やって来た使者 後編
これで時が稼げる。誰しもがそう思い、最善の策を打った。
この日の夜から使者への歓待が始まり、次代の王であるアジェリードがもてなすことで相手の油断を誘う。これは宰相も大臣も認めた計略の一環であった。
二日目の夜は、パーティーを開こうと食事の席でアジェリードは述べたらしい。
相手は、『では、城にて晩餐会を』と望んだという。
随分と態度の大きい使者だと第1騎士団の騎士より報告が上がった。
「次の王にとる態度ではございません。礼を失しています」
「最後に笑えばよいのだ。浮かれている間にこちらの準備は調う」
アジェリードの言葉は大国の王にふさわしいものであった。
「その通りだ」
騎士達は腑に落ちない顔をしながらも頷き、使者の言葉を報告した。晩餐会の前に王へ謁見をし、此度の宣戦布告について真意を話しておきたいと言ったと聞き、乾いた笑みが浮かんだ。
なんでも訳があるらしい。
宣戦布告をした側が、随分と都合のいい口上を述べるものだ。
「会う必要もあるまいが、何を述べるのか。興味はある」
「では、こう致しましょう」
宰相の提案で二日後の昼食を終えた午後、第1騎士団のルファー騎士団長を始め、多くの騎士を配備し、万全の状態で王の間で会うことにした。
大臣も全員並ばせ、カインズ国との戦争の影響は、この王都にはないことを威風堂々と態度で示し、身の程を分からせるのがよかろう。
大臣達も使者から少しでも情報を引き出します故、質問の機会をと言うので、了承をした。
「後で言った、言わぬとなっても困りますぞ。記録石で映像として残すべきです」
外交大臣の言に内政大臣や内務大臣、財務大臣たちも頷いた。
「私も賛成です」
宰相も交渉で話をつけるとことになった際に少しでも無礼な振る舞いは、相手国への攻撃材料になるため記録は欲しいと言うので、その方らに任せようと了承をした。
「アジェリード、記録に残る故、相手の挑発には乗るでないぞ。向こうから無礼な発言を引き出すくらいでよい」
「もちろんです。国中に見せるのはいかがですか。逃げて戦争に参加しない貴族達に映像を見せて発奮させるのです」
「ふむ。……皆の者、アジェリードの意見をどう思うか」
机上に集まり侵攻予測をしていた大臣達が地図上に置いていた駒を置き、手を止める。話を振った大臣達は礼を取り、順に意見を述べた。
「私は、却って逃げ出すのではないかと思います。ディハール国とも戦争かと。むしろ国を捨てるのではないでしょうか」
「私ならば王子の言うとおり、戦いに参戦しなければ領民を守れぬと判断致します」
「難しいですな。国中に見せるとなると、空に暗転魔法を行使することになります。敵にも見られますぞ。宜しいのですか?」
ライキス大臣の言葉に、大臣達は考え込む。
「カインズ国の騎士達に見られると勢いを盛り返すのではないですかな」
「いや、第2騎士団の伝令から7日とかからず国より追い出せそうだとの報告があった。こちらが確認に出した者ではないため確定ではないが、一息つけるはずだ」
「真であるなら大したものだ」
「優勢か。で、あるならば王が謁見する意味を見出すためにもディハール国の使者と会い、その後、戦況は優勢であると国民にしらしめるのはいかがですか。そうして貴族達に、参加した家には褒賞を与えると申せば、参加を見送った貴族たちはこぞって参加の意を示すはずです」
戦後に不遇を受けたくないと勝手に判断するという。
「ならばここは、国中に知らしめるとしよう。さすれば不参加の貴族達も動くであろう」
「では、拡大魔法陣にて記録石の映像を投影しましょう」
宰相の案に一人の大臣が、空への投影に待ったをかけた。空に気を取られると逃げるにも戦うにも危険だと言い、代替案を出した。
「主要都市を抱える領の見張り台に投影する形にすれば宜しいかと。いかがでしょうか」
「うむ。小さき領も隣の領にて見ればよい」
「軍の情報を管轄する第11騎士団と第12騎士団の者を配せ」
第1騎士団の騎士が伝令に軍部までいき、謁見は 二日後の昼とした。
二日後の昼。王の間。
左右には大臣や騎士がずらりと並ぶ。私の後ろにも騎士と宰相、息子たちが一列に並んだ。
