ラウルのお茶会は花模様
屋敷に戻るとエルクが大階段を上っていたので、俺もラウルも『エルクー!』階段を駆け上って踊り場で掴まえた。
「出かけていたのか」
「レストランに行っていたよ」
「クレクレが来たからね。約束していた海鮮だよ」
「道理で昼にいないはずだ、声をかけてから行ってくれ」
昼に俺たちがいなくて寂しかったのか。『ごめんね』と二人で謝った。
エルクは頭を撫でつつ、階段下にいる二人を見て頷いていた。
「家族で少し話したいんだ。今からいい?」
「かまわない」
緊急家族会議を開いて、クレバとエイレバの話を伝えることにした。
「今日は温室ね。僕が用意をするよ」
「ああ」
「分かった」
そろそろ花が満開になると、ラウルは庭師から聞いたらしい。それならとラウルに茶会を任せた。
庭の一角にある温室には、グルバーグ領で一緒に育てていた草花もある。忙しい時も、ラウルはアイネやアリスと共に世話をしてくれていた。
いつしかデート場所になっていったようで、お茶を楽しめるように丸いテーブルと椅子が置かれるようになり、息抜きに偶に使わせてもらうこともあった。
花の絵が描かれたカップは、ラウルのお気に入りのもので、ガラスのポッドの中には大きな花が一輪咲いていた。
この花茶は、モンパー国と取引のあるグリュッセンの商店で買ったものだよと言って淹れてくれた。
「ソウルの言うとおりになったな。無能な王子で国は傾く」
エルクの言葉に、出そうになったため息を呑み込んだ。
「他の者たちが動いているからこそ、傾くだけですんでいるが……これは大国のアインテールだからだ。小国なら吹き飛んでいるぞ」
カルムスの言葉には激しく同意だ。
詰む要素が多かった。他国に筒抜けになった時に、すぐに襲われるだろうなと思っていた。
だけど、そうはならなかった。
アインテールは、軍の力が強く、すぐに襲うという判断をさせなかったのだろう。
今回、軍と関わって強さがよく分かった。
「僕の恋人説はどう? 当たりでしょ?」
「アインテール国に来たのは、11歳でしたよね。どこかで見初めるにしても、大した容姿ではありませんでしたよ。利発でもありませんでした。王子の性癖までは分かりませんが、ないと思います」
ダニエルが酷い物言いで、恋人説はないという。
「えー? でも、異常なまでの愛を感じるよ?」
「ラウルの言うとおり、処刑が決まった人をこっそり匿って、王族派閥にも隠すって変だと思う。そこには恋愛ではなくても、愛はあるんじゃないかな」
恋愛ではなく、友愛?……もないだろうが、何かある気はする。家族愛? まさか、自分の子供じゃないだろうな。
「王子がアーチェリーを特別に思っているのはそうなのだろう。恋愛でないとすると利害が一致しているのだな」
「第二王子ならクーデターも考えられますが、第一王子ですからね」
「となると、第一王子が無能だから王は、第二王子に王位を譲ろうとしているのかもしれんな」
「そういうこともあるのか」
「有り得そうですね」
「ああ、それじゃないか?」
「えー。本当?」
「ならば、こんなところだな」
セインデル国とのクリヒーの丘では逆にアインテールが優位に立った。予定通りにいかずに勝って凱旋した。そこで、第一王子がアーチェリーを介してカインズ国と結び、襲わせたのではないか。
カルムスの推理では、第一王子は暴君だな。
「ふむ。それで仕方なく、遠距離攻撃の魔道具をアーチェリーに持たせて襲わせたということか?」
「そうだ。これが当たりだろう」
「カルムス兄上っぽい推理だな」
「ソルレイ、どういう意味だ」
睨めつけられて肩をすくめた。
「怒らないで欲しい。全部を否定してはいないよ。でも、最後の、魔道具を持たせて攻撃させるのはちょっと……あまりにも非道すぎる行為だから……」
先生や友人達の手紙には、逃げる人々や混乱する姿が書かれていた。無差別攻撃はさすがにやり過ぎだ。
「カルムお兄ちゃんは、僕達よりもアジェリード王子のことが嫌いだもんね」
「そうそう。そこまでいくとクズの所業だよ。王になるのが目的になってる」
国を繁栄させるために王になるはずが、国に悲鳴を上げさせ、王になるのだ。
手段と目的が逆だ。
「結局、どうなったら終わるの?」
「こうなると、第一王子とアーチェリーが処断されない限り終わらんな」
「じゃあ、無理だね。だって、王も諌める気ないもんね」
「派閥内で第一王子派と第二王子派で分かれているのでしょう。王は、もしかすると第一王子に、と思っているのではないでしょうか。継承権の順位を守らないと、次代でまたクーデターが起きます」
さっきとは逆のパターンか。
「次代までアインテールがあればいいがな。他国と手を結んだんだ。次は王を暗殺するだろう。王を殺せば自分が継承権一位で王になれる」
なんて怖い世界なんだ。
協力すると決めたものの、早くも後悔の念が湧く。
