夏の試験
学校生活の4ヵ月目の夏は生徒たちにとってピリピリする時期だ。
科目ごとに試験の回数は違うが、1度目の試験はこの4ヵ月目の夏と決まっているのだ。
お茶会は年に1回で夏。ダンスの試験は、年1回で秋、と言った具合だ。
お茶会に関しては、定められた試験期間内にお誘いの招待状を出すことになっている。
早く済ませたいので初日に申し入れを行いOKの返事をもらった。
場所も校内なら自由のため温室の使用許可を教務課に届け出て、先生を招いた。
「ブーランジェシコ先生。私のお茶会へのご参加ありがとうございます」
「こちらこそ、ミスターソルレイのお茶会にお招きいただき光栄です」
「どうぞ、おかけになってください」
「ええ、失礼しますよ」
朝から手作りのハチミツシフォンケーキを焼いた。
箱に丸々いれていた物を取り出す。
「これは、私が朝から焼いたケーキなのですが、甘い物は大丈夫でしょうか」
「甘い物は好物です。これは楽しみですね」
ムキムキマッチョなのに紅茶を愛する紳士だと聞いている。
「お菓子作りは趣味でして、弟やお爺様に振る舞うのですよ。これはハチミツがたっぷりと入っています。美味しいですよ。期待して下さい」
切り分け、先生の前におき、水筒に入れてきた湯で紅茶を作りおいた。
目の前に座り『お話の前にまずは、召し上がってください』と声をかけた。
「では、いただきます」
食べると、幸せそうな顔をして食べていく。
俺も一緒に食べた。
「大変美味しいケーキですね。どうしてこんなに柔らかいのです?」
「ふふ。秘密です。ただ、他のケーキとは材料が同じでも作り方が違うのですよ。手順が違う、とだけ申し上げておきます」
「ふぅ。ミスターソルレイ。それは酷というものです」
「アハハ。宜しければ持って帰られますか? 料理人なら気づくかもしれませんよ」
「是非、持ち帰りたいです」
「分かりました。では、全てお持ち帰り下さい。ヒントはさっき言った通り、材料は同じで手順が違うということです。ハチミツが領地の特産品ですので入れましたが、この柔らかさには関係ありません。オレンジピールを入れても美味しいですよ。紅茶の茶葉でも良い香りがします。生クリームやジャムを少し添えるのもいいかと」
俺はシフォンケーキを箱に入れ直し、紙袋に入れた。
ちゃんと持ち帰り用の袋も作ってあるのだ。
「本当にご自身で作られるのですね」
「もちろんです。実は、身内以外で人に振る舞うのは先生が2人目なのです。初めに甘い物は大丈夫ですかと、お聞きしましたが、先生がカフェでジェラードを美味しそうに食べるのを偶然目撃しまして、作ろうと決めました」
私も甘い物が好きなので、先生とお菓子の話ができればと思ったのです、と言い添える。
そう言うとにっこり笑っていた。
「1人目は噂の君でしょうか?」
「え? 噂? ですか?」
首を傾げると、これまたにっこり笑われる。
「最初に食べたのは、アヴェリアフ侯爵家のミスターノエルではないですか?」
「そうです」
よく分かったな、と驚く。
「やはり」
「どうしてお分かりになられたのでしょうか?」
「フフ。わたくしも秘密に致します」
誤魔化すように2人目で光栄です、と言われる。
「……はぁ、先生が先ほど酷だといった意味が分かりました。なんだか、もやもやします」
「フフフ」
最初は、距離があったが、こうやって食べるともっと美味しくなる菓子の食べ方などで盛り上がり、終始和やかなお茶会で、時間を決めていたのに少しオーバーしてしまった。
「時間を忘れてしまって……ご予定は大丈夫でしょうか?」
「ええ。大丈夫ですよ。私も楽しい時間でした」
「私もです」
シフォンケーキを渡して笑って見送り、試験は終わった。合否は不明だな。
茶器の後片付けをして、テーブルや椅子を元通りの場所に置き直し、外に出る。
温室の入り口にかけてあった使用中を示す木札を取り、教務課へ礼を言って返却をした。
試験の1つ目はこれで終わりだ。
音楽は、次の授業で試験の演奏をするとユナ先生に申し込んだ。詩の試験の手紙は、先生に送りつけるものだ。ダンスは年に1回だし、世界史と魔道士学、数学は座学のため一斉試験だから先生の予定を気にしなくて良い。
次は音楽だな。
さっさと終わらせてしまいたい。
試験が開始の月になった3日後、2つ目の試験の音楽の時間になった。
試験時は教会の2階にある小ホールの音楽室で行われる。
ユナ先生が試験の採点をするので、残りの生徒は試験が終わるまで自習だ。ノエルは3日前の試験開始が告げられた時に、早々に受けて合格を貰っていたので本を取り出し読んでいる。
この日に受けるのは6人だった。順番に一人ずつ呼ばれる。俺は4番手だ。
3分程の曲なのですぐに終わる。
横笛の試験は、ノエルを始めとして、偏見の少ない男子が物の試しに聞いてみたいと見学希望者がいた。
