進級初日は交流日
「ソルレイ様。行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
手を振ってすぐに図書館に向かう。
俺は今年11才歳になり、来年にはラウルが入って来る。
特にトラブルもないし平和な学生生活が送れそうだ。
図書館で借りた本を返却して、頼りになる司書ソフィーとエルマに冬休みの礼を言い、入荷リストを見せてもらった。
気になる本は、早目に予約をと貸し出し予約を頼んでから教室に向かう。2冊以外は貸してもらえず予約となった。寮生がいるので、どうしても出遅れるからな。やむを得ない。
教室に入ると休み前同様に声をかけられ皆に「おはよう」と挨拶を返し、窓際の席で本を読んでいるノエルの隣に座る。
「ノエル様。おはようございます」
「おはよう」
読んでいる本の題名が目に入った。さっき読みたくて予約した本だった。
「貸出し目録の1番乗りはノエル様でしたか」
「寄ってきたのか?」
「図書館に行きましたが、どの本も4、5番の貸し出し予約になりました」
「フッそうか」
俺が悔しそうにするのを見て楽しそうに笑う。
目録があるって教えてもらった時にノエルもいたからなあ。本好きだし。狙っていたのだろう。
ガラッと前の扉が開き、クライン先生が入って来た。
まだ時間には早く、来ていない生徒も多い。
「ソルレイ様。今日は忙しいので、この概要で、配布物もよろしくね。ノエル様もお願いします」
目が合い素直に席を立つ。
「先生。少し待ってください」
「ダメよ! 本当に忙しいの!」
「そうではなく、袖口のボタンがとれかかっています」
「え? あら、本当ね」
「配布資料を3クラス分も持てばそうなりますよ」
大量の紙に飾りボタンが擦れたのだろう。
鞄からソーイングセットを取り出して教卓まで行き、そのままじっとしているように言い、留め直してあげた。
「これでいいです。行って下さい」
「あ、ありがとう存じます」
照れるというか恥ずかしがっている先生にもう行っていいよと言うと、女性らしいお礼を言われた。
自然と微笑みが浮かぶ。
「これくらいかまいませんよ」
針をソーイングセットに直す。先生が教室を出て行くのを横目で確認してから概要に目を落とすとノエルも教卓にきた。
「裁縫もできるのか?」
「全然。ボタンつけくらいだよ」
「そうか」
「2年生の後期から授業科目が増えるみたいだ。必要な準備物も増えるから、ロッカーが使えるようになる」
「寮生ばかりではないからな」
「うん。ほら、ここ。後期の月の日から石の日までは4年生が使う。最上級学年だから、お互いに物を入れっぱなしにする時の注意点があるんだ」
概要をノエルに見やすいように向きを変えて指で示す。
「それぞれが使い終わった最終日に鍵は教務課へ返却か」
「1つのロッカーと鍵をペアを組んだ4年生と使い回すんだ。もめそう。ここに寮生は別に使わなくてもいいとある」
「俺は幸運だ」
「羨ましいよ。気をつけないと怒られるやつだ」
まだ来ていない生徒もいるので、こそこそと友達言葉を使い教卓で話をしていた。だいたい揃ったかと時計を見て、時間なので配布物を前の席の人間に渡す。
「クライン先生が忙しいから昨年に引き続き説明をします。配布資料を見てください。まずはーー」
ノエルと話した注意点を述べると、やっぱりみんな嫌なようで、自分だけのロッカーが欲しいと口々に言う。
「上級生との交流を持つという意味もあるんだろうね」
「ソルレイ様、そうかもしれませんが、難しいですわ。ちゃんと鍵の返却をすれば話す機会はありませんもの」
失敗した時に生まれる接点か。これは互いに失敗させて謝らせるという授業なのだろうか? 貴族は誰かに謝ることが少ない。上級貴族になると皆無だ。
「ビアンカ嬢の言うことも分かるけど、まあ、文化祭もあるから交流はあるよ。鍵は大切だ。それは向こうも同じで、返却されていないと、今度はこっちが迷惑を被る。嫌なのはお互い様だね」
失敗はお互いに相手への迷惑になるとノエルも指摘した。
「最上級生には責任感を持たせる意味合いもあるのだろう」
寮生は使わなくてもいいということから、他国の貴族達とのもめ事の回避はしているように思う。
「返却は教務課だ。ペナルティーがない以上、自分で謝りに行くのがペナルティーだ。嫌なら気をつけるしかない」
ノエルがバッサリ切り、クラスメイト達も静かになったところで、今日の予定は……1限目にこの概要と質問の受付、教科書の配布が2限目にあり、3限目に上級生との顔合わせで、お昼で終わるというものだった。
まさかの上級生との顔合わせに、クラス中から声にならない声が上がった。
「ノエル様が言った通り、失敗すると謝りに行かないと駄目だよ。顔合わせに1時間も取るってそういうことだよ」
後期は、上級生とペアを組むのか。
嫌だな。
説明を終えたので席に着く。
あと10分で休み時間だ。
俺もノエルも本を出して読む。
10分あれば結構読める。
そのまま休み時間になったが、2限目は教科書配布なので、そのまま本を読み続けた。
2限目の授業になっても先生が来ない。教員同士で打ち合わせでもしてるのかもしれないな。
「シュレイン、廊下に先生達はいるかな?」
「はい、待ってくださいね」
廊下側の席にいたシュレインが立ちあがり飾り窓ではない上部から確認をする。
「ソルレイ様。重そうな箱をクライン先生が引っ張っています」
「ありがとう。教科書だな。じゃあ男子は全員手伝いに行こうか」
ガタッと立つと、ノエルも立ち、男子は全員が立った。
廊下に出ると先生が箱を引きずっている。
魔法がない前世でも台車はあったのに。なぜ教科書の入っている箱を引きずるんだと思ったが、偶数クラスを担当している先生も引き摺っている。
ええ!?