使者が委縮して何も話せないなどとならぬとよいのだがな。
情報はとれるだけ欲しいと大臣達も申していたが、“カインズ国との戦況も優勢で間違いなし”朝方に確認も取れたことで、使者に配慮をする必要もなくなった。
今日は厳しい詰問の場に変わるだろう。
「これより貴族も含めた国民への放映を始めます」
内政大臣が言うので黙って頷く。
「ディハール国より謁見の使者が参られました」
「うむ」
後ろの扉が開き、ローブにフードを深々と被った使者がやってくる。
ローブは謁見の手前で脱ぐのが礼儀の為、中ほどまで歩み寄ると、そこでフードを下し、ローブを手に下げていた顔を上げた。
はっとするものが多い。
美しい面立ちをした者だ。
ディハール王の息子ではないな。だが、縁戚かと思うほど気品のある態度だった。
この美丈夫とは、どこかで会ったことがあるのではないか。どこで会ったか、と顎髭をさする。
記憶から探れないまま謁見の挨拶が始まり、ローブを手に持ったまま、真正面から近づいてくる。無礼にならぬ手前で膝を折り、名を名乗った。
「……お初にお目にかかる。私は、ディハール軍を率いているノエル・アヴェリアフだ」
「!?」
そうだ。あやつは確か―――。
「王に直接、宣戦布告に来た。アインテールは私が手に入れる。交渉に応じる気は毛頭ない」
強い目でそう言った次の瞬間、視界がオレンジに染まり体が固まって動かぬのに気づいた。
「ぐっ!貴様! 何をする!」
多くの者が声を上げ、大臣も騎士達も拘束されていた。
私は、自分が拘束されている鎖を信じられぬ面持ちで見た。
これは、クレオンスの鎖!?
「何故、グルバーグ家の伝家の宝刀である魔法陣を使える!? これは、長年継承されてきた秘匿されし拘束魔法陣であるぞ!」
捕らえられれば自分では解けぬ!
「誰か! すぐに参れ!」
使者が軍の総大将とは。ディハール国のアヴェリアフ侯爵家はあまりにも有名な軍門一家。ガンツは大男のため、息子が美丈夫だとは思わなかった。
「何故だと? 答えるのも馬鹿らしい質問だ。アインテール国に押し入ろうとしていたカインズ国軍の一部は片づけておいてやったぞ。この国は美しい。ご存命であった頃、ラインツ様も愛していると伺ったが、私もこの美しい自然が壊されるのは受け入れがたい」
「何を言っている!?」
私が声を上げても意に帰さず、大臣や騎士達を見回す。
「王や王子と話す気はない。アインテール魔道士学校に勤める……そうだな。ブーランジェシコかクラインか。クライがやはり適任か。ここへ呼べ。王や大臣、この場にいる騎士も全てが捕縛された。戦争はディハールの勝利といえる。だが、公証人は必要だ」
「ふざけるな!!」
拘束を解こうと騎士達が叫ぶ中、内政大臣が違う声のかけ方をした。
「ハイブベル伯爵家のクライン女史はすでに結婚しておられる。我が内政派閥に属しているのだ。私が代わりに聞こう。娘の年と同じ女性をこのような場には呼べぬ。恨みがあるなら私が受け止めよう」
すると、涼やかな顔を大臣に向けた。
「クラインに恨みか。初等科の頃の菓子を先に食べたことはもう時効だ。そういったことではない。ここに来たのは、美しい風景を手に入れるためだ」
「そのような理由は、到底、受け入れられませんな」
「それはそうだろうな」
そう言いつつ、異変に気づき、部屋に入って来た騎士を簡単に捕縛していく。グルバーグ家の魔力量で作られる鎖が、これほど容易く行使されるとは……。
「アインテール国の王と王子、それから、その体制を支え続けたおまえ達にも思うところはある。結果は変わらんが、謝りたいのであれば詫びるがいい」
「なんのことだ!」
「ここへ来たのは恨みではない、と。目的は資源ではないというのですか?」
宰相が拘束されたまま尋ねるとあっさり頷く。
「そうだ。この国で回復魔法陣の研究を重ねたいと思っている。世界中で命を縮めるポーションを使うことを終わらせたい」
「貴様は何を言っているのだ!?」
「ならばこのようなことをせずとも良いでしょう。ノエル殿の論文はアインテール国内でも高く評価されております。今ならまだ間に合います。拘束を解いていただきたい」
宰相に同調して大臣達も頷くが、目を鋭く細めた。
