文化祭の話し合い 中編
役割分担を決める次の時間になった時、クライン先生が戻ってきた。
「どんな感じかしら?」
「何をやるかは決まった。今からは担当決めだ」
「さすがですね、進行が早くて驚いています」
ボードに書き出された案を見て頷いている。
「沢山案が出て決まったのは……貝当てね」
「ああ」
「いいですね、問題も出なさそうだわ。許可をします。書類はーーソルレイ様。記入して私に貰えるかしら?」
「必要書類は渡してもらえれば、やります。場所の貸出し許可を出す教務課への連絡と書類も記入しますので渡して下さい」
「助かるわ!ガーネルが揉めているのよ。戻らないといけないの。また後で持って来るわ」
「分かりました」
既にボードに書いてある内容は、手元の紙に記入済みだ。
ボードの上下を入れ替え、役割を書いていく。
表方と裏方だ。
表方の役を書いていく。
受付、説明役、教室までの案内役、教室での見張り役、お礼を渡す役、現場監督(緊急時に動く役)
次は裏方の役だ。
主に接客以外の仕事、場所の確保、設営、事前準備(お釣りの用意、道具の用意、お礼の保管)、
これくらいか?
「ノエル様、今のところ思いつくのはこれくらいです。必要な役が出たら兼任してもらうこともあるかと思います」
「十分だ」
「ありがとうございます。表方も当日は交代制にして、前半後半で分け、全員が文化祭を回れるようにしたいです」
「分かった。人気が集中して被るかもしれないが、まずは第1希望を聞いていこう」
ノエルが役割ごとに希望を聞いて行き、俺はやりたいと言った人の名前をボードに書いていった。
裏方の人気がないので、『裏方は当日、仕事をしないから1日遊んで過ごせるぞ』と言っておいた。
俺は、裏方の設営の欄に自分の名前を書く。
「ソルレイ」
ノエルに名前を呼ばれたので、設営の欄に一緒に書いておく。
事前準備のように当日までやきもきしないといけないのは嫌だ。
「ソルレイ様。私も裏方に変えたいです。場所の確保にして下さい」
「了解。マクベルは場所の確保だな」
教室までの案内に書いていた名前を消して書き直す。
「移動は他にいないな? 次からは第2希望になる。ソルレイ、第1希望で確定したところは分かるようにしてくれ」
「はい」
俺は確定した名前にマルをつけた。
「今、名前を円で囲われた者は確定だ。第1希望で確定しなかった者は、まず受付からだ。クジを引いてもらう。受付に必要なのは午前、午後を合わせても4名だ。決まらなかった者は第2希望に回る」
どんどん決めて行き、女子が第3希望までいき裏方になるという阿鼻叫喚になろうとも平等に決められていく。
代わるのはナシだ。
貴族あるあるの階級問題が出るのでこれでいい。
「お礼に何を渡すのかがいいか10分間考えてみて」
声をかけその間に、全員の役割を清書する。
ボードを消して、貝当てのお礼に渡す品の候補と書きこむ。
女子からは、ぬいぐるみや石鹸、香水といった意見が出て、『銀貨1枚なのに返礼の方が高いね。予算を考えようか』と言いながらもボードに記入し、男子から出る意見は、冒険者が喜ぶ素材で、自分達で用意するのであればいいかもしれないというものだった。
「現実的でいい意見だ」
俺もノエルも頷いた。
しかし、
「可愛くありませんわ」
「そうです、そのようなもの要りませんもの」
「ゴミになるだけです」
女子の反対にあう。
そしてカチンときた男子たちが言い返す。
「女子の出した意見こそ、ハードルが高いと思いますよ」
「ぬいぐるみとか小さい子供向けだろう」
「香水もどうかと思う。目玉商品にしても予算食いすぎだよ」
まだ11才なので一度こうなると揉めるよな、と俺は言い合いを眺める。
