今年の夏休みは勉強が多め
翌日。ノエルが、帰国するというので、来年は平和だから一緒に回ろうよと約束をして、夏が明けたらまた会おうと見送った。
短い別れなので、これで十分だ。
「ラウル。お兄ちゃんと何して遊ぼうか?」
「んー最初はね! お爺ちゃんと修行なの! 2週間だって!」
「やっぱりか。本を渡された時にそんな気がしたよ」
「僕にも読んでー」
「うん、いいよ」
夏休みの間に来年から始まる授業の準備が必要だ。音楽は向いていたようで大丈夫なのだが、問題は剣の授業だった。
夕飯の時にラルド国で騎士をしていたダニエルに教えてくれるか尋ねると、なぜかカルムスをじっと見ていた。
「ラインツ様、剣の教師は、私よりカルムスが適任です」
「そうじゃな。カルムスに任せるとしよう」
「はぁ、分かりました」
剣の授業が始まるとお爺様に伝え忘れていたカルムスが、怒られて先生役となった。
剣術大会で優勝したこともあるらしく、手本は演武を見ているような美しさだった。が、指導はかなり厳しかった。
それからお爺様の修行も2週間では終わらず4週間に延長され、ラウルと違って動きに移すのが遅い俺は、ひたすら魔法陣を描く訓練だった。
修復中の本や貴重な本が保管されている禁書庫から特別に貸し出された本は、内容が難しい。更に他の本を読むことになり、どうしても理解できないところをお爺様に聞きに書斎を訪ね、何度か読んで理解してからラウルに読み聞かせる。
難しいところは噛み砕いて説明をした。
魔法陣が終わると、カルムスがまた待ち構えており、
「不合格にはならないでくれ」
と、懇願されつつ受ける剣や剣舞の指導は、肉体的に辛いことが多く、俺にとっての癒しの時間は、ラウルと遊ぶ時とシュミッツ先生が来て演奏をする音楽になった。
新事業もこの夏に軌道に乗り、お世話になった外交派閥の長エリドルドさんを始め、財務派閥家にも会いに行き事業関係のパイプだけは太くなった。
正式にベリオットの栽培の受粉に使う蜂からとれるハチミツを使ったシャンプーとリンスを販売する店の名前が決まった。“ハニー&ハニー”で“ハニハニ”と親しみを込めて呼んでもらえるようにしようと話している。
シャンプーもリンスもちゃんとこの世界にはあるので後発品だが、ハニハニのシャンプーとリンスは香りがいいのが特徴だ。店舗は持たず商業ギルドに卸して売ってもらう。邪魔が入らないようにどこの領で作られているかも秘匿という契約だった。
グルバーグ家は無派閥のため、強固に守ってくれる派閥がない。そこで信用できる財務家にガラス瓶の製造依頼を出したり、香りのいいドライフラワーを作る領に出向いたりと最初から効率よく根回しをしていた。それが実を結び、テスターを済ませようやく商品が完成して売出したのだ。出だしは好調で、半年先まで予約が入っている。
予定より1年早く軌道に乗った。
これである程度、領内にお金が回る。とにかく雇用の創出が大事だ。辺境領は自然が厳しい分、領民は逞しいが、それに甘えていては良い人材も流出する。
初期費用を回収し、利益が出るのは1年後だ。うまくいくといいな。
文化祭を通して仲良くなったクラスメイトの家にも遊びに行き、隣の領のフォルマとは特に仲良くなった。ラウルと一緒に何度も遊びに行ったのだ。
そして、夏の終わりについに兎を狩れるようになった。
「うささん……」
「うさぎさん、ごめんな」
やったのは俺だが、ラウルにはまだ早かったかもしれないので、抱きしめた。
生きるのに必要なければとってはいけないのだ、という隣の領のクラスメイト。フォルマの話を聞き、血生臭くないようにここからこうです、と手早い解体方法も教えてもらうが、そこはラウルにはまだ早いと俺だけにしてもらった。
顔を青くして戻る俺に執事達が驚くが、狩りの経験がなくてフォルマが先生になって教えてくれていると言うと頷いて何も言わずに見守ってくれた。
