ラインツ・グルバーグの遺したもの
「……ソルレイ。今いいか?」
『ん? ノエルなのか? どうかしたのか? 今、外なんだよ。聞こえ辛い。待って……いいよ』
「急にすまない。今、アインテール国にいてな。王と王子を捕らえたところだ」
『アハハハハ。ノエルも冗談がうまくなったな。研究に行き詰ったんだろう? 遊びに来るならプリンでも作ってあげるよ』
「遊びに行きたいのは山々なのだがな。今からアインテール国に来てくれないか」
『えぇ? 本当にアインテールにいるのか?』
『ソウル、どうしたの?』
『ノエルだよ。通話できる魔法陣を一度見ただけなのに覚えられてしまったみたいだ。遊ぼうと言うのだけれど、場所はアインテールがいいって言うんだよ』
どうせ泊まりに来た時にでも勝手に書斎に入ったんだよと、低い声が楽しそうに笑う。
『僕はいいよ。ノン、初等科のバイキングを食べに行こうよ』
「懐かしいな。そうするか」
『仕方がないな。誰か生徒に声をかけないと食べられないよ。待ち合わせは、ベリオールじゃなくてルベリオにしよう。お酒を使ったケーキを売っているんだ。美味しいから一度食べてみてくれないか』
感想を聞きたいなどと呑気な声がした。
「ジェラードを食べるからな。翌日に行くとしよう。待ち合わせだが、王都にしてくれ」
『王都?』
『え? さすがに王都は嫌だよ。ソウルどうする?』
『うーん。王都って灰になっているんじゃないのか。魔道具の砲弾が撃ち込まれたとか前に聞いたけれどな……』
「復興中のところも多いが、まだあるぞ」
『へえ。王や王子が嫌であまり行ったことがないよ。見回っている第1騎士団も嫌だしな。絶対に王都じゃないと駄目なのか? 初等科のローズガーデンにしよう。先生達にも顔を見せて久しぶりに話したい』
「いや、王都にしてくれ。今いるのが王都なのでな。迎えに来てくれ」
『ええ? 仕方ないな。分かった』
「転移魔法陣で飛べるのか?」
『ワジェリフ国にいるから魔力はかなりとられるけど、ラウルと二人だしいけるよ。逆探知魔法を補助魔法陣に組み込んで飛ぶと楽なんだ。あげた魔道具は持っているかな? それを頼りに場所を掴むよ』
「ああ。持っている」
『ノン、そっちで隔絶魔法を使ってね。範囲にある有機物も無機物も排除しておいてよ』
こっちでやるのは面倒で、どうしても余計な魔力を食うとこぼす。
転移魔法陣で人が飛ぶなどと聞くのも目にするのも初めてのことであり、アジェリードやレオナルドが懐疑的な目で私を見てくる。静かに首を横に振れば、眉根を寄せたままどちらも頷いた。
視線を戻せば、細かい範囲指定は終わったようだ。
「魔道具を隔絶魔法で囲んでおく。位置は正確に告げよう」
『『はーい』』
なんともまあ、軽いやりとりだ。
どうやら友人同士のようだが……何の説明もせずにここへ呼ぶ気か。
隔絶された空間の中に魔法陣が現れた。
魔法陣を先に飛ばしたということか? 隔絶された空間の中に? 魔道具を起点に魔法陣そのものを転移させる。そのようなことが可能なのか?
