先輩との交流
音楽の試験は、後期は4年生と合同試験の為、ひとまず受けられるのは前期試験だけだ。
綺麗な音色の横笛に今年も見学者がいたので、曲調を大事にした。
この辺はシュミッツ先生の指導だ。
ここを伸びやかにすればもっとエレガントになるはずです、と言うので、その通りにしている。
「とてもいいわ。ソルレイ様は楽師になる気はないわよね」
「お爺様から領地を盛り立ててくれって言われています」
「あぁん!もぅ!跡継ぎだものね」
ユナ先生にセクシーな悶えるような声を出され、俺も含めて見学者の男子は目元を赤くしてしまう。
「若い才能がここにあるのにぃ!ぁぁあん!こんなことってあるぅ」
「せ、先生?」
まさかのシュミッツ先生バリの音楽好きだったとは……。
自分の世界に入られてしまい、どうしていいか分からない。
オロオロしていると、ノエルに背をトンと叩かれた。
「先生、ソルレイは合格でいいのか」
ノエルの冷めた口調に、目を覚ましたように正気になる。
「あ……ゴホン、合格よ!」
「ありがとうございます」
先生の見方が変わらない内に頭を下げて6弦楽器と合同の練習室に戻ることにした。
他の皆も素知らぬふりでついてくる。
「ノエル様、ありがとうございます」
「変になっていたが気にするな。ああいうのは一定数いる」
その言葉に却って不安になるが、背中をポンポンと2度叩かれたので、頷いた。
座学の試験も問題なく終わったのだが、詩の試験は難易度が上がって、自分の今の心の動きを1枚の紙に言葉で綴れというそれだけしか指示のない試験だった。
それも座学と同じように45分間の試験中に書くのだ。
終ったら前にいる試験監督の先生に渡して終わりだ。
これは、ポエムでいいのだろうか。
“光を浴び柔らかな新芽が葉を茂らせ、新緑の美しさに目を奪われる季節。
年上の女性との新たな友誼を結び、陽だまりと風が入り乱れ、時に影を落とすこともありますが、背を叩いてくれる優しい手のおかげで風は声を潜め、僅かな陽だまりの中に芽吹く蕾を見つけます。花は春だけのものではないという当たり前のことに思い至り、友誼の交流に大寒に咲くレリエルを思います“
もうこれでいいかな。去年の手紙もよく分からなかったがこれって何をみるんだ。
アリア様とメイ様との交流が不安だよ、と食事の席で言うと、カルムスは、『他国の侯爵家とこんなに付き合うことってあるのか?』と驚き、ダニエルは、『それは不安になっても仕方がないです』と納得し。お爺様は、『向こうもまだ子供じゃ、心配ないよ』と慰め、ラウルは食事が終わった後に抱きしめて背中をポンポンと叩くのだ。
『僕がいるからね!』と言うのは、俺がラウルに小さい時に言っていた言葉だった。その言葉で、まあなんとかなるだろうと思えたのだった。
冬に咲くレリエルの花のように成功させてみせますと4年生との交流に気合を入れて締めた。
他に思い浮かばないし、これでいいや、とさっさと書いて先生に渡して部屋を出た。
採点基準もよく分からない詩に時間をかけるのは無駄だ。
前期の試験はこれで終わりだな。
夏休みの文化祭は何をするんだろう?
