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謁見の成功とルファーのため息

「「ただいまー」」

 謁見から家に帰ると、「おかえりなさいませ」と皆が声をかけてくれた。

「クレバ。あと数日は泊めてやるから海鮮を食べて帰ればいい」

「ありがとうございます。エリドルド様にご教授いただきましたが、平和な謁見でしたね」

「身構えすぎたな。立派な王に見えた」

 王子のほんわかした印象が強かったから心配したが、声を荒げることも当たり散らすこともしなかった。

「そうだよね。やっぱり、ルベルト先生のお爺ちゃんへの悪態は許せないよ」

「こらこら。先生なりの気遣いだ。俺も眉間にしわが寄ってるって言われたからな。次に、誰かにお爺様を悪く言われても冷静でいられるようにするよ」


 とはいっても、クレバの指摘通り、終始穏やかなやりとりだった。あの悪態はいき過ぎたものに感じると言われたら、困ってしまう。


「騎士団長も敵意や警戒網が低かったです」

「え? あの人騎士団長だったのか?」

「そうなの?」

 分かっていなかった俺とラウルは、首を傾げ、それをクレバに笑われた。

「王の間で帯剣が許されるのは、騎士団長のみです。各国とも同じですよ」

「「へえ」」


 帰ってきたことに気づき、部屋から出てきたエルクに大きな声で、「「成功したー!」」とラウルと告げると、頷いてから薄く笑んだ。格好いい。

 ラウルも『エルクは本当に格好いいよね。見た? 今の』と笑った。

「見た。王子スマイルだ。ノエルもそうだけど、王子より侯爵家の方が洗練されている気がするよ」

 社交界によく出るからかなと笑い合っていると後ろから声をかけられた。

「ソルレイ様もラウルツ様も同じですよ」

「「?」」

「……自覚がないのですね。ルファー殿に会うため騎士団に飛んだ時、皆、ソルレイ様とラウルツ様に釘付けになっていましたよ」

「エルクじゃなくて?」

「カルムス兄上とダニーを見てると思ってた。先頭を二人で歩くと人が割れてたよ」

 英雄カルムスの眼力と迫力、ダニエルの凛とした姿に気後れしているように見えた。

「そういえば、学生の時のラウルはすごかったよ。でも、俺は告白なんて誰からもされなかったな」

「ノンが潰していたんじゃないの?」

「ああ、そうだな。ノエルが隣にいたからかもしれない。ノエルに目がいくからな。……なんて、アハハ。嘘、嘘。良いように言ってみた。俺は全然だったよ」


 エルクの元へ向かった。

 頑張ったことを褒めてもらう。

 そうしてからカルムスとダニエルにも褒めてもらうのだ。

 この日、取り急ぎラウルに先生宛に手紙を認めてもらいその中に、エリドルド宛の封筒も入れた。俺からうまくいきました、という報告と感謝の手紙だ。


 そうして、協力してくれたポリコス先生やクライン先生にも手紙を認めた。これは、フォルマ宛にしてグルバーグ領のマーズには見つからないようにしている。


 ブーランジェシコ先生には、知った事実の仔細と今回の一計を書いて報せ、これでアインテール国が平和になることを祈りたいです、と結んだ。


 辺境領に移っているマットン先生には、カインズ国の魔道具についてクレバにいくつか戦場で置かれていたものを回収してもらったので、解析をしてどういったものかが判明したら、また手紙を送りますので魔道具研究会の皆と情報を共有して欲しいですと認めた。


 謁見が終わったため、翌日、貧乏くじを引き、最後になった第2騎士団の2部隊とウェイリバさん、第1騎士団の4人を迎えに行き、また屋敷に戻った。

 あとは、クレバと話せばいいだろうと、俺たちはまた、のんびりとした日常に戻ろうとしていた。




<ルファーのため息>


「ルファー殿。ソルレイ様たちに海側の別荘を使ってよいと言っていただけましたが、ホテルも空いているようですよ。どちらでもご自由にどうぞ。滞在期間は2日と決まっていますので守ってください。謁見時に王に了承をもらいました」

