世界を巻き込む折衷案
「ソウル。終わったし、帰ろうよ」
ラウルのその言葉に紅茶を飲み干し、茶器を置く。
大臣達が丁寧に『お待ちください』と言っても首を振り、もうアインテール国の貴族ではないので待つ理由はないと断った。
「王様は約束を守り、ノエルの首を落とさないことを約束してください。それから、僭越ながら、カインズ国との和平を成していない中、ディハール国と戦争をしても益はありませんよ。領地を割譲して外交で話をつけられてはいかがですか。それから、戦争で亡くなった国民と騎士や兵士に心からの哀悼を捧げます」
ラウルと共にその場で跪き、揃って哀悼を捧げた。
立ち上がって、ノエルを見てもやっぱりいつものノエルで、そこに怖さはなかった。
「ノエル。昔、第1騎士団は襲ってきたけれど、他の関係なかった騎士団長からは、他国で会った時に、丁重に謝罪を受けた。お爺様の墓前に花を捧ぐという言葉ももらっているんだ。クレバも来て、そうしてくれたよ。王と話がついたら軍を退かせてくれないか。どちらの傷つくところも見たくないんだ」
戦争は恨みの連鎖になる、との言に頷いて応じる様相に、拘束を解かれた人達も安堵の息を吐いていた。
「いいだろう。そもそも、アインテール国内に騎士団は入れていない。門前にカインズ国軍がいたので、掃討して南に駐留させている。入国したのは俺一人だ。アインテールの国民を傷つけるつもりは最初からなかった。この国の民は穏やかな気質で気に入っているからな」
「そうだったのか。……って…え? カインズ国軍が来ているのか?」
「ああ。アインテール国内にも随分と入っているぞ。ここに来るまでに会ったものは片づけておいてやった」
かなりの数だったことを踏まえると、全軍打って出ているのだろうと言う。
「「!?」」
「ノエル、それは先に教えてよ」
遊びの約束をしている場合でもないが、ここにいる場合でもない。
弱った。ここにいて、知らないふりをするというのも心苦しい。
「それはソルレイ達の思い込みだ」
「ノンだって、バイキングに行くことに賛成していたじゃない」
「ああ。行ってもいいと思った」
「えー?」
「ふぅ、参ったな」
「先生達から手紙をもらってもどうしても知るのが遅れちゃうもんね」
「そうだな。タイムラグはどうしようもない。クレバは優秀なのに、カインズ国軍が国内に入っているのか。相手が一枚上手なのかな。……仕方がない」
「手伝うの?」
「アレクが学生の時に、一度だけでもいいので助けに来てくださいと言ったんだ。もうここに来ているし、国外に追い出すか。ラウルも手伝ってくれるか? ノエルは強制だ。グルバーグ領の領地の割譲なんて交渉で成功させるには、恩を売るしかないよ」
「王を拘束しているのにか? そこの馬鹿をグルバーグ家の跡継ぎにして、カインズ国軍の魔道具で国内を戦火にした愚王だぞ。次の王位につくのは、死刑を先延ばしにして匿い続けた無能な王子だ。結果として、二度目の侵攻を許した。このままでは、アインテール国は終わる」
「こらこら! 思っていても言わない! 心にしまって!」
「そうだよ、ノン! それを言うと交渉できないよ!」
本当のことだから言ってもいいなんてことはないからな。
「国内から追い出す魔法陣は……転移魔法陣ではなく、反転の魔法陣を主軸にしよう。リバース系だ。カインズ国の攻撃魔道具を持っている者を、作った者のところへ戻らせる。他のカインズ国軍は、正門付近の国外に強制退去させよう」
「うん。人数を減らしてからの国外退去にしないと魔力が持たないよ。そっちは転移でしょ。魔道具持ちは、魔道具の魔力が使われるように設定してみようよ。細かいところは、僕に任せて。調整の魔法陣を本陣につけ加えるよ」
補助魔法陣を本陣に組み込むのは、描く時間の短縮と発動の時間が速くなるもののややこしい。ラウルに任せよう。
「了解。ラウルの方が適任だ」
「ふむ。オリジナルをこの場で作るのだな。面白そうだ」
「じゃあ、手伝ってね。ノンは補助魔法陣にして。本陣は、僕がやるから。ソウルは、動力炉の魔法陣をお願い」
「分かった」
さすがに、ワジェリフ国から転移してやるには魔力が厳しい。
とはいえ、仲の良かった友人の頼みだ。
