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王城での戦い 3

「アーチェリーは無事かな?」

 王子にあそこの隅にいるぞと教えてもらう。俺たちの守護魔法陣の後ろで、頭を抱えるように身を縮めていた。

「アインテール国に来ることになった経緯を聞いてみよう。ボンズに脅されたのかもしれない」

 戦争に利用するために仕立てあげられただけ。そういうこともあるだろう。

「それにしてはやりたい放題だよ。女性を襲うなんて最低だよ」

「うん。でも、死んだら話も聞けない。今のうちに聞けるだけ聞いてみよう」

 ラウルが腹立ちまぎれにハウウエスト国軍に威力の大きい攻撃魔法を放ち、城の向こう側までぶち抜いた。遠くに小さな青空が見えた。

「ラウルツ。気持ちは分かるが、そのへんでやめておけ。ラインツ様もそんなことは望まない」

 ノエルが背をポンポンと叩く。強引だけど、優しいところも変わっていなくて安心をした。それを受けたラウルは、珍しく悩まし気な息を吐く。

「僕はここにいるよ。だってアーチェリーのことを殺しちゃうかもしれない。血縁者だったらお爺ちゃんに報告できないからね」

 悲しむラウルの頭を昔のように撫で回して抱きしめた。

「俺が聞くから大丈夫だよ。何も話さないかもしれないけれど……」

「うん、ノン。今だけならソウルを守るのを譲ってあげるよ」

「ああ。冷静に聞ける第三者もいたほうがいいだろう」

「助かるよ。ありがとう」

「では、私も立ち合うとしよう」

「え」


 王子が、私ももう一度聞いておきたいと言い出したので、邪魔だけはしないように釘を差した。

 守護魔法陣の影で怯えていると思ったアーチェリーは、魔道具を握りしめながら『ボンズ!早く来てくれ!』と言っている。様子を見る限り話す元気はあるようだ。

 周囲のアインテール人をよそに、堂々と敵に連絡をいれるのだから大した度胸だ。


「アーチェリー。聞きたいことがある。母上の最期についてだ」

「はぁ!? ふざけんな! 俺の足をこんなにしやがって!」

「おまえの魔道具の攻撃を感知したから自動で反射しただけだ。痛みを軽減してやろう」

 持っていた魔道具を取り上げ、さっさと聞きたかったことを聞く。

「王子はずっとかくまっていてくれただろう。母上とは、レリエルクラスの同級生だった。もう一度死ぬ前に話を聞いておきたいらしい。ボンズは、詳しい話は、一緒に暮らしていたアーチェリーに聞けと言っていたそうだ」

「知るか!」

 いい加減なことを言いつつ、反応をみてみたものの、つれない反応だ。

 王子に対してはいいように思っていると考えていたのだけれどな。こんなので、よく庇っていたな。

「戦争の大勢は、カインズ国とハウウエスト国の挟撃により、アインテール国の大敗となるかもしれない。おまえを庇っていた王や王子も処刑されるかもしれないんだ。少しくらい話をしてもいいんじゃないか?」