 第2騎士団の団長クレバ・ハインツにそう言われたことに憮然と返す。

「では別荘に泊めてもらおうではないか」

 グルバーグ兄弟と連絡を取り合える仲などと聞いていなかったため、苦々しく思う。

「そのような顔をされる覚えはありませんが……」

「何をぬけぬけと言っているのだ。グルバーグ家とのつながりは何だ?」

「つながりがあればよかったのですが、ただの学友です。高等科の時の。今回は、偶々グリュッセンに滞在していらしたので、力になってくださっただけです。アーチェリーが罪人になっていることもご存知ではありませんでしたよ」

「…………」


 10年以上アインテールに戻っていないところを見るに、知らなかったと言うのは案外真実かもしれぬが、力を貸したのはグリュッセンに偶々いたからだというのは嘘だろう。


「学友ということだが、関係はずっと続いていたのであればアーチェリーのことを知らぬなどと到底信用できぬな」

「なるほど。しかし、私は久しぶりにお会いしました。邪推されても何も出ません。調べるならご自由にどうぞ」

「つながりがあったことを咎めているわけではない。協力を仰げるのであれば、もっと早くに報告が必要であった。此度、我らが負ければ、アインテールは、火の海になるところだったのだぞ」

 そう言うと、眉を顰めた。

「ソルレイ様もラウルツ様もアインテール国の貴族ではないと仰っていたではありませんか。有事の時にだけ利用しようと考えるから、アインテールにはいられないと他国に行かれたのですよ。王や王子もルファー殿も、都合よく利用するという考えは捨てられないのですか」


 薄い唇がわざとらしく口角を上げるが、瞳の中に侮蔑の色を見た。

 ……ふぅ。現場の指揮などするものではないな。


「誤解するな。アインテールの戦争に駆り出す気など毛頭ない。他国の侯爵家だ。それでも指揮官なら他国の知り合いの伝手を探ってでも国を守る策を考えるものだ。元、アインテール国の貴族として魔法陣や情報を教えて下さったかもしれぬ」

「ソルレイ様もラウルツ様も他の方々も我らの身の安全を考え、グリュッセンまで速やかに移動させてくれたでしょう。傷ついた兵士や騎士の治療までしてくださったのです。これ以上何を望むのですか」


