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辺境地の雪

 新年の始まりは寒くて雪が降り積もった。

 来たときには青々としていた山々も雪化粧だ。これから一段と雪が深くなる辺境領ではどこもかしこも車が通れるように道はすぐに除雪されている。

 なんと運河も凍りつくらしい。

 凍っても水獣が割りながら進むというのでラウルが見たいと言い、俺も見たかったので、耳当てをつけ帽子を被る完全防備で屋敷近くの始点の船着場まで見に行くことにした。


 出かける時になってカルムスが部屋にやって来た。

「わざわざ見るようなものではないぞ。物好きだな」

 朝ごはんの時にも言ってたな。

「ラウルツは、水獣が好きなんだよ。ラルド国にはこんなに張り巡らされた運河はないし、水獣もいなかったからお気に入りみたい」

「分かっている。生き物が好きなのだろう。庭でもよく動物を撫でているからな。たまに魔獣も同じように撫でているくらいだ」

いやいやいや!?

「それは魔獣だって気づいてないやつだよ!?」

 何だ知らずに腹を撫でていたのかと笑い出す。

「ソルレイも一緒に撫でていただろう? あれはミニブタではなくガルグだ。食用魔獣だな。草食で益獣だから辺境領では放ったらかしだ」

 ラウルが『ミニブタだー!』って言ってたのに誰も言ってくれなかったよな? 俺も知らなくて『本当だ!』って言ったと思う。小さいのが連なって歩いてきてとてもかわいかった。……後であの子たちは魔獣だと言っておこう。それにしてもまさか魔獣が庭に入って来ているなんて思わなかったな。