成功すれば魔道具の存在意義は増々高まる。魔道具と組み合わせることで魔法や魔法陣の更なる可能性が拓かれる。魔法陣の安全性の高さが、その理論が根底から覆されそうな予感に眩暈を覚えた。
隔絶された空間の中で初めて見る転移の魔法陣が発光をしていく。
一度で全ての魔法陣が発光する一般的な魔法陣とは違い、中央の魔法陣が最初に光り、光の回路が四方に伸び、間にある補助魔法陣が光っていく。
4つの魔法陣が本陣と同じ大きさであることにも驚いたが、その4つの魔法陣に補助魔法陣が8つつく。
ここまで大きな魔法陣は久しく見ていない。それこそ、ラインツが昔、見せてくれたような……。
あれは、守護魔法陣だったと幼い頃の記憶が蘇った。
魔力が強ければ強いほど、輝きは強くなる。遠い西の大国であるワジェリフから飛ぶなどと考えられぬが、憎らしいほどの魔力量だ。
透明なはずの魔力が視認できる。七色に輝く魔法陣の色はラインツの色だった。
記憶の中の幼いラインツが、大きな魔法陣の成功に凄いだろうと言わんばかりに私を振り返って笑った。
魔力の多さに耐えきれなかったのか魔法陣にヒビが入り、弾けると共に、パッと現れた二人は、慣れたように着地をした。
どちらもタイプは違うが目を引く容姿で、質のいい洗練された服を着ていた。
「ノエル、久しぶ……え!?」
「なにこれ? どういう状況なの?」
周囲を見回し、捕縛状態の我々を見て驚いている。
慌てているところを見るに、此度の戦争に同調していたわけではなさそうだ。
「アインテール国に宣戦布告をした。王と王子を捕縛したところだ。降伏には従っていないが、実質、勝利したといえる」
「え? 何を言って……。まさか本当に? 王様は影武者とかじゃないのか?」
みっともない態度を隠そうともせずにオロオロと慌てて、眉を下げている。
その振る舞いは、ラインツとは似ても似つかぬ姿だった。
「ディハール国とも戦争になっているなんて、誰からも聞いていなかったのに……」
「ソウル、落ち着いて。ノンは欲しいものを手に入れるために力尽くで国を落としたんだね? 僕たちは無関係だからね」
一人が腕をクロスして、巻き込もうたって駄目だよと大きな声を出す。
それは今のこの場で似つかわしくないものであり、大の大人のすることでもなかった。その様子に大臣達も、どのように声をかけようかと戸惑っていた。
「僕、新婚なんだよね。もう帰るからね。ソウルも帰ろうよ」
「そうだな。ノエル、悪いけれど手は貸せそうにないよ」
「ラウルツが結婚したことはソルレイより聞いている。おめでとう」
「ありがとう。披露宴は自粛したんだけど、することになったらちゃんと呼ぶからね」
「ノエルもラウルもその話は今度にして欲しい」
ここって王都の城じゃないのか? どういう事態なのか分からないし、分かりたくもないと言いつつ、とにかく今日は話せないと、転移魔法陣を再び描こうと床の石板をなぞる。
「王と賭けをした。ソルレイとラウルツが本物のラインツ様の孫であったなら、グルバーグ領と屋敷の一室を俺が手に入れる。本屋敷をアインテール国に戻して一緒に住めばいい」
「えー!? ノンは何を勝手に決めているの!?」
「ノエル……。ディハール国の王は、争いを好まない穏やかな人だろう。勝手に軍を連れてきたのか? あぁ、しかもこれは、クレオンスの鎖じゃないか。遊びに来た時に隠し部屋の中の魔法陣まで見たのか?」
「偶々だ」
「ノン!」
困惑しているほうが長兄のソルレイであるか。大臣や騎士達を見て、頭を片手で押さえた。
そして、騎士並みに体格がいいのが弟のラウルツだな。
「なんでまた鑑定をする話になったんだ?」
「今更だよ。国を出て幸せに暮らしているのに。僕たちに得なことが一つもないじゃない。誰得なの?」
「違ったら俺の首をはねていいと言ったのでな。二人とも鑑定は受けてくれ」
「「エエエー!?」」
悲鳴を上げるように叫んだ
『久しぶりに遊ぼうって話じゃなかったのか!』『ノンは研究のし過ぎで頭が疲れすぎだよ。これどうする気!?』と更に大声で叫ぶ。