「いいや。こうしないと手に入らない。私が望む研究場所は、グルバーグ領のラインツ様の本屋敷だ。おまえたちが偽者だと言いがかりをつけ、追い出したソルレイとラウルツのいる屋敷での研究を望んでいる」
「「「「!?」」」」
その発言に時が止まった。
理由にしては、明らかに過剰な反応であった。ここまでする必要はない。
「そのために国を落とすなど、やり過ぎだとは思いませんか?」
「アインテールの王は、グルバーグ家の正当な後継者を追い出し、どこぞで拾った子供を当主に据えた。その者は、カインズ国とつながっておりアインテール国は火の海となった。そうしてまた国内は戦火に見舞われている。国民を大虐殺しても王子が庇っているため、死刑判決が出ても死刑にならず、長らく国民は殺害され続けている。何故、何事もなかったかのように王の座に座ろうとしている? 止めぬ臣下も無能だ。民の命はそれほどに軽いのか?」
個人的な理由で犯罪者を庇うために法を順守しないなど愚かだと勝手なことをのたまった。
「またあの者どもか」
アジェリードが深い溜め息とともに頭を振っている。私も同じ気分だった。
こうなっては致し方がない、か。
「……アインテール国が危機にさらされている故、真実を話そう。よく聞くがいい。グルバーグ家にて、ラインツが育てていたソルレイとラウルツは、元々、グルバーグ家の人間ではないのだ」
そう言うと、大臣達が目を見開いていた。
「王よ。そのような話は初めて聞きまするぞ」
「あの者たちは、他国の貴族の者だ。ただ、ラインツが殊の外気に入ってしまったのだ。私とラインツは初等科からの学友であった。私が困るといつも助けてくれた心優しいラインツが、他国の貴族家の子供を気に入り、家におくのだ。で、あるならば、アインテール国の貴族として受け入れようと腹を括った。しかし、ラインツの娘。レイナの子が見つかった。魔力は微弱だ。偽物が本物を上回り、優秀である。だが、いくら優秀でもグルバーグ家だと認めるわけにはいかぬ。高等学府を卒業したら王都へ呼び、違う仕事に就かせると宰相と決めておったのだ」
私が学生の頃、ラインツとは親友だった。
この関係は、私が王座につき、立場が変わっても決して変わらないと。そう思っていた。
口にすることはできなかったが、辺境領ではなく、王都にいてもらいたかった。王都に置かれた屋敷を引き払いたいと言った時に、もっと引き留めていれば、何かが変わったのだろうか。
私の命で、王都の屋敷は残せたが、ラインツは王都を去った。残されたのは、屋敷を管理する使用人が数名だけ。今はもぬけの殻だ。
「……優秀であるが故に、皆が信じて疑わぬ。鑑定を受けさせれば、偽と判定されるであろうが、ラインツのことを思うとそこまではさせられぬ。追い出したと貴族たちは騒ぐが、我々が追い出したのではない。アーチェリーを当主に据える方針を伝えたら出ていくという決断をしただけだ。卒業後は、王都で働くよう勧めたが、断り、引き取られた侯爵家へと移った。それだけのことだ。満足したか。さあ、拘束を解け」
睨み付けると、唖然とした顔を私に向けていた。
「一国の王がそのような妄想を口にするとはな。ソルレイが、鑑定を受けると何度言っても鑑定を拒否したのはお前たちだ。アーチェリーの鑑定をせずに当主に据えて、何を言っている。ラインツ様の孫が、微弱な魔力などあり得ない。貴族なら誰でも分かることだ。ソルレイの鑑定をやりたくなかったならば、せめて、拾ってきた子供の鑑定くらいはしろ。そうすれば、今の話も真実味が増す。ソルレイを何度も暗殺しようとしていたことやその者が、犯罪者であることについては、全く触れていないが、目撃者も多い。命惜しさにこの場で吐いた嘘にせよ恥を知れ」
何を言っても信じる気がないものに言っても同じことだ。
盛大なため息が出た。
「王よ。本当にアーチェリーはグルバーグ家の血筋なのですか。正直、私も信じられません。それに、グルバーグ兄弟の鑑定も国を出る前に受けさせるべきだと再三申し上げましたのに行われませんでしたが、本当に偽物だとお考えなのでしょうか」
長い付き合いの外務大臣にまで信じられぬと言われ、天を仰ぎたい気分であるな。
