やって来た使者 前編
「カインズ国は、アインテール国を本気で落とすことに決めたようで落としたセインデル国を拠点に進軍してきております!」
「迎撃準備を致せ! 急ぐのだ! 国民は、新たに作った避難施設に誘導せよ!」
次々に入る一報に城で指示を出していくアジェリードを見て頷く。
カインズ国との戦争を乗り越え、王道を歩く時が来たようだ。この戦争が終わった後にアジェリードを王に据える。大勝を功績に王座に就けば、多くの貴族が納得するだろう。
指示も的確で、大臣達もその手腕を認め、頷いていた。
王の間で、地図を片手に、主戦場はアインテール国の西に引きずり込むよう第二騎士団長のクレバ・ハインツに命じた。
「……その任務。拝命致します代わりに、終われば辞任させていただきたく」
跪き、礼を取る騎士団長に、
「ならぬ!時と場合を考えよ!」と切って捨てる。
すると、私に鋭い視線を寄越した。
「王よ。では、この命は拝命いたしかねます。この場で辞任させていただきます」
頭を下げ、立つと踵を返す。私の横で第1騎士団のルファーが長い息を吐いた。憂慮していたのであれば、報告すればよいものを。怒ったアジェリードが、肩を掴んで止めた。
「待たぬか! 貴様、アインテール国の騎士として戦争中に逃げ出すなど! 恥ずかしいとは思わぬのか!」
「申し訳ありませんが、もう決めたことですので――――」
ふむ。王太子の制止を振り切るか。ならば鞭より飴がよかろう。
「アジェリード、待つのだ。ハインツ家は代々、騎士家であったな。此度のカインズ国に戦争で勝利した暁には褒賞を与えよう」
思った通り、足を止め振り返った。
「ならば、勝利後は辞意をお認め下さい。この戦争に逃げるために申しているのではなく、他にやりたいことができたため、騎士団を辞めたいのです」
その場で跪き敬意を示す。
アジェリードは眉根を寄せていたものの、私が頷くと、渋々頷いた。
「……では、カインズ国を沈めて参れ。さすればその望みを叶えよう」
「はっ!」
騎士らしい返事をして部屋を後にした。
「まったく。騎士は、最後まで国の礎になるものであるというのに。父上、私が王位に就きましたら軍は規律正しく、厳しく致します」
「戦時故な。臆す若い騎士も多く、まとめあげるのに苦労しておるのだろう。実力はあっても威厳が出るには、まだあの者自体も若い。騎士家には褒賞を与えれば、ある程度は解決する。今はこれでよいのだ。お前の時はお前の好きにするとよいがな」
「なるほど。分かりました」
きちんと学び、耳を傾ける。
アジェリードは、優秀である。次代もうまくいくであろう。そう確信をした。
大臣達も長机に置かれた地図に戦況が分かる石を置く姿を眺めれば、顔つきがようやくマシになってきたように思う。
カインズ国からではなく、セインデル国より始まった魔道具による遠隔攻撃は、王都の周囲に攻撃を受けた。
自領を傷つけられた大臣達も他人事ではなくなり、カインズ国を討つために本腰を入れ始めた。
アーチェリーの処遇に対し、私や王子を諌めていたが、なんてことはない。
自分たちの醜悪さにようやく気づいたようだ。自領を傷つけられて初めて、顔を歪め、本気で策を奏上する有様だ。
我ら、王族の忍耐や慈悲深さの上に貴族領は成り立ち、優秀な者が大臣職についているということを、もっと末端の貴族達一人一人が自覚してもらいたいものだ。
今は、カインズ国に対してのみ注力すべきだ。アインテール国の貴族達は団結せねばならぬ。この戦争が終わった暁には、アジェリードに粛清すべき貴族家を言っておかねばならぬ。
「王よ。第1騎士団も迎撃に出るべきかと」
第1騎士団をまとめている第1騎士団長代理のルファーが傅き、意見を述べた。
有事ゆえ、名指しされなくとも発言してよい許可を大臣以下の各組織の長には与えてある。
「ふむ。グルバーグ家において秘されていた広域守護魔法陣も見つかったではないか。一月もすれば、セインデル国におるカインズ国軍を討ち滅ぼしたと吉報が入るであろう」
アインテールは、攻め難いぞ。長年、大国であったからにはそれなりの理由がある。正門から王都までは僅かな傾斜が続き、魔法陣が描かれた門や見張り台も多く、各地にある。門で足を止め、見張り台から攻撃を行う。
「いえ、既にアインテール国の門前まで迫っていると先ほど報告がありましたぞ。第2騎士団長を王都に留め置いていたため、国内に入られるやもしれませぬ」
む? そのような報告を受けていたか?