 王の名ならどうかと出してみたところ、考える素振りをみせた。こちらが正解か。

「ちっ。何が聞きたいんだよ。俺の足を元に戻したら教えてやってもいいぜ!」

 そうのたまい、ノエルに底冷えするような目で見られていた。

「ヒッ!」


 無意識に物理的な距離を取ろうとして、胸の辺りで拳を握りしめていた。

 容姿の整っている人間に凄まれると怖いのは理解できる。ガンツとは違う迫力があるものな。

 怖いのならば、初めからケンカ腰などやめておけばいいのだが、ここで言っても仕方がない。

 ノエルの王子より王子な威圧を行った結果、アーチェリーが尻を擦りながらじりじりと下がっていくので、大股で距離を詰めていく。


「誠意を見せてくれるのなら、その足の痛みをとってもいい。話が先で、回復は後だ」

 交渉が決裂するならそれはそれでいい。調べるのは、骨が折れそうだが、住んでいたハウウエスト国の都市の名も分かった。

「も、元通りになるのかよ!」

「歩けるようになるのかは分からない」

「さっさと話せ。俺はどちらでもかまわない」

 口を挟んだノエルが、脅すように言った。

「おまえが、どこでいつ死ぬかもどうでもいい」

 恐らく本心なのだろうが、攻撃の魔法陣で取り囲んでいくので、俺の方が焦った。

「わ、分かった! 話す!」

「王子は同級生であった母上の最後が知りたいらしいが、先に俺にも質問を一つだけさせて欲しい。母上は、何と言う言葉をおまえにかけていた?」

「……一緒に暮らしていたわけじゃないんだ。知らねーよ。俺は、天涯孤独だと思っていたからな」

 フイッと視線を逸らせた。

 一緒に暮らしていなかったということは、母親はレイナではないという確証を得た。

「一つだけと言ったが疑問が湧いた。ボンズには、何を言われてアインテールに連れてこられたんだ。最初にかけられた言葉は覚えているか?」

「……行き倒れたところに跪いて、ようやく見つかったと言った。俺はアインテール国の大貴族の子供だって言ったんだ。他国に行くことになるがいいかって。だからいいぜって言った」

「それは体のいい――」

「ノエル」

 利用されたのではないかと言いかけたノエルの口を噤ませれば、アーチェリー本人が感情を発露させた。

「言っとくけどな! 俺はおまえたちがいるなら何で連れて来たんだって、確認したぞ!でも、おまえらは偽物で俺は本物だからって堂々としているように言ったんだ!じじいにだって! 生きている時に合わせられなくて申し訳ないってボンズは何度も俺に謝った!」

「……そうか。話してくれてありがとう」


 これでだいたいの話は分かった。これはボンズに聞かないとレイナ様のことまでは分からないな。

 まだ生きている可能性は――――ないか。

 生きていたならお爺様は何が何でも家に連れ戻したはずだ。


「おまえは、本当にグルバーグ家の人間だと思っていたんだな。さっきの鑑定結果を知る前の王や王子がそうだったように」

 平民が大貴族家に入るんだ。相当な苦労もあったろう。

「引き継ぎの時に字が書けなかったことを馬鹿にして悪かった」

 謝ると、悔しそうに口を引き結んだ。

「さっきも言った通り、グルバーグ家であることを嵩に着て、他の貴族家の女性を襲ったこと。軍の上官を殺したことについては許せるものではない。だけれど、もし、お爺様の生前にグルバーグ家に来たなら……お爺様はきっと正しい道に導いたはずだ。階位のみで優务を決めて生きる貴族ではなく、誇りを与えてくれただろう。たとえ、グルバーグ家の血筋でなかったとしてもだ」


 俺達が幸せになれるように力を尽くしてくれた。平民の手を取り、涙をぬぐってくれる優しい人だった。今が一番幸せだと笑ってくれる温かい心に救われた。


「王子のお聞きになりたい話は、ボンズだけが知っているようです。これ以上は聞いても無駄でしょうね。約束通りアーチェリーの足の痛みを軽減させます」

「うむ」

 やつに騙されていたかとぽつりと呟く、アジェリード王子の言葉には悔恨の念が滲んでいた。それでも遅すぎた。

 お爺様に謝罪する気がおありなら、墓標にお願いしますとだけ声をかけた。

 アーチェリーの足の状態を見るために、炭化してなくなった足のすそを捲れば、足首より下はなく、痛々しい黒焦げの足が見えた。これは今ある回復魔法では治せない。焼け爛れた足の痛みをとるのが精一杯だ。