さっき第1希望を外したビアンカやソラがご機嫌斜めで物言いがきつくなり、現実的な良い意見を、自信を持って出したのに否定されたアレクが本気で怒っている。
夏休みに帰国をしたい女子や男子はビアンカの意見には反対だろうが、ビアンカは伯爵家だからと遠慮しているようだ。
ただ面白くなさそうな顔でむっとしている。
このクラスで伯爵家といえばアンジェリカやケイトもそうだが、声を上げていない。特に外部生のケイトは輪に入らずに冷静に見ている。
外部入学組の中では上級貴族の立場になる。自分がどちらかにつくのはよくないと思っているようだ。
一気に傾くからな。
「ソルレイ様!女子たちにもう一度、現実を見るように言ってやってください!」
トーマルに名指しで指名され、苦笑いを浮かべる。
みんな、ちょっと冷静じゃないようだ。
ノエルを見ると、じっと見返される。
「ノエル様、私の意見を述べても宜しいですか?」
「あまり偏らないようにな」
「はい。では言い合いになった何人かに言いたいことを言います。まず、アレク」
「は、はい」
そんな緊張しないでもいいのに……。
「アレクが出した意見は、素材を自分達で取り、それを景品にするというもので、予算を低くし、夏休みに帰国したいと願うクラスメイトに配慮したいい意見だ。素材の内容をいらないと言われたが、それは何を獲るかを調整すればいいだけであって大したことじゃないから気にする必要はないよ」
「はい!」
嬉しそうにしている。
“下級貴族は褒められ慣れていない”ので褒めておく。
他国から来ている貴族達も、うん、うんと頷いている。
「次はビアンカ嬢」
名前を呼んだだけなのに視線を逸らす。
配慮に欠いたと気づいたようだ。
そして、伯爵家である自分が先鋒をきった為、女子たちが勢いづいてしまったことも。
「ぬいぐるみや、香水、石鹸の意見も悪い意見じゃないよ。女性のお客さんをターゲットにするのなら喜ばれる。でも一方で予算をくう。その品は買うしかなくて作ったりできないからね。ペナルティーを受けないで済むだけの利益を上げる自信はある?」
怒られると思っていたのか、意外そうな顔をしてから言われたことを考える。
「参加費の金額を上げれば、なんとかなるかもしれませんわ」
「ん。じゃあ計算してみようか。いくらの参加費をもらえれば香水が商品でも問題ないかを。香水の平均価格はいくらか分かる?」
「そうですわね。……自分で買ったことがないのでよく分かりませんわ」
女子たちで分かる人はいるかな? と尋ねるとみんなが首を傾げる。
男子に教えてあげて、と振るとすぐに返ってくる。
「香水の平均価格は、金貨1枚だよ」
金額を聞いた女子たちは驚いた顔をする。
「本当に知らなかったんだね。プレゼントをするから意外に男の方が知っていて、知り合いや兄や親戚、父親から聞いて大体男子は知っているんだよ。だから無茶だって皆が言ったんだ。女子の出した意見だから反対したわけじゃないよ。確実にペナルティーになるから反対したんだ。そのことは分かってあげてね」
「……はい、失礼いたしました」
素直に自分の非を認めた。
「うん。皆が考える“お客さんの像”が少し違ったみたいだ。色んなお客さんに来てもらえる出し物だと思うから子供から大人までを喜ばせるとなると。ある程度、品の幅はいると思う。女子目線と男子目線の意見は必要だ。香水は無理だけど、ぬいぐるみと石鹸か……無理かどうか検討してみようか。ちなみに、このクラスでぬいぐるみを作れる子はいるの?」
女子たちが途端に目を泳がせる。
