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シルベリスト王への謁見

 7日後の謁見日。

 事前に準備をして服も誂え、馬車で城まで向かっていた。


 エリドルドに合格をもらい、ダニエルに言われた通り、グリュッセン国で死者に哀悼を示す色。

 柔らかな紫色を服の一部に取り入れている。

 こういうのはやりすぎはよくないらしい。が、伝わらないと意味がない。

 話は、俺が主に進めるためジャケットもズボンもすみれ色だった。

 着慣れない色のため落ち着かない。

 隣に座るラウルも似たような色のチーフが胸元にあった。お揃いだな。


「ソウル。大丈夫。似合ってるよ」

「ありがとう。ラウルも格好いいよ」

「うん、ありがとう」


 緊張もあっての褒め合いだが、クレバに怪訝そうに見られていた。

 向かい座っているクレバは普通の格好だな。どこかに色は入れているのだろう。


「……クレバも……似合ってると思う」

「無理をしてひねり出そうとしましたね。もう少し考えてくれても良かったと思います」

 服のことはよく分からない。結局、無難になった褒め言葉をじと目で見てくる。

「アハハ。似合ってるよ! ねえ? ソウル」

「うん。似合ってる、似合ってる」

「格好いいって言ってもらえると励みになります」

「「格好いいよ」」


 そう言うと嬉しそうに笑った。

 クレバは忠犬だな。犬に懐かれている気分になる。


「まだそれほど緊張していないけど、着いたら緊張しそうだな」

「僕も」

「お二人とも緊張するのですね」


 意外ですというクレバに、どんなふうに思っているんだと言い合いをしながら城の前で謁見の紙を渡して、城の中に馬車が入って行く。


「ロクス。謁見の時間は2時間だから帰っていていいよ」

「いえ、お待ちしております。何かあればここへお戻りください」

「うーん、大丈夫だとは思うんだけどな。そうさせてもらうよ。ありがとう」

「じゃあ、万が一に備えてここに守護魔法陣を描いておくね」

「そうしようか」


 城の広い停車場に止まり、ここからは歩きだ。

 ロクスが扉を開けてくれた。

 渡した魔道具を持っているか聞くと、はい、と微笑んで頷いた。


「行ってらっしゃいませ」

「「行ってきます」」


 クレバも頷き、城の外階段を上る。

 さあ、ここからが勝負だ。




 〈シルベリスト王〉


 王の間は所謂、謁見の間とは違う。

 本来なら謁見の間に呼ぶのが通例であるが、なるべく人を排してもらいたいという要望があった。


 隠れて護衛騎士や腕の立つものを配置するのには、この王の間が都合がいい。


 以前に、シエットがやらかしているため、なるべく目立たぬようにと騎士達には命じてある。

 私の傍にいる護衛もハーベスト一人とした。


「シルベリスト様。フェルレイ侯爵家のソルレイ様、ラウルツ様。それからもう一方。護衛の方だと思われます。クレバ・ハインツ様がいらっしゃいました」

「あい、分かった。扉を開けよ」

「はっ」


 そう言って扉を開けさせ、案内の者に従い中に入って来た3人に少々驚いた。

 宰相も私の方を見る。

 紫色は故人を悼むものだ。

 3人揃ってということは、知らぬわけではない、か。

 で、あるならば、もしやセリフィアの件か?


 周囲を一瞥してから、中央の者が声を発した。


「お初にお目にかかります。シルベリスト王よ。この度は、謁見のお時間を頂き感謝申し上げます。フェルレイ侯爵家のソルレイでございます。こちらが、弟のラウルツ、それからこちらは、私の学友であった友人のクレバです」


 グルバーグ兄弟の長兄か。

 ふむ。勇ましい感じではないな。大人しそうな線の細い青年だ。


「ふむ。以前、息子のシエットが失礼をしたようだが、その件ではなさそうであるな。此度の用向きはなんだ?」

「その件なのですが……」

 言い辛そうにして、周りを見回すと、

「シエット様にもお聞きいただいた方がいいかもしれません。王妃様は……お辛いでしょうから……セリフィア様のことでお話ししたいことができました」


 目を伏せたまま告げられ、これは相当覚悟がいるか。

 私だけで構わぬと言うと、逡巡してから、では、と口を開いた。


「カインズ国にダンジョンがあるのはご存知でしょうか。私は、アインテール国の魔道士学校に通っておりましたので、最近まで知らなかったのですが、カインシー貴族学校では毎年、秋になると国の近くにあるダンジョンに行くそうです」


