メイド長アイネ・グラフィール 前編
「アイネ、僕と一緒にお花を摘みに行こう?」
ラウルツ様に声を掛けられた。後ろに控えているアリスは澄ましたままだ。私と目を合わせない。
「ラウルツ様、アリスをお連れください」
今日はこれから来客がある。迎賓館で万全の準備を整えておきたい。
訪ねてくるのは、気安い辺境領の領主達ではなく、王都からやって来るフェルグス・ロット。公爵家で内政派閥の長だが、それ以上に厄介なのは、王族至上主義者だということ。王族で二人以上の女児が生まれると降嫁される家。それがロット家だ。
ラインツ様をラルド国の外交に利用することを画策し、王に奏上した狡猾な男。
辺境まで会いに来る名目は、あまりにも遅い見舞いだが、そんなはずはない。ソルレイ様とラウルツ様のことを探りにでも来たのかしら。あるいは、ラインツ様の威光を笠にきた施策でも話しに来たというところ。
私たち使用人にとってはグルバーグ家を守るために一つのミスも、付け入れられる隙も見せてはいけない相手だ。
「アリスも行くよ? でもアイネも一緒に行こう?」
「申し訳ありません、本日は来客がございます」
「うん、知ってるよ。嫌な人が来るんでしょ?」
「ラウルツ様」
咎めるように名を呼ぶ。
「だってみんなすごい顔してるよ?」
そんなことはない。誰も顔には出していないはず…。
「ツルツルで表情が全く無いの」
「…………」
朝からそうなので、起きてすぐにアリスのほっぺにチューをしたのだと笑う。
「アイネが一番酷いから花を摘んで癒やされようね」
そう言って私の手を握るので、ため息が漏れた。ソルレイ様なら見て見ぬふりをしてくれるのだけれど、ラウルツ様はそうはいかない。
「皆の顔はそんなに酷いですか?」
「うん! もうお菓子を買いに行く時間もないからね」
いつもの表情に戻そうねと笑うのだ。
「お菓子でそこまで喜んだりいたしません」
「えー? 冬にあげた時、すごく喜んでたよ?」
「気のせいですわ」
学生時代に利用した懐かしい店のもので、変わらない味に頬が緩んでしまっただけ。
「お兄ちゃんが帰ってきたらお菓子を作ってくれる約束をしてるの。食べたい?」
ソルレイ様の作るお菓子は、控えめな砂糖と食感のいいものでどれもとても美味しいものだ。
「……そのような気遣いは必要ございません」
断るのに間をおいてしまった。
それを笑い、頼んであげると言われてしまったので小さくお礼を伝えた。
手を引かれるまま裏庭から林に向かうと一面のかわいい小花。派手ではないけれど可愛らしい。
「きれいでしょ? 二人の名前に似てるよ。アリッサムって言うの」
そう言われればアリスの名に少し似ているかしら。アリスを見ると既にラウルツ様と楽しそうに花を摘んでいるところだった。
あら? そういうこと?
でも、使用人として分を弁えてもらわないと。メイド長ではなく、姉としてなら応援でき‥‥できないわね。うちは新興貴族の子爵家だもの。
それにラウルツ様と何歳差よ。
15も離れているじゃない。
メイド服を汚さないように、抱え込んでしゃがみながら摘むのは合格点ですけれどね。
「アリス、ラウルツ様を誘惑するのはやめなさい」
「ね、姉様!? 一体何のお話なのです?」
「もう! アイネも早く一緒に摘んでよ!」
慌てるアリスを助けるラウルツ様を見て、困ったことになる前に後でアリスにはよくよく言い聞かせておかないと。そう心に留めておく。
今はラウルツ様の機嫌をとるために、綺麗な花弁をした手近な花を摘み、渡すと満足気に頷いた。
ラウルツ様の手に持てなくなった頃、
「これは僕が摘んだやつだから1本ずつあげるね。部屋に飾って」
はい、と渡されたものをアリスと受け取る。
「「ありがとうございます」」
迎賓館に馬車が回り、全員が配置につく。
完璧なお辞儀でロット家のフェルグスを出迎えた。使用人一同、恙無く終わりさっさと帰路についていただくことを願っている。車から下りて来たのはフェルグスだけではなかった。あの方は、財務派閥の――――。
こちらに事前連絡を入れることなく、数を増やすなんてマナー違反もいいところだわ。
ラインツ様を軽んじている行動に内心毒づきながら迎賓館の部屋へ案内をした。
「アイネ様、ジルドール様は紅茶好きで有名な方ですわ」
実家が財務派閥のルーチェの言葉に使用する紅茶のランクを上げることにした。
「紅茶は、ミズリンツ産の長期熟成のものにしてちょうだい。こちらの方が希少よ。最高級品は出さないでいいわ」
「分かりました」
茶菓子は一般的なものに留める。財務派閥の長が自ら内政派閥の長と組んでやって来たのだ。次期当主のソルレイ様の新事業の件だろう。ベリオットとハチミツを使ったムースもクッキーに変更だ。念のために用意しておいてよかった。
出してしまえば控える他にすることはなく、あとはラインツ様にお任せするしかない。一緒に部屋に入れる執事長のアドリューが羨ましい。
いいえ、私は、私ができることをするだけよ。何があるとも限らないから控える。それは当たり前のことであると同時に私に任された采配なのだから。とりわけ口が堅い古参の者を2人残し、従者達が控えている方へも古参で対応をさせる。あとは本邸だ。どこからも情報は洩らさない。
本邸の方で問題が起こったと報告を受けたのはお茶を出し終わって1時間ほどしてからだった。
お代わりのお茶と茶菓子の用意をしていた時に、入ってまだ2年目のメイド。フラネルが、所作に気をつけながらやってきた。
「アイネ様。従者の一人が無作法を働いて本邸に入ろうとしました」
「入ってはいないのね?」
「はい、止めた執事たちと言い合いになったようで、ラウルツ様が護衛のモルシエナ様を伴って玄関へ参られました」
「なんですって。すぐにお部屋へお連れして。危険人物だったらどうするの。ラウルツ様の安全が第一よ」
「いえ、ダニエル様もカルムス様もご一緒でして」
それを早く言いなさいと言いつつ、それでもラウルツ様はお部屋へお連れして頂戴と言付けた。
すぐに向かいたかったがそういうわけにもいかず、お茶を取り替えてから本邸の報告を待った。こういう時は、仲間を信用することも大切だ。茶会が終わる前にラインツ様にご報告したいので、情報は整理しなければ。そのために必要なのは冷静さよと、自分自身に言い聞かせた。焦っては駄目。