 過分な配慮を頂いたと言い返す。

 参った。

 もう少し貴族らしい駆け引きができるかと思ったが、この若者は真っ直ぐすぎる。

 平時であれば、騎士らしく好ましいのだが、戦争の最中では汚れ役も必要だ。


「……分かった、もうよい。これでカインズ国が引くなら、私とて、万々歳なのだ。骨を休める」


 きびすを返したが、これでカインズ国が手を引くかは微妙なところだと考えている。

 アインテールに後れを取ったとなれば、次はカインズ国が周辺国に狙われる。

 白旗を上げたセインデルに手を出せば、我がアインテール国とやりあうことになるが、カインズ国は白旗をあげていない。

 そうなると手を出されても、静観でセインデルから絞り上げることになる。

 火種は燻ったまま鎮火していない。

 帰ったら被害報告と共に早急に第一騎士団を編制せねばならぬな。

 領地は弟に任せているが、しばらくは何とかなるであろう。



 そして、二日後。

 クリヒーの丘までなら転移させられるが、どうする?とグルバーグ兄弟が尋ねに来たことに騎士達は驚いていた。


 背が高く目立つ容姿のラウルツと中世的な美しさを持つソルレイが別荘に入って来ると、入り口近くの広間。騎士たちが座っていたソファーの隣に並んで腰かける。


 慌てて席を立とうとする者たちに座っていていいよ、と言い、立っている者に声をかけた。


「誰か決定権のある偉い人を呼んできてくれない?」

「クラスメイトだったクレバが話しやすいからできれば第2騎士団長をお願いできますか」

「は、はい」

 すぐに走って行くのを、『こけちゃうよ』『ゆっくりでいいよ』と言う。

 メイドが近づいて飲み物を尋ねる。

「ソルレイ様、ラウルツ様。お飲み物はいかがいたしましょうか」

「僕はミックスジュースを頼んでもいい? この前作ってくれたのが、美味しかったからまた飲みたいな」

「はい、もちろんでございます」

 メイドが嬉しそうに笑う。

「じゃあ、俺もそうしようかな」

「かしこまりました」


 のんびりとした性格なのか、おっとりとした物言いに周囲の騎士達も無言で成り行きを見守っている。

 いいよと言われた手前、立つことも無礼になると、できずに向かいのソファーに座っていた騎士に席を立たせて座った。


「お話をお伺いしても?」

「嫌だよ。第1騎士団でしょ」

「まあ、クリヒーの丘まで転移させてやろうか、という話だから。クレバも“お願いします”って言って終わりな気はする」


 運ばれてきたミックスジュースに、メイドに礼を言って手を伸ばすので、今ならチャンスかと話をした。


「アインテール国にお戻りになるには、今回の一件、十分な手土産では?」

「第1騎士団から言われると、微妙だね。これからの戦争に備えて僕たちの力を使いたいんだね? お断りだよ」

「そういうのはいいですよ。第1騎士団は王子に呼応し、グルバーグ家ではないと声高に言ったでしょう。今更、頼らないでください」

 にべもなく断られる。

「まったく興味がないのですか?」

「「あるわけないでしょう」」

 これは手強いか。

「……ああ、そうか。理由が分からないからか。だから、戻りたいという話が出るんだろう」


 ソルレイ殿の言葉遣いが変わったため、注意深く見ると、嫌そうに息を吐く。


「ルファー殿。あなたが知っているかは、分からないが、私と弟をアインテールに戻して戦わせるために、仲の良かった人たちへ人質となるように第1騎士団が伝令に走ったんですよ。無事にアインテール国まで騎士達を戻せば、騎士達がいる限り、私たちのせいで人質になることを強要された貴族家は無事です。だからクリヒーの丘まで送りましょう。これでいいですか?」


 煩わしそうに、それで納得しとけと言わんばかりだ。ただ、二日前のクレバ騎士団長の下手な芝居とは違って、こちらはいい笑顔だった。


「ソルレイ様は顔に似合わず、中々いい性格をされておられるのですな。私としてはそちらの方が好ましいくらいです」

「そうですか。なら敬語もやめていいでしょうか。面倒なのですよ。敬う気持ちも一つもありません」

「侯爵家でいっらっしゃるのでそれかまいませんよ。私は子爵家ですからな」

 そう言うと、少し意外そうな顔をした。

「子爵家?」

「はい、私は子爵家の出ですよ。領地を弟に任せてここへ来ています」

「なんか言い辛くなったな。指揮官だと聞いたからてっきり、王族派閥筆頭の侯爵家だと思っていた」


 幾つか家名を上げ、違うのかと第1騎士団の3人にも確認を取った。

 一人は正門前で殉職しているが、誰も侯爵家の出ではない。


「これだと僕たちが苛めている図になるよ。美味しいミックスジュースを飲んでクレクレを待とうよ」

「そうだな」


 お待たせしました、とシャワーを浴びていたのか、濡れた髪で急いでやって来るのを目にし、魔法陣で一瞬で乾かすその行使速度の速さに騎士の誰もが動けないでいた。


 実力差は歴然か。

 走っている者の髪の範囲指定魔法とは。さすがは、グルバーグ家といったところか。


「ラウルツ様でしょうか。ありがとうございます」

「ふふ、僕だよ。どういたしまして。風邪をひくといけないからね」

「アイネ、新しい紅茶を。クレバとルファー殿にも頼むよ」

「かしこまりました」


 子爵家だと言ってから態度が軟化したような。気のせいか?