とりあえず、廊下で本でも読みながらノエルを待つかと立ち読みで本を読む。
45分で試験時間が終わるのであと15分か。出てくるのを待った。
「ソルレイ、待っていたのか」
「うん。俺もノエルもこれで試験は終わったから、一緒に昼ご飯を食べようよ」
「そうだな。ちょうど昼だ。それにしても随分と終わるのが早かったな」
「だって、採点基準がよく分かんないよ」
「それは思う」
ひねり出しても無駄だから、もういいや、と出たと言うと、ペンを置いてからもこれでいいか考えていたが、結局何も足さないまま考え続けて時間になったとノエルがため息を吐く。
笑ってレストランへ行き、俺はC定食の人気薄のスズキのポワレを、ノエルはA定食のウズラ肉のソテーを選んだ。
文化祭なにするんだろうね? と話していると、アリアとメイの姿が入り口に見えたので、手を振ると来てくれた。
棚を作ったので、ロッカーの鍵を開けてくださいと頼むと、食べたら一緒に行こうと言われ4人で食べることになった。
あらゆるところから見られているな。
白服が3人寄れば注目の的か。
注目されるのは異質な俺かな。姿勢だけでも気をつけよう。
「お聞きしたいのですが、詩の試験って何が重要視されているのですか?」
「情感ですわ」
「「……」」
パクンと肉を上品に食べるのを見守ったが、それ以上の言葉はなく、見かねたようにアリアが答えてくれた。
「花が綺麗だと言うと、どう綺麗に感じるかは人に寄るだろう? 自分の言葉で伝えるのだ。そもそも花は綺麗なのかという疑問を持っているのならそれもいい」
「難しいです」
「確かに、今日の試験は難しかったな」
「男性はそうかもしれませんわね」
「ふむ。一番楽な試験なのだがな」
女性の脳と男性の脳は違うと言うがそういうことなのか。
俺とノエルは二人を信じられない気持ちで見ていた。
「もう1ついいですか? 文化祭はなにをやるのですか?」
「文化祭か……何をやるかはクラスによるな。売上は教会や慈善団体への寄付だ」
アリアが肉を口に入れる。今、気づいた。皆A定食だ。貴族は肉好きか。
「ということは、出し物をするのですか」
「そうね。カフェをやったことがあるけど、駄目だったわね。忙しい4年生になってまでやる意義はありませんわ」
文化祭など不要だとメイは考えているのか。この夏は、憂鬱ねと呟いた。文化祭は偶数年に行われるため2年と4年生が出し物をやるようだ。まんま前世の文化祭のような行事と考えていいのか?
「カフェは競争率が激しそうですね」
「そうだ。アレは素人がやるものではない」
なにかあったようだ、とノエルと視線を交えた。
食事中の女性にこれ以上聞くのもよくないので、静かに食べた。
ロッカーに向かうが、手ぶらな俺を見てどこに棚を置いているのかと尋ねるので、ロッカーの上に置いています、と答えた。
ロッカーのある音楽室に近い廊下に到着すると、ロッカーの上にある木の板や木の棒、工具箱を見て驚いている。
「意外に気づかないものだな」
「奥だと見えませんわ」
「手を伸ばせば届きますから……。よし、これで全部です。ロッカーの物を一度全部出していただけますか? あっちを向いておきます」
「ああ。いいぞ。見られて困る物は箱に入れてある」
「私も大丈夫ですわ。そこにあるソファーへ置きます」
「「お願いします」」
全部出してもらい空にしてもらって、ビスを取りつけ、棚になる天井と底がない木箱を引っくり返して取り出せるように置く。
棚の中に落下防止の木片をつけてあるのでここに丸い棒を差し入れる。
これで服もかけられるのだ。
棚は2つ作ってある。
奥行きのある木枠の棚、その上の空間もまたシェルフのように物を置けるようになるのだ。
「アリア様。上の棚と下の棚。どちらが宜しいですか? 1つは私の棚になります」
「これは見事だ。上を使わせて欲しい」
「はい。ではこちらにカーテンをつけます」
細い木の棒に紙袋に入れていた刺繍のカーテンを取り出してつけているとじっと見られている。
なんだ?