ユナ先生にいいか尋ねられたので、少しでも偏見が無くなるのならと答えた。
「準備はいい?」
「はい」
「では、自分のタイミングで。試験は1発勝負で受け直しはできないから呼吸を整えてからね」
「はい」
家で何度も吹いているので、初めて入る教室でも緊張などはない。いかに綺麗な音を出すかに拘って演奏をした。
自分でもいい出来だったと終わってから頷いた。
先生を見ると笑顔で頷く。
「合格!綺麗な音色ね。文句なしよ」
「ありがとうございます」
「本当に好きなのがよく分かったわ。そうね、普段の練習を見ていて思ったのだけれど、次の課題曲もすんでいるのなら、今、受けても良いわよ」
あ、しまった。
次の学年の2つ目の課題曲を家でシュミッツ先生やラウルとセッションしているので、授業中に一人で練習しているとついそっちを吹いてしまうことがあったのだ。
「さすがに来年の試験までは駄目だけれどね」
クスクスと笑われて、小さい声ですみません、と謝り2曲目の試験をお願いできますか? と尋ね、了承を受けた。
多分見学者に、もっと綺麗な音色を聴かせたいのだろうが、受けていいのなら、受けておけば後期の試験が楽になるからな。
俺としても有り難い。
曲は、“エリトルシアの調べ” 少し悲しい切ない曲調が、この横笛にはとても合っていて俺はけっこう好きだ。
深呼吸をして演奏をする。
繊細な音で緩やかに始まる出だしが大事な曲なのだ。
後半にかけて速くなり最後は余韻を引きずりながら切る。
終ると、ノエルが拍手をしてくれた。
「ノエル様、ありがとうございます」
ただ、ユナ先生が何か言う前の拍手だったので、先生が気分を害していないか見ると目を細めて同じように拍手をしてくれた。
「とても美しかったわ。この楽器の良さが出ていたもの、合格よ」
「ありがとうございます」
「ノエル様は反省してください。試験なので、拍手もだめですからね。合否を言うまではお待ちください」
ノエルがついっと目を逸らす。
「ふぅ。仲が宜しいのも結構ですが、授業中は控えてもらわないとーー」
「ユナ先生。私も後期の曲の試験を受けたいのですが可能ですか?」
先生の話が終わったと思った他の生徒が声をかけた。
俺と同じで後期試験を楽にしたい派らしい。
「ええ。いいわよ」
結局、ノエルも後期試験の課題曲を弾き合格を貰った。
先生がなかなか戻って来ないので、様子を見に来た生徒たちが後期試験を受けていることに気づき慌てていた。
1発勝負なので受けるも受けないも自由だ。
自信のない子は後期でいい。
「ソルレイの言う通り綺麗な音色だった」
「アハハ。うん。繊細な音が出るんだよ」
そうか、遊びに来た時は6弦楽器をみんなで弾いたんだった。
ノエルが聴くのは初めてだったな。
休み時間にこうして専用の洗浄液を吹きかけ流水で流して拭きあげれば清潔そのものだ。
全部専用のケースに直して教室に戻った。
毎回律儀に付き合ってくれるのでいつものようにお礼を言うと、思っていなかった質問を受ける。
「茶会はいつ頃に受ける予定だ?」
「ん? 初日に受けたよ」
目をパチパチとさせる。
ノエルが驚いた時の癖だ。
「驚かせてごめん。初日は誰もいかないだろうと思って、事前にこの月が試験だって聞いていたからすぐに申し込んだんだ」
「……そうか」
6クラスあり150人いるのにも関わらず試験期間は1ヵ月。
これは大変だと思う。
「先生の用事がない時になるから、150人いると日付や時間は被るよ。申し込み方法は教員棟のポストに入れる式だから早い者勝ちになるし。断られたら誘うところからやり直しだ」
いつ頃なら準備ができるか尋ねると、準備自体はできているが、俺に聞いてからにしようと思ったと言うので、だったら、今から予約しに行こうと誘った。
「まだ3日目だから今ならなんとかなるよ。来週になると混み始めると思う」
「試験期間は1ヵ月か。予約自体が取れないと不合格なのかもしれない」
「単純計算で1日に5回以上のお茶会だからなあ。ノエルの言う通り、もしかしたら1日2回までで予約が埋まった時点で残りは試験をせずに不合格かもしれない。休みの日が案外狙い目かも。生徒は休みでも先生は休みじゃない。他学年を教えていて、休みは週に1日だって言ってた」
「なるほど。寮生だと校内にいるからなんとかなるのか」
「ノエルが明日か明後日でも嫌じゃないなら、教務課でブーランジェシコ先生の休みを聞きに行こうか」
明日と明後日が俺達は休みで、先生が休みでなければどちらかの日にお茶会は受けてもらえるはずだ。
「ああ、かまわない。出遅れると約束を取り付けるまでに苦労しそうだ」
「うん。じゃあ聞いて来るから、教室で先生への招待状を書いておいて」
「いや、もう帰っていい」
ノエルの物言いに驚いたが、顔を見る限り不興を買ったとかではなさそうだ。
どうしたのだろうか?