「クレバ。クリヒーの丘まで送ろう。先に帰った騎士団でまだ治っていない怪我人がいるのなら学校近くの教会に行くように言うといい。あの教会には、守護魔法陣を描いてあるから安全だ。司祭長なら重傷者もある程度治せるはずだ」


 紹介状だと、手紙を渡されていた。

 怪我人が治れば御の字であるな。またいつ出軍になるか分かったものではない。


「頂いてもよろしいのですか」

「ああ。教会への寄付はずっと続けているんだ。だから、力になってくれるはずだ。だた、王子や王には黙っていてくれないか。何か言われても鬱陶しい」

「分かりました。部下の傷が早く治る方が喜ばしいので使わせていただきます。ありがとうございます」

「ルファーさんとそこの3人も黙っていてね。アインテールに引っ張れそうだとか、そういうの面倒だからね。これ以上関わってこないで」

 酷いものの言われようだが一応言っておく。

「王への報告は騎士の責務ですぞ」

「王へ言わないようにあなた達と交渉するのも面倒なんだよね」

「アインテールを出る前にグルバーグ領の屋敷にあるお爺様の執務室に、軍が使えそうな魔法陣をいくつか並べて置いた」

「初めて聞く話ですな」

「また、第1騎士団が来るだろうと思っていたけれど、必要な時には来なかったな。国内の守護を任されたなら、第1騎士団が誹りを受け、再びグルバーグ家の領地に踏み入り、国を守ることで軍の名誉の回復をはかるべきだった」


 今、魔法陣があることを教えてやったのだから報告せずに歩いて帰ったことにしろ。教会へは、怪我人が多かったのでそうしたと言っておけと、命令のように言い放つ。


「他国で幸せに暮らしている。俺たちの名前は一切出すな」

「うん。アインテール国に戻りたいとかも思ってないからね。行きたくなったら観光で行くけどね。今、行ったら捕まえてきそうだよ。当分先になりそうだよ」

「クレバ。グルバーグ領にルファー殿達が向かえば、王はルファー殿を評価するだろう。第2騎士団でいられるように、魔法陣発見の手柄は譲っておけばいい。やめたくなったら……ルベリオで働くか……まあ、グリュッセンに来てもいいよ」


 ソルレイ様がそう言った途端、打って変わり、前のめりで確認をしだす。

 何をしているのだ。不敬になるぞ。腕を引くがびくともしない。

「む!?」

 なんだこの力は。

「言いましたよ。今の言葉、絶対に忘れないでください」

「……う、うーん」

 目を泳がせ、歯切れ悪く頷くのを見て、それでも満足気にしている。

「ここでやめる算段など、勘弁してもらいたいですな。ハインツ家は有能です。グルバーグ家で雇うおつもりか?」

「フェルレイ家だ」


 わざとグルバーグ家だと言っているのだろう、と嫌そうに言われたが、私とてアーチェリーがグルバーグ家の者ではないことなど分かっている。

 第1騎士団でも、王子がそう言うのでそういう扱いをしているに過ぎない。


「戦争はこれで終わるのだから本人の自由だろう。クレバは、第1騎士団に入りたくないだけで、第2騎士団でいられるならやめないはずだ」

「……ソルレイ様。それはお約束できません。アインテール国に戻ったら辞するかもしれません。国がどういう判断をするのかは分かりませんので」

「まあ、それはそうだよね。国がとことんやるぞって感じかもしれないからね」

「悪いけど、軍属じゃないからそういうのはよく分からない。ルファー殿も辞めたければやめればいい。職業選択は、個人の自由だ。だいたい、王子の言うことを何でそんなにホイホイ聞いているんだ?」


