レイナの秘密。残された設計図の断片と古代の魔道具
グリュッセンにある屋敷は、お爺様と過ごした屋敷だ。最初は子供部屋だったが、今は随分と様変わりをした。
入って最初にある部屋には、大きな作業テーブルが中央にあり、右側の壁に沿わせて作られた棚には、魔道具を作るのに必要な工具や魔導石。左には作った魔道具が置かれている。
魔道具ギルドで買った魔道具も置かれているが、自作した物も多い。魔導石を加工するための魔道具もここにある。
部屋にいながら研究ができるのだ。
こうして、夜更けに難題に挑むのは楽しい。
今テーブルの上にあるものは、カインズ国が今回の戦争で使用した魔道具だ。
もうこれ以上の協力はいいだろう。
そう思いつつも、クレバから貰ったカインズ国の魔道具を分解していた。義務感と趣味の実益を兼ねたものだったが、設計図を書き起こしている時に違和感を覚えた。
「どこかで見たような」
分解しながら書いた設計図を手にとる。
魔道具ギルドではない。こんなに石を入れると高価になる。買い手がつかない。貴族の誰かの持ち物だったか。
椅子に座ったまま、両手で掴んで眺めていた設計図を下し、作業台の魔道具を見やる。使われている魔導石や魔石の多い産出国から辿れるかもしれない。
「補助石がやたら多いんだよな」
ぽつりと言葉がついて出た。効果のよく分からない魔石まで余分に入れている理由は、魔力切れを気にしてだろうか。
それにしても多い。
作った人は心配性だったのかもしれないな。
そう思った時、この、魔道具を壊れにくくするための補助石を複数入れる作り方を見た記憶がよみがえった。
「ロクス!」
「はい、ここにおります。どうかされましたか」
「ソルレイ様、何かございましたか?」
大きな声で呼んだため、すぐにロクスとミーナが一緒にやって来た。ベルを鳴らすのを忘れていた。
「ごめん、大丈夫だよ。レイナ様の、母の残した魔道具の設計図を持って来てくれないか?」
子供の時に見つけたものは製本して、お爺様にプレゼントした。お爺様の書斎にあったはずだ。
「誰に会っても許可は俺に貰ったっていえばいいから。表紙が黄色の本だからすぐに分かる」
「かしこまりました」
「私はお茶をお持ち致しますわ」
「ありがとう」
俺は、自分の部屋の本棚から一冊の本を手に取った。
古代の魔道具という本だ。
古代の魔道具などと大仰なタイトルがついているが、この本は百年ほど前の本になる。
こういったものがあったかもしれないという架空の魔道具が載っている。
ただ、この本は売り出されるとすぐに回収され、禁書となったらしい。
架空の魔道具にしては、作り方が詳細で、生み出されるものはどれも危険な魔道具が多かったからだ。主に戦争に使える大量殺戮兵器に変わる魔道具だった。
当時の時代背景を鑑みると、納得できることも多い。どの国も国を大きくしようとしていた時期だ。
カインズ国の魔道具は、まるで、この本を元にして作られたような……。
考えついた答えに、知らず眉間にシワが寄った。参考に使われたのは、まだ本の最初の数ページのようだが、後ろのページは、存在自体が危険視されるものだ。
「戻りました」
ロクスのその声と共に扉の開く音で顔を上げた。そこにはロクスと執事長のアドリューがいた。
なんだかそれを見て、全てを察してしまった。
取り上げられていない、ロクスの手にある黄色の本にひとまず安心を得た。
「アドリューは呼んでいないよ」
「はい。本を探していたら、執事長がやって来て、一緒に部屋に行きたいと仰られて……」
調べ物をなさっていてお忙しいとお断りしたのですが、と訝しげな表情だ。
部屋に戻ってきたミーナもワゴンを押しながら怪訝そうにしていた。作業台ではなく、ソファー前のテーブルに置いていく。
いつも一緒にお茶を飲むため茶器は余分にあったが、俺の分だけを用意して部屋の隅に控えたのを見て立ち上がる。
「お爺様に、それを製本して渡しのは俺だよ」
ソファーに掛け直し、ロクスから本を受け取る。
「存じております」