「俺がやろう」

「いいの? ありがとう」


 ノエルに任せることにした。

 ボンズに騙されてこの国に連れて来られたのか。ボンズも本当にそう思い込んでいたのか。カインズ国の策謀なのか。あるいは、ハウウエスト国の思惑通りなのか。

 はたまた、両国の密約でもあったのか。

 ここで判断はできないが、用済みとなれば消される可能性が高いだろうな。

 カインズ国の魔道具により、命を失った国民は多いと聞いた。極刑だろうな。せめて、死が迎えに来るまで、やったことと向き合って欲しい。

 取り上げた魔道具を返却して、ラウルの元へと戻った。


「どうだった? 何か分かった?」

 尋ねるラウルに、全く分からなかったと肩をすくめた。

「レイナ様の子供として仕立てられたのは確実だ。一度も会っていないと認めた」

「僕たちは会った時に、皆で言ったよね。ああ、これはそのへんの子供を連れて来ただけだって」

「うーん。カルムス兄上やダニーはそう言っていたけれど、俺たちはどうなのだろう?と、言っていた記憶があるな」

「あれ? そうだったかな?」

「王子が聞いたという最期の言葉は、ボンズに言い含められていたみたいだ。何も知らなかった」

 あとはハウウエスト国に調べに行くしかない。

「ボンズも誰かの駒にされているかもしれないし、キリがないよね。もういいんじゃないの? やりたかったのは戦争なんだよ」

「うん。ラウル、我儘を聞いてくれてありがとう。ノエルもありがとう」

「いいよ。ソウルは、何も気にしなくていいんだよ」

「ああ。もうここまでで十分だ。今日でカインズ国もハウウエスト国も終わる。挟撃は失敗だ」


 たぶんそうなのだろう。遠くに見える屍の山を見て思う。あまり視界に入れないように目を逸らした。守護魔法陣には血の匂いもしないよう補助魔法陣を加えてあったが正解だ。視覚からの情報だけでも参りそうだった。

 正門ではクレバが頑張っているようだし、ここまで協力すれば十分だな。


「ラウル」

「ん?」

「綺麗な山を見に行こうか」

 ラウルの耳元で、寝る場所はフォルマの家から変更で山小屋にしようと提案すれば、ようやく笑った。

「全員で雑魚寝だね。確かにあそこなら見つからないよ。最後に特大の一発を放つよ」


 ラウルが、難しい攻撃の魔法陣を容易く描いていけば、ノエルが隣で更に威力を上げる補助魔法陣を描いている。ディハール国以外に、アインテール国の交渉国になりそうな国は徹底的に排除しておくつもりのようだ。


 ハウウエスト国軍が王以外の重職に就く者を一人残らず葬り去ると、可能性がでてくるからな。

 俺も腹を括らないといけない。

 子供の頃、カルムスにもらって身に着けていた魔道具をそこへ押し当てた。動力代わりにはなるだろう。また作って欲しいとねだれば優しいカルムスは、また作ってくれるはずだ。