「はぁ。ノエル、アインテールを出る前なら受けたかったけど、ラウルの言うとおり、もう幸せに暮らしているんだよ。春に細やかだけど、身内だけでラウルの結婚式もあげたんだ。今更、受けてもいいことが全くない」
カインズ国との戦争は終わっても、動乱の世だからまた違う国と戦争が始まって駆り出されそうだから嫌だと主張をした。
「僕も同じだよ。あの辺の人たちが余計な重荷を背負わせようとしてくる未来しか見えないよ」
私たちを指さして拒否をする。
なんたる不遜な態度だ。
「問題ない。王や王子は失脚だ。王族派閥は解体する。その辺の騎士達も王族諸共、連座でいい」
「「「「!」」」」
その言葉に部屋が凍り付く。
しかし、騎士達までとは情けない。
「怖い! 怖いって! 騎士が家に押しかけて来るよ!」
「そうだよ! まだ残っている王族派閥の人達も僕達を殺しに来るでしょ!」
この二人の反応を見るにやはり、はったりであると確証をもったアジェリードが高笑いをした。
「無様だな。ノエル・アヴェリアフ。その者たちはこの事態に慌てふためくだけだ。偽物はしょせんそのようなものだ。ラインツは対応を誤った」
その言葉がきっかけとなり、ソルレイの目つきが変わった。恨みのこもった目をアジェリードや私に向けた。真正面から見返せば、鼻で笑う。
「……あれが残念すぎる王子か」
そう呟き、目を閉じて深呼吸をすれば、先ほどの様子はもうない。何だこの変わり身の早さは。
隔絶の魔法陣を壊すように促すと、ペン型の魔道具を取り出し、先程とは違う魔法陣を床に描く。
丸いテーブルやでティールに凝った椅子を作り上げると腰かけた。
弟が空中に魔力で魔法陣を描いて手を突っ込むと、茶器が現れ、作ったテーブルの上に置き、紅茶を淹れだす。兄のソルレイが、同じように別の魔法陣に手を入れると菓子の缶を取り出し、並べ始めたではないか。
全員が、魔法陣で行われる行為の数々を唖然として見ていた。
これは書物で見る魔法陣の最高峰に位置づけられる空間領域魔法陣ではないのか。研究としての魔法陣は書物に載るが、実用などできるわけがない。
膨大な魔力を持っているグルバーグ家でもできるわけがないのだ。
人のいいラインツを騙し、孫を装うばかりか、才でも我らを馬鹿にするというのか。
頭を振り、新たな侵入者に声をかける。
「ここは王の間であるぞ! 無礼千万である!」
私が威厳を篭めた声をかけても聞く気はない様子で、こちらを一瞥することすらしなかった。このような恥辱を味わうとは。
「ノエル、座って話をしよう」
「ああ。ちょうど喉が渇いていたところだ」
さも、そうされるのが当たり前のように、アヴェリアフ家のノエルが席に着く。
いきなり侵入者三人での茶会が目の前で始まった。
「ノエルの首がかかっているのなら鑑定だけは受けるよ。急に日和見になって擦り寄るアインテール国の貴族家がいたら抑えて欲しい。あと、クレバが第2騎士団長なんだ。クレオンスの鎖の拘束は、俺ではないって言ってよ。でないと、国家転覆罪で第2騎士団以下の所属の騎士達にも追われる」
ソルレイがそう言えば、了承の意を示した。
「それから、王様、王子様方にも言っておきます。鑑定は受けますが、受けたいと言った時に断ったのはそちらです。例え結果がどうであれ、戦争に駆り出されるのも、アインテール国の貴族としての責務も負う気はございません。散々、あなた方の嫌がらせに耐えてきました。辺境領を守るために苦労をしましたからね」
こちらの返事も待たずにノエル・アヴェリアフに視線を戻す。交渉相手はその者だけだと言いたげな態度に声をあげるが、誰も見向きもしなかった。
縛られたまま大臣達が静観していることに、腹立たしい気持ちが湧きあがる。
「俺は、自然の多いグルバーグ領で研究を続けたいだけだからな。王や王子を失脚させた後は、ラピスとマリエラに投げようかと考えている」
「そんな理由で簡単に国を落とさないでくれ。なんて言っていいかも分からないよ。ラピスとマリーが嫌がったらやめてあげて。アインテール国にも優秀な貴族はたくさんいるんだ。ここで研究をしたかっただけで、国家運営に興味はないって言えば、誰か手を挙げるはずだよ。領地の割譲で引けばお互いに利があるはず。これ以上はよくない。こぶしを下ろして欲しい」