「? ……ああ!もしかしてラウルが待ってるから? ありがとう。でも大丈夫だよ。明日と明後日は休みだからラウルに図書館で絵本を借りてくるって約束したんだ」
今日は遅くなっても大丈夫だ。
「そうか」
教務課で聞いてくるから、と別れ教務課に行くと、先生は、週の始まりの“月の日”の次の“炎の日”が休みらしい。
明日か明後日に、お茶会に誘っても大丈夫だと思うか聞いたら、コソっと枕詞に“急ではございますが、早くお会いしたくて”と、言って誘うと良いと教えてくれた。
お礼を言って教室に戻り、ノエルに先生は炎の日が休みだと伝えた。
教務課で受けた助言を伝えると、既に書いたので大丈夫だと言われた。ノエルは侯爵家のためこういうのは得意そうだ。
教員棟に向かう。
帰りは一緒に図書館に寄る予定だ。
ノエルも借りたい本があるらしい。
「茶会では何を話した?」
「参考にならないと思うよ。お菓子の話ばっかりしてた」
手作りのシフォンケーキを焼いて出したのだと言うと、頷いていた。
「あれはうまい」
「アハハ。ありがとう」
ノエルってお菓子が好きだよな。
そういえば、休みの日に食べに来たハンバーグも美味しいって言っていたなあと思い出す。肉か。ラウルと好みが似ているんだろうな。
じっと見られる。
「ん?」
「また」
「いつでも来ていいよ。お爺様にもラウルにもそう言われただろう?前日に言ってくれればお菓子を準備をしておくよ」
眩しい笑顔で頷かれた。
美少年も4ヵ月経てば見慣れるもので、今では平気だ。
割に早く慣れたな。
教員棟で、ブーランジェシコ先生の教員ポストに招待状を入れようとすると、先生がちょうど戻って来る所で鉢合わせた。
「おや、ミスターノエルにミスターソルレイではありませんか」
ノエルの持っている招待状を見て、ふむ、と頷く。
「来週は目いっぱいお茶会が埋まっていましてね。さ来週の後半ではいかがですか?」
もうそんなに埋まっているのか。
想像以上だな。
「いえ、私のお茶会への招待日は明後日です。急ではありますが、ご予定はいかがでしょうか?」
すっと目を細める。
「なるほど、なるほど。そう来ましたか。いいでしょう」
「ありがとうございます。それでは14時にここに迎えに参ります」
ノエルが礼を取り招待状を渡した。
先生もそれを受け取る。
「分かりました、お招き楽しみにしております」
成功して良かったと胸をなで下ろす。
「ミスターソルレイ」
「はい」
「この前は、言いそびれましたが、あなたのお茶会の試験は合格です。来年のお招きも楽しみにしております」
「ありがとうございます。では来年も初日の15時に御招待致したく思います」
「フフフ。来年の申し込みをされたのは初めてですね。分かりました。空けておきましょう」
「新しい菓子の研究を今からしておきます」
「今から楽しみが増えました。期待しておりますよ」
「ふふ、はい。お任せを。では失礼いたします」
ノエルに行こうと目で合図をして、会釈をして図書館に向かうため踵を返す。
来年もこれで予約を確保だと喜ぶのだった。
「ソルレイは、狡いな」
「え?」
「教師達との関係づくりが上手すぎる」
「それ俺に言うの?」
「?」
「ノエル、先生キラーだよ」
「!?」
「先生達に凄い人気があるよ」
「冗談か?」
「本気だよ。先生達と会話していたら、しょっちゅうノエルのことを聞かれるんだ。本人に聞いてくださいっていつも言ってる。趣味をよく聞かれるんだ。社交界でいる情報なのかな? 昆虫好きって言ってもいい?」
「……」
ノエルは遠い目をしてから、言わないでくれ、と言った。
どうしても言わないといけない時は、読書で通しているのだと聞き、分かった、言わないと約束をした。
図書館で、ラウルに長めの絵本を4冊と、自分用に2冊借りた。
1冊は薄い楽譜だ。
6冊は借りられる上限一杯だ。
いつもの司書さんに、新しい本が入荷する予定がないか聞くと、世界中で話題になった本を調べて、新年に一括購入するのだと教えてもらった。
目録のリストは新年になったらできるから、渡すことはできないけど見せることはできると教えてもらったので、リストができたら見せてくださいとお願いをしておいた。
これで労せずその年の読むべき本が分かることを喜んだ。