 緊急事態だ。今はお爺様の魔道具だけ残せればそれでよしとしないと。

 それに、命の奪い合いを二人だけにやらせるわけにはいかないのだ。重い荷も背負うなら一緒に背負おう。


「よし! 完成! いくよー!」


 いくよーと言いながら既に放たれ、敵は屍の山ごと一掃された。

 動力にされた魔道具の石が力を失い、魔道具から抜け落ちた。床にコツンと当たり、鳴った甲高い音が悲鳴のように聞こえ、心の中で謝った。

 本来なら、長く生きられる筈だった一級の鉱石だ。力を全て吸い上げられて色を失ってしまった。

 命を奪った騎士達とともに安らかに眠って欲しい。


「ノン、魔力はまだあるの? 倒れそう?」

「あるにはあるが、これ以上出せば魔力切れになるな」

「ふーん。分かった。それなら僕の魔力で飛ぼう。ぎりぎり足るでしょ」

「俺も出すよ。二人ほどじゃない気がする」

 少しくらいは回復しているはずで、ずっと攻防をしていた今の二人よりはマシな気がした。

「アハハ。寝たからだね」

「鉱石の魔力を使っていたからだろうな。やたらと良い石を持っているのはさすがだ。負担をかけるが頼む」

「飛んだ先でまた寝るから気にしないでいいよ」


 ラウルの描いてくれた魔法陣に手持ちの魔道具から補助石を抜いて置く。更に自分の魔力を込めて、ラウルに場所を譲れば、何度目だろうか。邪魔が入った。

 現れたのは、指揮官だと思われていたボンズに見えた。背後にかなりの数の騎士達がいないか。


「あ」


 よく見ようと目を凝らし、瞬きをしたら、魔道具が一斉に投げ込まれるのを捉えた。

 回転しながら近づく魔道具は、一定の回転数に応じて攻撃が始まる。

 こちらに着くまでに攻撃が始まるタイプの厄介なものだ。僅かな間のはずなのに不思議なもので、目には回転する魔道具がゆっくりと認識できていた。


 転移魔法陣を早く発動させないといけない。

 そんな考えが頭に浮かぶ。


 ラウルとノエルが、新たな魔法陣を描こうとしていたことが分かる。二人とももう限界のはずなのにまだ戦う気でいる。

 ラウルが描いた転移魔法陣は成功するだろう。俺は魔力を込めた後だった。ならば、あとは、ラウルが込めるはずだった魔力だけの問題だ。三人は無理か。でも、二人ならどうだ。二人の背にぶつかるようにして、転移魔法陣を踏ませた。

 驚愕した顔のラウルとノエルが俺を振り返ったのを見て、笑ってみせる。

 声をかけあう間もなく、七色の光が二人を包み、一瞬で消えた。

 移動距離に比例して、使う魔力量も変わる。二人ならあれで十分だ。間に合ってほっとした。前にクレバを押しても駄目だったからな。ぶつかってたたらを踏めば、それだけでよかった。


 束の間、眩い閃光が辺りを支配した。お爺様の指輪に、どうか守護魔法陣がもちますようにと祈るのだった。





 ボンズ達がこちらに投げた魔道具により、強い光が発生した。魔道具の位置を知られないようにするやり方は、カインズ国の技法だ。守護魔法陣にヒビが入っていく。補助魔法陣の時間の設定のおかげで、緩やかに割れるように壊れていったが、俺にはお爺様からもらった魔道具があった。

 すぐに、お爺様の守護魔法陣が内側から張り直されていく。七色の魔力が煌めいて、青い石に浮かび上がった魔法陣を駆け抜けるようにほとばしる。


 ああ、綺麗な虹色だ。

 この濃い七色こそがお爺様の魔力の本来の色だ。久しぶりに見た懐かしさもあって指輪に見入った。


 “きっと大丈夫”


 普段ならそう確信できるものなのに、魔法陣を破ろうと追加の魔道具が向かってくるのを見てしまえば、情けないことに、途端に怖くなる。

 時間を稼げている今の内に、次の魔法陣を構成しておくことが必要なのだ。

 だが、今日は今までにないほど魔力を使いすぎていた。

 魔法陣はここぞという時にしか使用できないほど追い込まれており、しばらくは使えない。状況はかなり厳しいといえる。


 今日で命が終わったら、ラウルはノエルを恨み、ノエルは自分を責めるのだろうな。

 助けが来るまで、やれるだけのことはやろうか。まずは自分の命を守りきる。小さな目標を作り、勇気を奮い立たせた。



「作戦が上手くいっていないと思ったら原因はあなたですか」

 割れない守護魔法陣に苛立ったボンズに話しかけられたが、会話を引き伸ばしてでも休んだ方がいいと判断をして、瓦礫の上に腰かけた。

「違うと思います。私は鑑定にここに呼ばれただけですね。戦いにも参加しておりません」

 訝しむ顔だった。

「アインテール国軍が強かったということなのでは? ちなみに、私は他国の侯爵家となって久しく、10年以上アインテール国の門を潜っていませんよ。こんな日に呼ばれるなんてついていませんが、グルバーグ家の血筋かを調べた鑑定結果は先ほど出ました。あなたにもお伝えしましょうか?」


