男同士の遊び
翌日ーー。
朝から行ってきて良いぞ? そうおじいさんに言われたので、朝ごはんを食べたらすぐに行くことにした。
昨日同様、ホテル前から送迎の馬車に乗って屋敷の前まで向かい、そこからはラウルと手をつなぎ、モルシエナとベンツに護衛されながら広い庭を歩いた。
馬車のまま入っていいと言われたのだが、俺もラウルも運動不足気味だ。花が咲き乱れる美しい庭だったこともあり、少し歩きたかった。
敷地内の門は全て開いていたので2つの門を通り抜ける。最初の門のところで『本邸に連絡を入れておきます』と門の警護についている人が言っていた。騎士ではなく私兵のようだった。だからだと思うのだが、アヴェリアフ家の屋敷前へ着くと、すぐにノエルが護衛を連れて玄関までやって来た。
「おはようございます。どこで遊びますか? 部屋か、それとも外で昆虫を捕まえますか?」
何か言いた気にじっと見られ首を傾げる。
「?」
変なこと言ったかな。まさか、外は日に焼けるとか言わないよな。
「今日は無礼講だと父上が言った」
おお、昨日より口数が増えてる。
人見知りだったのかな。
「無礼講ってなに?」
ラウルが聞くので、うーんと考える。お酒の席じゃないからな。
「敬語じゃなくてもいいのですか?」
ノエルに問うと頷く。
なるほど。
「ラウル。いつもの喋り方でいいんだって。今から言う言葉を直してみて?」
「うん」
「おはようございます。部屋で遊びますか? 外で昆虫を捕まえますか?」
「おはよう。お部屋で遊ぶ? 外で……ラウルはお外で捕まえたい! ノンも一緒に捕まえよう!大角がいい!!」
きょとんとするノエルがいて、後ろの護衛達も呆気に取られていた。
うん、途中から言葉を直すとかじゃなくなってたもんな。
「ん。じゃあノンも一緒に大角虫を捕まえに行こう」
さっさとノエルの手を掴むラウルを真ん中に、俺も手を繋いで大角虫がいる場所を探しに入ったばかりの玄関を出る。
この庭はあまりにも綺麗すぎて大角を見つけるのは難しそうだ。
そういえば、屋敷に来るまでに通った貴族街の街路樹は、ブナの木だったな。
気がそぞろになっていた護衛達が追いかけて来たので、車を出してくれるように頼んだ。
外に行くと思っていなかったノエルの護衛達が警戒を強めるのをよそに広場の街路樹の日陰を探す。
大角虫は、角で戦わせて遊ぶことができる、いわゆるカブトムシに似た虫なのだが、違いは大きさと主食がどんぐりであることだ。
大きいので木の幹ではなく、涼しい日陰で体を休めているのだが、休みながらどんぐりも食べたいので、たいていブナの木の周りの日陰にいる。
「あ。ラウルツ様ー、ここにいますよー」
「それはモルの!ラウルは自分で探す!」
「モルー、ちゃんと取っておいてねー!みんなで闘わせるから」
「おお!了解です!」
勝ち抜き戦と聞いたノエルも真剣に探し出す。
ラウルに強引に誘われても、嫌がらずに楽しそうにしているのでこれでいいようだ。
俺もこれなら勝てそうだと思う1匹を手に入れ、ラウルもこれ!と決めた。
悩みに悩んでいたノエルも決め、全く捕っていなかったノエルの護衛達にそこの大角虫を捕るように言い『え⁉』と上げる声を聞かなかったことにして、闘技場になる石を皆で並べた。
「ノン。あの石とってー」
「これか?」
「うん!ここにおいてー!」
ラウルは物怖じしないので、普通に話しかけノエルを顎で使う。
ノエルもノンと呼ばれようが、動かされようが全く気にしていない。ダニエルの言っていた“優しい人も多い”ということなのだろうか。
暑いのが苦手な大角のために、石で並べて作った円形の闘技場に水をかけて、石の熱を下げる。
準備は整ったので先に護衛達にくじを引いてもらい番号を決めての勝ち抜き戦だ。
「最初は護衛対決だ」
「お兄ちゃん、これ見なくても分かるよ。ノンの護衛の人、テキトーに選んでたもん」
「……確かに。大きさが違いすぎる」
ノエルから睨まれていた。
護衛の人が本業とは違うところで不興を買っているのを不憫に思う。
ダニエルから勝負事は花を持たせるようにと言われていたが、ノエルの護衛達は負けが確定だしな。もう気にしなくていいだろう。
「素早さがあればなんとかなるかもよ」
「うーん、分かった」
「見合って、見合って、よーし!行け!」
結果は瞬殺で。次も護衛対決なのだがやっぱりラウルの言った通り瞬殺だった。
その代わり、総当たり戦で全員が闘技場に出すと、俺対ベンツの戦いがすぐに始まりラウルの大角が護衛達をなぎ払う。ノエルとモルシエナが睨み合うという。こっちの闘いは凄まじく、一戦、一戦が興奮する内容だった。
護衛対決を先にしたため、一度多く戦っていたモルシエナが脱落すると、俺とベンツが共倒れのように場外に落ちて失格、ノエルとラウルは譲らない。
「わぁー頑張ってー!」
「おまえのポテンシャルを発揮しろ」
ノエルの応援の仕方がなんだか独特だが、負けたくないようだ。
その効果が出たのか、ラウルの大角が掬い上げに合う。
「ダメ!耐えてー!」
「そのまま場外だ」
「おお!耐えてる!」
「「「あ」」」
耐えていたのだが、場外まで運ばれボトッと落とされてしまった。
「お兄ちゃん、負けたー!敵を討てなかったー!」
ドンッと油断していたところにラウルが腹に突っ込んできてよろめいたが、受け止める。
「頑張った、頑張った。それに、俺がやられたのはベンだからノンじゃないよ。相討ちだしモルより後だったからな。優勝はノン、準優勝ラウル、3位は俺とベン」
ポンポンとしがみついたままの背を叩く。
「うん!ノン強かった!」
嬉しそうに笑い、ノエルもラウルの健闘を讃えた。
「ラウルも強かったぞ」
「うん!今度は勝つからね!」
「ああ」
二人とも楽しそうなので良かった。
「じゃあ餌やりだな」
疲れたであろう大角を日陰に戻して、ドングリをやる。
これが結構楽しかったりする。
ドングリを割り中身を取り出して食べるのだが、偶にドングリから虫が出てくると、何故かもの凄く吃驚して引っくり返るのだ。
一度引っくり返ると中々起き上がれないので戻してやる。
「餌をやるとこんなにもいろんな姿を見られるのか」
ぼそっと言われたので笑う。
「うん、体にあったものじゃないと死んじゃうけど、ドングリだって分かってるから大角はこれで大丈夫だよ」
「そうか」
3人でじっと食べるのを見てから家に戻って遊ぶことにした。
ノエルの持っている分厚い昆虫図鑑を皆で見て、どれが格好いいかで盛り上がっていると。昼を呼びに来た優しい目をしたメイドに『ご一緒に』と誘われ『いいのかな?』とラウルと目で話す。
ダニエルに教えてもらった乗り切り方の中に、食事を誘われた時のものはなかった。
ノエルからも『一緒に食べよう』と言われたので食べることになったのだが、食堂で妹のマリエラに会うと目を泳がせる。
ん? なんだ?