アインテールには、恩師である魔道士学校の先生方や教会関係者、世話になった人たちも友人たちも沢山いる。特級と 一級鉱石を補助動力源にして一人残らず確実に国外退去させる。
「退去さえさせれば、あとはクレバがなんとかしてくれるだろう」
「いつの間に仲が良くなったんだ? 嫌っていただろう」
「クレバのお父さんが、お店のパティシエに応募してくれてからかな。学生時代のことは、誤解していたことが多かったんだ」
「後で聞かせてくれ」
「ん? 後?」
「ノン。まさかとは思うけど、この状況でバイキングに行こうとしていない? 早くアインテール国から出ないと危ないよ」
「まだ交渉を取りまとめていないのでな」
「僕たちは帰るからね!」
話しながら魔法陣をそれぞれが描き、見比べる。
お互いに、ここはこうだよな?と話しながら完成をさせ、魔導石と共に魔力を叩きこんだ。
作成に5分もかかっていないと思うが、予想より人数が多かったらしい。特級の魔導石も一級も砕けた。それでももったいないと特級は追加はせずに、一級と自分の魔力を使ったら、思った以上に魔力をとられた。
視界が揺れ、身体がふらりと傾きそうになり、慌てて足を踏ん張った。
「ソウル!?」
「ソルレイ? どうした?」
「ああ、大丈夫。魔力を大目に出したんだ。俺が得意なのは守護系だよ。攻撃の魔法陣は怖くて、人相手には使えないんだ。ここで魔力を温存する意味もないからな」
魔力酔い一歩手前だ。
「相変わらずか」
「ソウルはそれでいいんだよ。何かの時は、僕とエルクが戦えばいいんだからね」
二人がエスコートをするように席に座らせた。
「ごめん、ありがとう。アレクから言われたのが、“戦ってください”なら断ったんだけど“一度だけでもいいから助けに来てください”だったからな。早く帰りたいところだけど、少しだけ休むよ」
「うん」
「ああ。座っていろ」
テーブルに突っ伏し、組んだ腕に頭を乗せて横向きになったところで、アーチェリーが時計を投げつける瞬間が見えた。
「え? ぐぁぁあぁー!」
断末魔のような声が広い王の間に響いた。
痛みにうめいたのはアーチェリーだけで、右足が炭化していた。焼きすぎた肉のような匂いに、ますます気分が悪くなった。
「ぎゃぁぁー。俺の足が! 足が!」
「やられる覚悟のない者は武力を行使するなと習わなかったのか。アインテール国の教育も無能のせいで地に落ちたか」
「ノンは辛口だね。子供ができたらアインテール魔道士学校にいれたいって言っていたんだよね。先生達に教えて欲しいけれど、人質になれとか言われて、もう嫌になってやめてしまうかもしれないよ。本当、迷惑なことしかしないよね」
「アーチェリー。今のはただの魔道具の反射だが、グルバーグ家の名前を使い、女性たちを脅して何人も襲ったらしいな。お爺様の血縁者を自称し、その名誉を傷つけたことは、一生許さないから覚えておけ」
お爺様に対しての言葉があったからか、王様が唐突に口を開いた。
「うむ。再び、グルバーグ家の姓を名乗れるように致そう」
「お断りします」
「なんだと!?」
そこは驚くところじゃない。
「今更なにを勝手なことを仰るのですか。既にフェルレイ侯爵家となっていますから必要ありません」
テーブルに突っ伏したまま、この上なく面倒そうに返してしまった。
でも、これが本音だ。幸せに暮らしている。
「あのね、王様。僕たちの親は、エルクシス・フェルレイだからね? もうグルバーグ家は断絶したんだよ。いい加減、気づいて。アインテール国の最後のグルバーグ家は、あなたが据えたアーチェリーだよ。僕たちは名前に興味なんかない。グルバーグの名前を残したいならアーチェリーだね。勝手にして」
「な!? 未練はないと言うのか!?」
アジェリード王子の言葉に揃って頷く。
「「お爺様の孫としての誇りを持ち、遺言通り“幸せに生きていく”と、誓ったんだよ」」
目を合わせて笑いあう。
王様と王子は、ぽかんとした表情をしていた。断るのは予想外だったのかもしれない。
いつか泣きつくとでも思っていたのだろうか。そんな選択肢は、初めからなかったのに。
