謁見の準備。エリドルドに会おう
謁見前にアインテール国にも行き、できる限り情報を集めた。随分、先生たちにも協力してもらった。一番大きかったのは、エリドルドに会ったことだ。
外交派閥である、ラウルの担任だったルベルト先生経由で目立たないように接触し、今回の件を伝えることにした。
ルベルト先生に頼み、二人で呑んでいるところに俺たちが後から合流する算段だ。
同席に恐縮するクレバを無理やり引っ張り、ミルバさんが目を光らせる中、閉店したルベリオで極秘に会う。ルベルト先生と楽しく話をしていてそろそろ閉まりますね、という時に俺たちが来て加わるというだまし討ちだ。
今日の閉店時間は30分早い。
二人のいる個室の部屋に押し入るように身を滑らせた。
「これは……」
すぐに口を噤むと、静かに席に着き直した。
遮音の魔道具を取り出すと、ことりと自然な所作で置くあたりは、さすが外交派閥の纏め役だ。
「ご無沙汰をしております。だますような真似をして申し訳ありません」
「エリドルド殿にどうしても助言が欲しくて会いに参りました。ルベルト殿に頼んだのは私です。高等科の時の担任の先生だったので、助けて欲しいと泣きつきました」
俺とラウルは頭を下げて非礼を侘びた。
珍しいラウルの敬語にクレバは驚いていたが、
「私がお二人にご無理を言ったのです。第2騎士団長のクレバ・ハインツです」と名乗った。
「そうでしたか。では、要件をお聞きしましょう。戦場にいるはずの第2騎士団長がなぜここへ?」
ルベルト先生が席を立ち、エリドルドさんの隣に移動してくれたので、3人で向かいの席に腰かけた。
「実は――――」
クレバが話を始め、ダンジョンに引きずりこまれたことや人柱にされた人のことを話した。
補足して、高等科の同級生が騎士になっていると知り、守護の魔道具を贈ったこと。戦争になったので、今まで魔道具を渡した人たちに何かあった時は、力になれるよう壊れたら分かるようにしておいたこと。
クレバの魔道具が壊れたため探知や探索しても場所が分からず、探していたこと。
ダンジョンの上階になり、ようやく連絡が取れたことをざっと話し、ダンジョンを出られるように助言をしたことを伝えた。
その中でグリュッセンの第一王女が人柱にされたことが分かり、謁見の申し込みをした今の状況を説明した。
謁見前にエリドルドさんの助言が欲しくて、アインテールに密入国をしたと言うと、怒らずに、よく頼って来てくれましたね、とお礼を言われた。
「3人とも密入国をしたらしくてな。ポリコス先生から手紙を預かったんだ。『目の前で読んでもらいたい、読んだら燃やします』と言われたが、ラウルツからは、“先生久しぶり。エリドルドさんと内緒で話がしたいからよろしくね”としか書かれていなかったから私も『どういうことか?』とポリコス先生に手紙をその場で見せたのだ。ソルレイ様はポリコス先生に概要を言っていたようでな。それで今日ここに誘えばいいと知ったのだ」
ラ、ラウル。
まるで友達にあてて書いた手紙だ。
「先生、ごめんね。ポリコス先生から話が回っているって思っていたんだよ」
僕も知っていたらちゃんと書いたんだよ、でも手紙って証拠が残るからと笑っていた。
そうだな、とルベルト先生も頷いた。
クライン先生とポリコス先生の家に突撃して、なぜか俺が夕飯を作りながらざっと話をして、皆で世間話をしつつ食べるという不思議な機会を得た。
改めてエリドルドに向き直る。
「人柱にされた人は、20人以上です。各国が、カインズ国に向ける目は厳しくなるはずです。これが戦争を終える機会になるかもしれません」
カッと目を見開くと、何度も頷いた。
「ええ。これは極めて重要なものになります。クレバ殿、第2騎士団長として、戦死者の数を思うとカインズ国を落としたいでしょうが、堪えていただきたい」
考えてもみなかった。俺のしていることはクレバを初めとして軍人たちを傷つけているのか。
ここにきて、アインテール国の被害が大きいのも分かった。国を出た俺達が口を挟めることではなかったのだ。
