グルバーグ領で採集
翌日、いつもの学校の時間に誰も遅刻することなく全員来た。
狩りをするからか貴族っぽいちゃんとした格好だ。皆、大なり小なりはあるが、ナイフホルダーを装着している。
俺がTシャツにズボンというラフな格好で来たことに驚かれた。家にはちゃんと未使用品が用意されているが、また戻るので置いてきた。
「専用の手袋まであるのか」
フォルマにつけているものを見せてもらう。
「ブーツもそうですよ。胸当ても牙が貫通しない硬い皮です」
「へえ!」
男子を連れて、3台のスニプルの馬車で家に戻る。
変な感じだ。
弟も一緒に教えてもらってもいいか、皆に聞くと『いいですよ』と気安く請負ってくれる。
各家の御者の人や執事達には、あっちの別館にいてと伝え、我が家の執事達が開けてくれた玄関扉を、皆を連れて潜る。
「ただいま。クラスの皆が遊びに来たよ」
「おかえりなさいませ。ソルレイ様」
ずらっと並ばればっと頭を下げられ少々焦るが、クラスメイトの男子が全員来ると言うとこうすると言われた。
辺境伯家の格を見せるのに必要らしい。
そんな中でも変わらないのがラウルだ。
「お兄ちゃん! お帰り―!」
中央の大階段から笑顔で駆け下りてくる。
ダダッと走って来てびょーんと突っ込んで腰を掴むラウルを捉まえてぐるぐると回る。
「「アハハハハ」」
何回か回って捕まえた。
「ただいま。皆は、お兄ちゃんのクラスメイトだよ。今日は文化祭で使う素材を集めるんだ」
「ハチミツと皮でしょ!一緒に行ってもいい?」
ラウルが皆に聞き、『いいですよ』と何人かに言われる。
「お兄ちゃん、今いいよって言ってくれたの誰?」
「ん? え? 誰だろ? 今誰が言ったかな?」
俺が振り返ると、ノエルが気にするなと言う。
「ラウルツ。おまえに対して意地の悪いことをするやつはいない。ソルレイは皆と仲がいい」
「うん。分かった!ラウルツだよ。ラウルって呼んでー! みんな宜しくねー!」
ラウルのノエルに対しての口の利き方に目を丸くしていたが、順応の早い下級貴族の何人かが『はい、宜しくお願いします』と返した。
ロクスにまずは、お飲み物をと言われ、客間に案内をした。紅茶とシフォンケーキが出される。皆が美味しいと食べている内に話をした。
「ラウルツ、今日はもう1つやることがあるんだ。俺もラウルツも狩りをしたことがないだろう?」
「うん、お爺ちゃんが無理をしないでいいって言ったからやってないね」
「ん。皆に聞いたらやっぱり必要みたいだ。今日は教えてもらおうと思うんだ」
「やり方が全然分からないよ。見ているだけでもいい?」
「うん、いいよ。無理だと思ったら家に帰ってもいいからね」
「うん!」
皆に必要な持ち物を前に聞いてあったので、ちょっと着替えてくるよ、とラウルと席を外した。
戻ると、明らかに使った形跡のない物に様子を見て、皆が頷く。
「ソルレイ様も見るだけでもいいですよ」
「最初からやるのはハードルが高いです」
「慣れるところからですね」
「お兄ちゃんも僕も頭を撫でるだけだから、どうしていいか分からないよ」
「あーうん。そうだな」
俺もラウルも天井を見上げ、これからの試練を思う。
「え? どういうことですか?」
「まさか、一緒に遊んでいるとかですか?」
「いや、向こうは野生なんだけど、楽器を弾いたり……」
「歌を歌うと喜んで近寄って来るの」
俺とラウルが言い辛そうに言うと驚かれた。
「ソルレイ、ラウルツ。楽器を持って行け」
とりあえず見せて見ろとノエルに言われる。