 やはり、セリフィアか。

 なぜ、グルバーグ兄弟が関係するのかは分からぬが、ここは話を聞くしかあるまい。

 視線を交えた宰相も頷いた。


「私はそちらに通っていたのでな。知っておる。団体で進むのだ。危険などないダンジョンであるな」

「そうでしたか……。それならば、お話は早そうですね。実は、そのダンジョンでセリフィア様が見つかったのです」

「なに!?」


 思わず声を荒げた。

 すると痛ましそうに見てくるため、死体か、と息を吐き出した。


「続けてくれ」

「はい。……見つけたのは、友人のクレバです。魔道士高等学校の時の友人なのですが、ダンジョンでむごい姿の女性がいた。それも一人ではなく、何人もだと言うのです。そこで、髪飾りをしている女性は髪飾りを。ネックレスをつけている女性はネックレスを、と身に着けている物で、持ち帰れる物があったならば持ち帰ろうと思ったそうです」


 セリフィアの物が見つかったというわけか。眉間を揉むが固くなったシワは取れそうになかった。


「その中に見覚えのある王家の紋章があり、セリフィア様のものではないかと連絡がありました。亡くなられたのは、何年も前の話だと風の噂で聞ききましたので、違うのではないか、と言いつつ、会って遺品を見せてもらうことにしました。確認をしたところクレバの言うとおり、隠し紋章があり、セリフィア様のものだと確信いたしました。すぐに髪飾りをお渡ししたいと言うので、謁見の申し込みをした次第です」

 お納めください、と頭を下げた。

「その髪飾りはいずこだ?」

「王の間に入る時に、検閲するので預かりますと騎士の方が……」


 後ろの扉を見るので、すぐに宰相が、扉に向かって走って行く。

 幸い、まだ持ったままであったようだ。

 すぐに王の間に運び込まれ、私の手に丁重に入れられた箱が渡される。


 心で息をし、箱を開けると、15の祝いに贈った髪飾りがあった。

 見つめると、ようやく戻ってこられたと娘が言っている気がして、天を仰いで冥福を祈った。


「……間違いない。娘のものだ。足労をかけた」


 静かに頷くと、アインテール式で申し訳ないのですが、と前置きをしてから膝をついて祈る。

「……心安らかにお眠りください。ご冥福をお祈りいたします」

 他国の侯爵家が床にひざをつくということに驚いたが、躊躇いなくそうした。

 3人の祈りを受け静かに息を吐く。


「気遣い感謝する」

「いいえ。……‥余計なことかとは存じますが、本日はごゆっくりなさって下さい」


 もう一度、頭を下げると、立ち上がり宰相の方を見て、『私たちからは以上です』と辞そうとする。

 宰相が私を見るので頷く。これはセリフィアに何があったかを知るいい機会だった。


「お待ちください。もう少しお話しをお聞きかせ願いたいのです」

「……はい。しかし……」

 私の方を見てから、宰相に尋ねた。

「どういったことをお聞きしたいのですか? その、あまり死者を……死者も大事でしょうが、ご遺族の心もまた大切にすべきかと考えます」


 どうやら私は堪えている顔をしているようだ。


「ソルレイ殿、気遣いは無用だ。セリフィアの最後を聞きたいのだ。発見場所はどこであったのか? 惨い状態とは惨殺されていたのか?」


 わざとそういう風に聞いたが、目を閉じ眉根を寄せ、深く息を吸っていた。


「お聞きになられてもセリフィア様は、お戻りにはなりません。私は惨殺されるより惨いと考えます。それは、私がラインツ・グルバーグの孫で……魔法陣に精通しているからです」

「それはどういう意味か? 魔法陣で殺されたということか?」

「いえ……広義で言えばそうとも言えますが……」

「ソルレイ様、私がお話しましょう」

 発見した者からでもかまわない。言葉を発しようとして、先にソルレイ発した。

「……いや、大丈夫だ。……シルベリスト王。お気を確かに持ってください。宰相殿、王のお加減が悪くなったら、すぐに医者を呼んでいただきたい。それが、話す条件です」

「かしこまりました。そのように致します」


 ぐっと腹に力を籠めた。胆力ならば自信はある。


「セリフィア様は、生きたまま禁術の魔法陣の贄にされたのです。見つかったのは、ダンジョンの3階層の高い天井で、裸体で磔にされていたそうです。体中に描かれていた無数の魔法陣をクレバから聞きとり、転移に似た禁術指定の魔法陣を発動する動力にされたことが分かりました」