「ソルレイ様、そのような顔をする必要ありません。エリドルド様、指揮を執っているのは、第1騎士団長のルファー殿です。先に別件ではあるのですが、お耳にいれておいて欲しい話があるのです」
第1騎士団が事実上、瓦解していることや、アーチェリーが生きていることにエリドルドもルベルトも驚愕していた。
「出陣してから無理な行軍をしようとするので、騎士団長間でルファー殿に対しての不信感が湧いたのです。その時に、この戦力が全てだと思えと言われ、事実を知りました。このことはここだけの話だと言われたのですが、人柱などとカインズ国は常軌を逸したと言わざるを得ません。これから先も何が起こるのか分からないのです。軍以外にも正しい情報を持ち、守り手を増やす必要があると考えております。それに私もこの戦争が早く終結することを願っています」
正門前まで行ってやりあったことで、力は見せているため、魔道具だらけかもしれない国内に入り、大事な部下を無駄死にさせられないと主張し、謁見を成功させて引き上げるとルファー殿を説得したというクレバにエリドルドは大きく頷いた。
俺も魔道具の情報を提供しようと口を開く。
「攻撃特化の魔道具は、引き込みや仕掛けを発動させるなどの条件を満たす必要があります。一度発動すると、魔法では間に合わず、魔法陣を魔力の続く限り用意しても、向こうは魔導石を原動力にしているため、その後に一斉魔法を放たれると命が持ちません。クレバが持ち帰ったこの髪飾りで、グリュッセンの王と謁見をします。7日後です。これが戦争終結につながって欲しいです」
成功するようにご助力をお願いします、と頼むと頷く。
「私たちはアインテール国の貴族です。できる限りのご協力をお約束しましょう」
エリドルドはそう言い、謁見の時の注意事項を話す。
やってはいけない作法や話し方というのは、やはり独特なものがあった。
「ソルレイ様。これは、騎士のクレバ殿ではなく、体格のいいラウルツ様でもなく、あなたが話した方がうまくいきます。覚悟はありますか?」
あの時と同じだ。
俺の弱いところを見抜き、それでも隠してやりきれと発破をかけられている。
ノエルとは友人になれた。
親友といってもいい。
「もちろんです。欲しい未来を掴むために全力でやりきります」
「よろしいです。成長されましたね。では、私から成功させるための策を授けます」
そこから、外交的戦術をレクチャーされた。
頭に入ったかを尋ねられたので、頭の中で反芻してから頷く。
「では、ここで練習をしましょう。ルベルト。あなたは宰相役です」
「あい、分かった。この謁見でアインテール国の安寧がもたらせられるのだ。喜んで手伝おう。手厳しくいかせてもらう」
それからいくつかのパターンに分け、王が憤慨するものや、疑心暗鬼になりクレバが殺害したのではないかと疑われるもの、アインテール国と同盟を結んでカインズ国に攻め入る気はないぞと王に上から目線で言われたり、グリュッセンにいる騎士団についての苦言を呈されたり、おじい様への心無い侮辱と続く。
グルバーグ家を蔑む言葉にかっとしないように気をつけた。
娘を失った理由を知り、取り乱す王と、信じられずこちらを攻撃する宰相の練習をして、『その言葉はもう少し、もったいつけて言ってください』や『その言葉を言う前に笑ってください』といった細かいものまで直されていく。
伏し目がちでと、言われたのは娘さんのことを伝える時だった。
それでも真面目に1時間も練習すれば、付け焼き刃もマシになっていく。
「いいでしょう。合格です。よく頑張っていましたね。ラインツ様のことになると少し眉根が寄っていましたよ。嫌なことを申しあげましたね」
そう言われて、気を付けたんだけどな、と天を仰ぐ。
「ラウルツ。お前は思い切り表情がなくなっていたが、これは練習だ。ここで酷いものを聞いておけば、ある程度耐えられるはずだ」
「うん。でも、思っているからそういう言葉が出るのかなって。先生のこと嫌いになりそうだったよ」