「「うん」」
皆でぞろぞと玄関へ向かい、ラウルと6弦楽器を二人で弾きながら玄関から出て移動をすると、のそのそといつもの皆がやってくる。
ガルスがどこからともなく集まって来るので、1曲、2曲弾き、わらべ歌を歌いながら頭を撫でると、お腹を見せるので撫でてやる。センザも土の中の巣穴から顔を出し近寄ってくる。
それを見て息をゆっくり吐き出し、草むらに静かに楽器を置いて、覚悟を決めベルトの短剣を握り締める。
「ど、どうしたらいい?」
「「「「「「ソルレイ様、やめておきましょう」」」」」」
全員にやめようと提案をされる。
「でも、素材がいるし!狩りができないと将来困るからやるよ!」
「……お兄ちゃん。ラウルもやる!」
ぎゅっと目を瞑るラウルを見て、しっかりしないと、と深呼吸をして決意をする。
「そんな悲壮な顔をするな。ラウルツもやめておけ」
「そうですね、今回はやめましょう」
「うちでもとれますから。とっておきます」
「よし、私も行こう」
「そうだな。フォルマの領で獲ろう」
「ハチミツを取りに行きましょうか」
「ソルレイ様。ハチミツとハーブを採りましょう」
俺は、お腹を見せ撫でてと言っている無防備なガルスを見て、大きなため息を吐き、短剣を下ろす。
そして、もう一度腹に手を伸ばすと、皆に「ごめん」と、貴族がしてはいけないと教わった頭を下げて謝るのだった。
ハチミツは巣穴を燻さなくても、遠距離で蜂の巣に穴を開ける専用の蜜採りの魔道具があるので、ミツバチの巣穴を見つけては瓶に詰めるだけだ。
グルバーグ辺境伯領では自然や花の多さから夏でも蜂も蜂の魔獣も元気だ。
山は涼しく、花も咲き乱れている。
もっと登れば高山植物もある。
故にすぐに溜まる。
もう持って帰って来た20瓶だ。
蜂の魔獣は益魔獣の為、討伐されたりしない。1つの巣を見つけるとかなり獲ることができる。
俺の領のノルマは終わるのだが、ここで獲れるのにわざわざ採って来てもらうのも悪い。急遽、家に有った長瓶に入れることにした。
2日後に学校で小瓶に入れ替えだな。
「これだけ獲れるのなら小瓶をもっと買った方が良かったでしょうか」
「うーん。皆は文化祭来たことある? どれくらいの人が来るんだろうね」
「来ないと無駄になって瓶代だけがかかる」
ノエルの冷静な言葉になるほど、と皆が頷く。
「ラウルはお爺ちゃんとお兄ちゃんと行くよ。他のクラスも回るの!皆もおうちの人来る?」
「家の者か……うちは誰も興味ないので来ませんね」
「そうなの?楽しそうなのに来ないの?」
ラウルが可愛く首を傾げて尋ねる。
9歳だが仕草は可愛いままだ。
「長男だと来るかな? でも次男とか三男だともう来ないんだよな」
「そうだな。うちも来ないな」
皆が世知辛い貴族社会の構造を暴露する。
先生達も貴族の為、跡取りが入学した時は、両親揃って顔つなぎで来るが、次男と三男はその必要がないため来ないらしい。
「ハルドはバルセル国から誰か来る?」
「帰って来る時に連絡してと言われたので来ないですね。盗賊に遭いたくないでしょうし、私も次男なのであまり興味を持たれていませんね」
「「えぇ!?」」
「クラウンは? ワジェリフ国だよな」
「長男ですが、来ないですね。ちょっとここまで遠いので。4年は帰らずに寮です。ガーネルのエリット様と同じ出身国ですが、向こうは侯爵家の跡取りなので、今年の夏は絶対に帰りたいみたいです」
1年生の時は絶対に帰れないから、2年生は帰りたかったのに! ということか?
