見知らぬ貴族を拾う
夕方になると静かになった。眠っている弟を起こさないようにして扉を開けると、ドラゴン達は城の方へ飛んでいく。
今日の狩りは終わったようだ。
いつの間にか消えた火で、茹で上がった芋をマッシュしてから、ドラゴンが飛んでいないか。もう一度玄関の扉を大きく開ける。
通りは血の海だが死体はない。
ここをラウルに通れと言わないといけないことに、溜め息が漏れた。
城に一斉に戻るのであれば、火を使っても問題がないだろう。
マッシュした芋を陶器に敷き詰めてからベーコンを乗せ、ズッキーニ、ベーコンとサンドしていく。普段なら絶対しない贅沢使いをして、削ったチーズを山盛りにして焼いた。
これが夕飯だ。
全粒粉にライ麦が40パーセント配合された少し酸味の強いパンと日持ちのする乾燥野菜、干した魚はリュックの中だ。
冷める前にラウルを起こそう。そう思ったら玄関に何かがぶつかるような音がして身体が硬直した。
身構えたが、外の静寂さが耳につき、キーンという耳鳴りと心臓のドクドクという音が凄まじい。緊張に耐えかねて、そろそろとラウルの方へ向かい、眠る顔を見て一息つき気合を入れて扉に向かう。
少しだけ開けて外の様子を確認しよう。
なぜか扉が開かない。
「え? なんで開かないんだ⁉」
これはこれで困る。
体重をかけ奮闘していると、扉が僅かに開いた。そこから覗くと、座り込んで扉に凭れかかっていた人が横に倒れたのだと分かった。
父さん⁉
慌てたが髪の色は、銀髪だ。
あ。違う。
確か髪の色が銀髪なのは、貴族だけだと聞いたような……。
血が流れているのを見て、天を仰ぐ。放っておくわけにもいかず、起きてきたラウルと協力をして何とか扉を開けると家に引きずりこむのだった。
「お兄ちゃん、どうするの?」
服を脱がせている俺を見て、疑問に思ったようだ。
止血だけでもしないと。ああ。止血はしたけど、開いてしまったんだな。安静にせずに動いたのだろう。
服を脱がせると、包帯はしてあるのに血が滲み出しており、そのせいで服まで赤く染まっていた。
「とりあえず、縫うかな。湯を沸かして母さんの裁縫道具の針を煮沸するよ。見た感じ軍人のようだから、血止めくらいは持っているだろう。ラウル、貴族って分かるかな?」
小鍋を火にかけながら問いかけた。
「うん。金髪と銀髪は貴族なんでしょ?」
「ラウルも綺麗な金髪だからなんとも言えないけど、まあ、銀髪は、平民にはいないな」
「僕はお兄ちゃんの黒髪も好きだよ」
「アハハ、ありがとう」
ラウルに温かい内に食事をとるように言うと、僕も手伝うと言ってくれた。
本当に6歳なのだろうかと疑問に思うほど、こういう時は大人びている。
世界が変わると、これほどまでに子供も大人の思考を持つのか。
血管の縫い方など知らない俺は、腹から血が出ないようにする縫い方しかできない。この人の持っている持ち物の中にポーションはあったが、ゲームのように万能なものではなく。体内の細胞分裂を活性化して再生速度を早めるものだ。人間の細胞分裂の数が決まっている以上、命の危機にひんしている場合でもない限り、使うべきではないのだ。
先に縫った方が、飲むにしても効果があるはずだ。
嫌々ながらも人の腹を縫い、内ポケットに入っていた血止めを塗ってから包帯代わりに父の服を割いて巻いておく。
俺たちではベッドには運べないため、両親の寝室の扉を外して、そこに毛布を敷いた。二人で引きずって寝かせる。
とんだ重労働だ。
汗を拭き、毛布を更に被せておく。
血がなくなると寒いっていうからな。
「ラウル、終わったよ。ごくろうさま」
「うん、一緒にごはん食べたい」
「ん」
マカロニなしグラタンを温め直し、スープを作って二人で席についた。
「今夜に移動しようと思っていたんだけど。どうしようかな」
「この人を置いていくかどうかだよね」
「うん。ぶっちゃけるとそうだな」
二人で、ちらっと苦しそうに呻いている貴族を見る。
「……お兄ちゃんが決めていいよ。僕が恨むのは、そこの貴族だからね」
そうは言っているが、ラウルは優しいのでなんだかんだ面倒を見そうだ。
そして、それは俺も同じだ。
「ありがとう。じゃあ、そうだな……1日だけ待とうかな。明日、目が覚めるかで決めるよ」
「そう言うと思った。お兄ちゃんは、優しいからね」
笑顔でそう言われ、頭を搔きながら自分が6歳の頃は、イタズラばかりしていたなと思い出す。前世の記憶があってもそれなのに。ラウルは達観しているなあ。