 周囲の騎士団は服が違う。

 こちらが精鋭部隊か。敵軍の騎士達は魔法陣を既に描いているが、ボンズが待つように指示を出した。


「お聞きしておきましょう」

「私と弟は、虹色の魚と赤い魚が出ました。アーチェリーは魔力なしですね。グルバーグ家の人間ではない以前に、貴族の血は一滴も流れていないという結果です」

「そんなはずはありません」

 盛大なため息を吐き、頭をふる。

「まともに話を聞くだけ無駄でしたね。他国の侯爵家に引き取られたと聞きましたよ。体を差し出すことで貴族家にしがみついた。アインテール国を出る原因になったアーチェリーをさぞ恨んでいるのでしょう。しかし、それは自業自得というものです」

「え」

 わざとらしくすら見える手振りをすると、憐れむような目で見られた。

「レイナ様の子供だと偽っていたのですからね」

 馬鹿にするように鼻息をフンと吐き出された。

 そんなことも気にならないほど、言われた言葉に身の毛がよだつ。なるほど。アジェリード王子もラウルに言われた時、こんな気持ちだったのか。


「何か、勘違いをされているようです。エルクシス様に引き取られたのは、昔した約束があったからです。私たちの卒業後に迎えに来ると言っていただきました。これは、お爺様もご存知だったことです。アーチェリーは、この件に全く関係がありません。“体を差し出す”という表現が、かなり気味悪いのですが、あなたの国では往々にあることなのですか?」


 ハウウエスト国は、爵位が上だと下級貴族を好き勝手に乱暴を働く、モラルの欠片もない国なのか。わざと眉根を寄せると顔を真っ赤にさせていた。


「そのようなことはありません!」

「そのような考えを持っているから口をついて出るのですよ。アーチェリーが、カインシー貴族学校で爵位の下の者をグルバーグ家の名前を使って脅していましたよね。女性を好きにしていたとか。被害者は他国にもいると聞き及びました。あなたが、そうすればいいと教育したのではないのですか」


 エリドルド直伝の最上級の侮蔑の眼差しを送ると、口を開いては閉じてを繰り返していた。

 アーチェリーのやった所業は隠せない。先の発言があるため、アインテール国の大臣たちからも侮蔑の視線を向けられていた。


「正しい教育を行わなかった結果が、女性を力づくで襲う。襲っても平気だ。“俺は辺境伯家だから”という勘違いを抱かせたのでは? 私はもうアインテール国の貴族ではありませんが、尋ねておきます。カインズ国と手を結び、アインテール国を落としに来たのですか? それとも、アーチェリーの迎えのためにカインズ国を利用したのですか?」