ラウルを抱きしめて、癒される。
フォルマは、食べるところまでが供養です、と言うので、昼に皆で食べた。
「精神的にきつくて食べられないかと思ったのに食べられる。しかも美味しい」
「僕も。うささん美味しいって思った」
「うちの領地では割に獲れます。さすがに、グルバーグ辺境伯領とまではいきませんが、林も残しています。狩りは、土地に根付いているので食べ方の種類も豊富なんです」
俺とラウルが美味しいと言ったことに一番安心したのは給仕達のようで、安堵の息が後ろで聞こえた。
「無理を言ってごめん、助かったよ。ありがとう」
「フォルマお兄ちゃん、ありがとう」
「いえ、いえ。お安い御用です。ソルレイ様のおかげでペナルティーを回避できましたから。調理室の扉を開けた時のぞっとした光景を忘れることができました」
「ああ。たぶんだけど、家のオーブンと型式が違うんだと思うよ」
「それで全部……。でも、ハチミツを使いこんでいますから。みんな『どうするんだ』と、かなり怒っていたんですよ。それでも結果は1位でペナルティーも回避です。諦めてはいけないのだと思いました」
教室の隅でノエルが話していた理由が分かった。皆の怒りは分かるが、自分が代表をして話すと言ったらしい。収拾がつかなくなると思ったのだろう。ノエルは本当に優秀だ。
「ノエル様は切り替えが早いからね。これ以上話していても解決しないと思ったらそこで終わる」
「ソルレイ様とノエル様は、どのようなお付き合いを?」
「もうさあ、男子まで怪しまないで欲しいよ。完全に友達づきあいだ。クライン先生が面白がってるだけだよ」
「ハハ。そうですか」
この分だとフォルマも楽しんでいるだけだな。
「お兄ちゃんは、大人しい子より活発な女の子が好きなんだよ。ねー」
「そうなのですか?」
「アハハ。そうだよ」
“深窓のご令嬢”って響きはいいけど、部屋でずっと何をやってるんだと怖いだろう。白熱して口調が変わってもクッキーを焦がしても、当日まで一生懸命に動くクラスメイトの子達の方がずっとかわいい。
そう言うと、フォルマはそんな風に思えなかったと唸った。控え目で守りたくなるような大人しい子が好きらしい。
「午後もやりますか?」
首をゆるく振り断った。
「食べた物を出す心配が出るから今日は帰るよ」
美味しい食事を出してもらった礼を述べてラウルと帰った。
車の中でラウルに話があると言われたので、話し辛いことならどこかに行くかと尋ねれば俺の部屋でいいという。
そうして部屋に入るなりいきなり宣言をした。
「僕、主席を目指すね!」
皆を守るのにそれが必要なのだという。いまいち分からないが、
「ラウル、雑用は大変だぞ?」
思っていた通り、白服は先生の雑用係だったと言うと笑う。
「ふふ、ラウルが困ったらお兄ちゃんも手伝ってくれるでしょ?」
「アハハ! 仕方がないな。どうせ白服なら一番だ」
「うん!」
約束を取り付け上機嫌なラウルに試験を受けた時の問題をできる限り伝え、この日から部屋で一緒に勉強をするのだった。
水獣の船に乗って気持ちの良い公園まで行き、大きな木の日陰に寝そべって本を読むこともあった。
夏休みの最後の週は、お爺様と3人で神殿に篭って訓練をしていた。
この日、俺とラウルはお爺様から魔道具の指輪を貰った。
「お爺ちゃん特製のお守りじゃよ」
「「わぁ!ありがとう!」」
二人で抱きついて、ずっと大切にすると約束をした。
魔道具は持っていても何も言われないので、学校につけて行ってもいいらしい。
俺には黒曜石で縁取りされた大きな赤い石の指輪で、ラウルにはアクアマリンで縁取りされた大きい青い石の指輪だった。
指輪も石も全てが魔道具だと言うので驚いた。
石にしか見えないが、石ではないのだ。
綺麗な指輪を眺め、大切にしようと改めて思うのだった。