「うん、そうだよ。二人は婚約段階でしょ。ノンは、ちょっと強引すぎだね。ところで、鑑定ってどうやるの? ソウル、受けたら帰ろうよ。ここにいるのは怖すぎだよ」
周囲を見るでもなく、淹れたての紅茶を優雅に飲んでいる。どの口が言うのだ。
「まあ、そう言うな。鑑定を手伝いたいと申し出ている大臣たちがいる。鎖を解き、この場で鑑定をしよう。話を聞くところによると、王の与太話を鵜呑みにはしていなかったらしい」
「へえ。でも、ノンが怖くて言っているだけじゃない?」
肩を竦めて菓子に手を伸ばすラウルツに、こちらが、チョコ入りだと勧めているソルレイ。
王の間で行われる目の前の異様なやりとりに力が抜けそうになる。
「この際、どちらでもいいけれど、ラウルの言うとおり鑑定を受けたら帰るよ。先生達には会わない方がよさそうだ。会うと先生達まで追いかけ回されるだろう。これ以上、迷惑をかけたくない」
二人揃って、大臣達を見やると、『『ここで待っていたらいいですか?』』と普通に聞くので、大臣達も困惑しながら『この鎖を解いていただきたい』と言った。その鎖を二本の指に纏わせた風魔法で簡単に断ち切った。
「俺にしか解除できないと思っていたな。縛っている魔力と同じ魔力が必要だと思っていた。違ったか?」
「グルバーグ家の魔法陣なのだから俺とラウルには切れるよ」
「そうそう。見ただけでなんでも物にしたと思わないでよね。安易に使うのもやめてよ。お爺ちゃんに怒られちゃうよ」
まるで自分達は、ラインツから認められて使っているという言葉に込められた本物だと主張する卑しさが耳に障った。
こちらの気も知らずに。
ラインツ、許せよ。
このことがアインテール国中に流れるのだ。瞼を閉じ、亡き友に謝るのだった。
宰相が鑑定の魔道具を持って参りますと言えば、ノエルアヴェリアフが見張ると席を立った。
アーチェリーは、ルファーが連れてくることになった。ソルレイが『第1騎士団で知っているのはあなたくらいだ。悪いが連れてきて欲しい。ここにいる人たちに危害を加えることはしないと誓う。そちらも攻撃はしないで欲しい』と言い、ルファーが頷いて『分かりました』と返事をすると鎖を切った。
その間、ラウルツの、『アジェリード第一王子が庇うのはアーチェリーと恋仲だからではないか』という酷い妄想を聞く羽目になり、アジェリードが米神に青筋を立て、怒鳴った。
「そのようなわけがあるか! いいかげんにせよ!」
「予想なのにそんなに怒るの? 僕たちのことは勝手に偽物だって言って国にいられないようにしたのに。妄執的な愛で追い詰めるから、国を滅ぼしてでも逃げようって魔道具を使われたんじゃないの?」
行き過ぎた片想いでしょ。二つ目の説を話しだすと、アジェリードがとうとう切れた。
「ふざけるな!」
大臣達も、「さすがにそれはないかと思いますが……」と遠慮気味に言うのを、逆上したように言い返す。
「もう! 何人かに否定されたから違うかもしれないって言うのは薄々分かってるってば! たとえ話! だって死刑囚を匿うっておかしいでしょ! 他に何があるの!?」
異なる頭痛に苛まれる。耳に入れないように努める方が良さそうであるな。
「それは、我らも変だとは思っていましたが、グルバーグ家の断絶という――」
「僕たちはアインテールを出たから断絶したよ。辺境領の皆は、10年前に事の重大さが分かっていたのに、どうしてまだ分からないわけ?」
「それは鑑定を受け、結果が出てから言うのだな。ラインツの同情を引き取り入っても我らは騙せぬ」
「王様も残念な人だね」
声を上げて笑う不遜な態度とは裏腹に、その顔には何の感情もないように見えた。
「ラウル、そこまでにしようか。王様の言うとおり鑑定の結果が全てだ。鑑定を受ければ、アーチェリーがどうかというのも分かるよ。正直なところ、そちらの結果は知りたい。ただ、どんな結果でも俺の弟はラウルだけだ」
