ソウルとラウルとエルクと
翌日の早朝――――
食べ物があるうちに市場へ出かけることを告げると、エルクは同行できないことを詫びた。剣を差し出すので、重くて持てないよと笑う。
すると、今度は短剣を渡すので借りることにした。これも重かったし、どうすることもできないと思うのだが、騎士としてのエルクの気持ちを慮った。
肩を貸せば移動できそうだと言うので、両親の部屋に案内をして大人しく寝ておくように言いつけた。先に部屋で準備をしていたラウルに、すっぽり毛布をかけられると礼を言った。
「エルクは動いたらだめだからね!」
「ああ」
「アハハ。うん、回復には体を休めないとね」
ラウルは、絶対に一緒に行くと言って聞かないので、側を離れないことを約束させて連れて行くことにした。
「二人とも気をつけていけ」
「「はーい!」」
市場へ行くと昨日とは様子が変わっていた。
食べ物は散乱したままだと思っていたのだが、喰い散らかした跡があった。空を見上げてドラゴンがいないことを確認して、物音がしないか注意しながら進んだ。
“落ちているね、貰おうか”
“うん!”
と、いう具合で拾おうと思っていた。予定変更だ。
どうやら店の中にまでは大きさ的に入れないようなので、市場ではなく比較的無事な商店の方に回ることにした。少し遠いけれど、薬屋にも行きたかったのだ。
こちらの商店はもひっそりとしていたが、馬車がある商人たちは逃げたはずだ。店そのものは無事だった。ラウルを連れて中に入り、入ってしまえばドラゴンの視界に入る心配もなく、安心して商品を手に取ることができた。
盗むという行為を覚えさせたくないので、銀貨をポケットから出した。
「いくらかお店の人がいなくて分からないから。銀貨を支払っておいて、もし足りなかったら母さんと父さんに今度払ってもらおうね」
「うん!分かった!」
この量だと絶対に足りないと分かっているのだが、言い訳をして誤魔化した。
「肉や卵は、このままだと腐るだけだから安く値引きして売ってくれるはずだ。食べられなくなるよりはいいからね」
「もったいないもんね!」
「うん。このままだと誰にも食べられない」
鶏肉屋の店の奥が屋内型の鶏舎になっていた。まだ鶏は生きている。餌さえやれば建物が壊されない限り卵が手に入る。餌と水をやって、代わりに竹籠に卵を入れて貰うことにした。
「これは世話代だね」
ラウルがそう言うので、笑う。
「うん、世話代でもらおう」
食べ物は3人分ならこれで大丈夫だ。あとは薬だな。
薬屋は独特な匂いがするため、商店の端にある。
この世界では、薬屋で売られる砂糖を絶対に買えない銅貨で買い、包帯や、血止め、消毒液、軟膏、石鹸を購入した。
たぶん何日かしたら接収になると思う。
今のうちに必要なものは揃えないといけない。エルクが持っていたポーションと同じ物が棚にあるのを見て、2本もらうことにした。銀貨を2枚置く。
ラウルに首から下げているお財布を出すようにいい、1つを入れて持たせると同じようにして1つずつ持っておく。
帰りながらポーションの説明をした。
無闇に使わないと約束を交わしたので大丈夫だろう。
家に帰るとエルクがホッとした顔で出迎えた。
「怪我はないか?」
遅かったので心配させたようだ。
どうやら両親の寝室から玄関が見えるダイニングの椅子まで自力で移動したらしい。
「もう、無理をして!」
ラウルに怒られている。
「大丈夫。誰もいなかったよ。怪我もしてないからね」
鶏が死にそうになっていたので、世話をしていたのだと言うと呆れた顔を見せる。
「鶏の世話もいいが、まずは自分の命を大切にすべきだ」
「エルクが言うの?」
僕たちにお世話されてるのにと、ラウルに言われ弱った顔をするので笑う。
「ふふ。ラウル、そこまでだ」
「はーい」
返事をするラウルも笑っている。俺もラウルもエルクが好きなのだ。
店主がいなかったからお金をおいてきたんだよと、初めてのお使いを報告している。ほのぼのと聞きながら、朝食で使う卵を3つよけた。けれど、エルクがハッとしたようにズボンを探りお金を渡してくるので、食材をテーブルの上で区分していた手を止める。
「「?」」
「気づかなくてすまなかった。これを足しにしてくれ」
「全部金貨? エルクが貴族だって言うのは知ってるけど、平民は銀貨と銅貨しか使わないよ。銀貨なら受け取ったんだけどね」
笑って大丈夫だと伝えた。
「夜は近くの家から水をもらってきたから少し遠くの家から水をもらってくるよ。ラウル、エルクを見てて」
「体をふくんだよね。僕はタオルの用意をしてるね」
「うん。お願い」
エルクが口を開く前にさっさと鍋を片手に行くことにした。だって謝罪ばっかりだから。ありがとうでいいのに。
鍋の水をそのまま火にかけて熱い湯で、エルクの体を拭う。寝室に移動してもらった。こっちのほうが拭いやすいのだ。
「包帯を変えるからね」
「薬屋まで行っていたのか」
申し訳なさそうな顔をするので、頭を撫でておく。
「気にしないでいいよ。替えがあれば洗ってまた使えるからね」
騎士だけあって立派な体だ。
ラウルと協力して拭っていくと下着をどうすべきか悩む。拭いたいけど恥ずかしがりそうだな。
「お兄ちゃん、パンツも脱がす?」
「そうだなあ、洗わないといけないしなあ」
反応を見つついけるかもと続ける。
「でも、下着屋は遠くて行けなかったからなあ。乾くまでタオルで巻いてて?」
「それがいいよ!」
ラウルもそうしたらいいよと賛成してくれたのだが、下着に手をかけると案の定慌てだす。
「……自分でやる」
「ラウルは男だよ?」
その反応に疑問を持ったラウルは、偶に性別を間違えられることがあることに思い至ったようだ。
自分は、男なので気にしないでいいよと笑う。
「それは知っている」
冷静に返す。その声には遠慮ではなく拒否する意志を感じた。どうやら子供相手でも嫌らしい。
「えー? お兄ちゃん、どうしたらいい?」
「父さんとは違うから。エルクは、恥ずかしいみたいだ。でも、パンツは結局、俺が洗うからあんまり意味はない気がする」
「あぁ。いや、その……」
銀髪イケメンのエルクは、こういうのに慣れていないのだと思う。トイレに行く時も肩を貸しているから気にする意味は本当にない。
まあ覗いているわけじゃないけど。
これ以上追い込むのは良くないな。
「自分でやりたいみたいだから、お湯と絞ったタオルだけ渡しておこうか」
「恥ずかしいならあっちの部屋にいるね」
下着はこの桶に入れておいてと、俺たちに言われ却って羞恥が増したようだ。目元が赤い。
包帯も入っているので一緒に石鹸で洗う予定だ。
その後は煮沸だな。
ダイニングで水を飲んで待っていると、『終わった』と、蚊の鳴くような声を出して告げ、俺とラウルは気にせず足を拭うために突撃するのだった。
ちなみにこのあと。
洗濯するならいっぺんにだと、ラウルと二人で、大きなたらいの中で石鹸で頭から洗いさっぱりした。
「石鹸っていいね」
「うん、自分で作ると大変だから買えてよかったよ」
汚れた水を怖ごわ外に捨て急いで家に入った。
家の中は室内干しだらけだけれど、それに笑えるくらい俺とラウルは、心が軽くなっていた。子供二人だけではないこと。エルクの存在が大きくなっている。