「そんなわけないだろうが!」
ルベルトが焦っていた。
俺にも、思っていませんよ、と言うので『先生が魔法陣を好きで、おじい様を尊敬してくれていたのは、弟から聞いて存じております』と頷く。
ほっとした顔をしていた。
「表情が消える分には大丈夫です。眉根が寄ると、ここぞと攻撃する人間が増えますからね。といっても上出来です」
「はい。気を付けます」
クレバを見ると普通だった。
あんなに酷いことを言われていたのに。
「“貧乏男爵家が取り入りにでもきたか。グリュッセンの甘い蜜に群がる羽虫め”って酷くないか。大丈夫か?」
「男爵家なのは事実ですし、幼い時からある程度は、パーティーで言われ慣れています。何とも思いませんよ」
笑いながら言っていた。
俺とラウルは同情してしまった。
「今回だけ頑張ってくれればいい。それは、慣れてはいけないやつだ」
目を丸くしてから笑って頷いた。
「ソルレイ様が口上を立てて下さるのを楽しみにしております」
「こんな近くにプレッシャーをかけてくる敵がいるとは思わなかった」
おでこを思い切り弾いた。
手で押さえるのに笑って溜飲を下げた。
「ソルレイ様、ラウルツ様。アインテール国に戻りたいのであれば、これを元に王と交渉をすべきです。私も動きますよ」
いかがです?とエリドルドに言われて、ラウルと顔を見合わせる。ラウルは戻りたいだろうな。
「僕は今のままでいいよ? ソウルは?」
「俺こそ今のままでいいよ。ラウルが言う、“第一王子とアーチェリーは恋人説”は、外れみたいだけどな。人を殺しても処刑しない理由がグルバーグ家だからって。なのに、鑑定はしないんだぞ。これって何か違う理由がないか。王族の動きが不審すぎる。怖すぎてアインテールにはいられない」
「鑑定を嫌がるってことは、やっぱりグルバーグ家の血筋じゃないんでしょ。アーチェリーに何か理由があるのかな? ソウルが考えた王子の隠し子説は?」
「アーチェリーの素性か……王が散々庇っているのを見るに。王の方の子かもしれないな」
俺とラウルが不敬な発言をしていても誰も咎めず、話を聞いていたので、逆にいけないと話をやめた。
「コホン、エリドルド殿。ルベルト先生はご存知かもしれませんが、お世話になった先生方を人質に私たちを呼び戻して、戦わせようとしていたようなのです。複数の先生方から人質になれと家に伝令が来たと手紙をもらいました。私たちには王と王子が異常に感じます。戻ってくるのは怖いので無理です」
騎士団が強く、セインデル国を退けていたからよかったものの、カインズ国とのやりあいに担ぎ出されそうになっていたのだ。ルベルトも知らなかったのか。頭を押さえ、王府はなんてことを画策しているんだと嘆く。
エリドルドも疲れたように大きなため息を吐いた。
「8年前になりますか。ソルレイ様とラウルツ様が国を出る前にアーチェリーの血縁鑑定は行うべきだと多くの大臣が主張したのですよ。私も外務大臣補佐として絶対にすべきだと主張しました。しかし、しない、の一言でした。今回もアーチェリーが処刑されていないことを王からも大臣からも聞かされていません。恐らく、箝口令が敷かれたのでしょう。大臣の多くが知っていたのかも疑問です。これだけ秘匿するということは、個人的な理由だと考えるのは自然ですね」
いい加減、気持ち悪くなってきたな。はっきりさせたい気もするが、俺の予想が当たっていればグルバーグ家も揺らぐ。
「エリドルド様。アーチェリーの持っていた魔道具がカインズ国の魔道具を誘因するものだったことで、王都は火の海になりました。本人もその隙に逃げるつもりだったと自白したと聞いています。私もカインズ国とつながりがあり、魔道具を隠し持っていたことを伝えて護送させたのですが……。アジェリード王子は、処刑の為王都に移送させてから他国の人間の差し入れを認めていたようです。これでもまだ、処刑は成されないのでしょうか」
だんだん王や王子に対しての不信感を募らせてきている騎士が多く、士気も落ちてきていると憂いていた。