「そのことで話をしたいということなのか? そうなると、最悪も想定した方がいいな」
「お話をお耳に入れて頂きたく。私はレイナ様がこの屋敷にいらっしゃる頃、仕えさせて頂いておりました。ソルレイ様とロクスやミーナと似たような関係でございます」
親しいといっても親愛だとつけ加える。
そんなことは疑っていない。
「アドリューのことは信用しているよ。この屋敷に母の部屋はない。俺もラウルも何も言わなかったけれど、違和感は常にあった。それに――――」
「どうかお人払いを」
黄色の表紙に視線を落とすと、核心に触れてしまったのか途中で遮られた。口では不敬を詫びるものの、悪いと思っていない真剣な目のアドリューを前に対応を悩む。
「私は、ソルレイ様のお側におります」
「私もですわ」
決める前に申し出てくれたロクスとミーナの言葉が嬉しかった。
だけど、きっと二人が知るのは、まずい手の話なのだろう。
俺の予想が当たっていれば、レイナの設計図の断片もまたカインズ国の魔道具と酷似しているはずだ。
お爺様のことを思うと苦しいな。
溜息を心の中で押し殺す。
「ミーナ、お茶をもう一つ頼む。それがすんだらロクスもミーナも席を外してくれ」
「ソルレイ様のお言葉でも聞きかねます」
「私も嫌ですわ。どうしてもと仰るなら隣の部屋でもかまいません。お側におります」
いや、ミーナ。隣は寝室だよ。
掃除もしてもらっているけれど、それは昼間の話だ。
「大丈夫だよ。アドリューに何かされたりしないよ。自作の魔道具だっていっぱい身につけているのだから万が一にもない」
安心してと笑ってみせると、二人がアドリューに何かしたら許しませんよと告げて睨み、部屋を出ていった。上司に向ける態度ではないため、苦笑いが浮かんでいた。
「今のは、大目に見て欲しい」
「ええ、分かっておりますとも」
「不信を買っていると思うから後で話せる範囲で話しておく」
「随分と仲が宜しくなられたのですね。ミーナとはそういう関係でございますか?」
何を言い出すのかと思えば。まずは世間話からか?
「それは執事長としての質問か? だったら違うと言っておく。アインテール国で2年、共に寮生活だった。皆を守るための資金が必要で、ベリオールで会計業務もしてもらった仲だからな」
「そうでございましたね」
苦楽を共にしたこともあるが、二人は俺のことを常に気にかけてくれていた。
今に始まったことではない。
「初等科で、レディスク家のミオン学長に襲われただろう」
「はい」
「その頃からずっと暗殺には気を張ってくれていたんだ。だから、高等科を卒業した時には一計を案じた」
向こうにその気がなかったのか。引っかからなかった。
「どのような一計でございますか」
眉根を寄せる顔を見ながら笑ってみせた。
「囮だよ。ただの囮」
護衛の付いている弟のラウルツとついていないソルレイ。
どちらを襲うかなど分かりきっていた。今ならカルムスもダニエルもいない。殺すなら今だ。そう考えると思っていたのに。
せっかく、ベンツを説き伏せたのにな。訳を話してグリュッセンに行ってもらうと話したら怒っていた。ベンツもまた俺の身を案じてくれていたのだ。
でも、結果は予想外で、全く襲われなかった。
寮に入ってからも割に一人でいる時間を作っていたのに何もなかった。研究室だって、人の少ない場所になったのに。
まあ、先生達が入り浸っていたからな。
こちらは、何とも言えないか。だんだん先生の知り合いや魔道具ギルドの人間も良い魔導石が手に入った時は訪ねてくるようになった。関係者以外が出入りしていることに教務課からは、嫌味を言われたが、無視をした。
研究者は、研究結果さえ出せばいいんだ。
「カルムス兄上やダニエル兄上に先にグリュッセンに行ってもらった意味がなかった」
「それで……。ソルレイ様には隠し事はできませんね」
エルクの存在を知らしめるためにフェルレイ家と名乗り、2年間の期限付きの機会だぞと示したものの空振りだったな。
今になると、炙り出すより、家に乗り込むくらいが丁度よかったのかもしれない。
