教会への思い 前編
「ソルレイ様、ご自身で扉を閉める必要はございません」
部屋の扉を自分で閉めるとメイドのミーナが私の仕事ですと申し出る。
「毎回そう言うけど、それって何か違う気がするんだよ。仕事を奪って悪いんだけど、ミーナの仕事はそれじゃない気がする」
だからこれからも自分で開け閉めすると言うと、小さくクスリと笑って折れてくれた。
「かしこまりました。屋敷の中でならかまいません。外ではおやめくださいませ」
屋敷のように安全が担保されていないので、先に入る行為は危険な場合もありますと注意をされた。
「それってお金目当てで、貴族の子供をさらうとか?」
質問をしながら廊下を歩き大階段を下りていると部屋から出て来たラウルが追いかけてきた。
「お兄ちゃん? 学校に行くの? 図書館?」
学校はまだ始まらないのに制服を着ているのを見てピンときたらしい。
「うん、図書館にも行ってくるよ。夏にセインデル国で鉱石をたくさん見つけただろう? お爺様は、魔法陣や魔導具にも使えない鉱石も収納してくれたから、一部を売ってもらったんだ。そのお金で教会に寄付をしてくる。本とお菓子にしようかなって」
冬休み用に貸し出してもらった本を返却するついでに寄贈する本の種類も相談したい。
ラウルに借りてきた本は面白かったかを尋ねると、ニパっと笑って面白かったと言う。
「じゃあその本は決定で。あといくつかの本を司書さんと相談してくるよ」
「お兄ちゃん、僕も行ったら駄目?」
ソフィーに会ってお礼を言いたいという。ラウルが興味を持つような冒険者の物語を中心に選んでくれている。喜んで読んでいることを知って嬉しそうだったので、直接お礼を言えばきっと喜んでくれるだろう。優しい司書の女性は二人いて、どちらも温和な人達だ。
でも、だからこそ駄目だ。
無断で入った姿を見咎められれば怒られるのは彼女たちだ。そしてラウルもそれを目の当たりにしたら落ち込む。
「うーん、学校は駄目だな。教会へは大丈夫だ。図書館に行って本の種類と冊数を決めたら本屋さんへ行って、その後にお菓子屋さんでお菓子を買って……教会へ行くのはそれからになるけど一緒に行く?」
「うん! 学校の時は、車の中にいるよ!」
車の中か。ラウルもだけど寒いのはロクスもだな。
「ロータリーがあるんだけど、そこに小さなカフェスペースがあるんだ。待合休憩所っていうのかな。帰りが遅い生徒もいるから迎えに来た人達が休める場所になってるんだ。ロクスとそこにいてくれるか? なるべく急ぐから」
そこにだけココアのメニューがあると教えてくれたのは、兄がいるクラスメイトのベリケルだった。ホットココアというおいしい飲み物があるとラウルに言うと目を輝かせた。
「飲んで待ってるね!」
「うん。温まるだろうけど、外は寒いから。コートと秋にお爺様に買ってもらった新しいマフラーと手袋をしておいで」
「はーい!」
走っていきラウルはすぐに戻ってきた。その手には本が2冊。
まだ返却日まであるが、もう読んだからと持ってきたのでラウルの分も新しい本を借りておこう。
自分の本をじっくり相談して選ぶのはまたの機会になりそうだ。
ミーナに呼ばれたベンツに「出かけるけど来る?」と尋ねると笑って「当たり前じゃないですか」と言われた。
人通りの多いところにも危ない場所にも行かないし大丈夫だと思う。第一こんな寒い日は悪人も家で身を縮めていそうだ。
車を回し玄関で待ってくれていたロクスは、ラウルに目を留めると笑みを浮かべて車の扉を開けてくれた。
「どうぞ、ソルレイ様。ラウルツ様」
「「ありがとう」」
羽織物も着ず見送りに出たミーナに寒いから早く中に入るように言い、車を出してもらった。
「ロクス、寒い日にごめん。ベンも護衛をありがとう」
「そのようなことを仰る必要はございません」
「そうです。いい息抜きになります。屋敷が広くても走り回るわけにも行きませんからね」
「アハハ」
ベンツの言葉に笑った。学校に行っている間暇らしい。お爺様に庭で好きに鍛錬してもいいか聞いておくと言うと喜んでいた。
「お兄ちゃんが図書館に行っている間は、ココアをみんなで飲もうね!」
「それって俺は絶対に人数に入ってないよな?戻って来たら全員が腰を上げて“さあ行きましょうか”って言うんだ」
「あ」
「やっぱりか。さっきもそんな感じだったもんな。まだ飲んだことないから飲んでみたい。飲み終わるまで待ってて。すぐに出発できるように飲んで車内に戻るとかいらないからな」
「アハハ、うん!」
「ハハハ」
「フフ」
珍しいロクスの堪えきれない笑い声がする賑やかな登校となった。
ロータリーで車が止まると自分で扉を開けて、行ってくるねと走る。
頬にひんやりとした冷気がぶつかり少し痛かった。近道に中庭を抜け渡り廊下を誰もいないのを確かめて速度を上げ、暖かい建物に入った。
コートを着たままだと外に出た時に寒そうだ。かといって脱ぐと荷物になる。
図書館に入館し、司書のいる書庫室の方へ向かう。受付にいたのはソフィーではなく、もう一人の司書エルマだった。
「ごきげんよう」
「まあ、ソルレイ様ね。ごきげんよう。今日は何をお探しかしら?」
丸い眼鏡を上げて、たおやかに笑う。
「まだ新しい本は入荷していないのよ」
「学校が始まったら朝一番に来ます。今日は、本の返却と新しい本の貸出をお願いしたいです。それと少し相談があるんです」
「ふふ。老婆で良ければ喜んで力になるわ」
「そう言ってもらえると思いました。とても助かります」
貸出用の本はこれねと、すぐに用意をしてくれた。冬休みに一度来ると言っていたからソフィーが選んでいたというので頭が下がる。手続きをしてもらいながら教会で過ごす子供たちに本の贈り物をしたいことを話した。
「とてもいいことね」
お爺様が引き取ってくれなかったら孤児になっていたので、教会へ思うことというのは人一倍ある。あの日、教会へ行く選択をしなかったから今がある。
でも、教会へ逃げた子たちは大勢いたはずだ。子供にとって教会というのはそういう場所だ。
運が良かっただけだから。
俺も何かを贈ることで、教会で運が良かった!と笑う子がいて欲しい。