「こっちの柄でいいですか? 1つはメイ様の分で2つしかないのですが」
「いや、すまない、可愛い柄だと思ってな」
「可愛い物が苦手なら好きに換えてもらって大丈夫ですよ? 棒だけにしておきましょうか?」
目を逸らす。
ん? どっちだろう。
困って手が止まる。
「ふふ。それがいいのですわ。アリアは気に入ったのです」
「そうでしたか。良かったです」
ほっとして笑うと、照れたように頬を染める。
「立体的な小薔薇の刺繍だな。点在していて可愛らしいものだ。どこの店で買ったものだ?」
「これですか? 私の手作りです。サイズが合わないので、作って刺繍をしました」
ロッカーにカーテンを手早く取り付ける。
「こんな感じですね。カーテンを開けた奥にある棒にハンガーをかけると服も仕舞えます。文化祭が終われば、次の登校は秋冬ですから、ブランケットとか、羽織とかがあると便利かと思います。左は楽器を入れられるスペースですね。私は横笛ですから、この棚さえあれば十分です。アリア様がお好きにお使いください」
説明を終え、次はメイ様とノエル様のロッカーですね、と振り返ると、全員にじっと見られる。
「?」
首を傾げると、ノエルが咳払いをする。
「ソルレイ。気にせず作業を続けてくれ」
「? ……分かりました」
疑問に思いながらロッカーを改造し同じように作った。
「終わりました」
「「「ありがとう」」存じます」
「どういたしまして」
二人が荷物を再び直していくのを見守り工具箱を持ち、紙袋を持つ。
「アリア様。後期の音楽授業は合同だと聞きました。間違いないでしょうか?」
「そうだ、間違いない」
「でしたら、ロッカーの鍵はアリア様がこれまで通りお持ちください。楽器を入れてもらえれば十分です。一応置いておきたい物というのはあります。お金やタオル、雨具、腹痛などの痛み止めですね。でも、忘れた時や緊急時くらいですから、必要ならアリア様の教室に休み時間伺います」
「私は助かるがいいのか?」
「はい、大丈夫です。ただ、1つお願いが。音楽の授業の時はアリア様が早い時は、一緒にロッカーから出して運んで欲しいのです」
間に合うように行くけれど2年生の教室から音楽室は1年生の時より遠いのだ。
遅刻にならないようにしたいと頼むと微笑む。
「ふむ、なるほどな。それくらいかまわないぞ」
「ありがとうございます」
「では、メイ様。私も同じで結構です。楽器も寮で弾くことがあるので、持ち帰ります。お気になさらずお使いください。入れたい物が出ればこの棚に入れます。その時は、鍵を借りに教室へお伺い致します」
「まあ、本当に何の問題もないのね。これでは女性と共有するより助かりますわ」
「確かにな。ロッカーの使い勝手が一人で使っていた時より良くなったくらいだ。何か礼をせねばならぬ」
生真面目なアリアに笑う。
鍵を持つ必要がないので、俺としても安心なのだ。
うっかりは誰にでもあるからな。
「アハハ。これくらい大丈夫ですよ」
「いや、しかし……」
「アリア。何か困った時に、ということで宜しいのではなくて?」
「分かった。では、そうしよう。ソルレイ、何か困ったら言いに来るといい。力になろう」
「本当に気にしなくてい……あ、ありがとうございます」
睨むように見られたので、慌ててお礼を言う。
クスクスとメイに笑われていた。
「……では、これで。ソルレイ図書館に行くぞ」
そそっとノエルの隣に逃げ、ぺこっと頭を下げる。
「はい。失礼します」
返事も聞かずに、図書館に逃げた。
「ノエルありがとう」
「気にしないでいい。俺も鍵を持たなくて済んだ」
その割に交流も出来ているので、音楽の授業もやり易い。
ソルレイのおかげだと微笑む。
「そっか、よかった」
「……ソルレイ。余計な世話だが、刺繍は女子の前でやらない方がいいぞ」
「ん? どういう意味?」
急に始まった話がよく分からなくて聞き返す。
「さっきのカーテンだ。手作りだと聞いて衝撃を受けていた。恐らくお前の方が上手いのだろう」
「え? そんな感じだったかな?」
棚を取り付けていたからか、全く気にしてなかったから分からない。
「ああ。手作りだって聞いてから黙っていた。刺繍もできるのか? 前はボタン付けくらいだと言っていなかったか?」
「刺繍は元からできるから……ボタン付けと変わらないよ? ラウルのハンカチに水獣の刺繍をしていたら水獣ってさ鱗がいっぱいなんだ。そうすると裏が汚くなるから、またガーゼを買って裏を縫って縁取りすると嫌でも上達していくんだよ。バラの小花とか同じ刺繍の連続だから水獣の顔に比べたら楽勝だよ。色も換えなくていいしね」
「……そうか。それでもやめておけ。世の中にはできないやつもいる」
「あ、うん。そうだね。分かった。やらない」
二人ともお嬢様だもんな。メイドに頼むか。平民は男女問わず自分でやれる範囲で繕う。習っていなくても親の姿を見て覚えるのだが、貴族の前では気をつけよう。
こんなことで難癖をつけられると困る。屋敷の皆も学校だろうが、他家にちょっかいをかけられた場合はすぐに言ってくださいと言うようになった。
その割に理由を聞いても教えてくれないんだよな。
「ソルレイ、この前持っていた本はこれか?」
ノエルはもう本を選んでいた。
「それじゃないよ。あれは司書さんの隠し玉だから向こうだよ」
「なんだそれは」
「アハハ、書庫室の方だよ」
前期試験が終わった日の穏やかな昼下がりの会話だった。