罠を張りじっと待っていたが、アインテール国にいる期間を不自然に何度も伸ばすこともできない。先に時間切れとなってしまった。
「レディスク家との関係も話してもらう。第一王子のこともだ。調べたら、初等科は三人とも同じクラスだった。高等科に上がるまでは、第一王子は関係がないと思っていたから後手に回った」
「仲の良い三人でいらしたのですよ」
その目は、悲しい色を含んでいた。
ミーナがお茶を運んできて、テーブルに置いた。返事がなかったので、てっきり、用意をするのは嫌ですという意思表示かと思っていたのだが、内緒のお茶会をする時用のお揃いのカップを使うのが嫌だったらしい。アドリューに出されたのは、来客用のもので笑ってしまった。
「ありがとうございます。ミーナ。ソルレイ様とのお時間をいただきますよ」
「お話は、1時間にしてくださいませ。破ったら入りますわ」
「アハハ、うん、分かったよ。ありがとう、ミーナ」
「約束しますよ、ミーナ。破らないように、時計を置かせて頂きましょうか」
テーブルに置かれた懐中時計は年季の入った物だった。
その持ち主であるアドリューと共に時を刻み、レイナに仕えた時間が確かにある。
お爺様が亡くなった今、話を聞ける人間がいるのは貴重だった。
「俺に話したかったこととは?」
静かになった部屋ですぐに本題を尋ねた。
「ソルレイ様の勘違いについてでございます。そのカインズ国の魔道具を作ったのは、レイナ様ではございません」
強い目だ。主従の絆が深かったようだ。
「魔道具は、作る人間の癖が出るんだよ。これはレイナ様の癖だ」
「はい。それは否定致しません」
「謎解きをする時間はない。話せるのは1時間だ。違うと言うのであれば、誰が作った? 知っているのか?」
「それを作ったのは、レイナ様の結婚相手であるベルジット様でございます」
ベルジット……ああ、結婚相手か。
それなら有り得る、のか。いや、疑問がいくつかあるな。
「魔道具を作れたのか?」
「お二人は、魔道具がお好きで意気投合されました。他国の貴族学校に通っていらしたのです。カインズ国のカインシー貴族学校です」
「それなら、平民との駆け落ちではなかったということか?」
「ベルジット様は、嫡廃された王子でした。生まれは尊くとも平民と言えます。出身は、ハウウエスト国です」
「……ハウウエスト。アーチェリーの出身国だな。その国の王子だった?」
「さようでございます。ワジェリフ国より北のウェイストン国。その更に北の奥深い山を越えた先にある国がハウウエスト国でございます」
遠い国だ。アインテール国は東の大国だが、ハウウエスト国は、耳にしたことがなかった。
大国の目にも入らない国。そういうことなのだろう。
「小国でいいのかな? どこで出会ったのか気になるな」
「はい、見たことはございませんが、常に雪がふる厳しい気候だとか。出会いは、カインズ国でございます」
「ハウウエスト国なのにカインズ国で出会ったのか。パーティーとか?」
「嫡廃はされていたそうですが、カインシー貴族学校は、特別に入学を許可したようです。その頃、レイナ様も魔道具を極めたいとお考えでした。カインシー貴族学校へ通いたいと仰っていて、高等科の見学に行かれました。その時に偶然にもお会いしております。ですが、父上であるラインツ様の反対を受けまして、初等科、高等科共にアインテール魔道士学校に通われました」
アインテール魔道士学校の高等科に通いながら何度も編入したいと言っていたと聞く。
魔道具の勉強はアインテール国でもできる。きっと、その人のことが気になったのだろう。
「一目ぼれになるのかな?」
「そこまでは。ただ、見学を一緒にされました」
いつしか二人は手紙のやり取りを始めたが、お爺様は二人の淡い付き合いにも反対していたらしい。
それもなんだか意外だった。
お爺様は懐が大きい。
手紙のやり取りくらいならいいだろうとも思うけど、ノエルが、メイ先輩に出した手紙も封を切られずに帰ってくることがあると学生時代に言っていた。