 馬鹿じゃないのか。

 辛らつに言われ、本音で返す。


「王族派閥なのだから当たり前でしょう」

「当たり前じゃない。諌めようとは思わないのか」

「求められることを成してこその忠臣です」

「じゃあ、カインズ国のように人柱を使おうと言われたら他国の者を襲うのか?」

「それは、おとめします」

「基準がよく分からないね」

「王や王子を諌めなかった結果がこれだ。兵士や騎士が何人死んだんだ? 王や王子に部下の死を悼んで、言葉を尽くせないのなら指揮をとる資格はない。死んだ部下達は他派閥の騎士で、王族派閥の者ではないだろう。死ぬのが派閥の者じゃないと分かっていたから諌めなかったんじゃないのか。こうなるのは、何年も前から分かっていたことだろう」


 身内が死んだ感覚がないから、王へのしょうもない報告でさえ噛みついてくるのだ、と指摘を受け、これには驚いて見返す。


「今ある命に責任を持て。何故クレバのように教会への紹介状に礼が言えない。他人事なのだろう。会話をしていると不愉快になる。王族派閥ばかりの第1騎士団だけで来ていたならば、突撃の命を何度も出したのか。命に順位をつけるな」


 睨まれてようやく分かった。

 ソルレイ様は、怒っていたのか。

 死んだ者を憐れんでいるようだ。

 これには意外過ぎて驚いた。殉職など珍しいことではないのだ。


「騎士はいつか死ぬものです。それは私とて同じこと。突撃は戦法の一つです。あの人数でカインズ国を引かせる戦果をあげるには必要なことでした。無駄死にをしたとは思っていません。責任感がなければ、ここへも来ていませんぞ。アインテール国の礎になる覚悟で率いる決断をしましたからな。しかし、私と違いそこまで国や軍に対して思い入れはないでしょう?」

 そう言うと、素直に頷く。ただ痛ましそうに目を閉じた。

「……それは……そうだな」

「そりゃあ、僕たちは軍人じゃないけど、ダンジョンを出て助かったと思っていた人たちが、正門で死んだと言われたら堪えるよ。軍属じゃないのに堪えるのって変なの?」


 む? もしや、ダンジョンから出られたのは……。

 クレバ第2騎士団長の顔を見ると顔色を変えぬ。ふむ。報告する気なし、か。


「大体分かりました。お力添え感謝致します。せっかく助けていただいたのに、力が及ばず……。正門で命を散らした騎士達には哀悼を捧げます。それでも、勇敢に戦う騎士がいなければ、負けて命を失うのは、何十倍もの数になります。誇りを持って欲しいと願います」


 そう返すと、目を伏せるので、騎士達の死が相当に堪えているようだ。

 教会への紹介状は自責の念からか?


「以前、仰った通り、ソルレイ・グルバーグ様とラウルツ・グルバーグ様をアインテール国の貴族ではないと断言したのは、王子であり、王も支持致しました。そしてそのことを我らも受け入れたのです。自分たちがいれば、違う形になったかもしれないと思われる必要はありませんな。アーチェリーをグルバーグ家の跡取りに据えたのも王です。最後にアインテール国という大国の未来を担う責を負うのは王です。だからこそ、我々は王族派閥を選んでいます」


 責任をとるものを支持し、最後の責任ではなく、過程から参画させることでよりよい未来を得ること。

 それが王族派閥の方針だ。

 此度は、ため息を吐くことも多いが、第一王子を補佐していくのは我らの役目だ。

 その辺りを言うと、厳しい一言を返された。


「資質に欠ける」

 眉根を寄せ、厳しい目で見返された。

「……王としての重責を担うのは、まだ先です。他国の侯爵家になられてもその物言いは不敬ですぞ」

「ふぅ、そうですね。……今更ですが、不敬な態度をお詫び申し上げます」

 棒読みでそう言われ、何の感慨も沸かぬが、詫びを受け入れておく。

「僕も」

「……もう少し丁寧にお願いできますかな」

 さすがについでの感が強すぎる。他の者の目もある。

「うん。王にふさわしくない王子で、あのまま、アインテール国の貴族だったら恐怖しかないけど、出て行かざるを得ないところまで追い込んでくれて助かったよ。王族派閥以外の騎士達は、適当に付き合って時が過ぎるのを待てばいいと思う。これが本音だけれど、僕たちにとっては、もう他国の王子だし、関係ないのにちょっと言い過ぎたよね。ごめんね」