「なんだと!」

「この禁術に必要な人数は、20人以上の魔力の多い者です。セリフィア様はその犠牲者の一人です」

「セリフィア……」

 名を呼ぶ声が掠れた。

「そんな……なんということを……」

「そのような真似をセリフィア様に! 許せぬ!」


 宰相や、騎士団長の言葉が頭の中を通ることなく、耳から耳へ抜けていく。


 ああ、セリフィアよ。何年もすまなかった。見に行かせるべきだった。たとえ気づかなくとも。

 寂しかったであろう。

 怖かったであろう。

 悔恨が胸を渦巻いた。


「かなり古い何百年も前の文献に載っている魔法陣です。この人柱にされると、ダンジョンと同化をしていきます。まず助かりません。なぜ、セリフィア様を選んだのか。推測ですが、王族は、魔力が高いと踏んだのでしょう。他にも他国の王族の方が、犠牲になっているかもしれませんが、意匠に隠し紋章があったのは、セリフィア様だけでした」


 カインズ国には伝手もありませんから誰が犠牲になったのかを特定するのは難しいのですと告げた。


「もし、セリフィア様のお知り合いの方で行方不明の方がいらっしゃったら教えていただけませんか」


 遺品を持ち帰れたのはあと7つだという。何も身に着けていなかったり、膨大な魔力を叩きこんで魔法陣の解除を行うため、断念したりでこの数字だという。


 残りの者たちは今もダンジョンの天井に張り付けられているとソルレイは言った。

 役目を終えてその内、跡形もなくなると。


「このような蛮行は、決して許されるものではありません。グリュッセンに滞在していることもあり、私も協力を申し出た次第です」

 その言葉に頷く。

「宰相よ。できる限りの協力をせよ」

「もちろんでございます。犠牲者の遺族の方が遺品を受け取れるよう尽力致します」

「ありがとうございます」


 礼を述べると、もう一つお願いしたいことが、と言うので、申してみよと言うと、

「私たちの海辺の別荘にアインテール国軍がいます。3日ほど海鮮を食べたら帰国しますので、目を瞑っていただきたいのです」


 ふむ、これはいかに考えるべきか。

 宰相を見ると、宰相は、ハーベストを見た。


「王よ。私から懸念を申し上げたい。セリフィア様の件とこの件は関係ないものでしょう。我が国に軍を駐留させることは、カインズ国との戦争に、我らのグリュッセンを巻き込みたいという意図があるのではないでしょうか」

「私もそう思ったところである。ソルレイ殿、駐留を認める事は出来ぬ」


 すると、少々思っていた反応とは違い、素直に頷いた。


「分かりました。懸念は当然のことかと思います。しかし、少々、事情が違います。私はもうアインテール国の貴族ではないのです。こういうと、何をと思われるかもしれませんが……お爺様であるラインツ・グルバーグの孫というのは、どこにいても変わらないのですが、アインテール国軍に協力しているつもりはありません」


 そう言うと、隣の友人の背をそっと押した。


「クレバは、アインテール国の第2騎士団の団長なのです。先ほど、禁術の転移に似た魔法陣だと言いましたね。ダンジョンへの転移など、故ラインツ・グルバーグの力を以ってしても至難の業なのです。しかし、禁術の人柱を使えば別です。戦争の最中、アインテール国騎士団の半分が強制的にダンジョンの最下層に連れて行かれたのです。そこで上に上がる中で、セリフィア様を発見したということです」

 そういうことであるか。

「行方不明者が出ていたことなど知りませんでしたが、カインズ国が様々な魔道具を仕掛けていたことから、この蛮行はカインズ国がやったのか、と気づいたそうです。役目を終えた遺体は、魔獣の腹に収まり証拠が残らないため、無理をして解除を試みたそうです。そうして、これは猟奇的な事件ですので、カインズ国内には入らぬ方がいいだろう、アインテール国に帰るという判断のようです」

「ふむ。では戦争は終わりか?」

「帰ったあとは外交での解決になるでしょう。そこで、帰る前に、グリュッセンに寄り、遺品を渡そうとこういうことですね。いらぬ誤解を受けないように。謁見申し込みは、私がしようと申し出ました。軍服も脱ぎ、武器も所持しておりませんし、私服の観光で正門を潜っています。軍も既に半分ほどは、帰国の途についているそうです」


