お茶会のお菓子とローズガーデン
再び巡って来た試験期間の月。
お茶会にブーランジェシコ先生を招き、新たに開発したキャラメルナッツクリームの挟まったマリーゴールドの形をしたガレットを出す。
最初はビスケットだったのだが、割れそうだったので持ち運びのしやすいガレットに変更だ。
大きさも女性の意見を聞いて、お茶会で食べやすいサイズにしてある。
「ミスターソルレイ。楽しみにしていたのですが、予想を超えました。素晴らしい菓子を生み出しましたね」
満面の笑みだ。
お菓子に合うように後味の余韻が残らないすっきりとしたお茶にしてある。
「ありがとうございます。自信作です」
「販売のご予定はないのですか?」
「気に入って頂けてうれしいです。残念ながら今のところはありません。私は学生ですので勉学を優先しています。お菓子づくりは趣味ですね。先生のようにお菓子を愛する方に振る舞うのは楽しいのですが、作るのに手間もかかりますので、何と言いますか、よく分かっていない方に食べて欲しくないと言いましょうか……」
こんなこというのはよくないと思うのですが、甘ければいいだろうという方が多いような気がします、と言うと頷いて同意してくれる。
「そうなのですよ。お茶会の菓子と紅茶が合っていないことが多いのです。大抵菓子は甘い砂糖菓子で、1つ食べれば満足なのです」
お茶会はもてなす心が大事なので、これさえ出しておけば、という考えは好きではありません、と先生も言う。
「これは、あえて砂糖を焦がしてほろ苦さを出してあるのですが、甘いでしょう? ずっとかき混ぜ続け苦味が全体に回る前に火から下ろすのです。苦味も工夫すれば旨味に変わるのですが、美味しさを分からない方に流行ったから買われるというのは辛いものです。お茶会でこうして大切な方に振る舞うというのが合っている気がします」
喋りながらでも食べやすいサイズにして、“幸せな時間”の花言葉をもつマリーゴールドの形にしたのだと笑顔で話すと先生も笑う。
「なるほど。これは、まさにお茶会のために生み出された菓子ですね」
「はい」
最近、隣町のセルドに美味しい焼菓子の店ができたのだと教えてもらい「失礼します」と断ってから紙とペンを取り出し、お店の名前と場所を聞く。恒例の情報交換だ。
俺も学校から遠くない小さなパン屋で秋になると売るアップルパイが、アップルパイで有名なホテル“シェラ・ルドリー”より遥かに美味しいこと。時の日の15時から30ピースしか売らないというレア情報を出す。ここはケシの実を使ったデニッシュ生地のパンも美味しいのだが作るのに5日かかるため毎日一人1つしか買えない。美味しいので先生にも試して欲しいと合わせて伝えた。
アッパルパイは「秋になったらぜひ買いに行きます」と神妙に頷いていた。
今年の茶会もあっという間だった。
「先生はお菓子がお好きなので、持ち帰りは少し大き目のサイズで作りました。日持ちしますので家でも是非ご賞味ください」と渡す。
「これは楽しみですね」
「先生、来年も初日にお招きしたいです。また1年どんな持て成しの菓子を作ろうか考えたいのです。ご予定いかがでしょうか」
「それでは、また来年の1日。お招きに預かりましょう」
「はい」
笑顔で見送った。
今年は風の気持ちいい中庭での茶会だったが、外はいいよな。大きく伸びをした。
開放的な気分になる。
もう少しだけいいかと残っていたお茶を淹れ少し渋いお茶と共にお菓子を味わった。
一人きりでも楽しいが、お茶のお供に本は必要だな。
楽しい時間を今度こそ終わらせ、余った1口サイズの菓子を皿から缶にコロンと戻した。
手早く片づけ、ここからもう1つ茶会の候補に上げていたローズガーデンへと向かう。
こちらは既に先約があって使えなかったのだ。てっきり茶会の予約で使えないのだとばかり思っていたが、違ったらしい。茶会で使う生徒達のために手入れがされる。その業者を入れるのが茶会の受付初日の今日だった。
夏はどこも樹木の手入れが大変だ。お抱えの植木職人がいない下級貴族家とも街路樹の整備をする機関とも造園職人の取り合いになるらしい。
この日は俺しか予約を入れていなかったこともあり事務方からすぐに許可がおりた。貸出申請をとりに教務課に行ってそう教えてもらったのだ。
だったらせめて綺麗になったローズガーデンを1番に見たいじゃないか。
確か有名な青いバラは……。
「青いバラは一番奥だったか」
「ええ、そうよ。早く行きましょう」
デートだろうか。
足を止め、声のした方を見ると高等科の制服だった。
間も悪ければ分も悪い。
あの紅茶1杯分の差か…。
また今度だ。出直そう。
わざわざ初等科のローズガーデンにまで来ているのに邪魔するのも悪いからな。
踵を返すと、ぶつかりそうな距離に女子がいた。
「!?」
慌てて身を引く。
「ごめんなさい。その、えっと……」
言葉を待つのはエルクとノエルで慣れたので、頷きながら待った。
「あの、あっちのバラも今が見頃です」
指をさしているのは二股の道だ。どっちだろう。
「業者の方ですか?」
そう言えば制服じゃないな。でも身長はそんなに変わらない。どう見ても大人じゃないしな。
「あ」
「業者の関係者の子? 大丈夫、言わないよ」
あっち? と尋ねて曖昧に頷かれたのでそのまま右に歩いた。
しばらく歩き、どうやら左が正解だったらしく見頃のバラはなかった。
ただ、ぐるりと回る形になり目当ての青いバラの一角に出た。先程の二人はいない。
揺れる深い青の大輪は威風堂々としていた。日差しが当たると花弁の色が変わり1つの木に違うバラが咲いているようだ。
デートで来るのが分かるよ。これはきれいだ。
一人だと分かち合う人がいないからなあ。彼女が欲しいわけではないのになんとなく気が晴れないまま庭園を後にした。
その帰り、ロクスに草木花ギルドのことを聞いた。学校に出入りできるのは昔から決まっている特定のギルドに所属している人だけらしい。
「ギルドって子供もいるの?」
「いえ、どのギルドも14歳以上と決まっています」
「そうなんだ」
じゃああの子は違うな。何だったんだろう?
他にはどんなギルドがあるのか、ロクスはどういうギルドに興味があるのかを質問攻めにしながら家に帰るのだった。