でも、そうするとどうなるんだ。
アインテール国はどこかに攻められるのだろうか。
「俺からもいい? ここで俺たちが協力するかしないかで未来は、どれくらい変わるの? お爺様の愛したアインテール国は、どこかに攻められる? それとも、カインズ国とやりあって引かせられそうだからもう大丈夫なのかな」
俺やラウルが動くのは、お爺様のためで、守るのは、お爺様が愛した美しいアインテールの自然だ。
王のためではないし、王を諌めるのは大臣たちの仕事だと考えていると伝えた。
領民の平和が脅かされないのであれば、グリュッセン国の王と謁見できるように協力をして、騎士団を無事に返した時点で終わりにするつもりだ。
すると、3人は腕を組んだり、目を閉じたりして考えている。俺もラウルも軍に所属したことはないので、3人を頼るほかないのだ。
ふわふわと揺れるポッドの中の花を見つめながら、香りが鼻に抜ける紅茶を味わう。優しい味だ。
「各国の王子達は、今回の戦争の結果を、注視している。特にカインズ国を手に入れられれば、魔道具の英知が手に入る。カインシー貴族学校に行かせる必要はもうない。自国に作ればいいからだ。狙うのならアインテール国ではなくカインズ国だ」
「俺もエルクシスに賛成だ。しかし、カインズ国を手に入れ、魔道具の知識を得たならば、2、30年後に遠隔でアインテール国を狙うだろう。着弾しているのは見ているからな。アインテール国への情報収集のために他国の貴族たちが子供を通わせるだろう」
俺とラウルはどういうこと?
学校になんで来るの? と聞くと笑ってダニーが話をしてくれた。
カルムスは話を端折るので、少し分かり辛いのだ。
「被害があまりないとなれば、防御システムがあるとみて、攻撃はしないでしょうからね。その情報が欲しいのですよ。近隣国もカインズ国の魔道具が欲しいので、奪った国とやりあうはずです」
そうでないと、自国が狙われるのは時間の問題だからという。
遠距離攻撃は各国にも脅威を与えたのか。
そして、防御できるアインテール国との外交のやりとりが活発化するというのがダニエルの見立てだ。
なるほど、子供同士で情報を得るためと大人は外交で話を得るのか。
「ソルレイ。グリュッセンの王への謁見は、第2騎士団長のクレバがするよりお前がする方がいいぞ。恩を売れるからな」
「見つけたのは、クレバ達だよ」
友人の手柄を奪う気はない。
カインズ国の魔道具だけ手に入ればいい。
「ならば、謁見申し込みはソルレイがしろ。軍の騎士団長では向こうも警戒をする」
海辺の複数の屋敷に騎士がいるのも露見するのは時間の問題だと言われ、話をする必要があるという苦言に頷く。
謁見自体は参加した方がよさそうだ。
見方によっては、アインテール国軍の後方支援をしているように映る。
「ん、分かった。指揮をとっているっていうルファー殿と話をするよ」
第1騎士団は 5人らしいけど、話はしておいた方がいいだろう。
ラウルを見ると頷いてくれる。
一緒に行くと目が言っていた。
「謁見の時は、俺とラウル、クレバの3人にする。クレバの話だとルファー殿は猪突猛進みたいだ。軍人色は出さないようにしたい。娘さんの報告に重きをおくよ。その方が、交渉は絶対に上手くいく」
クレバとラウルならば任せてくれるが、ルファーと一緒はまずそうだ。思惑が異なるだろう。グリュッセンを参戦させたいわけではない。
「ソウル。謁見の時に、私はいない方がいいのであればそうするが、ルファーと話をするというのであれば共に行くぞ。お前たちを害しようとした騎士団だからな」
「うん。ありがとう」
「一緒に行ってくれると嬉しい」
俺もラウルもエルクの気持ちが嬉しいので笑ってお願いをした。
カルムスとダニエルが、警戒するように目を細めた。
「俺も行こう」
「グリュッセンに入れる前に話をつけたほうがいいですね。ウェイリバ殿はソルレイ様が作った魔道具を持っていますよね。探知して飛びましょうか」
「うーん」
飛ぶということは転移魔法陣か。
あれは危ないのだ。
相手側に安全の確保のために隔絶魔法を頼まなければいけないし、飛ぶための繋がりもないといけない。
今回は渡した魔道具に使った兄弟石があるからなんとなるが、やりたくない。
「ソウル、大丈夫だよ。90パーセントは成功だよ」
「違う。逆だ」
グルバーグ家でも90パーセントの成功率しかないのだ。だから禁止されている。98パーセント以上で認められ、限りなく近い100で世間への公表を許される合格の魔法陣だ。
転移魔法陣は、失敗したら、空間の間に挟まるかもしれない。リスキーな魔法陣だ。
転移先に自分の魔力で描いた魔法陣がなければ成功率は、ぐっと下がり、発動にも膨大な魔力がいる。
ここまでは、今まで研究していたグルバーグ家の先祖の記録で分かっている。