軽重の魔法陣を描けばいいのに。あの魔法陣は広く知られているよな?
歩いて向かいノエルが声をかける。
「手伝おう」
「あらノエル様。お優しいのですね。お願いできますか」
「礼はソルレイに言ってくれ。どうする?」
ノエルに尋ねられたので、ここからならリレーでなんとかなるなと、頷く。
「教科書を持って次の人に手渡すリレー形式にします。全員教室まで等間隔に並んで欲しいです。私がノエル様に5冊ずつ渡すので、ノエル様は次の人に渡して下さい。こうやって。それを皆がやれば教室の入口近くの席に置くことができます。先生は、教室で教科書ごとに並べるように指示してください。運び終わって、全員が一列で上から順に1冊ずつ教科書を取れば配布完了です。一直線上にして隣に移って行く流れ作業にします」
「なるほど、早く終わりそうね。分かったわ」
実際やると、バケツリレーなので、『はい、はい、はい』という感じだ。
並びも階級順にしたので、“うわぁ”と焦るもない。
空になった木箱を教室に持ち帰った。
「全員立って一列、こっちから取って行ってちょうだい」
皆、素直に1冊ずつ順に教科書を取って行き、配布は終了した。
「先生、あと2クラス分あるのでしょう? 台車とかはないのですか?」
「あるわ。乗せようと思ったのだけど、重くて持ちあがらないのよ」
「そこは先生同士で協力をできませんか? もしくは魔法陣を使うとか」
「女二人なのよ? 無理よ。それに魔法陣の使用は許可がいるわ。無許可で使うと教師は解任。生徒は退学よ」
そうだったのか。
「たとえ担任でなくとも男性教諭がこういう時は率先すべきかと……このクラスは終わりましたので、ガーネルのエリット様とアモンのルモンド殿に頼むべきです。私も一緒に行きます。ノエル様、クラスの方はお願いできますか?」
頷いて一言。
「みんな、本でも読んで静かにしていろ」
「ありがとうございます」
ノエルらしくていい。礼を言い、クライン先生に「行きましょうか」と声をかけてガーネルへ向かった。
教室に入り、クラスのリーダーである白服のエリットに声をかけた。
「エリット様。お久しぶりでございます。ソルレイ・グルバーグでございます」
「挨拶せずとも分かっている。授業中であるが、私に何用か?」
「2限目は教科書の配布でございます。レリエルは生徒が全員協力して配布を終わらせたのですが、ガーネルでもご協力頂きたいのです。エリット様はお優しい方だと存じておりますが、協力は全員の力が必要です。そのお願いにあがりました。クライン先生の細腕では運べません。台車に乗せることもできないのです」
「なるほど。先生が来なかったのはそれが理由か」
「私達も来ないので探しに行ったら廊下で引きずるようにしていました。指も赤くなっていましたので、男子が総出で運びました。先生と言っても女性です。全員で運べばすぐに終わるのですが、いかがでしょうか?」
私は、先生を放っておけませんと言い、反応を見た。
エリットは先生の手元をちらっと見て頷いた。
「男は全員手伝うべきだ」
「ありがとうございます。では先生、先ほどと同じようにすれば大丈夫ですよ。私はアモンクラスに行きルモンド殿にも話してきます」
「ソルレイ様。お気遣いありがとう存じます」
先生の物言いに驚いた。
うーん? ああ、ガーネルクラスだから俺に気を回してくれたとか?
「お気になさらず。自分たちが使う教科書ですからね。それにこのクラスの男子も紳士ばかりですよ。すぐに起立してくれましたからね」
「そうね。このクラスからダンスであぶれる男子生徒は出なさそうだわ」
先生とそう言って男子生徒を褒めてアモンクラスに行き、ルモンド殿に2クラスは既に協力してガーネルもまもなく配布が完了するけれど、と話すと、5冊ずつならすぐに運べますねと言いあっさり終わった。
俺は頷いて一緒に行こうと声をかけた。アモンクラスの配布を見届けてから、まだガーネルにいた先生に「アモンも配布終了です。レリエルに戻ります」と報告をし、教室に戻ると静かに本の世界に入った。




