音楽は貴族の嗜み
勉強は、学校に入学するまでに1年間あったので、処世術を教えてくれるダニエルと貴族のなんたるかをカルムスに教わり、魔道士講座はお爺様の直伝で、座学や論理が多いので、国外に連れて行ってとねだり、目の前で見せてもらったりした。
貴族必須の音楽は6年間付き纏うものなので音楽の家庭教師をつけてもらいラウルと一緒に教わることになったのだが、学校でやる楽器は選択制らしく、6弦楽器か横笛か打楽器の太鼓だと先生に教わる。
こんなの太鼓の一択しかないだろうと、楽譜を見るととても素人のやるレベルではなく、プロの人がひたすら連弾しているような恐ろしいものだった。
こんなもの筋肉が悲鳴をあげる。
これはまずい。先に1年生で演奏することになる楽譜を見ると、何故か横笛が優しい。だったらと、横笛を先生に教わることにした。
先生が言うには、太鼓は何故か選択する生徒が多いため、難易度が上がり洗練されていくのだそうだ。
“先生みたいに音楽の才能のない生徒は、打楽器ならいけそうな気がするんだ”という悲しい声は心の中だけに留め置いた。
6弦楽器は音色の美しさや弾いている優美さでやはり選ばれるそうで、横笛は、息で音を出すのが汚らわしいと貴族には敬遠されると言われ唖然とする。
「……横笛にします」
迷うこともなかった。嫌われるより難易度をとる。
「今の話を聞いて選択されるとは余程な覚悟なのですね。かしこまりました。ラウルツ様はいかがされますか?」
「僕? 太鼓―!」
「太鼓の楽譜は難易度が最強だよ?」
「そうなの?」
「ここからここまではずっと強く叩き続けると指示がある。時間にすると3分だ。こんなものラウルツの細腕では壊れる。横笛は汚らわしいと嫌悪されるらしいから6弦楽器はどう?まだ2年あるし、嫌なら違う楽器に変えてもいいと思うよ」
「うん!じゃあこれにする!」
「うん、一緒に頑張ろうね。シュミッツ先生、この曲が学校で試験になる最初の課題だと聞きましたが、これではなく、子供向けの簡単なものからお願いします。歌いながら音符を覚えます」
「まずは音に慣れるのですね」
「はい」
「では、わらべ歌がよろしいですね」
シュミッツ先生は音楽を愛する先生で少し変わっているが、優秀なのでわらべ歌をそのまま楽譜におこすと俺達にそれぞれ渡した。
まずは歌の練習をして、音楽は楽しいと感じさせるところから始めた。
次に音階で歌い、俺は笛をラウルは6弦楽器と言われる、座って弾く楽器の音を覚えていく。
その内、一緒に6弦楽器を弾くことになった。
横笛って覚えると結構楽なんだよ。
絶対に音が出る魔道具をつけ、それを食んで音を出すので、音が出ない、なんてことは全くないのだ。
楽譜の難易度が低いこともあるのだろうが、課題曲は1ヵ月もあれば覚えてしまえる。
次の課題曲もそう難易度が変わらないので、寂しがるラウルと一緒に弾くのだ。
後ろについて手を掴んでこうだよと先生は非礼でできないこともできるので、教えていく。
「お兄ちゃんと一緒に弾きたいから頑張る」
「ん。横笛は簡単だから、俺も最初の課題曲は一緒に弾けるように頑張るよ」
「うん!」
「なんて素晴らしい兄弟愛!わたくし、余所の貴族家でも教えておりますが、どこも醜いものですよ。必ず弾けるように致しますからね」
「うん!先生の教え方は分かりやすいよ!歌も上手!もっとわらべ歌を教えて欲しい!」
「そうだな。先生は楽器より歌の方が向いて……あ、失礼を。先生は楽器も勿論上手なのですが、男性とは思えないほど声が綺麗なので……」
「僕もそう思う!楽器みたい!」
透明感のある美声なので聞いていて気持ちがいいのだ。
怒ったかなと顔を見ると笑顔だった。
「いえ!とても嬉しいです。歌では食べていけないのですよ。だから音楽教師なのですが、歌うのは好きですからね」