「私がラインツの言を信じなかったばかりに、長く続いた名門家が終わるというのか。何か。何かあるはずだ。交渉の要となるものが……。まずは交渉材料として……」
王様は、ぶつぶつと恐ろしいことを呟いていた。仲のいい貴族家に圧力をかけると聞こえた気がして、引いた。
「りょ、領民はいかがする気だ?」
なぜだろう。アジェリード王子の方がマシに見えた。
「問題ありません。辺境には辺境の則があります。厳しい辺境でも領民は仲良く、たくましく生きていく。自分たちを枷にされることなど望みませんよ。生きる力のある辺境の民をなめないでいただきたいものです」
「皆、10年以上、アーチェリーが使えないって分かってても、それなりにやっていたはずだもんね。大丈夫だよ。皆たくましいからね」
「なんたる考えを持っているのだ。貴族らしく領民を守ろうという意識にかけているのではないか」
アジェリード王子がそう言うので、突っ伏していた体をわずかに起こし、鼻で笑う。
「私の髪は平民の血を表す黒色ですよ。体には、平民の血が流れています。銅貨で食べられるものも、一生懸命に働いて貯める銀貨一枚の重みも、あなた方よりよく分かっているつもりです。辺境で良い領主というのは、“守ってやろう。弱いおまえたちを貴族の私が”ではなく、“共にどうあれるかを考えよう”です。同じように領内を駆け回り、遊び、同じ楽しさを共有し、厳しい自然を前に苦労を分かち合う。そして、力を出し合う。それでも領内が苦しい時には、辺境の領主たちと相談をして、一丸となって互いに領民を守りあうのです。お爺様に守られていた辺境の領主たちは、グルバーグ家が断絶するとなった時、グルバーグ領の領民も守ってみせると言ってくれました」
「うん、うん」
ラウルがその通りだと、アジェリード王子に、調子いいこと言い過ぎだからねと嘲笑を返した。
「それにお言葉ですが、アジェリード王子が嫌がらせにどんな無能を寄越しても大丈夫なように、学生の頃にいくつかの手は打ちましたよ。ですが、王族派閥の中にもまともな人はいるらしく、領地の運営は傾いてはいないようです」
テーブルに突っ伏したまま話すみっともなさだったが、完全に体を起こし、椅子にもたれかかる。ここでは気が休まらない。
「まだ回復には足りない。フォルマの家でも訪ねて寝かせてもらおうかな」
「そうだね。そうする? フォルマお兄ちゃんなら“いいですよ”って言いそう。ついでにベリオールの様子も見て帰ればいいよ」
「明日、交渉をすればいいか。俺も行こう」
「ノンも来るの? 王や王子を拘束したとか、言ったら駄目だからね。泊めてもらう気なら黙っていないと駄目だよ」
「何も言わずに休ませてくれと言ってみるか。明日は初等科でバイキングを皆で食べるとしよう」
あ。フォルマが巻き込まれている。アレクもかな。バイキングに行く皆とは誰が含まれているのだろうか。
「……俺は回復したら帰りたいよ」
「僕もだよ。ノン、一人で食べに行って」
「ここで研究を続けられるように最後まで付き合ってくれ」
「「嘘でしょう」」
盛大なため息を吐く俺達に、ノエルは不敵な笑みを浮かべていた。
「グルバーグ領を手に入れたら、ラインツ様の屋敷を戻せ。俺も住むが、そんなことは些末な問題だ」
まさか…………。
これ以上は付き合えないよと、そう断ろうと思っていたのに、何も言えなくなった。瞳が勝手に潤んでいく。
「それが目的だったのか? 俺が手紙に書いたから?」
助けて欲しいなんて書かなかった。
ノエルの本音に本音で返した。幸せだけれど、先生方に気苦労をかけているのが心苦しい。本当にそれだけだった。
今の生活に不満もない。心配ごとはそれだけ。
お爺様の屋敷は、ラウルに継がせたい。屋敷はどこにあってもいいけれど、ラウルはグルバーグ領が好きだったから。
ノエルの懐かしむ手紙に、しまっていた本音をつい書いてしまった。
「俺が研究するついでだ」
「大きな”ついで“だなあ」
目から涙が零れ落ちないように高い石天井を見上げた。
「なに? ソウルは何を書いたの?」
「いつか、いつか……おじい様の本当の屋敷をアインテール国に戻す日が来たならば、その時は、遊びに来て欲しいって書いたよ。夢物語だけれど、と。……はぁ。ノエル。ありがとう。でも、こんな無茶をする必要なんてなかったんだ」