クレバの言を聞き、エリドルドは、他国の人間による差し入れですか!?と目を剥く。
「これは、他派閥とも話をした方がよいですね」
王族派閥の動きが一枚岩ではなくなってきていることは、外交派閥としても感じていたそうだ。
何か妙なことが起こっているのではないかと危惧していた。
「第1騎士団の長はアーチェリーが生きていたことを知り、辞表を出したと聞きました。聞き取りは王や王子、大臣の前で行われたそうです。その時にも魔道具を持っていて周囲の人間を殺そうとしたと聞きました。詳しい話を聞いてみてください」
「そうしましょう」
「エリドルド。俺は何をすべきだ」
「何でもしてください。すべきことが山積みです。アーチェリーと王子にアインテール国が蝕まれています。生きているのなら糾弾し、王子にも目を覚ましていただきますよ」
髪飾りのようにチャンスが巡ってくるなど、そう何度もない。次の戦争は、おさめどころがなくなる。
「外交派閥と貴族派閥である程度話をまとめてから他派閥に根回しをしましょう」
外交派閥の込み入った話をルベルトと始めたのを見て切り上げることにした。
「そろそろ帰ろうか」
「うん、先生またね。エリドルド殿もありがとうございました」
「成功させてきます。ご助言ありがとうございました」
「ルベルト先生、ありがとうございました。エリドルド様、お話できてよかったです」
挨拶を交わして部屋を出た。
ミルバさんが眼光鋭く玄関で立っているのを見て、クレバに話をするように声をかけた。
「先に辺境に戻る。話が終わってからゆっくりと戻ればいい」
「いいえ、一緒に戻ります」
「せっかく会えたのに。いいのか?」
「はい。父上、ソルレイ様とラウルツ様をお守りしたいので、また」
「ああ」
親子はそれでいいらしい。通じるものがあるようだった。
俺は隣りにいるラウルの手を取った。
6歳で親を失った。この手は、俺が守るのだと思ったが、もう随分と大きな手になった。
「ん? どうしたの?」
「大きくなったなって」
「背?」
にこっと笑う。
もう負けた悔しさはない。
「ふふ。手だよ手。もうぷにぷにじゃない。かわいい手だったのにな」
「ごめんね。家族を守れるようになりたかったんだよ。それに、剣を頑張るとエルクもカルムお兄ちゃんも喜んでくれたからね。なにより僕自身も好きだったよ」
「知ってる。ぷにぷにじゃなくなるから嫌だって言ってもやめてくれなかったからな。好きなんだなって思っていた」
高等科でも、気づいたら武闘派がとるような選択科目が多くて驚いたのだ。
「アハハハ! そういえば言われたね」
俺のことを守りたかったと笑う。
そうか。よく狙われる兄は心配だったか。
そういう風に仕向けていたことに、少しだけ罪悪感が湧いた。
ずっと傍にいて、守るつもりでいたのか。
まあ、これは今も続いているな。アイネに申し訳ない気持ちもある。
「謁見の時も守ってくれるのか?」
冗談で尋ねれば、にこっと笑う。この笑い方は変わらないな。
「うん! 任せて!」
すると、クレバがため息を吐き、「私もいるのですが」と言われた。
「ごめん、ごめん。ラウルが隣にいると心強いんだよ。剣が使えるとかそういうことじゃないんだ」
互いに不安になると、声をかけ、抱きしめる。
痛みを分け合い、喜びを分かち合い、生きてきた。
「これからも幸せに生きていられるように、謁見は頑張らないとな」
「うん。大丈夫だよ。グリュッセンには、僕たちいっぱい税金払ってるしね。好意的なはずだよ」
「プッ、アハハハ。そう言われればそうだな。この前、ノエルからディハールにも店を出せばいいだろうって手紙をもらったよ」
「じゃあ、失敗したらディハールに行こうよ」
「それもいいな」
住めば都だ。ディハール国でも楽しめるだろう。
「ソルレイ様!? ラウルツ様もそのようなことを言わないでください」
分かっている。だけど、
「「どれだけ準備をしても失敗する時は失敗するよ」」
王様のその日の機嫌次第だろうと言えば、ラウルは笑い、クレバは、頭を振っていた。