 尋ねれば、咳払いをして答えた。

「アーチェリーの迎えが第一です。第二に、アインテール国の資源の割譲です。カインズ国と共闘することにしました。我々は、王と話し合いをしにきたのです」

 力づくでの話し合いか。

 縛られたままの王は、狼狽えてはいないものの生気はない。さっきから顔が青白いのだ。何度も命の危機に瀕しているからだろうが、クレオンスの鎖で縛られている内は安全だ。

「そうでしたか。では、ご自由にお話をどうぞ。私には関係のないことのようです」


 立ち上がると、ハウウエスト国の騎士の一人から攻撃を受けたため、お爺様の魔道具が反応をした。

 その騎士の持っていた魔道具は壊れ、自動の攻撃により血を吐いて倒れた。守護をしてくれるだけだと思っていたが、違ったらしい。お爺様には感謝しかない。


「もしかして、私と戦う気なのですか? 関係ないから立ち去ろうとしているというのに?」

 困ったなと首を傾げる。

「カインズ国の魔道具が壊れるとは……」

 ボンズの指示で、騎士の一人が倒れた騎士を抱えて下がった。

「あなた方に回されたのは、二級品では?」

「…………」

「カインズ国は、ハウウエスト国と奪った資源を分ける気はないのではないですか?」

「……なるほど。あなたがどういう方かよく分かりました。カインズ国と離間させたいようですが、そうはいきません! あの者は殺しておきましょう! 攻撃開始!」


 ハウウエスト国の精鋭の騎士達が攻撃の魔法陣を発動させるが、何というか、前置きが長いので、いくらラウルより描くのが遅い俺でも十分なわけで……。

 引き延ばした会話により、魔力も僅かながら戻り、それに伴い使える魔法陣もいくつか増えた。

 攻撃の魔法陣ではなく、反転の魔法陣で後方にいる敵後詰部隊の騎士達とアインテール国の王族や騎士、大臣達の位置を総入れ替えしてみた。魔法陣を極小化して後詰めの騎士達に飛ばしてから発動させるのだ。敵の騎士達の魔力を強奪して入れ替えるやや汚いやり方といえる。

 アーチェリーはそのままにしたので、入れ替えられた騎士達の練度によって生死が分かれることになりそうだ。


 パッと廊下を挟んで奥の部屋にいた後方の騎士達と入れ替わると、廊下で背を見せる騎士達に、ルファー達が間髪を入れずに切りかかった。反応が早い。

 しかし、どうして魔法ではないのだろうかと疑問に感じた。もしかして魔力がもうないのか。それとも温存しているのか。俺の魔力は今のでまた雀の涙ほどになってしまった。ここでの温存はやめて欲しいと、切実に思った。


 かなり長い攻撃の魔法陣を組んでいた騎士もいたようで、入れ替えられた騎士達は、守護の魔道具を持っていたのだろうが、壊れて攻撃にさらされたようだ。どんどん倒れていく。

 そこに魔法で追撃を加えるのを見てしまった。そうさせたのには、俺にも原因はあるのだが、ボンズはアーチェリーを殺す判断をしたということだ。込み上げるものがあって口元を押さえた。

 再び柱の陰に隠れて、落ち着くように息を吐き出し、深く吸う。

 柱を背にもう一度覗えば、どうやらアーチェリーは悲鳴を上げながらも伏せていたため攻撃を受けなかったようだ。

 身を低くするというのは大切なんだな。

 同士討ちというのは精神上きつい。

 精鋭たちもそうだったらしく、瓦礫が更に崩れ、舞い上がっていた噴煙が収まっていくにつれ、視界に飛び込んだ仲間の姿に呆然と佇んでいた。

 自分たちが仲間を殺したことに気づいたのか。こちらを振り返った時には、鬼のような顔をしていた。

 俺は出していた顔を素早く柱の陰に戻したが、何故か俺がやったとすぐに知られた。

 ボンズが騎士達に、「探し出して必ず殺しなさい!」と息巻いている。

 怖いが、探されるのはもっと怖い。体育祭の遊びとは違う。究極の鬼ごっこなど耐えられるわけがないのだ。

 鬼の数からいっても無駄に体力を消耗するだけだと、柱から顔を覗かせた。


「逃げていません。ここにいますが、私がやったという証拠はあるのですか?」


 確認せずに追撃したのは、そちらの落ち度だと思いながらも、その点には触れずに聞くと、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、また一斉攻撃の準備を始める。

 魔法や魔法陣を使える魔力はまだ戻っていない。お爺様の魔道具もなるべく温存だ。手入れに出し、ずっと大切にしてきた腕時計を投げつけ、相殺を図った。あの中には魔力含有量の多い貴重な記録石や吸収の鉱石がある。


 吸収の鉱石が先に取り込んだことで、上手くいったようだが、爆風がやって来て、貰った指輪がまた発動をした。

 少しは、向こうの魔力を減らせただろうか。猪突猛進タイプが多いようで助かったけれど、あと何回この指輪は助けてくれるのだろう。


 柱を背にして視線を切ると、近くにいるアジェリード王子に気がついた。目が合うと気まずい。逸らしたにも関わらず、視線を感じていた。諦めて話しかけることにしよう。今はこの危機の運命の共同体といえなくもない。


