文化祭の準備
3日後に集まった裏方班と綿密な打ち合わせをして買い出し班と工作班に分かれた。
受付など分かるようにしなければならないので、貝当ての看板も作らないといけないのだ。
もっと揉めるかと思ったが、皆、頑張ろうという感じでクラスは纏まっていた。制服は、汚れるから汚れてもいい格好でと言ったが、半分は制服だった。
それならそれで買い出しの方を頼む。
俺は貴族の証である白い襟付きのシャツにつなぎというちぐはぐな農夫の恰好なので驚かれたが、確実に汚れるからこれでいい。
家で、備品の申請書類を作ってきたので、申請して貸出しは本日からだ。
備品は失くしたら弁済なので、この部屋からは持ち出し禁止で、作業が終わったら確認して教務課へ返す。
誰かが失くした場合は、連帯責任で予算から出す。そのことも言ってあるので、みんな大切に使ってくれている。
意外に作業が楽しいので、みんな黙々と行っていた。
なにせ備品は使いたい放題なので、油彩絵具で絵を描くのも自由なのだ。絵を習っている女の子の絵は繊細で、文字のデザインもよく上手だった。
力の入れられるところは力を入れる。
長机にかけるクロスも、家で余っているのものを持って来ると言ってくれた子に任せた。
買い出し班が戻り、皆で個数の確認をした後、誰が何を持ち帰るのかを紙に書き、割ったら嫌だからハチミツは別の容器に入れて学校で容れたいといった要望を聞き、纏めてボードに記載した。
俺は面倒なので持って帰りたい派だ。
割ったら弁償するので、買った店の場所をビアンカとソラに聞き、前のボードでも購入した店の名前と簡単な地図を書いておいた。
これでやっちゃった人間はこっそり買いに行ける。
教室の鍵を閉め皆でレストランに食べに行こうとなった。
「この格好でもいいのかな」
「大丈夫だ。寮生は私服で食べにくる者も多い」
「ああ、そうか。帰らない人もいるもんね」
背伸びをして身体を解しながら、教員棟の近くのレストランに行き、銀貨1枚のバイキングにした。
人も夏休みでそれほど多くないので、皆で席をくっ付けて食べる。
ノエルが上品に取るので、俺も気持ち分上品に盛り付けた。
クロワッサンとオムレツは鉄板だ。
あと、この世界ではとても美味しいソーセージは2種類、魚のフリットも多目で5つだ。
サラダはいらないけれど、ノエルを見てとった方がいいのかなとトマトだけ取った。
スープはコーンスープ。
デザートは温かいクロワッサンにジェラードを挟むのだ。
「ノエル様、お聞きになりまして? ガーネルはまだ何をするか決まっていないそうですわ」
「……そうか」
「レリエルは、早く決まって良かったですわね」
裏方になった女子達がノエルと食べられるのを喜んでいるので、隣にいる俺は食べる専門だ。
「ソルレイ様」
「ん?」
コーネルに話しかけられそちらを見ると、俺の取っている魚のフリットを見ている。
「魚が好きなのですか?」
「うん。魚派」
「俺もです!」
「おお!初めて会った魚派だ!」
てっきり、ノエルの時と同じく“俺は肉派だ”となると思ったのに。
「俺も初めて会いました。みんな肉派なので」
ウン、ウンと二人で魚派の寂しい現実、A定食には決してなれないC定食の話をすると、周りでなんとなしに聞いていた男子達が笑い出す。
「「「「アハハハ」」」」
「そんなこと考えたこともありませんでしたよ。いつもA定食を食べていましたが、これって人気順なのですか?」
「絶対に肉、豚かホロホロ鳥がA定食を占領しているぞ。B定食もやはり肉だ」
コーネルが言い、俺も言う。
「そうそう、エビフライは元々A定食に格上げになっているからC定食が魚介っていうわけじゃないんだよ。働く人に聞いたらやっぱりA定食が1番人気だって言ってたな」
「なるほど。人気のある魚介の定食は元々A定食なのですか」
「うん。銀むつの塩焼き定食はA定食になれないんだ。パンに合わないって言うけど、食べ方が悪いんだ。パセリを混ぜたマッシュポテトをパンに薄く塗ってさ、その上に焼いた魚を乗せて食べると美味しいよ」
「えー。本当ですか」
「うわぁ。ちょっと想像できないですね」
「じゃあ初級編。魚のフリット、レタス、チーズ、タルタル、白パンで今から食べてみてよ。みんな絶対美味しいって言うって!」
「サラダコーナーにレタスはありますね」
「まあ今日はバイキングだから試してもいいかもしれません」
「1個作るからさ。一口ずつ食べてよ」
「分かりました。いいですよ」
「一口なら大丈夫です」
「肉派なので美味しいと思うかは別ですが、試します」
「ふふ。コーネル。今日から魚派が増えるぞ!」
「俺も合わせて食べたことはないので楽しみです!」