「ソルレイ、大丈夫だ。そこまで心配しなくてもいい。条件は揃っている。魔道具に魔法陣を組み込んでいるだろう?」
「……分かった。やるよ」
「明日の朝に出よう」
「うん」
第1騎士団か。行った先で、揉めないようにしないとな。
海辺にいる騎士団は、第3騎士団でエイレバが騎士団長であるため、大人しいが、他の騎士団がどうかと言われると分からない。
第2騎士団は大丈夫だろう。
ダンジョンの騎士団も恩を売ったから、まあ、大丈夫ではないかというくらいだ。
エイレバの使っている部屋にいたクレバに、“こうする”と結論のみ話をすると、
『ソルレイ様。最初からお願いします』と言われ、家族会議の内容を伝えると、時々、眉根を寄せつつも何も言わずに最後まで聞き、『分かりました』と言った。
「ウェイリバ兄様のところに行くのなら連れて行ってもらってもよろしいですか」
魔力を食うからグルバーグ家じゃないととてもいけないよな。
「まあいいか」
「……急にグルバーグ家が総出で来るとなると、知らない騎士団が混乱します」
「そうかな? 大丈夫じゃないか」
「絶対に混乱しますからお願いします」
「もうグルバーグ家じゃなくて、フェルレイ家だからな。グルバーグ家はアーチェリーが当主だ。無関係な第三者が来たとはなると思うけど、混乱はしないと思うな。別に、アインテール国に一緒に凱旋したいわけでもない」
「一緒に凱旋していただけるなら我々は歓迎しますが、叶わない望みだということは理解しています」
目を伏せるので、俺が苛めているような構図だ。そんなに肩を落とさないで欲しい。
「もう他国の人間なんだけどな」
「そう思っている者ばかりではありません。高等科の頃からフェルレイ家を名乗っていることを知っている私だって、ソルレイ様はグルバーグ家の血筋だと思っています」
「ああ、そういう意味か。俺も弟もラインツ・グルバーグの孫だよ」
これは一生変わらない。他人がどうこう言おうとも変わらない事実だ。
「この屋敷をどう思う?」
「え? そうですね。とても立派な屋敷だと思います」
急に変わった話に不思議そうな顔を見て笑う。
「この屋敷は、お爺様の屋敷だ。俺とラウルで、アーチェリーが来る前にグリュッセンにあった別荘と丸々、入れ換えたんだよ」
「!」
「ここが本物の屋敷だ。ずっと、アインテール国にあった屋敷。ベリオールの移転の話はしただろう。家族のように思う使用人も楽しく過ごした屋敷もおじい様の愛した風景も領民たちの心も何も渡す気はなかった」
足を踏み入れられるのが嫌だった屋敷は、その筆頭だった。兄であるカルムスも怒った。だから移した。
「アーチェリーが得たのは、グルバーグという名前だけ。全ては移され空っぽだ。俺も弟も大切にするのは中身なんだ。他は興味がない。これが、他の貴族達には分からないんだ。名前こそ大事だって言う。そんなことは、どうでもいいんだよ。俺たちはお爺様の孫として誇りを持って生きていく。どこにいても名前が変わろうとも」
生きていく場所も自分で選んで掴み取る。
本当にアインテール国に戻りたい、また住みたい、そう思ったならその時は掴みにいけばいい。
その未来を。愛する皆とともに。
「クレバ。ミルバさんは自分で掴みに行ったんだ。騎士という職業じゃないと、騎士らしく生きられないなんて考えすぎだ。ミルバさんは今も騎士の心のままルベリオで働いている。自分自身は、どうしたいのか考えろ。アインテールの状況次第で王の隣におかれるぞ。時間はそれほどない」
そう言うと、強い目で射抜かれて怯みそうになる。
「私の願いを口にしてよいのですか? それならば決まっています。隣でなくとも結構です。前でも後ろでもいいので、守りますから雇って下さい」
「俺の護衛は、ベンツがしてくれている」
必要ないと笑うと、至近距離で告げられる。
「もう一人くらい雇ってもいいでしょう。侯爵家なのに護衛が少なすぎます。山側だからと安心しすぎです。私から見ると隙だらけです。ソルレイ様は戦いが苦手ですよね?」
そんなはっきり言わなくても……。
同じ学年だったのだから、体育祭の勇ましさを知っているだろうと言い返した。
「戦える。剣とか槍が無理なだけだ。魔法も魔法陣もクレバより扱えるし、エルクもラウルもいるぞ。それにこの屋敷には至る所に魔法陣が、描かれているんだ」
「それでも、私がいてもいいはずです」
「なんだよ、それは。どういう理屈だ。貴族の使用人が多いから、皆に、魔法陣も教えているんだ。うちの守りは鉄壁だぞ」
できることはやっている。
「では、第一騎士団がなくなり、王都勤務になったら辞職します。辞職したら屋敷の警備員として雇って下さい」
「ええ? ルベリオでパティシエは?」
「それはお断りします」
食べる専門だと言い張った。
しつこさに根負けしそうだ。
「お願いします」
「…………考えておく」
仕方なくそう答えるのだった。




