グルバーグ家の夏休み
お爺様とラウルと遊ぶ夏がやって来た。
今年は海に行こうと全員で隣国のグリュッセンに行くことになった。ワインで有名なセインデル国の北に位置するグリュッセン国は、有名な観光立国で世界中から貴族や豪商人達が集まる。地図上で見れば一番近い国で辺境領のグルバーグ家から見ると本当に近いのだが、生憎と西には出国できる門がなく、南にある正門を潜るとカインズ国かセインデル国がやっぱり近いのだ。
今回は飲みたい大人達の意向か。セインデル国経由になった。
ラルド国を出国した時も寄らなかったため、俺とラウルにとっても初めて訪れる国となる。とても楽しみだとラウルと話していたのだが……。
いざ入国すると、どこを見てもワインの樽が置いてあり、あちこちで試飲をやっている。路上に各店の店主達がテーブルを出し、買付にやってきた商人たちに振る舞っているのだ。熟成しきっていない若いワインの樽をギャンブルのように買い付けたり、開けた時に楽しむ貴族たちもいたり。ワイナリーへの応援の意味もあるとお爺様が言った。
味が確定する前に買うことで、ワイナリーが資金繰りに困らないようにしているらしい。貴族がワインを買うための言い訳のようにも聞こえるが、買う人がいないと困るのも事実だ。
「この時期に来て事前に樽ごと買い付けると安くなるのじゃよ。そうしておいて何年かしてから受け取りに来る。ちょうどよい。二人が16歳になった時に飲むものを撰ぼうぞ」
「ラインツ様。ワインなら私にお任せください。カルムスより詳しいです。お勧めのワイナリーがあるのです」
「ほう、そうか!」
「楽しみだ」
大人達は楽しいのだろう。にこにこだしな。
ラウルの顔を見ると“つまらない”と書いてある。目が合うと笑った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕、我慢できるよ」
「あーうん。それならお兄ちゃんも我慢するよ」
ブドウ畑でも見に行こうかと思ったが、弟にそう言われては仕方がない。大人たちが試飲をしている間にブドウジュースを頼み、未熟果で作るドレッシングを買った。酸味は酢ではなくブドウのため香りがいい。
買い物をしていても、大人達がワイナリー併設のカウンターでワインとつまみの注文を始めると長くなるため、あとはホテルでやってと適当な時間に切り上げさせるのだった。
それでもホテルに帰ってからも飲み、翌日になって頭が痛いと言う駄目な大人たちを俺とラウルは反面教師にした。
翌々日。
呑み過ぎた身体がようやく癒えたらしい。てっきりグリュッセンに向かうと思ったのだが、セインデル国の北部に向かった。
ここには、入場料を支払って遊びながら鉱石の採掘ができる場所があるそうだ。
偶に大きな鉱石が出るらしく、そうすれば元は取れるが、大抵は鉱石の欠片で、見つける過程を楽しむレジャー要素の強い採掘場だ。
しかし、お爺様やカルムス、ダニエルがいると話が変わる。
お爺様に手招きをされ何の疑問も持たずに近づく。するとなぜか全員で円陣を組むことになった。
「守護の魔道具にも使える1級鉱石を狙おうぞ。比べてビリだったものがグリュッセンでの昼を全て持つのじゃ」
「師匠。本気で行かせもらいます」
「この人数だと給料が飛びそうですね。しっかりやらなくては」
「ラウルも頑張る!」
「うん! お金を払ってやる限りは頑張ろう!」
護衛のモルシエナとベンツは不参加だが、一緒に入る為料金は支払っている。
落ちている物を拾って楽しむと言っていた。
「では、こちらの入口よりどうぞー!制限時間は120分です。入口まで戻って来てくださいねー!」
ではではースタート!とスタイルのいい女性受付に言われると、脱兎のごとく皆は奥まで走って行く。
この辺は入口だしないのかな、と見回しここまで案内してくれた人の後ろの鉱石を魔法陣で取り出した。
綺麗な白泪石だ。
ペンダントなどで売られている一般的な鉱石だ。
「お、お客様!魔法陣は駄目です」
「え? そうなの? 何も書いてなかったけどな……」
お金を支払った時に貰った薄い冊子をめくる。
「ルールにないならいいと思いますよ」
ベンツもそう言うと案内係や受付のきれいなお姉さんは、やばい客が来たと思ったらしい。急に案内係が走って入り口から出て行く。
明らかにどこかに連絡を入れ始めた。
「ソルレイ坊っちゃん、逃げましょう」
「うん! 奥に逃げよう!」
