする時もあるのだが、今日は教室でやっていた。クラスメイトも今日の予約を取っていない子達は一緒だ。
「ノエル様。この意味が分かりません」
礼儀作法の授業は教科書がない。ノートに書いていたが、走り書きにしてしまい分からない言葉があった。
「ああ。それはな……」
侯爵家の礼儀作法は完璧だった。
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「ソルレイ。ついでだ。これはあっているか?」
ノエルの勉強していたのは魔法陣の応用問題だった。
「そうですね。あって……いや、ここからは……こうなります。ここが魔法陣の発動軸です。こちらから展開していき、また戻ります」
「勘違いしていたか」
「どちらか迷った時はここを見てください。ここから第1、次がここ。第2。そこから飛んでいるから追うと、ほら、ここ第3の魔法陣です」
「おまえの教え方は分かりやすい」
ふふ、お爺様直伝だからな。
「ありがとうって言って下さい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
礼儀作法が終わったので魔道士学教本を開く。
俺達が勉強しているとファビルとハルドが来て、『気になって勉強できません』と言われた。
「今のは魔道学の魔法陣教本86ページだ」
「発動軸が1つの複合魔法陣の応用だね。複雑だから間違えやすいものだよ」
重要なので試験に出そうだと教えてあげる。
「何ページをやっているのか。とかじゃないのですよ」
「なんだか、ざわざわします」
「え? どうしたの?」
「ソルレイ様が怒らないと思って言いますが、いちゃいちゃしないで下さい」
「ええ!? してないよ!」
そのネタはもういいよ。お腹いっぱいだと手をふる。
「していない。ソルレイはこんな感じだ。弟のラウルツを抱きまわして頬ずりをする。家に行った時に見ただろう」
「はい。兄弟で仲が良いのだなと思いましたけど……。ノエル様とソルレイ様の距離ちょっと近くないですか?」
そう言われると近いかと思って離れる。席が長椅子のため寄っていってしまっていた。
手元を覗きこんで教えていたのでいつもより近くなっていたようだ。
「これくらい?」
「あと2問聞きたい魔法陣があったのだが……」
「あー。じゃあ、前で説明します。皆でやろう」
「それは有り難いです」
「助かります」
「そうして欲しくて言っただけか」
喜ぶ二人を見て疑問が湧いたらしい。
「ノエル様、それは違います。みんなそう思っているんです」
周りの男子がコクンと頷き、女子達には『別にいいですけれど、確かに気になりますわね』と控えめに言われた。
「ええ? いや、うーん。ごめん。で、も誤解しないで欲しい……えっと、ノエル様、どれが分かり辛いですか?」
「92ページと96ページだ」
「ソルレイ様76ページもお願いしていいですか」
「さっきの86ページもできればお願いします」
次々に声を上げる。
「先に92ページと96ページから頼む」
「分かりました。みんなー92ページと96ページやるよー。その後76ページと86ページだ。まずは、魔道教本の92ページを開いて。これはーー」
教員用の黒板を使って、丁寧に説明をして授業を終える。
皆からありがとうございます、いい点数が取れそうだと言われてどういたしまして、と笑った。
4年生との交流ってもっと増えるんだろうなとか思っていたが、特にそんなこともなく、試験期間に突入した。
音楽試験の日は、俺が横笛だと知った4年生の見学者が出たので気合を入れた。『完璧です、自信を持って下さい』と言ってくれたシュミッツ先生の顔を汚さないように演奏をした。
アリア先輩とのハーモニーも良かったと思う。
「あぁ!いいわ!いい!」
ユナ先生がトリップしたように悶え、ノエルが「合否を言え」と言い、合格を言い渡された。
「ユナ先生はああいう人だったのか」
「そうですわね。わたくしこの後の演奏に響きそうですわ」