その気持ちだけで十分だった。
学生の頃のように、守ろうとしてくれたのか。
「ありがとう」
深い謝意を述べた。小さい声はちゃんと届いて、「ああ」といつもの抑揚のない返事だった。
「ソウルは戦えないから? それで国を手に入れて、自分が王になるから僕たちに安心して戻れって言うつもりだったの? なんだかノンに格好をつけられちゃったね。でも、これはかなり悶々とするよ。だって、最後にそう言うんじゃなくて、思い切り僕たちにも途中参加させてるじゃない」
頬を膨らませ、大きく開けた口に菓子を入れる。とても貴族のやるふるまいではない。更に膨らんだラウルの頬を撫でた。もぐもぐと頬が動く。
「カインズ国みたいに国内には攻め入ってはないみたいだけど……。ソウル、なんとかできるの?」
食べながら話す姿は、平民そのものだが、誰も注意をせずに、同じように菓子に手を伸ばす。
「やっぱりそこに帰結するのか……。ラウル、ノエルは王をやるつもりはないよ。それは、義弟予定のラピスに押し付けて、グルバーグ領で自然を愛でながらの研究がしたいんだ。困ったな。まるで学生の頃に戻ったようだ。さて、この難題をどうしようか」
「アジェリードの王位を約束するならば、交渉に応じてやろう」
縛られたままでよく尊大な態度がとれるな。冷えた空気が凍る前に、『集中したいので黙っていてください』と伝え、考える。
足が炭化したアーチェリーが上げていた声も『うるさいから静かにしてよ。邪魔だよ』と、ラウルが魔法を使った。
「ノエル。この際、王族は無視しよう。カインズ国軍は、追い出したし、俺とラウルがアインテール国の貴族達に協力をとりつける。ディハール国軍は、国内に入っていないのだろう? 俺とラウルが戻りたくなって、ノエルに協力を仰いだと言うよ。それでもディハール国軍を動かした以上、ディハール国にも見返りはいる。王は何を求めて軍を預けたか知っているのか?」
「そこの愚王に渡すつもりだったのだがな。これが書簡だ」
あっさりと渡されてしまったので、座ったまま、拝謁致しますと頭を下げて受け取り、テーブルに書簡を広げた。
「貴様たち! 王の書簡を王以外に渡すなどと!」
「さっき渡そうとしたら、拒否をしたのはそこの王だ。そしておまえは、王ですらない」
アジェリード王子の言を一蹴していた。
まあ、いいか。
「妥協点があるといいのだけどな……」
「うん、そうだよね」
テーブルに広げた書簡に目を通していく。大臣達も何も言わずに見ていたが、王は遅ばせながら気になったらしい。
「宰相、その方も目を通せ。本来であるならば、鎖を外されている大臣達の職務であるぞ」
「ここにいる全員に隔絶を使えば何をどうするのか全くつかめなくなりますよ。自分がどうすべきかは、ご自身で考えるべきです」
牽制するような物言いをしたら、宰相は、諦めたように長い息を吐いた。
「あなた方に殺されても見させていただきます。この国が今日なくなろうとも。それまでは、私はこの国の宰相です」
そして、怖々と一歩ずつ近づいて来た。
特に攻撃をするつもりもない。立ったまま書簡がぎりぎり見えるところまで歩みを進め、そこで足を止めた。
目の端で誰もが、静かに見守っているのを捉えて、本格的に目を通す。
「この要求なら何とかなる。軍事協力やアインテールが長年、研鑽をしていた魔法陣や魔法についての相互、互恵だ。今は、アインテールが上でも、ディハールが上回る未来もあると思う。互いに刺激を受け合い、魔法や魔法陣も新たな段階に入る。国の技術の流出に煩く言う貴族もいるかもしれないけれど、ノエルの研究している回復の魔法陣を一番初めにアインテール国に還元すると言えば黙るはずだ。……こっちのディハール国にもアインテール国に負けない学校を作りたいため、ノウハウの供与って、これ。ノエルの進言じゃないのか?」
「王も王子も穏やかな方なのでな。争いは好まぬ。しかし、世界の情勢は不安定だ。そして、アヴェリアフ家は軍門一家だ。功績はいる」
嘘ばっかり。
軍に入るのをあんなに嫌がっていたじゃないか。
「研究を認めてくれるならアインテールを落としてみせよう、とでも言って、ガンツ殿を説得したのか?」