俺は嬉々として白パンをナイフで開きレタスをたっぷり敷きタルタルと魚のフリットを乗せ、チーズを最後に薄く切りそれを等分した。
ノエルと女子達に見られている中、男子に迫る。
「旨いと感じたら今日から魚派を名乗るように!」
「ハハハ。分かりましたよ」
みんな笑いながら取って食べ、真顔で食べ終わると、
「……美味しいですね」
「俺もです。意外な旨さがありました」
「認めたくないですがもう少し食べたかったです」
よし!「そうだろ、そうだろ」と言いつつ俺とコーネルは感想を言わないマクベル達にも感想を求めた。
「認めます。魚派だと」
「同じく。認めます、私達は魚派です」
「やったぞ!コーネル!」
「ハハ、見事に成功しましたね!」
こうして今日からみんなが魚派になった。
成功の証だとデザートにクロワッサンジェラードをしていると、女子達に「それも美味しいのですか?」と聞かれたので「禁断のスイーツ!」と、だけ言っておいた。
男子はさっきのことがあったので、試そうと同じように一口ずつ食べ、『うわっ確かに禁断だ』と誰かが言って笑った。
午後も作業をして、じゃあ2日後にまた、と皆と別れ教務課で返却をして、また備品の貸出し予約をしておく。
「ノエル。先生いるかな?」
「ガーネルから凄い声が聞こえていたとビアンカが言っていた」
製菓材料店への買い出しの時に教室の前を通り驚いたらしい。
「お昼を食べたら落ち着いてない?」
ずっと怒りを継続させることなどできないだろう。満腹になったら大抵のことは許せる気がする。
「……行くか。そろそろ報告しておかないとまずそうだ」
「いろいろ進んでるもんな」
教員棟にやっぱりいないことを確認してから、怖々ガーネル教室に向かうとその手前で激しい言い合いが廊下にまではっきり聞こえる。前より酷い。
思わず足が止まり感情が無になる。現実から逃れるように、口からどうでもいいことが零れた。
「アモンってどうしてるんだろうね?」
「ルモンドは着々と進めていそうだ」
「そっか」
現実逃避をしたかったが、そう言う訳にもいかず、ガーネルの扉をノエルが叩いた。
「クライン先生、こちらにいらっしゃるか? 報告したいことがあるのだが?」
中の声が止み、クライン先生の返事をする声が遠くから聞こえた。
ノエルが俺に、教室には入らずにそこにいろと言って扉を開いた。先生に来てもらうようだ。
「そういえば言われていたわね。ガーネルにかかりきりでごめんなさい。レリエルに行けばいいかしら?」
扉の方へやってくる。
先生が廊下にいる俺に気づいたので会釈をすると、廊下に出てくる。
「今日の作業を終えて、皆はさっき帰った。教室の鍵も教務課に返却済だ。報告だけしたい」
「お疲れ様。教務課に申請書類は提出してもらったのは確認したわ。教員棟のポストにも報告書はもらったけど、追加分かしら?」
「ああ」
これだ、とノエルが俺の作った報告書を渡す。目線を報告書に落とす先生にざっと説明をした。担任の為ある程度把握しておかないとまずい。
「今日は買い出しで必要な物などを買いに行って、設営で必要な物を作りました。2日後は全員が集まることになっているので、少しだけ顔出しをしてもらえますか? それから、明日は、グルバーグ家の領地に男子が全員来ます。待ち合わせは学校で、引率して連れて行きます。ここにある、素材集めですね。簡易ですが、これからの予定表も作っておきました。手が空いたらでいいので、来られるようだったら予定表を見て様子を見に来てください」
「ふぅ。助かるわ。ありがとう」
「こちらは、特に問題も出ていない。気にしないでいい。何かあれば連絡をする」
「申し訳ないけれど、そうなりそうですね。ガーネルとアモンで手一杯です」
思わずガーネルの教室に目がいく。
何をそんなに揉めているのだろうか。
「……出し物よ。そのもの自体で揉めてるの」
「3日でまだそこなのか? 投票して終わりではないのか?」
「それで終わらないのですよ。本来なら1票は1票なんですけれどね。派閥で分かれてしまっています。どこのクラスにも派閥自体はあるから時間はかかるもの。レリエルが珍しいだけですわ。前日になって力でゴリ押しするクラスの方が多いくらいです」
よく分からないが、大変なのだなと頷く。
「ガーネルはペナルティー確実か?」
「このままだとそうなりそうですね。アモンには修正するように言ったから、こちらはなんとかなるかもしれませんわ」
うわっ。ガーネルだけじゃなかったのか。
俺とノエルは目を合わせて、『明日の準備がありますのでこれで失礼します』、『失礼する』と声をかけた。
先生も苦笑いで、気をつけて帰りなさいと言ってくれた。