「……父上、クレバ・ハインツは何度も、打って出るなら早くせねば間に合いませぬと申しておりました」
苦言を呈するように言うのは、次男のレルナルドだ。
「アジェリード。ルファーと共に出て参るか?」
「それもよいかもしれませぬ。指揮上げにはなりましょう」
「な!? お待ちください! 御身が危険になります」
「兄上、おやめください。父上も軽々しく戦場になどと……」
「こういうことも即位前には必要なのだ。ルファー、アジェリードを第1騎士団で守りつつ、功を上げて参れ」
「…………はっ。アジェリード様、後衛までの位置取りでお願いいたします。カインズ国の魔道具は、世界最速でございます」
「あい分かった。私とて遊びでないことなど百も承知だ。その方の指示に従おう」
「はっ!」
アジェリードの成長に目を細め、命を出した。
「では最低限の護衛を残し、第1騎士団。出陣してまいれ」
10日後。
アジェリードが、ルファーを伴い王の間に飛び込んできた。
「ただ今戻りました。火急につき、礼を欠きますことをお許しください」
「うむ。構いはせぬ。よう無事に戻った」
室内の人員をぐるりと見回すと、机上で軍図を広げる宰相に報告を行う。
「アインテール国の門前から撃ち込まれる魔道具の威力は凄まじかった。すでに国内にカインズ国の騎士団が入っているぞ!」
危機感を露わにしている。
自ら地図を広げている大臣の元へ行き、場所を指し示す。
「ここからここまでは火の海であったぞ! 避難は済んでいるのだろうな!」
「そちらは大丈夫です! 開戦前に避難誘導をさせておりました。こちらはいかがでしたか!?」
「くそ! そこはもう建物の残骸しかなかったぞ! 蹂躙された後だ!」
「こちらの予想より早い。……やはり広域の攻撃魔道具か」
「守られている王都ではなく、ここに早くから第2騎士団を展開できていれば……」
「もはやこの一帯は諦めるしかあるまい。それよりは、このバハムス領だ。商業都市で交易の要。ここがやられると、多くの国民が飢えることになるぞ。穀物庫もある」
「むぅ。しかし、肝心の穀倉地帯はここからここだ。守るならアルドクル領ではないか」
大臣達の言を聞くにどうも旗色が悪いように感じるが……。ここは一つ、指揮を高めておくか。
「大臣達よ。次代に影響せぬように智謀を奮え」
「そんなことは分かっております!」
「む!?」
何たる不遜な物言いか。
「ボニッシュ外務大臣、王に礼を失しておりますぞ」
内政大臣が、冷静に守備を固めていくべきでしょうなとボニッシュの肩に手を置くと、こちらに向き直る。
「……王よ、申し訳ございませぬ。攻撃を受けた領のことを想うと感情的になってしまいました。お許しください。引き続き、力を尽くす所存でございます」
正式な礼を取り頭を下げた。
呆れるが、大臣にも重責がかかっているのだ。大目に見ることにした。
「ここが冷静でなければ勝てるものも勝てなくなるぞ。その方らは優秀だ。必ず出来ると信じておる」
「父上の言うとおりだ。おまえの気持ちは分からないでもない。私もこの目で見るまで、あれほどに酷いとは思わなんだ。第2騎士団にここを守備させたことは間違いであった。しかし、ここから立て直さねばならぬ。お前たちの力が必要なのだ。智謀を奮ってくれ」
「「「「「「「「はっ」」」」」」
ふむ。アジェリードは王にふさわしい器になりつつある。良い傾向だ。この戦争の終結時には、国は大いにまとまるはずだ。
「第2騎士団長のクレバは、ここからここまでの被害を最小限にして、カインズ国軍を国内から押し返す策があると言っていたぞ。ルファーにはここからここまでを守ってもらいたいと申しておった」