クラウンがそう言うと、他の皆もああ、その話聞いたぞ、と言う。
「ガーネルが揉めている原因ってそれなのだろう? 他人が言った案で失敗したくないから自分の案がいいって押し通して、決まった案を引っくり返したってやつ」
「票の買収の話は、俺も聞いたな」
「うわっ。そうだったのか。先生の話、聞かないでよかった」
「関わるとこっちにまで文句をつけそうだ」
「ハハ。レリエルは平和ですもんね」
「確かに。この前は女子にちょっと引いたけど、ガーネルに比べれば平和ですね」
「ハチミツとハーブが半日で手に入ったから順調ですよね。まだ何やるかも決まっていないとかガーネルじゃなくて良かったです」
「書庫の整理と掃除で夏休みが潰れるとか悲惨すぎますよ」
話の分かっていないラウルに文化祭の話をざっとして、売り上げが悪いと掃除と書庫整理で学校に夏休み行かないといけないんだと話すと、
「じゃあもっとハチミツを獲ろう!」と、言って皆を笑わせた。
「ノエル様が言っていたように、瓶が無駄になる可能性があるから難しいんだよ。文化祭に一般のお客さんがどれくらい来るのか分からないんだ。足りなくてもいいけど、余るのは駄目なんだ」
「ハチミツは美味しいよ? 余ったら売ればいいだけだよね?」
その言葉に全員が沈黙をして、ノエルを見る。
「ソルレイ。この国のハチミツの相場はいくらだ?」
「小瓶で銀貨8枚から10枚ですね。だから一番良い景品にもってきました」
それでも他国からすれば2割程安い価格だ。
「これだけ採れるのにか?」
「グルバーグ領は、市場にハチミツを出していません。自然は自然のままにという方針があり、悪戯に開拓をしないんです。魔道士の家系だから、開拓をしないでも食べていけます。他の領が開拓をするのなら、その分、国の将来のために資源を残しておこうという考えです。領内における自然の保全が仕事みたいなものですね」
辺境の地にある領主は自然とうまく付き合って生きていくのだ。都市部の貴族領地とは領地の運営の仕方が異なることを伝えた。領民の統治をして税を納めるやり方は人口密度が違う辺境領では失敗するのが関の山だ。
「お爺ちゃんは、文化祭の景品ならいいぞって言ってたよ。売っても寄付になるんでしょ? 怒らないよ。ラウルが頼んであげる。お兄ちゃんと夏休み遊びたいもん」
聞いて来るね、とタタっと駆けていく。返事も聞かずに素早く動くラウルに「こけないでー!」と背に声をかけると、「はーい!」と可愛い顔を向けて返事をした。
「ノエル様。お爺様は、売っても怒りませんよ」
「怒らないだろうな、というのは分かる」
そこに後ろから声がかかった。
「あの……」
急に言葉を発したのに、そこから言葉が続かないフォルマを全員がどうしたと訝しげに見る。
「あの、女子のクッキーづくりの腕前って大丈夫なのですか?」
「「「「「?」」」」」
話が急に変わったためさすがに目を瞬く。
「その、クッキーだけが余ったりしませんか。そうなるとラウルツ様が言ったように残ったものは、安く売った方がいい気がします」
全員が驚く。
なかなかの爆弾を落としたが、ここに女子はいない。
「なるほど」
「自信ありそうだったけどな」
「今日の美味しいケーキはソルレイ様の手作りですか?」
「え? ああ、いや、えっと……」
男の菓子作りは、敬遠されると知った。適当に笑って誤魔化す。
「アハハハ」
まあ今のでバレただろうが、ケーキは俺の手作りだ。
みんなに狩りを教えてもらう礼で作った。
「あーえぇっと、どうして聞くの?」
「女子のクッキーの監修とかしてもらえるならって思って」
俺は思い切り首を振ってから、フォルマの肩を掴んで言い含める。
「それは、怖いよ。やるなら全員で連帯責任だよ。フォルマも言い出しっぺなんだから、女子に試食するって言ってよ。全員で食べてこの味じゃ駄目だって言ってくれたらやる」
全員の顔を見回し、その覚悟はあるのか、と問う。
ノエルが真っ先に視線を逸らした。
「うわっ。きついです」
「できればパスで。持ち帰るまで分かりませんよ。たぶん。見た目さえアレなら……」
「この前は貴族とは思えない口の悪さでしたよ。無理です」
「そうです。ガーネルみたいになります」
「クッキーが余ったら、“皆で持って帰って食べよう”でいい気がします」
「それだ!」
俺達が勝手に下手だと決めつけている間にクッキー作りをする女子に渡すためのハチミツも溜まり、戻ってきたラウルに、『お爺ちゃんがいいよって言っていた』と教えてもらう。
学校で長瓶から小瓶に10個移動させ、それでも余ったら小瓶を買い足し、お客さんが少なかったら売ろうと話した。
ハーブを採集し、ハーブの詰め合わせだから、全員でポプリでも作る? と笑いながら提案し、色違いの細切れの布を交互に編みこんでいくだけのハートのポプリ入れを作った。
「針とか使わずに作れるんですね」
「そうそう。簡単だよ。端をこうやって結べばいいだけだね。中身だけ入れ替えればいい。枕元に置いておくと虫よけの香も焚かずに済むよ」
「あの匂い苦手なんです。これ、持って帰ってもいいですか?」
「うん、いいよ。女子が良いって言ってくれたら予算から布代を出そうか。正式にハーブセットの中に入れよう。持ち帰りたい人は持ち帰って」
2つ作って枕元と足元に置けばいいと言うと全員がせっせと作り持ち帰るので、少し驚いた。
別館まで一緒に行き、皆が帰るのをラウルと手を振って見送った。




