ペア 前編
「ソルレイ。担任が来たぞ」
「え?ああ、ありがとうございます。ノエル様」
時計を確認すると、終了間際だ。
概要の説明に時間が掛かったのだろう。
クライン先生が、助かったわと若干照れながら言うので、『来年は男性教諭に押し付けましょうか』と笑うといつもの顔で『そうね』と声を上げて笑った。
「残り時間が少ないけれど、誰か質問はありますか?」
「クライン先生、次の時間の上級生についてですが、ペアは決まっていますの?」
「わたくしも上級生との顔合わせについて知りたいですわ」
女子生徒たちから、不安ですとの声が上がる。
「ええ。4年生の担任と相談して決めてありますよ。拒否はできません。寮生は少し楽かしらね。使うも使わないも自由です。でも、顔合わせは全員よ。4年生になると体育祭があるのだけれど、2年生とペアで動くの。分かるかしら?後期はなにかと一緒に過ごすことが増えるから仲良くなっておかないと大変よ。具体的には言えないけど、後期は一緒にやる試験もあります」
大変だと皆が認識した。
「“仲良くなる必要がある”というよりも“貴族らしい付き合い方を学ぶ”ということね」
貴族らしく、か。
ハードルが高いな。
「1時間の時間が取ってあるのは自由時間だから教員は干渉しません。それからこの学年は男子が多くて、4年生は珍しく女子が多かった年です。といっても3人なのだけれど、男子と女子で、共用でロッカーを使うことになります。本人達の許可はとってあります。まあ、これは異例ね」
クラスがざわめく。
「年下とはいえ男子生徒と同じロッカーを使うことを許したとおっしゃるのですか?」
「そうねえ。気持ちは分かります。3人が男子生徒とロッカーを共有することになるから、構わない生徒に申し出てもらったのだけれど、誰もいなかったので、主席と、その友人になったと聞きました。拒否するか尋ねたら、了承してくれたそうです」
「「「「「そんな」」」」」
女子たちが『酷いですわ』『ありえないと思いません?』といった声を上げるので、なんとなく余程なことなのかと思った。
4年生と交流か。
大変そうだ。
「その男子生徒ですが、ノエル様とソルレイ様にお願いします」
「「…」」
時が止まる。
「ノエル様は寮生だから問題は少ないでしょう。4年生の主席、メイ様はハルグルマン公爵家の方です。それから友人のアリア様もレゲリフス侯爵家です」
隣で黙るノエルに代わり、俺は無理だと告げる。
「先生。荷が重いです。私以外全員公爵家や侯爵家の方ならば、エリット様に頼むのが筋ではないかと思います」
「多くの教員からの推薦ね。女性とロッカーの共有って気を遣うもの。でも、ノエル様は寮生だからほぼ使わないでしょ? ソルレイ様は、大丈夫よ。女性への気遣いが他の子よりできるわ」
ええ!?
「無理ですよ。エリット様ならロッカーもそんなに使わないはずです」
「ええ、分かっているわよ。でも、さっきも素晴らしい気遣いだったわ。私の指が赤くなっているから手伝うように言ってくれたじゃない? そういうのがあれば問題は起きないわ」
「相手の方に申し訳ないです。しかも、私より階級が上の方なのに……あ。もう一人いるのですよね? そちらは納得されているのですか? 言葉を呑みこんだのでは?」
「アハハハ。そこを気にするのね?やっぱり適任よ。こちらは、姉弟で使用するから問題ないわ」
「くっ。……3人とも他国から来ている寮生ですか?」
この国の侯爵家はこの学年にはいなかったよな?全員寮生ならロッカーを使うと言っても限定的のはずだ。
「他国の方なのだけれど。メイ様とアリア様は、ここへは親類の家から通われているわ」
じゃあロッカーはがっつり使う、よな。ノエルは寮生だから、俺だけの問題? 本気でエリットに頼んでほしい。
「本当に外聞に傷はつかないのですか?」
「学校内のことだもの。つかないわよ、女子生徒の悲鳴は、見られたくないものだってあるのに、ロッカーには置けなくなるわということね。女性特有の問題よ」
先生が女性の内情を言うので、咳払いをする。そんなことは言わないでいいのだ。
「弟だと思えばいいのでしょう? と言っていらしたわ。大丈夫よ」
「……分かりました」
ノエルを見ると、眉間にしわを寄せ嫌そうにしている。
「試験も一緒にやると言ったが、異性で問題のない試験なのだろうな?」
いつもよりきつく言うノエルに先生は問題ありません、と端的に返し、では時間ですね、と切り上げた。
俺達は11、向こうは14。なるほど、そういうのも気にしないと駄目なのか。
休み時間になったので、とりあえず身だしなみに鞄を持って席を立つ。
「ソルレイ?」
「鏡で身だしなみのチェックと、歯磨きをしてきます。…口臭とか言われたら嫌なので一応エチケットを」
「……俺も行こう」
自分でもどこまでする必要があるのか分かっていないが、歯を磨くと言うとノエルも頷いた。
二人で席を立ち、顔を洗い歯磨きをして櫛で髪を整える。
「ソルレイ。女性と二人で会う時は礼儀でこういう小さな飾りを胸につける。傷つける意図はないと示すものだ」
ノエルが見せてくれたのは、小さな銀の装飾に青い宝石一粒ついたものだった。
「どうしよう。持ってない」
「心配するな、予備がある。貸してやる」
「ありがとう、ノエル。さすがだね」
「いや、俺も忘れていた。身だしなみを整えると言われて思い出したんだ」
時間内は自由で教師は関与しないのであれば、念のためつけておこうと言われた。付け方を教えてもらって、銀の植物の蔓の意匠が施された装飾を胸につけ、お互いに制服をチェックしてから席に戻った。
時間になり、先生が入って来て、目ざとく見つけた胸の飾りに満足気に頷いて『多目的室に行きます』と全員に声をかけた。が、どうしたって俺たち下級生の足取りは重くなるのだった。