「ぬいぐるみは難しいもんね。刺繍はどうかな? ハンカチに可愛い刺繍なら、予算もそこまでくわないよ? 刺繍は自分達ですることになるけど。男子が素材集めで女子が刺繍でもいいと思う。石鹸は……紙石鹸とかはどう? 薄くしてあってカラフルな色をつけてあるんだ。出かけた先で使える加工をしてある石鹸だね。安価とは言えないけれど、割安なはずだ。とはいえ、予算を抑えようと思うと自分たちの労働力を使う必要があるからね。もう少しみんなで考えてみよう」
時計を見てそろそろ休憩の時間になることを確認する。
「ノエル様。休憩時間です」
「よし、ここまで。意見は多い方がいいが、もう少し冷静になれ。ペナルティーは全員が受けるのだから協力し合うべきだ。それから、言い方にも気をつけるようにしろ」
俺も、ゴミといったソラに注意すべきか悩んだのだ。
ノエルに見られたソラが恥ずかしそうに頷いたので良しとしよう。
休憩時間になるとビアンカやソラがアレクに謝りに行き、ちゃんと仲直りしていた。
男子も女子も冷静に戻っている。
こういうのは、一度揉めた方が、却って団結力が出るからな。
休憩時間が明けると、クライン先生が教室にやって来て必要な書類を渡してきた。
目を通して頷く。
これなら問題なく記入できる。
「このクラスは優秀ねえ。揉めたりしないの?」
「紳士と淑女の集まりですからね。意見を出しあう内に白熱して強い言葉が出たりもしますが、悪いと思ったらすぐに謝れます。謝られた方も大きな器で受け止めるという感じですね。お互いに助け、助けられです。クラスのことを思って出した大事な意見ですから進行役としては大切にしたいです」
掬い上げられる箇所がないか探すのだと説明するとボードを見て頷き、頬に手を当てる。
「なるほどねえ。ガーネルがね、割れていて大変なのよ。纏まる為の文化祭でまさかの学級崩壊ね。少し来てくれないかしら? ノエル様、ソルレイ様をお借りしても宜しいですか?」
「第2のガーネルを作りたいのか?」
「まあ!」
「ソルレイはレリエルだ。ガーネルのことはガーネルにやらせろ。書類の作成を引き受けただけで十分のはずだ」
「はぁ。ノエル様の御許可が下りないのであれば仕方がありませんわ。ソルレイ様、少しはノエル様に束縛を緩めて欲しいと頼むべきでは?」
「え」
“キャー”と女子から黄色い悲鳴が上がり、俺は動揺する。
ノエルが先生を、目を眇めて見ておりまずい。キレそうだ。
「クライン先生、冗談はそのへんにして下さい」
「アハハ。書類はお二人でお願いね」
クライン先生も相当ストレスが溜まっているようだ。
朝からずっとガーネルに掛かりっきりだもんな。
「蜂蜜のお菓子でもいかがですか?」
「あら? いいのかしら?」
「そんなに酷いのなら、行きたくありません。応援だけさせてもらいます」
頷いて、席に戻り鞄から缶を取り出す。
教卓に置いて「おひとつどうぞ」と差し出す。
「話だけでも聞いて欲しいわ」
「ええ? ノエル様に却下されたでしょう?」
「まあ!やっぱり!」
「もう、それはいいですから。食べたら気持ちをリセットしてガーネルに向かって下さい」
お菓子を1つ口に入れると、味わってからもう1つと手を伸ばそうとして、ノエルに蓋を閉められた。
「「ノエル様?」」
俺とクライン先生の驚きの声が上がる。
「食べたことのない菓子だ」
射抜く様に見られる。
「え? そうでしたか? 宜しければ明日、持ってきましょうか? 先生にもう1つ差し上げたいのですが……」
「……」
どうするか考えているが、考えるようなことなのだろうか。俺のお菓子なので、ノエルに手を退けるように言ってもいいのだが。どうすべきなのだろう。これに階級が関係あるとみんなの手前、非礼になるので困った。
「あら? もしかして、これってソルレイ様の噂の手作り菓子だったのかしら?」
通りで!甘さ控えめで美味しいと思った、と続けられ焦る。クラスメイトに趣味がばれた。隠していたわけではないけれどさっきのことがあるので気まずい。ファビルの顔を見られないな。