「先程の件は、アジェリード王子がやったということにしてください」

 すると、真顔で返された。

「そのことに何の意味があるのか」

「何のって……。怖いので、身代わりになってください。王子がやったことにして頂けるのなら、王子がこれまでにやった嫌がらせの中から一つだけ許すことにしましょう」

 交換条件だ。

 お互いに一つずつ要求を呑む。

 いい案だと思ったのだが、すぐに却下をされた。

「私がやったと言ったところで誰も信じまいぞ。魔法陣の描く速度が速すぎる」

 くそっ。バレたのはそういうことか。

「はぁ、そうですか。魔力は残っていますか?」

「いいや、先の攻防でほとんどない」


 魔力を貰おうと思ったが、これも駄目なようだ。

 そもそもアインテール国は、魔法陣推しなのだから王族は率先して極めるべきだろうに。この分ではもう戦えないか。となると、指揮を執れそうな人を頼っての戦略がいる。

 誰かいないかを見回す。第二王子も第一王子と変わらないだろう。王は選択肢にない。縛られたままの方がいい。

 騎士はどうか。騎士を探すと、後方で大臣達を守っていた。向こうが、こちらからの攻撃を警戒している内に移動をすることにした。




「ルファー殿。勝つための作戦はあるのですか?」


 移動をした途端、撃ち込まれる魔法が、お爺様の魔道具により反射されていくのを見ながら近寄って尋ねた。

 俺を盾に守護魔法陣を急いで描く大臣達も必至だ。だが、その速度は笑えるほどに遅く感じた。こんなものなんだな。

「一番の作戦は、ソルレイ様に戦っていただくことですが?」

 真剣な顔で言ってくるが、あの人数が相手では無理だと返す。大臣達もそんな非難がましい目で見ないで、知勇を奮って欲しい。

「それ以外の案を出してください。王の間にいるということは、出世されたのでしょう?」

 魔力ももうないし、第一、怖いから戦えないと言うと、ラウルツ様を残していただきたかったと不躾ながら本音を述べた。

「そう言いそうな者たちから弟を守るのは、兄である私の役目です。帰して正解でした」

 この国の貴族ではありませんと、負けじと言い返せば、残念そうな顔をする。

「では、時間稼ぎになりますな。カインズ国軍を退け、第2騎士団以下が戻るのを待ちます」

 あるいは、貴族達からの援軍待ちだという。出された案は運任せの頼りないものだった。

「ここにきて、来るかも分からない援軍頼りですか?」


 第1騎士団はもういないのかと聞くと、城の内外での警護となっているため、無事ならここに来るはずだと答えた。

 最初に転移させた時に倒れていた騎士の数はどれくらいだったろうか。数人ではなかった。けっこういたと思う。……来ないな。


「ソルレイ様」

「はい」

 真剣な顔で話しかける軍人に、思わず背を正す。

「正直に言いますと、この人数でよくもっているなと思っているところです」

 命のある方が不思議ですとの言葉に、周りを見渡すと、大臣以外だと騎士は、20人もいないくらいだ。

 それもそうかと納得をすれば、ルファーにも伝令に来た騎士達がいなければ、早々に詰んでいましたぞと言われた。

「…………」

 仕方がない。

 俺は魔道具をごそごそと服の中から取り出して握りしめる。

「クレバ!」

 すると、すぐに荒い息で、『ソルレイ様ですか!』と声が聞こえた。

 まだ戦闘中のようだ。激しい魔法の着弾する音が雑音として聞こえる。

「王の間にハウウエスト軍が来た。なぜか無関係な俺がターゲットにされているんだ。怖いから何とかして欲しい。転移するには、まだ魔力が回復してないんだ。回復すれば、俺だけなら転移できるけれど、大臣達に恨まれそうで……。一応、時間稼ぎをしている状態だ」