手紙の返送は、相手方の迷惑を意味する返事代わりだ。
本人に届く前に、周囲の人間が勝手に返送するということも貴族社会ではある。
使用人にとっては、家の主の言葉は絶対だしな。
「今後、魔道具を作ってはならぬと厳しく言い渡されたレイナ様は、隠れてお作りになるようになり、魔道具が好きな者達と交流を始めました。……あれは、高等科の時でした。食事の席でベルジット様とお付き合いしたいと、はっきりラインツ様にお伺いを立てたのですが、『やめておきなさい』と、一言だけを頂戴して、レイナ様は部屋で泣いておられました」
それで駆け落ちになるのか。
説得できないなら二人で逃げようということか。
レイナの気持ちも分かるが、一人娘にそれをされたお爺様も辛かっただろうな。
「元王子は優遇されるのかな。 生活に困って、大変だったんじゃないか?」
「そうでございますね。ラインツ様は、何度かカインズ国に様子を見に行かれました。ですが、しばらくすると、家はもぬけの殻となり、消息が掴めなくなりました。連絡をとっていたのは、レイナ様の親友のミオン様だけでございます」
唖然とする俺に微笑んだ。
「お二人は親友同士なのです。初等科の事件は、ソルレイ様とラウルツ様の出自を疑問に思われての行動だと思われます。レイナ様のお子ではないとお気づきになられたのですよ」
「!?」
参ったな。初めから知っていたのか。
「行動ではなく、犯行だよ。殺す必要があるのか?」
「それは分かりませんが、レイナ様が亡くなられたので、自分の知っている真実を元に、正そうとお思いになられたのやもしれません」
許されることではありませんという言葉に溜息を吐く。
「ふぅ、アドリュー」
「存じております。ラインツ様がお認めになられたのです。どうこう致したいとも思っておりません。そのための人払いでございます」
俺やラウルがレイナ様の子供でないことは、随分と前から知っていたらしい。
もしかして、カルムス達も知っているのだろうか。
「それならいい。俺達はレイナ様の子ではないけれど、お爺様の孫だ。そういう約束をラルド国で交わした。お爺様は俺達を守ろうとしていたんだ。看病の話は本当だ。礼に孫にしようと言ってくれた。グルバーグ家を守る気持ちは、お爺様と共に俺たちの中にもあった」
俺にとっては過去形になるが、ラウルは今でもそう思っているだろう。皆に気を遣っているのは分かっている。
枕を持って『お爺ちゃんの部屋に突撃しようよ!』と言うのは、ラウルから言い出すことが多かった。
大好きなお爺ちゃんのいる家。あそこが自分たちのいるべき家だという想いは痛いほど分かっている。
「存じております。お二人ともご立派になられました。ラインツ様も明るく笑われるようになり、私も喜ばしく思っておりました。できれば、グルバーグ家を継いでいただきたかったのです。アーチェリーは、レイナ様のお子とは思えません」
話を聞いて、偽者だと決めつけていたのは誤りだったと思い直したばかりだった。
アドリューの意外な言葉につい声が大きくなる。
「アーチェリーは、ハウウエスト国から来たと聞いたけれどな。確か、ボンズがハウウエスト国の大貴族だよな」
「いいえ。アーチェリー様は違います。レイナ様の血が入っているようには感じられません」
「勘か?」
「当たっているはずですが、根拠は直感でございます」
「アハハ、そうか」
それは、まあ、なんという自信のある勘なのか。
思わず声に出して笑ってしまった。
「だけど、懸念していたのは、レイナ様がカインズ国に寄与してアインテール国を襲う魔道具を生み出したか否かだった。最初に言った通り、作り方の癖が出ている。これはレイナ様の設計で間違いない。参考にしたのはこの“古代の魔道具の本”だ。これも正解のはずだ」
証拠はない。俺の勘だと言った。
笑わずに神妙な顔で頷くのは、忠義の表れかもしれないが、そこは笑って欲しい。
空気が重くなってしまう。