「ノエル様、先に食べてしまってご免あそばせ。ですが、もう1つ頂きたいですわ」
俺の作ったものでさっきもう1つあげたいと言ったこともあり、先生が勝ち誇った顔でにっこりと笑う。
ノエルをやり込められて嬉しいようだ。
そのことに気づいたノエルが目を細めて俺を見る。
うわ、見たことのない不機嫌さだ。
そそっと逃げるように距離をとろうとしてクラス中に見られていることに気づいて嫌な汗が出る。
どうしようか迷う。
クラス中の好奇の視線か。ノエルの不機嫌さか。
「ノエル様には、できたてのお菓子をお出ししましょう。是非屋敷にいらして下さい」
貴族らしく返した。うん、うまくいったな。
「ほう、これは先に食べられたが?」
思い切り睨まれる。
全然うまくいってなかった。
「そんなに怒らなくてもいいと思うんだけどな……」
貴族らしく怒る珍しいノエルに怖くなり、つい先生の後ろに隠れた。
そうすると、さっきまでは俺にだけ分かる不機嫌な顔だったのに眉根を寄せ睨むので、ハラハラして皆が見ている。
俺もかなり動揺してしまった。
「えっと、ごめん。そんなに怒ると思わなかった」
「隠れるな。出てこい」
うっ。なにも悪い事なんかしてないのに。学校に菓子を持ってくることはよくないが、クライン先生は何も言わずにお目こぼしをしているし……。
頭を掻きながら、先生の後ろから出る。
「まだ誰にも食べさせていない菓子を作ってできたら言え。食べに行く。これは没収だ」
「ええ? お昼にはあげようと思ってたよ」
「人に渡そうと思っていた物をどうしてやるんだ?」
「いや、全部をあげるつもりじゃなくていくつかあげようかと思ってたんだ。俺のおやつだよ。それ。疲れてる時には甘い物がいいんだ。先生にもただのお裾分けだよ」
「俺が食べてからにしろ」
「えぇ?」
「一度も食べたことのない菓子を先に食べられるのは気分が悪い」
その言葉にポカンとする。
どこの王様だ。
「うーん。あ! ブーランジェシコ先生も食べてるよ?」
「……茶会は別だ。偶に来るだけの担任にやるな」
「まあ!酷いわね!同じ教師よ⁉」
少しトーンダウンしたので、俺も言う。
「分かったから、もう1つだけあげて。ついでに俺も食べたい」
「ちゃんと作るか?」
「うーん。約束はできないけど、できる限り頑張ってみるよ」
「……」
缶をすっと開けて、差し出すので、俺はひょいっと取り、先生はひょいひょいと2つ取った。
ノエルにじと目で見られても気にせず食べる先生は大物だ。
「やっぱり美味しいわ。ブーランジェシコ先生から“ミスターソルレイとの茶会は1年に1回のスペシャルデイなのです”って聞いていたのよ。ノエル様。ミスターノエルが先に食べ、二人目に振る舞われるのは光栄だって言っていましたわよ? お菓子は家族以外に振る舞う気はないんですって。今回くらい許して差し上げたらいかがです?」
「食べた本人が何を言う」
「アハハハ。とても美味しかったですわ。ソルレイ様、ごちそうさまです」
「お粗末様でした。書類は作成しておきます」
「ええ、お願いね」
先生は機嫌よく出て行ったが、焦ってノエルに対して敬語を全く使っていなかったため、女子たちにはやっぱりねと納得され、男子からは気まずそうにされた。
完全に誤解されているのは分かったが、ノエルは俺の作る甘さ控えめな菓子が好きなんだよ。
それが、俺の思っていた以上だったんだ。
心の中の嘆きを口にできず、ふぅ。と長い溜息を吐くのだった。
お礼の品決めで当然の流れで、クッキーはどうかしら? と女子たちがノエルの反応を気にしながらも言い、俺もノエルの方を見ながら、「それは女子たちでお願いしたい」と言うのだった。