「いかにも。レイナはアインテール国を出てからも親友のミオンには手紙を送っていたのだ。伴侶になった平民の髪の色は青だ。レイナは金髪。黒髪のソルレイは生まれぬ。鑑定はラインツに配慮したものだ。どちらかを受けさせれば疑ったことが記録に残るのでな」
ラインツの不名誉になることはしたくなかった。ミオンもそう考えていたからアジェリードを通して、内密に報告をしてきたのだ。
「ともに受けさせれば宜しかったのでは? このままでは、どちらが真実なのか分かりませぬ」
「さようでございます、王よ。そういったことであったのならば、鑑定はどちらにも必要でしたぞ」
どちらの鑑定も行なってから、今後のことをカルムス·グレイシーも交えて、非公式に進めるべきだったと苦言を呈する。
「その方らであっても話す気はなかったのでな。今更ではあるが、アーチェリーは城の牢屋におる。鑑定をして気が済むならそうせよ」
許可を出すと、アヴェリアフ家の者は『そうするか』と高慢に頷く。
「話が聞きたいのであれば聞かせてやろう。これを解け」
「ふむ。ようやく話が進展したか。で、アーチェリーが偽者であったならどうする」
鋭い視線は、親譲りか。
「本物である。レイナの気に入っていたラインツが贈った髪飾りは本物であった。庇護をしていた者が持っていたものだ」
「物を持っていたら本物だと言いたいのか。手に入ればどうとでも言えるだろう。いい機会だ。ソルレイとラウルツ達も鑑定をさせたいところだ。連絡を入れるとしよう。お前たちを牢屋に入れる前に、先にアーチェリーの鑑定をしておく」
協力する気のある大臣がいるのなら、その者の鎖は解こうと言う。
大臣達が、ずっと気になっていたので、と何人も申し出る。
「おぬしたち。それほどに助かりたいのか」
「敵に与するなど、どうかしているぞ。冷静になれ!」
私やアジェリードは、アインテール国の貴族としての誇りを持てと自制を促した。
「そうではありません」
首を振って否定したのは、内政大臣だった。最近の関係は、希薄で諌める言が多い。歳をとったからだと大目に見ていた。
「王も王子もグルバーグ家を断絶させられないので、死刑を執行しない仰っておられましたね。アーチェリーは、グルバーグ家の名を残すために、義務的に子を成すのでしょうね。ここで真実がどうであったかを見届けることは、未来に遺恨を残さぬために必要なのです」
「老いても口だけは回るか」
「アインテール国の未来のために必要なことですからね」
「王が首を落とされたなら、その時は我々も後に続きます」
「私もその覚悟です」
その言に宰相は了承を示した。
「いいでしょう。結果は分かり切っていますが、鑑定の魔道具のあるところまで、私が案内をしましょう」
「いや、鑑定はここで行うのがいいだろう。真実は多くの人の目に触れてこそだ」
「王よ、よろしいですか?」
「そろそろ騎士団も来るであろう。グルバーグ家となると、多くの者にとっても関心事である。放映されてもいる。よき証拠となろう。ただし、アヴェリアフ侯爵家の者にも責を負ってもらう。本物であったなら、その方の首をもらうぞ」
睨みつけると肩をすくめる。
「ソルレイとラウルツは本物だ。アーチェリーが本物か偽物かに関心はない。その主張をしているのは王族だろう。ソルレイとラウルツが偽物であったならその時はこの首をやろう。本物であったなら、グルバーグ領はもらう。アインテール国は、ソルレイとラウルツに今後一切の手出しと干渉をするな。周囲への脅しも許さん」
「ふんっ。いいだろう」
返事をすると、契約書を取り出す。
「ディハール国の王の血判書だ。この戦争にアインテールは負けた。署名してもらおうか」
「拘束したとて、国が落ちたことにはならぬ! 私の首をはね、アジェリードと話をするのだな!」
「そうか。ならばこれは後で考えるとしよう」
室内に魔法陣を描きだす。
騎士達が拘束されたまま警戒をしているが、これは探知魔法に補助魔法陣がついているだけのものだ。またグルバーグ家オリジナルの魔法陣か。
描き上がったものは、やはり緊急時の通話の魔法陣だ。懐かしいものを見た。ラインツと私も秘匿回線で学生時代、よく話したものだ。魔力に反応して光輝く、懐かしい光景を見つめた。