 だから、アインテール国軍が駐留しているなど誰も思っていないこと。

 グリュッセンに赴くとクレバが言うと、騎士団から海鮮が美味しいので行きたいです、との声があったので、食べたら帰るぞ、という話になっただけです、と言う。


「この蛮行が各国に広まれば、アインテールが出るまでもないな、という結論に指揮官もなったようです。その話を聞き、『じゃあ、海辺の別荘を貸してやるから食べて帰れよ』と、久しぶりに会う友人に言った程度の話なので、認めないとおっしゃるのであれば、それはそれで構わないのです」


 目的は、セリフィア様の遺品をお返ししたいという友人の願いをかなえることで、部下の海鮮三昧の話はどちらでもいいと。

 本当にどうでもよさそうに言う。

 私も話を聞き、どちらでもよいと思っている。宰相も戦争が終結かと早く手に入った情報に頷いていた。


 ハーベストを見ると、眉間にしわを寄せている。


「なぜ3日もいるのですか? 1日ならばセリフィア様のことも感謝申し上げて、受け入れられるのですが……」

「それは、騎士の方が一番お分かりかと思うのですが、ダンジョンの最下層から上がり切るまでに20日ほどかかったらしくて……主な理由は、美味しい食事がしたいということと、もう一つは、ダンジョンと正門とで分断されて戦っていたため、グリュッセンに来るのが遅れる部隊が出たということですね。ちなみに、早く着いた者たちは、既に2000人ほどが海鮮を食べて、楽しんで帰ったと聞きました」

「な!?」


 ハーベストが大声で驚きを露わにする。

 こうなると、断る方に利が全くないではないか。

 既に入り、帰っているのであれば、今更、止めたところで意味はない。

 警備職の者達からも軍服で歩き回っている、大量に入国したなどと聞いていない以上、何も問題はなかったのだろう。


「あと3日もすれば、最後に残って正門を偵察していた部隊も来るだろうという話です。指揮官も来るらしいので、私服で観光とはいえ、お耳に入れておいたほうがよろしいでしょう。私は、友人に軽く別荘を使っていいよと言ったのですが、皆、海鮮を食べたかったんでしょうね。私は騎士ではないので戦時の食事の厳しさは分かりかねますが、喜んで帰ったようです。貴族ですから、平和になったら観光にまた来るでしょうし、目を瞑っていただけると、私の顔も立つのですが、いかがでしょうか」


 友人とその部下だけのつもりで気安く言ったら、大ごとになり、食べずに帰途についた部隊の人たちに申し訳ない気にもなると、複雑な心境を言いつつ、気に入っている滞在先でもあるので、余計な揉め事が起こるのも困ると指揮官には釘を差すつもりだと言い添えた。


「ハーベスト様、悪いことをしたら捕まえてもらっていいですよ」

 言われたハーベストは、

「もちろん、そうなれば遠慮せずに捕まえます」と返し、微笑んで頷かれていた。

 相手のペースに乗せられていることに気づいていないようだ。反対はハーベストだけであったから構わぬか。

「では、駐留は認めぬが、3日間の滞在は認めよう」

「ありがとうございます」

「ご配慮ありがとうございます。偉大なる王よ」

「謁見に応じていただきありがとうございました」

 3人がそれぞれ美しい所作で感謝の礼を取った。

「此度のことこちらこそ礼を言う」

「とんでもございません。お気をしっかりお持ちになり、お体を労わってください」


 そうして部屋を出るのを見送った後、深く長い溜息が出た。


「王よ。本日はお休みください」

「そうでございます」

「ならぬ。ハーベスト!」

「はっ」

「カインズ国の動きを探る部隊を編制せよ。叩くなら弱った今だが、戦争をすることは考えておらぬ。しかし、動きは見ていた方がよいのでな」

「すぐに編成致します」

「宰相よ。シエットを呼べ。セリフィアの話をしておく。行方不明者もシエットの交友網を駆使すれば、ある程度分かるであろう。各国の王とも我が国は親しくしておる。観光国ならではだな。犠牲者がいないか手紙を認めようぞ。それからシエットを呼んだあと大臣たちをここへ」

「かしこまりました」


 そうして集めた大臣たちの前で方針を打ち出す。


「我が国には我が国なりの戦い方がある。セリフィアの敵は、必ず取るが、血気に逸るでないぞ。まずは情報を集める」

「「「「「「はっ」」」」」


 こうして各国に知られることなく、グリュッセン国の静かな戦いが幕を開けた。

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