「アドリューは、ベルジットがやったと思うわけだろう。その理由は? レイナ様ではないのなら、できる人間ということで消去法か?」
レイナに一番近い存在だったのならそうだろう。
「いいえ、できる者の可能性の話をするのであれば、私もそうですし、あの当時から屋敷で働いている者、全員がそうだと言えます」
アドリューは、言うべきか言わないべきか迷っている顔のまま、口を開いた。
「部屋でお泣きになられるレイナ様が不憫で、ラインツ様に、交際に反対される理由をお伺いにいきました。平民に堕ちたことを理由に、反対されているようには思えなかったのです」
「うん」
優しい人だったものな。
アドリューは、使用人の域を超えていると思いながらも止まらなかったのは、私も若かったのでしょうと微笑んでいた。
「思い切って尋ねたところ、『ベルジットは、危険な思想を持っている』と零されたのです」
「うーん、うん。そうか、お爺様が言うならそうなのかもしれないな」
本当のところは、既に亡くなっているから分からない。
だが、幸せだったならレイナも手紙の一つでも寄越せばいいと思う。
出て行って、しばらくしたら連絡がとれなくなり、音信不通だ。
お爺様なら探せた気がする。あえてそうしなかったのなら何かあったのかもしれない。
そして、その間にレイナは親友のミオン元学長には連絡をとるのだろう?
何か変じゃないか。
「第一王子は蚊帳の外のようだけれど、話はつながるのか?」
「いいえ。ミオン様経由で何か吹き込まれたのではないかと推測しております。でないと、子供探しにはならないかと思います」
「そうか」
『本当はレイナの子供じゃないのよ!』『な、なんだって!?』
もしかして、これくらいなのかな。だとしたら酷いシナリオだ。頭で思い浮かべたものを消し去るため、お茶請けの菓子に手を伸ばす。
俺とラウルは絶対に子供ではないという何かを知っていて、友達の中で一番偉い人間に相談でもしたらこうなった?
仲のいい親友とその友人か。友情からきていたと知っていれば……。
……許せるかと思ったが、許せないな。
レイナは、家を出ているのだからお爺様が俺達を子供にしても孫にしても関係ないはずだ。
自分の子供に継がせたいなら、里帰りしてお爺様には会わせただろう。
「王子がアーチェリーを見つけた時点で、こちらは終わりだと考えればいいか。襲ってこないのは、俺達がグルバーグ家を出て、目的を達成したからだな」
「ソルレイ様、アーチェリーが子供でなかったのならグルバーグ家は断絶致しますが、いかがされますか」
「いかがも何も。それを考えるのは王の役目だ。次の王はアジェリード王。その人が自分のしたことに責任を持てばいい」
二人は随分とグルバーグ家を引っ掻き回したな。
レイナ様のことを考えるのなら、出て行った時点でそっとしておくべきだし、手紙のやりとりまでに留めるべきだ。友人なら個人的に会ってもいい。
でも、お爺様への態度は目に余るものだった。
亡くなったグルバーグ家のレイナ様と仲が良かったからと言って、グルバーグ家のお家のことにまで口を出すのはおかしい。
それを言い出すと、他家がいきなり跡継ぎ問題に口を挟むことが良しとなり、収拾がつかなくなる。
だってそうだろう。
王子の都合のいい人間を跡継ぎにできれば、地盤固めは容易く、他派閥も御しやすくなる。
アジェリード王の独裁国家の幕開けだ。
この問題を友人だったからで、片づけるにはやりすぎだ。グルバーグ家当主であるお爺様、ラインツ・グルバーグの意向を無視している。
「大体は納得できた」
「大体でございますか。質問にはお答え致しますが、どの辺りが疑問でしょうか」
テーブルに置かれた時計の針は、まもなく一時間になると示していた。
「アドリューには悪いけれど、この魔道具にレイナ様が関わっていないとは言えない。その証拠もない。魔道具を作って見せて、夫や誰かに悪用されたのなら管理が不十分で、同じ魔道具好きとしてレイナ様のことを許せない。それから、元学長と第一王子も友情にしては……。違う目的がないと行動に辻褄が合わない気がする」