『そちらに向かっていますが、あと3時間はかかります! 先行部隊を向かわせ、城の周りの敵を片付けさせているところです!』

「ああ、そうなんだ。分かった。3時間なら何とかするよ」

『はい! 待っていてください! 必ず行きます!』

「うん」

 会話を終えると、ルファーにじっとりと見られていた。

「3時間で来てくれるそうです」

「聞いておりました。正門から王都までは何頭ものセルゴを乗り継いでも半日はかかりますぞ」

「そうでしょうね。でも、3時間だと本人は言っていましたから3時間で来ると思いますよ」


 クレバは忠犬気質だからな。

 たぶん助けに来ようと早めに動いてくれていたのだろう。

 俺達が王や王子に殺されると思ったのかもしれない。

 3時間耐えればいいという目途がつき、ほっとした。他の手も一応は打ってはある。


 それにしても、ボンズは馬鹿の一つ覚えだな。騎士達による魔法の一斉攻撃ばかりだ。的は俺に絞られているため、却って面倒なことにはなっていない点は、こちらに都合がいい。


 そうか! あの攻撃を反転させて返せばいいんだ。


「魔力は余っていますか?」

「今にも倒れそうなのを気力で持たせています」

 言われてみれば、顔色が悪い。そこまで気が回らなかった。それなら打てる手がもう一つある。

「限界だったのですね。回復するために寝てもらえますか。その間は守ります」

「しょ、正気か!? このような敵軍のいる中で眠るなどと!」

 敬語が飛んだルファーにこちらも同じように返す。

「正気だよ。ここにいる騎士を全員、強制的に気絶させて眠らせるか。最後に魔法陣を描かせて魔力切れで眠らせるか選べ」

 暴力的なことはやりたくないから気絶させる場合は、腹を殴ってくれ。そう言うと唖然とした顔をする。

 俺の魔道具を頼りに……。いや、俺を盾にするように、後方から魔法を打ち込んでいた伝令で来ていた騎士達もルファーに申し出た。

「どうせ死ぬのなら最後に打ち込んでからがいいですね」

 覚悟はできているという。

 王の間で護衛についていた騎士達にも拡大攻撃の魔法陣を使わせよう。

「向こうが一斉攻撃してきたらその動力を利用して返します。魔力の節約ですね。その魔法陣と拡大攻撃の魔法陣を教えます。一つの魔法陣ですが、その中に入っている複数の魔法陣に各騎士が魔力を込め合います。それだけで相殺は難しくなります。もし、それでも魔力が余っていたら、個人で魔法を放ってから倒れて下さい」


 どうせ倒れるのだから魔力は使い切ってもらう方がいい。指輪に煌めく青い魔導石を床に擦りつけるようにして、複合魔法陣を床に描いていく。

 ルファーは渋々了承を示し、声を上げた。

「やるからには成功させるぞ! 出し惜しみはするな!」

 向こうの攻撃魔法陣が部屋に放たれたのに合わせて、こちら側も発動をさせるべく動く。

 騎士達の魔力を合わせ、向こうの魔力を還流させ、指輪にも魔力を出してもらう。

 そうしてようやく成功する魔法陣だ。

「大臣達には、倒れた騎士達を守ってもらいます」

 補助魔法陣に反射魔法があると反射の力を利用してこちらの攻撃も放つことができ、とてもエネルギー効率がいい。

 膨大に膨れ上がった魔力は、魔力を食う魔法陣へと自然と流れていき、還流後、敵へと向かっていく。

 バタバタと倒れ始める騎士が出始めた。大臣たちに受け止めさせ、寝かせるよう指示を出す。


 何度も魔法にさらされていたため、敵のいた部屋も廊下も、騎士達が気を失う前に放った攻撃により呆気なく崩れ落ちた。

 元々の階層より遥か下まで崩れたようだ。

 支えを失った上階までもが、そこへ吸い込まれるように落ちていく。

 まるで全てを飲み込むブラックホールかのように見えた。

 外からは、城の途中から半分がない、バランスの悪い城になっていそうだ。


 とにかくこれで終わった。

 誰かが来てくれるのをゆっくり待とう。

 精神てきな疲労が噴き出し、ずるずると座り込むと、自然と瞼が落ちてくる。眠りたいわけではない。人を殺めたことによる感情の整理が必要だった。

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