「ソルレイかラウルツが、マリエラと婚姻すればよかったのだがな」
「「それ。学生の頃に断ったやつだよ」」
一体いつの話をしているんだ。
「ノエル。お爺様は、世界中に友人がいて、楽しそうにいろんな話をしてくれたよ。内緒だと、他国の貴族たちと魔法陣を共に研究していたこともある。でも、これは、歴代のグルバーグ家の皆がそうだった。魔法士が、戦場に置かれ一発の魔法の行使のために死ぬ。だから、グルバーグ家は、魔法陣で守ることを考え、隠れて研究を始めた。これが、魔道士の始まりだ」
多くの魔法士を率いて戦場で失った悔恨から、代々、研究を引き継いできた。
「世界中の魔法士を守るために、魔法陣は生まれた。魔法士も騎士も戦争の道具じゃない。だから、他国の魔法士に守護の魔法陣を開示することを厭わなかった。王家にはひた隠しにしたが、世界中の魔法士たちと魔法陣を共有し、その者たちも自国の王には、口を噤み、決してグルバーグ家の人間を売らなかった。皆、戦争は嫌だったんだ。お爺様も戦場に出るのは好きではなかった。敵でも人の死を見るたびに、傷ついていたんだ」
「なんだと。そのような話。ラインツは一度も……」
王様は、それっきり黙ってしまった。
「ふむ。初めて聞く話だ。世界中から敬意を集める偉大なるグルバーグ家らしい」
「ノエルもそうなればいい。アヴェリアフ家は、戦争で戦うだけの軍門一家ではなく、戦いで武勇を示しもするし、回復の魔法陣で戦場で傷ついた騎士達を救いもする。そうなればいいんだ。騎士家に生まれた人間が騎士向きかって違う気がする。グルバーグ家も魔道士学校は出るけど、一生植物を愛でる人もいたみたいだよ」
詳しい植物の生長記録をつけることこそが、私の日課で唯一の楽しみだ、とそういう日記もあるのだ。
「学校も問題ないよ。カインシー貴族学校はなくなったんだ。再建されても生徒を犠牲にする学校になんか誰も行きたがらないよ。穏やかなディハール国の王の元、開校されれば近隣国の貴族は通うはずだ。アインテールの魔道士学校では、受け入れられる貴族家の数にも限界がある。先生達は学びの質を落としたくないだろう」
アヴェリアフ家が生徒たちの安寧を守るのであればこれ以上、安心なことはないな。ついでに、平和条約に調印した国だけが、入学できるなどの和平に繋がる条件を全ての学校にとりつけられればいいのに。そう話すと、ノエルが声を上げて笑う。
「戦争嫌いの王や王子たちはソルレイの案を迎合するだろう。俺もな」
「僕も賛成だよ。全ての学校では無理かもしれないけれど、アインテール魔道士学校とディハール国に新たにできる学校では可能だと思うよ」
「ノエル、軍門一家だからと言って、戦場だけが働く場ではない、武功だけが功績ではないと示して欲しい」
迷うことなく、深く頷くノエルは立派だった。
「グルバーグ家はもう終わったんだ。再興をする必要はない。俺もラウルもアインテールを出る覚悟をあの時に決めたんだ。グルバーグ領は、王の手から解放されるだろう。この機にノエルの領とすればいい。ノエルがアインテール国に自領を持てばいいんだよ。そこに、お爺様の屋敷をおこう」
これでノエルの希望は叶うことを告げた。
「駄目だ。その屋敷にソルレイとラウルツがいないのでは及第点にもならない」
「それは、……情勢が許せばとしか言えない。……でも、そうだな。方法がないわけではないよ。もうグルバーグ家ではないけれど、俺とラウルがいることで、他国への抑止力とはなるかな。名義貸しではないけれど、“アインテール国にいるらしい”で済むのなら、世界中を飛び回っていても、拠点はアインテールだと言おう」
「僕もそれでいいよ」
他国の者たちは、アインテール国に帰属していると勝手に思い込むだろう。
「国にいいように使われるのはご免なんだ。戦場にも出ない。王の命も聞かない。社交界にも出ない。好き勝手に生きる、この要求が通ることが条件だけれど……」
「分かった。それでいい。アインテール国の貴族は力づくでも黙らせよう」
難しい要求を快諾され、ラウルと苦笑いを浮かべるしかなかった。ノエルは、やると決めたらやるのだ。穏便にすむように、もう少し頭を回さないといけない。