「完璧に仕上げてきました。ミスのないようお願いします」
「まあ。プレッシャーですわね」
ノエルが完璧な演奏を求め、驚きながらも楽しそうにメイも答えた。
二人の音楽はとても耳心地の良い物だった。
「合格よ。せっかくだから4人で演奏してちょうだい」
「笛の音色が負けませんか」
「そうねえ。ここは少し抑えて頂戴」
6弦楽器に抑えろと指示が出て、先生のリクエスト通りに弾いた。
「いいわね!次はノエル様とソルレイ様で弾いて下さる?」
「ノエル様宜しいですか?」
「ああ」
二人で弾くと、先生はとても喜んだ。
「あぁ!やっぱり二重奏ね!」
一人だけで演奏するように言われたので、少し曲調を変え、切ない音色に変えた。
これは、俺とラウルの好きな曲調だ。
最後の余韻が悲しげなのだが未来も感じる音に変化させて終える。
「ソルレイ様は即興でここまでできるのね! 楽師を目指しましょう!」
即興ではないのだが……。
「ユナ先生、それはできかねます」
「諦めちゃ駄目よ! 才能があるの! あぁ、フレリオスよ、彼に楽師の道を!」
音楽の神の名前を言い出し、俺はノエルたちのいるところまで下がり後ろに隠れた。
「ど、どうすればいいと思う?」
「合格したんだ。行くぞ」
「うん」
「そうだな。ここにいない方がが良さそうだ。私達も行こう」
「そ、そうですわね。急ぎましょう」
出入り口に足早で4人で向かいつつ、なんとなく追いかけて来ないか振り返りながら外に出るのだった。
「「「「ふぅ」」」」
全員で安堵の息を吐き、顔を見合わせて笑う。
「まったく、ユナ先生には驚いたぞ」
「うふふ。人には二面性があると言うけれど、意外でしたわ」
「あと2年あるから、なんとか乗り切りたいです」
「毎回あれではな。4年生の時が思いやられる」
もうすぐ昼になるからこのままレストランに行こう、と誘われ、生徒のいない内に静かに食べられる方がいいと頷き4人で向かった。
レストランに行って人気の2階席のテラスに腰を下ろす。
ここは、いつも女性でいっぱいだ。
C定食のサーモンフライにして選べる小鉢とスープはマッシュポテトとショートパスタの入ったミネストローネにした。
パンは貴族に人気のない4割配合のライ麦パンだ。庶民に近い味で落ち着く。
このレストランは、パンはいつも好きなだけ食べられるようになっている。
席にあるアイスティーを人数分注いで置いた。
「ありがとう」
「ありがとう存じます」
「ありがとう」
「いえ」
何も話さずに食事を食べるのだが、静かで偶にはこういうのもいい。
食事が終盤に差し掛かった頃に尋ねた。
「お二人は、このままアインテール国の高等科に進まれるのですか?」
「ああ、そうしようと思っている」
「私もよ。今更カインズ国の貴族学校に行っても仕方がないもの」
「そうなのですか? 選択肢としてはいいかと思うのですが」
「ダメよダメ。向うは今、ぐちゃぐちゃなのよ」
「?」
よく分かっていない俺にアリアが説明をしてくれた。
「こちらも高等科の1年生に王族が4人いるが、向こうの貴族学校も各学年に王族が来ていてな。王族の割合がこちらの比ではないのだ。見初められでもしたら面倒になる」
苦笑いを浮かべていた。
「こちらの高等科にいる王族の方々は継承権の低い方々で、争いに巻き込まれたくないからこちらに来ているのよ。とても静かに過ごされているわ。とはいえ、各国の王族ですから中には好戦的な方もいらっしゃいますけれどね」
そうなのか。
各国の子供ができる時機って同じなのかもしれないな。
ノエル様もそれでこちらにいらしたのでしょう? と尋ねられたノエルは静かに頷いた。
「ディハールでは侯爵家が他国の王族と関わるのは良しとされません」
「私達も同じね。最初は、どうしてこちらなの? と不満に思ったものよ。でも、この国は度量のある国なのよ。私達の不満も柳に風ね」
その内に綺麗な景色や穏やかな国民に力が自然と抜けたらしい。