皆を探しながら走っていると、探査の魔法陣で狭い坑道を見つけるのに成功した。
人や鉱石に絞らなかったため隠すような脇の細い坑道が偶然表示されたのだ。
「ベンツ。ここには子供の俺やラウルツしか入れない。悪いんだけど囮になって奥まで行って来てくれないか」
ベンツは俺の護衛なので、俺が獲得した鉱石は折半にしよう。入場料くらいは出るはずだ。チーム制を持ちかけると笑ってくれた。
「ハハハ! お安い御用です!」
横向きになりうねうねと身体をくねらせて入って行き、少し進むとぽっかり空いた広い空間に出た。
探査の魔法陣を書いて行き、鉱石の位置を表示させる。
そこから一つずつ取り出す魔法陣を書くのだ。
「お爺様と違ってどれが1級鉱石なのかもどういう指定をすればいいのかも分からないな」
リュックを下ろし、1つずつ取り出して中に入れていく。
中には巨大な物もあって、どうしようとなる。
あの狭い坑道では運べないのだ。
砕くか。
いや、お爺様のオリジナル魔法陣収納庫と魔道具の管理カードがあれば持ち出しは可能だ。魔導石は大きい方が貴重だと習った。
とりあえず入らない物は置いておく。
ここは鉱石が豊富な空間のようだ。
ラウルに声をかけようと、お爺様に貰った魔導具で魔法陣を描く。これで発動する。
近距離の会話を可能とする魔法陣だ。
20秒しか使えないことと、話したい相手の持ち物がいるのが条件だ。
これもグルバーグ家のオリジナル魔法陣でお爺様に教えてもらったものだ。
「ラウル、お兄ちゃんだよ。運べないくらい鉱石がいっぱいあるんだ。探査をお兄ちゃんにして手伝いに来てくれないか?」
「いいよー!」
魔法陣にひびが入り、もうすぐ終わるよと告げてからバリンと割れた。
とても分かりやすい魔法陣なのだ。
俺より体の小さいラウルは簡単にここまで来てくれた。
「わぁ! すごい! 奥よりいっぱいあるー!」
「キリがないんだ」
「僕が頑張るよ!」
「うん。お兄ちゃんも頑張るよ!」
細い腕を曲げムンと力こぶを見せるようにするラウルに頷いた。
二人でせっせと鉱石を魔法陣で取り出していると、いつまでも戻らない俺達を心配したお爺様とカルムスが坑道を少々破壊しながらやって来た。
「ほう! これはいいぞ! よくやったの!」
「1級もありますが、特級もありますね!」
「豊富な鉱石で喜ばしいですが、そろそろ気づかれますよ。凄い音でしたから。さっきは誤魔化せましたけど、次はまずいですね」
ダニエル曰く、奥にも巡回のように来たらしい。
俺のせいだな。
「ふむ。任せるのじゃ! 全て収納するぞ!」
お爺様が俺とラウルの頑張りを認め、重要なのかそうでないのか分からない鉱石も全部収納してくれた。
カルムスは探査と探知魔法の複合魔法陣で、アレは欲しいと何度か呟き取り出していた。
二人で、ああすればよかったのかと感心して鉱石の魔力探知をしてから取り出す様を眺めた。
ダニエルもこ、これはブルーアイズ!とクリスタルのように地面から出ている宝石を採掘していたので、モルシエナとベンツにもその辺の宝石っぽい物を採るように言った。
根こそぎとは言わないが、そこそこ収納したところで本道に戻り、入口で獲った鉱石や落ちている物を見せ、怪しまれながらも出ることができた。
連絡したであろう偉い人達が来る前に終わることができたようだ。
そのまま宝石屋に持ち込み、皆で笑いが出る臨時収入を得た。
男ばかりなので宝石は必要ではないのだ。
魔道具に使える鉱石は磨けば宝石よりも綺麗になるものも多い。
そのままセインデル国を北門から出国して北にスニプルを走らせ一路グリュッセンを目指した。
入国して最初の昼食は、ビリではなく沢山の鉱石を見つけた俺とラウルで持つことになり、皆で海鮮バーベキューをした。
エメラルドグリーンの海で泳いで、ビーチバレーをし、海族館に大人しい種類の海竜を見に行き、とても楽しい夏休みを1カ月ほどグリュッセンで過ごした。
「では、肉を食べに戻るかの」
肉好きなお爺様の鶴の一言で俺達は、アインテール国に戻りステーキにかぶりつく。
戻って来てからも駆け回って遊んでいたある日。
「お兄ちゃーん。明日から2週間修行だってー!」
「はーい!」
残りの休みは神秘的な場所でのグルバーグ家のオリジナル魔法陣の練習となったが、これはこれで楽しい。
だけど、楽しい夏はあっという間に過ぎていってしまう。日が長いのをいいことに惜しむように遅くまで外で遊ぶのだった。