「人懐こいね」

「普通は逃げるからな?」

「ん? そうなの?」

「人に見つかったら食われるって分かっているから逃げるぞ」

「へえ、頭がいいんだ」

 ああ、それでかとカルムスが頷く。お前たちが食わないと理解したかと言われ、まさかと笑った。

「カルムお兄ちゃん、そろそろラウルツが痺れを切らすよ? 一緒に行きたいって話?」

 わざわざ来た用向きを尋ねる。

「この寒いのに行くわけ無いだろう。後ろを向け」

「?」

 言われるまま後ろを向くとコートの上を指が動く。背中に何か書かれた? 指文字かな。何を書かれているのか想像していると、丸いことに気づき魔法陣だと分かった。

「これでいい。あまり遅くなるなよ」

「うん、ありがとう」

 何か役に立つやつだろう。

 行ってきますとカルムスに言ってから玄関近くの応接間を覗く。ラウルが紅茶を飲んでいた。

「あ、お兄ちゃん。終わった?」

「うん、お待たせ」

 車ではなく歩いていく。すぐそこだ。雪遊びもしたい。

 ラウルが言うには、カルムスは先にこちらに来たらしい。描かれた魔法陣は、服が少し温まるもので弱いカイロのようだ。効果時間は3時間だと分かった。

「見に行くと思わなかったんだってー」

「カルムお兄ちゃんが教えてくれたからな。風邪を引かないか気にしたのか」

「大丈夫なのにね」

「もこもこだもんな」

 ここまで着込むとは。貴族にとって冬は厳しいらしい。

 雪で遊ぶことはしないのだろうか。

 新雪の上を狙って、ラウルとどちらが先に踏めるか競う遊びをしながら歩いた。どうしても先に踏もうとするので、小走りになりすぐに着いてしまった。

「いる?」

「ううん、いないな」

 運河の始発場所なので舟も多いが繋がれていて、水獣はいない。ここまで利用する商人がいないと見られないか。若しくはここから乗る人がいれば見られる。

 周囲を見渡しても人通りはなく、船頭達も2階建ての舟屋の中だ。水獣も1階の水の流れのない場所で休んでいるのを見つけた。

 これはこれでかわいいが、見たいのはこれじゃない。待っていても見られないか。見るためには……。

 考えていることが分かったようでラウルと目が合う。

「ここまでなら怒られないけど、ベンもモルもいないから乗ると怒られるな」

「うん」

「黙っていような」

「うん!」

 顔をくっつけ内緒だと笑い合って、舟屋へ喜々として向かった。



 ヒュゥゥー、ドン! バリッバリッーバリン。

 水獣が氷を割るというのでてっきり体をぶつけるか頭をぶつけると思っていた。

「わぁー! カッコいい!」

「うわっ、これはちょっと怖い。ラウル! 氷の粒が!」

 立ったら駄目だと体を戻す。

 水獣が口の中から水の塊を連続して吹き出し、河の氷が割れる。

 すると、割れた大きな氷が今度は邪魔で、水を含んで鉄砲水のように出すと端に追いやるのだ。そこには氷があるわけで氷に溶けかけた氷がぶつかり細かい氷の粒が飛び散る。まだ幅が狭い場所だったので迫力が凄い。確かに格好いいんだけど、寒さで鼻が痛くなってきた。

「ラウル、次の乗り場で引き返してもらおう」

「次の次!」

「分かった、次の次な。でも、次の乗り場で飲み物を買ってくるよ。手に持って温まろう」

「うん! 甘いのがいい」

「分かった」

 船頭さんにも何がいいか尋ね、乗り場で止めてもらうと近くのカフェに入った。船の乗り継ぎ場の近くはテイクアウトできる店が多い。ホットオレンジティーを3つ買い抱えて戻った。

 3人で温まりながらもう1つだけ進み、戻ってもらった。

「水獣は寒くないのかな?」

「ハハハ、大丈夫だよ。固い鱗なんだ」

 口元を布で覆ったままそう言う。寒いもんな。

「雪がちらつく中、ありがとうございました」

「いやいや、使ってもらえる方がありがたいんで! また頼みます」

「うん! 僕はまた乗るよ! 今度はモルと一緒に来る!」

「ごめんなラウル。思った以上に寒かった」

 俺はちょっと懲りた。河の上の寒さは辛かった。

「寒いけど、格好いいからもう一度見ておかないと!」

「そうか」

 舟から降りたところで、頭をポンポンと叩いて家に帰ろうかと声をかけると、うささんを作ってからね! と笑顔で言われた。作るのは嫌じゃないので、赤い目に使えるセンリョウを探す。鳥が食べてしまったのか、かなり探し回りようやく見つけた。まだ細く小さい木で鳥たちに見つからなかったようだ。

「ラウル! あった!」

「やったー! 石じゃなくて赤い実のほうがいいもんね」

 ドーム型の丸い家を先に作り、その中に入るうさぎを作った。

「ちょうど仲良く入れたね」

「うん」

 ミニかまくらにうさぎが2羽だ。

「「かわいいね」」

 しばらく見ていたが立ち上がり、しゃがんで付いた互いの雪を払うと俺達も家に帰ることにした。


 明後日から学校だ。授業が終わったらすぐに帰ってくるつもりだけど、ラウルは寂しいだろうなあ。

「ラウル、明日も積もったら雪で遊ぼう」

「楽しみー! 何するの?」

「雪をこうやって丸めるんだ」

「うんうん!」

「で、積み上げる」

「え? ぶつけ合うんじゃないの?大きいモルを盾にしようと思ったのに!」

「ブッ、アハハハ」

 腹を抱えて笑った。ずっとラウルの代わりに当てられそうだ。

「それはまた今度。ノエルが来た時にでもやろう。ぶつけられたことないだろうからきっとびっくりするよ。縦に10こ積み上げられたら輪投げを2つ投げて、先に崩さず通せた方が勝ち。チーム戦で仲間は明日までに見つけること」

 崩れたらやり直しだ。

「じゃあ僕はおじいちゃんにする!」

「おお! お爺様か!」

「うん! だっておじいちゃんの風魔法があれば輪投げは通るよ!」

「あ! しまったな! 最強だ! それなら絶対にカルムお兄ちゃんを引っ張らなきゃな!」

 師弟対決だとでも言って煽ろう! 何人まで誘っていいの? と聞くラウルに、仲間の人数分輪投げを通すことを条件に何人でもいいことにした。


 この時の俺とラウルは、翌日、熱狂する大人達に「風邪を引くからもう入るよ!」と、言って回ることになるとは思いもしなかった。昼からチームは5チームに増え、勝ったのは淡々とこなす執事チームだった。

「当然の結果でございます」

 誇らしげな執事長に悔しそうにするのは何故かメイドチームだった。俺にとっては、完敗でもとても楽しい1日となった。

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