「アハハ、うん。分かっているよ」
程なくして鑑定の魔道具を持った宰相が戻り、ソルレイの出したテーブルの上に鑑定の魔道具を置く。
見た目は唯の小箱だが、材質は魔導石製で様々な魔導石を組み上げ、それ自体を魔法陣の形にして魔道具にしてある。原初の魔道具に近いものだ。それをじっと見つめていた。
無言に耐え兼ねた宰相が咳払いをして、空気を変える。
「手をここへ翳してください」
「一人ずつですか?」
「そ、うですね。では一人ずつ致しましょうか」
「ラウル、俺が先にやるよ」
「うん、分かった」
ここですかと言いながら手を翳す。
すると、部屋に虹色の魚が大群で現れた。一匹が先頭に躍り出ると、追随して流れ星のように群れで泳いでいく。
なんて魔力量だ……。
これは……。これでは、まるでラインツではないか。
「なんてことだ! このようなことがあるわけないぞ!!」
「「「?」」」
鑑定の魔道具を見たことがないのか、アジェリードの言葉に揃って困惑していた。
「これってどうなったらグルバーグ家だと分かるのですか?」
問いかけられた宰相は、唖然としており動けないでいた。私も同じ気持ちだ。
「懐かしい魚の姿だね。あそこで虹色の魚が見えるって言った時、見たいなって思っていたんだよ。本当に綺麗な虹色だね。じゃあ僕がやったら赤い魚かな」
「そうか。きっとそうだろうね。まだ虹色だとは思わなかったけれど、ラウルの魚も楽しみだよ」
俺も見たかったのだと口走るソルレイにラインツの面影もレイナの面影もない。それでも魔力は、グルバーグ家だと告げていた。
「貴様は本当にラインツの孫だったのか!? いや! それでもこの結果はありえぬ!」
「「…………」」
「はぁ。ノエル、どうやらさっきのでグルバーグ家だったことは分かったみたいだ。でも、結果を受け入れる気はないからただの鑑定損だよ」
「うん、そうだよね。分かっていたことだけど、どんな結果でも受け入れないよ?」
「受け入れようが、受け入れまいが、これが事実だ。この結果を以って、俺の首は落ちぬことが決まった」
「それは分かるけど……」
「まあ、それなら無駄じゃないって思うよ。それだけだね」
大きな茶菓子を口に乱暴に入れ、ガシガシと噛んでいた。
「待ってください、本当なのですか!? 私とて何の根拠もなしに偽物だと断罪していたわけではありません! レイナ様の伴侶の方は、青い髪の高貴な血の出です。お住まいは、ハウウエスト国の郊外都市セブロスです。ミオン・レディスクに送られた手紙には、結婚式の時の姿絵もございました!」
「「へえ」」
宰相が言い募る言葉を、無表情で聞く二人はなんの興味も持っておらず、ノエル・アヴェリアフも呆れた顔をして切り捨てた。
「言い訳など後でいい。先に鑑定の続きだ。アーチェリーが来る前にラウルツも手を翳せ」
「ここだよね? リセットとかしないでいいの?」
弟のラウルツが魔道具の仕掛けを探すものの、分からなかったようで兄のソルレイに魔道具を回す。
構造が知りたかったのか、分解する勢いで弄るのを宰相が慌てて止めに入る。それをラウルツが制して、兄の好きにさせていた。兄弟仲は良いようだ。この分だと、髪の色は違うが、本当の兄弟なのであろう。
であるなら、ソルレイの鑑定が出た時点で、結果は出たといえる。
私は一体どこで判断を誤ったのか。
起こってしまったこの事態をいかにして傷が浅くすることができるかの策を考えねばならない。
この石が要石になっていると楽しそうな声を上げるソルレイを見守るように見ていた者達が声をかけた。
「何か分かった?」
「何かあったか?」
同時に声をかけられると、『帰ったら作ってみたい』と弟に笑いかけ、『特にないようだけれど、このままでいいのですか?』
宰相に尋ねた。
「……はい。魔力はこちらに吸収されて、また上書きされますので、ここに手を翳してください」
宰相が抑え込まれて痛んだ身体を摩りながら力なく答えた。
「うん。ここだね」
そうして、赤黒く艶めいた大魚が一匹。悠々と泳ぎ、こちらをあざ笑うかのように尾で空気を叩いた。