「…………」


 ため息もあまり出るとでなくなるらしい。


 カップに手を伸ばすと、隣に座ったクレバ殿の腿が震えていることに気づき、顔を見ると、肘の辺りを埋めるようにして顔を隠していた。


「クレバ殿。不敬であるぞ」

「……何のことでしょうか。少し腕が痺れていたようなのでストレッチをしていただけです」

 キリリと顔を戻しているが、笑っていたのは明白だ。

「他の王族派閥の前だと圧力をかけられておるところだ。此度は、助かったので目を瞑るが、次はないぞ」


 そう言って視線を戻すと、ソルレイ様もラウルツ様もジュースのお代わりをメイドに頼んでいた。

 目が合うと、「言いたいことも大体言ったから飲んだら送る」と軽く言われ、話は終わった。

「ソルレイ様。ありがとうございます。兵士も含め全員となるとどれくらいの期間が必要でしょうか」

 第2騎士団長の顔でクレバが尋ねた。

「クリヒーの丘までなら今日中に済むよ」

「2回か3回で送れるね。あと帰るだけでしょ? 魔力を出してくれれば全員いっぺんでもいいよ」


 転移魔法陣などと、この目で見るまでは眉唾ものだと思っていた。

 前の時にも魔力をかなり食うと言っていたな。


「ここに来るのに、あれだけ小まめに分けていたのにですか? 本当に送っていただけるのでしょうな」

「いきなり、何千人単位で来たらグリュッセンの王に断られて終わりです」

「そうそう。正門の人も困るでしょ? 今回は関係ないからね」

 送るだけなら送れたが、やらなかっただけだという。

 しかし、かなりの数となる。

「では10分以内に用意をさせます。集合はどちらにしましょうか」

「一旦正門から出てくれないか。グリュッセン国側も出て行ったって知りたいだろう。俺たちも転移魔法陣を地面に描く方が楽だから後から転移するよ。正門から見えない位置まで歩いて欲しい。クレバの近くに転移するから目印に魔道具を置いておいてくれ。あと隔絶魔法陣を使ってもらいたい」

「攻撃はしないでね」

「分かりました」


 この1時間後、全員でクリヒーの丘に戻ってきたことを確かめ、安堵の息を吐く。


『この魔力量。間違いなくグルバーグ家ですね』と信じられぬ集団転移を成功させたことを称賛する第1騎士団のハロックの肩を叩く。

 クレバ第2騎士団長が、『道中は、何があるか分からぬため騎士達の魔力は温存をしたいのです』と、頭を下げたら『じゃあ、10分後ずつに送るから待っててよ』軽く言うと、30分後には全ての騎士が揃っていた。


 騎士達が、皆一礼をしているのを見て、“一体何を?”と尋ねようとしたが、騎士団長達も揃って頭を下げているので口を噤む。


 あちらは、グリュッセンの方角か。


 清々しく頭を下げるその姿に、我々第1騎士団の者は、言葉をかけることができないまま見守ることしかできなかった。

 グルバーグ家の存在はかくも騎士達に大きな影響を与えるか。

 滅多に前線に出向かない我々には、知りようもない現実がそこにはあった。


 間違いなく、ラインツ様の孫であるということだけが分かり、恨んでいるはずの軍に力を貸し、幸せだからもう厄介ごとを持ってくるなよと言った尊大で器の大きい青年二人。

 もう少し早く出会っていたら、話していたら。未来は変わっていたのだろうか。

 無意識に出たため息は、自分でさえ知らなかった気持ちを表しているかのようだった。

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