「なぜそこを……守るならここでは?」
「いや、これは……なるほど。水源の確保でございます。よく戦場が見えているようですな。ならば……注力すべき場所は限られる」
「はい。では、第2騎士団の武勇と胆力を信じることに致しましょう。どちらかしか守れないのです。こちら側の穀倉地帯を守りましょう」
内務大臣と財務大臣の来年の食料への影響を考えた案を採択し、穀倉地帯と水源に守備を回し、攻撃する前線地帯は、そこから逸れるよう動いている第2騎士団に任せることに決定をしたようだ。
「こちらに戦える貴族を動員して一丸となって守りましょうぞ。王よ! 戦時特例の発令をお願いいたします!」
傅く内政大臣に鷹揚に頷き、許可を与える。
「これより!戦時特例の発令を許可する!」
全ての貴族が戦いに動員される戦時特例が発令された。これで足りない戦力を補い、状況は覆る。
しかし、実際はそう上手くはいかなかった。
敵軍に国に踏み込まれた時点で、貴族には逃げても良いとされる自衛権があり、戦時特例の発令に10日かかったことも影響をして、参加する貴族の数が芳しくないとの報告が上がったのだ。
そこへ追い打ちをかけるように最大の問題が勃発した。
「な!?その書簡は真の書簡なのか!?カインズ国の策ではなかろうな!?」
アジェリードが大声を上げ、大臣達が天を仰いだ。
かくいう私も王として動じてはならぬと分かってはいてもさすがに参った。
「はい、誠の書簡でございます。ディハール国から宣戦布告の書簡が届きました」
文官の報せに重い沈黙が部屋を覆った。
セインデル国、カインズ国との連戦で疲弊した我が国を簒奪する気か。
「王よ。いかがいたしますか」
「……いかがいたすとは何か策でもあるのか。ドモンスクよ」
幼い頃からの友人であった宰相を公式の場で名前で呼び、そのことに気づかぬほど焦燥していた。
私の顔をしっかり見返すと、大きく頷き、方法は 二つだという。
「一つ目は向こうの要求をできる限り呑むことです。これは降伏するということではございません。領地の割譲で話をつけるのです。外交大臣のミルチェ殿を主体に財務大臣のフォーヘンクス殿で草案をまとめてもらうのです。もう一つはカインズ国を早々に抑え、ディハール国をも打ち破ることです。ディハール国から遠征するには、カインズ国とセインデル国を必ず通ります。疲弊は必定。窮地を機会とし、逆に追い込む案です」
力強く返すその目には、まだ諦める時ではないという私への叱咤があった。
情けない顔をしてはならぬ。私は王だ。
「難しい判断であるな。ディハール軍の規模すら分からぬ。取るに足りぬ相手と交渉をするのは愚だ。書簡を届けに参った使者に、何故、戦争を仕掛けるのか問うてみるか」
「戦争を仕掛ける理由などアインテールの資源を狙ってに違いありません」
「で、あるか。どこも同じであるな。では、カインズ国との戦況はどうなのだ?」
すると、大臣達が、前線の状況が分かるにはあと一週間はかかるという。
「お言葉ですが、広大な領土を利用しての各個撃破は、地の利がある我が国が優勢のはずです」
第1騎士団のルファーの言葉に、大臣達も確証はありませんがと言葉を続けた。
「敵を引き込んだ地の領主達は、腕に覚えがある者達です。逃げていなければ、領民のために戦っていると思われます」
「ならば使者への回答は遅らせ、歓待しておけ。我が国は、貴国との交渉を望んでいると言って、引き延ばすのだ。その間に戦況を調べよ。優勢であるなら遠征で疲れたディハール軍とも戦うが、我が軍が疲弊しているならば外交で融和を図る」
「かしこまりました」
大臣達も、方針が定まり安堵の息を吐いた。