その矛先は、私とアジェリードで、本人がどう思っているのかを如実に表していた。
逃げるわけにはいかぬ。
ぐっと腹に力を込めて見据えた。
だが、痛みはなかった。頬を流れていったのはそよ風で、何とも思っていないという嘲笑にすら感じた。我々のことなど歯牙にもかけぬ。
『高見から見下ろしているつもりか』
その言葉は発せられることなく、胸の中に落ちていった。
「……王よ。……我々は、騙されていたのかもしれません」
宰相が眉根を寄せ、苦々しげに言葉を発した。
「父上、ミオンはそのようなことをする者ではありません! 間違うことなく、レイナとは仲の良い親友同士でした!」
「分かっておる。しかし、鑑定の結果が出たことも確かだ。アーチェリーの鑑定も至急に行う必要がある。ボンズも拘束してここへ呼べ。直々に質す。私の鎖も解け!」
私がソルレイ達を見やれば、兄弟揃って、ノエル・アヴェリアフに顔を向けた。
「早く解かぬか!」
「何を言っている。今から行うのは、公正な鑑定だ。失脚した王は、ただの人でしかない。黙ってそこで見ていろ」
「ふざけたことを申すな! 私は王であるぞ! 首を落としてから物を言え!」
「生死の与奪は、勝者によって遇される。何度も言わせるな。黙ってそこで見ていろ」
「ぐぬぬ」
無意識に怨念の声が漏れ、歯が擂り合いぎりりと鈍い音を立てた。
重い空気の中、ルファーに拘束されてやって来たアーチェリーとソルレイとラウルツ、ノエルの視線が交じりあう。
「おまえらは……。ソルレイとラウルツだったか」
周囲を見て拘束されている私たちを見て笑い出す。
「お! カインズ国の勝利か! ようやくだな! 俺を解放しにきたんだな!」
「不遜なる者め」
「どこを見てそう思えるのだ」
騎士が口々に怨差を露わにした。第1騎士団がこれほどにアーチェリーに嫌悪しているとは思いもしなかったため、無意識に右眉が上がる。
ソルレイとラウルツは一言も発さず、かといって侮蔑の目もなく、静かな目をアーチェリーに向けていた。
ノエルは宰相を促し、宰相はルファーに、アーチェリーの手をここに置くようにと指示を与えた。
ルファーは手首を捻りあげ、鑑定の魔道具に乗せる。
「痛てえよ! なにをする! 俺はグルバーグ辺境伯家だぞ!」
つまらなさそうに見ているソルレイとラウルツからは何の感情も読み取れなかった。
「……何も現れませんね」
「資料によると、魔力は微弱だがあったはずです。どういうことでしょうか」
宰相とルファーが眉根を寄せたまま思案顔になったが、私も似たようなものだろう。
それもそのはずだ。魔力を持つものは全て、家系に準じたものが現れる。グルバーグ家は魔力を帯びた魚だ。たとえ小さくとも魔力があれば何かしらの姿は現れるはずだ。
皆が訝しんでいると、ソルレイが思いついたように口を開いた。
「魔力を計った魔道具を見ていないので何とも言えませんが、考えられる可能性でよければ。前に、魔力が微弱ながらあると鑑定した時のことを仔細に覚えている方はこの中にいらっしゃいますか。母の髪飾りや持ち物の一部を隠し持ったまま鑑定をしたら微弱になるかと思いますが、どうでしたか?」
「「「!」」」
魔力鑑定は極秘で行われた。
どうであったか記憶を辿るが、思い出せぬ。アジェリードも首を振り、宰相も私を見て謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ございません、記憶が定かではなく……。手に持ち物の所持はなかったように思います。ただ、服の中までは確認していなかったはずです」
「まあ、他にも魔力を持っていない人に対しての魔力譲渡の禁術もあるよね。戦争の時は、魔力を込めるお手伝いをしていたんでしょ。譲渡されたのを使い切ったとかは? 後継人が魔力を渡していたけれど、牢屋に入ってからは渡せていないとか」
「「あり得るな」」
「ボンズから魔力の譲渡など受けていない!」
喚くアーチェリーをよそに、この場にいる者達は皆、納得がいったようにラウルツの言葉を聞いていた。