まあ、変な行動がある方が人間らしいけれど。隙がある方がこちらも対応できる。
実際、教室に家のオリジナルの魔法陣を描いてしまう間抜けな行為で、捕まえることができた。
「関わっている人間が他国にもいる以上、利害の一致でもあったんじゃないのかな」
神妙な顔で頷いていた。
「問題はまだある。この魔道具は、まだ序盤の数ページの知識で作られている。後ろのページの魔道具が、もし、完成していたら大変なことになる」
「後ろのページは作れないとレイナ様は仰っておいででした」
「それっていつの話なんだ? 高等科の頃ならそれから研鑽を積んでいるから作れたかもしれない。完成したら嬉しくて誰かに見せたかもしれないぞ。俺ならそうする」
「それは…………」
「作らない方が良い魔道具もある。後ろのページの魔道具だけど、今の俺でも作れるよ。作らないけど作れる。これって危ないんだ。お爺様が作るのを禁じたのは、“ここまでならレイナもいつか届く”それを誰かに見せて、教えるという懸念があったからじゃないのか」
「ラインツ様は、レイナ様の腕をお認めになられていたと、ソルレイ様はそう思われますか? 魔法陣を勧め、レイナ様から魔道具を取り上げたのではないとそう仰るのですか」
強い口調に驚いたが、お爺様が魔道具を取り上げるわけなんてない。
「俺が魔道具を作れば、褒めて一緒に喜んでくれるお爺様だ。そんなこと思うわけがない。娘のことは、誇らしいけれど、このままでは危険だって思ったんだろうな。だって、ベルジットのことを危険視していたのだろう?」
一緒にいたいなら魔道具の方を止めさせる。
危険な者が目にする可能性があるからだ。もしくは、魔道具を続けたいならベルジットとは距離をとる。
「どちらかを選べなかったのか?」
レイナ様はそんなに自分に甘い人なのか。そう言うと、苦悶の顔を見せた。
「……そうでございますね。私もレイナ様も、ラインツ様を誤解していたやもしれません」
「お爺様が俺達と一緒に作っていたのを見ていただろう。魔道具を嫌悪しているように見えていたのか?」
「いいえ、いいえ。そんなことは……」
頭を振るアドリューはらしくなかった。冷静な彼らしくない。
「これを見てくれ。この魔道具は、お爺様の力作だ。初等科に通うことが決まった時にラウルと二人で貰ったものだ」
指輪の魔道具は俺達の宝物だ。
それぞれに合うように作ってくれた。小さな魔道具は作るのが難しい。そう教えてくれた。
材料も吟味して設計を行う。
「魔道具は、持ち主の足りない技量や力を補ってくれるものだ。お爺様の作る魔道具は、健全なものだ。愛情を持ち、持つ人のことを考えて作る。俺がエルクの延命のための魔道具を作るように。失敗を重ねては、何度も設計図をひく。そうやって作り上げるものなんだ」
それを本に載っている危険な兵器作りに捧げ、勤しんでいたら誰だってやめろと止める。
「愛する人がそうだったのなら、止めるのは当たり前のことだ」
アドリューは、天井を見上げ、はいと力なく呟いた。
「この魔道具の設計は、間違いなくレイナ様だ。設計図を利用したのか作り上げた魔道具を使ったのかは分からないけれど、その魔道具をカインズ国が利用している。どこかでカインズ国の手に渡っているんだ」
これは危険なことだ。他の国にも渡っているかもしれないのだから。
「ソルレイ様、私はどのようにすればよいのでしょうか」
そんな悲惨な目を向けないで欲しい。
「今は静観するしかない。これ以上、酷いことにならないように。戦争が終わることを願うしかない」
言葉は悪いが、レイナとお爺様の関係が切れていてよかった。
現在のグルバーグ家の当主がアーチェリーだということを考えると、不幸中の幸いだ。
屋敷にいる大切な皆を守ることができている。レイナはいったい何がしたかったのだろうか。
ミオン元学長にどんな手紙を送っていたのだろうか。
疑問は尽きないが、今分かることは何もなさそうだった。
ハウウエスト国か。
一度行って調べてみる必要があるのかもしれないな。