シュミッツ先生が笑い、俺達はまた練習を再開させ、4ヵ月後、6弦楽器の課題曲に合格を貰うことができた。
シュミッツ先生が、「横笛の後期の課題曲もお済なのでしょう?」と言うので、頷いて吹くと、あっさり「合格です」と、言い、俺にそのまま6弦楽器を弾くように薦める。
「負担になるようだったら言わないのですけれど。ソルレイ様は余裕にみえます。できて損はないですよ」
一緒に演奏できるとラウルも喜ぶので『それでは、そうします』と、返事をした。どんなに時間はかかっても必ず3人で歌から始め、楽しく音楽を嗜みつつ、6弦楽器の2つ目の課題曲も4ヵ月後に合格点を貰った。
「シュミッツ先生、学校の1年目の課題曲はこの2つでクリアですよね? キリも良いし、せっかくだから俺が横笛を、ラウルツが6弦楽器を。先生が歌を担当して、セッションしませんか?」
「私は嬉しいですが、よろしいのですか?」
「ラウルはいいよ!」
「勿論、俺もいいですよ」
3人で惑わされないようにしないと、と席を離しての演奏だったが、なかなか良かったと思う。
「綺麗だったね!」
「楽しかった―!」
「うまくいきました!わたくしも楽しかったです!」
今日はこのまま、歌の日だと皆で歌を歌って過ごした。
お爺様は勝手なことをしても怒らないので、シュミッツ先生も夕飯に誘い、3人で夕食後に演奏会をした。
みんな綺麗な歌と音色にとても喜んでくれた。
先生が『今日は一生に残る思い出になりました』と笑顔でお爺様にお礼を言って帰った後に、横笛の汚らわしい説は、本当なのかカルムお兄ちゃんに聞くと、それは本当で、6弦楽器を弾けるならそうした方がいいと言われた。
「弾けるけど、音色綺麗だったよね? 無理かな? 気持ち悪かった?」
「そうだなあ。思っていた以上に綺麗で驚いたんだが、どうだろうな。俺は気持ち悪いとまでは元々思っていなかったからな」
「私は思っていましたけど、偏見だと気づきました」
意外だ。カルムスは思っていなくて、ダニエルは思っていたのか。
「なるほどのう。私も気にならんかったが、時代もあるし難しいやもしれん」
横笛が嫌がられることになった元々の始まりは、横笛で求愛をした貴族家の男性を汚らわしいと言って振った王族の姫君の言葉からで、“鼻息を荒くして女性を求めた”となり、女性貴族の間で汚らわしい楽器ということになったようだ。
ただ、管楽器自体は、舞台の演奏や、ダンスの演奏でも使われるので、この問題が起こる前からずっと選択制の中に入っており、専門家や楽師達からは、なんだか、変なことになったな、くらいのようだ。
噂が落ち着けば愛好者が増えるだろうと思われていたのに、長年そのままらしい。
なるほど。
女性の偏見は根強いようだ。
「……横笛でいきます」
「おお。挑戦者だな」
カルムスが面白そうに笑う。貴族としては不名誉につながる選択は避けるので、褒められたことではない。
「だって、汚いとか言うけど、この笛って洗えるんだよ。清潔だよ」
「そうなのですか?」
「うん。分解して洗ってまた組み立てるんだ。太鼓って皆で使い回すし叩き棒も洗えないよ? 手汗がベタベタな人が前でもそれを使って練習や試験をやるんだよ? 汚くないの?」
「「「う”ぅーん」」」
そこまで考えたことがなかったというのだ。
笛と6弦楽器は自前だが、太鼓は使い回しだ。前世のように“マイばち”システムなどないのだ。因みに皆は、6弦楽器を選んでいたらしい。
この中では1番下の階級貴族になるダニエルも、兄妹が多く付き合いも多いため家計は大変だったらしいが、それでも2つあった兄たちの使った6弦楽器を使えていたという。
汚らわしいと思われても気にしなければ問題ない。
直接は言いに来ないだろうと思う。
俺は横笛で楽をしようと決めた。