カインズ国は現代モダンな印象だったな。
まるで、黒と白だけで構成されていて、曖昧さを許さない秩序立てられた感じを受け息が詰まりそうだった。
街並みも何もかもが計算されているのが分かる“作られた世界”で。世界が主役なのか自分が主役なのか見失ってしまいそうな、少し他とは一線を画す独特な雰囲気の国だった。
「カインズ国の貴族学校の方の体験入学に参加しましたが、街と同じで洗練されていましたよ。ただ、冷たい印象を受けました。私には、こちらの水が合いました」
「うふふ。水が合うとは、綺麗な言葉ね」
「グルバーグ家が体験入学とは、敵情視察としか思えんな」
「ソルレイ。入学する気などなかっただろう」
「はい、全くありませんでした。どんな人たちがいるのか見て回っていただけです。途中から説明そっちのけで、設備や魔道具が最新式かチェックしていましたね」
お爺様やカルムスが始め、俺もラウルもダニエルもモルシエナもベンツも言われるまま総出で確認したのだ。『設備が古いのだな』とカルムスが言っていたが、アレは嫌がらせに近かった。
「まあ!ふふふふ」
「アハハ。素直すぎるぞ」
ノエルにもフッと笑われた。
「魔道士学校らしく、こちらの方が魔道具や設備面は上でした。それに、向こうは魔法での戦闘訓練が多くて、少し怖かったです。案内役の人が言うには、騎士を目指す生徒が多いからだと聞きました。でも、生徒の目も陰っていて、学校が辛いのかなって思ったんです」
どうしても行きたかったらこっちでもいいよとお爺様は言ってくれたけど、行きたいって思えなかった。
そう言うと、3人とも静かに頷いた。
「各国とも、今は不安定ではないが、王子たちの振る舞い如何で情勢がガラッと変わる可能性を秘めている。後継者争いは学校を出てからだが、情報合戦は始まっているのだ。騎士家も肌で感じているのだろう。我々、侯爵家も誰につくのかを見極めねば共倒れになる」
アリアが言うとメイは大きく息をつく。公爵家は王族の血を引いているので、社交界での振る舞い1つにも神経を使うと零した。ダンスは王子と踊ったら他の王子とも踊るらしい。そうでないと都合の良い噂を流されるそうだ。
「面倒な時代に生まれたと思いますのよ。少し前なら安泰でしたのに。わたくし達は、和平に力を入れる王に寄り添いますわ。女である以上それ以上のことはできませんもの」
そういうものなのか。社交界に出たことがないので曖昧に頷く。
だからこそ高等科もこちらに通うのだと言い、成績が優秀なら更に2年の在学が認められるので、狙っているそうだ。
帰ったら縁談、縁談と言われるので、なるべく居たいという。
「2年の延長ですか?」
知らない情報なので尋ねると、どうしてグルバーク家が知らないのだと呆れられながら条件を教えてもらった。
高等科は最短で2年の卒業となり、成績が悪いと留年。卒業資格が与えられるのは4年まで。それ以降は留年もなく退学。逆に成績が優秀だと研究員として2年の在学が認められ、更に研究室と研究費を与えられるという。
初等科からの成績も加味されるそうだ。
ノエルを見ると知っていたようで頷いている。
「俺も出来れば長く通いたい」
「そうでしたか。私は初めて知ったので何とも言えませんが、研究に煮詰まったらいつでも家に遊びに来て下さいね」
ノエルなら優秀者に選ばれそうだ。そう言うと、笑って頷いた。
女性達がテラス席に流れてきたため、席を立ち別れた。
ノエルと教室に戻るため中庭を通る。ふいにノエルが口を開いた。
「ディハール国の王は争い嫌いだ。王族は皆アインテール国の魔道士学校に行かせている。俺が来たのも高等科の1年生にシルベリオス第一王子がいるからだ」
「仲良いの?」
「良いも悪いもない。式典では必ず会うからな。寡黙な人だ」
「ノエルより?」
黙ったノエルに可笑しさが込み上げたが、笑わないように気をつけた。
「きっとノエルみたいに喋ってみたら喋ってくれる人だよ。仲良くなれそうだね」
「さてな」




