招かれた食事会と貴族の作法
「まあ!では同じ学年になりますのね!」
グルバーグ家は、代々魔道士学校に通うが、アヴェリアフ侯爵家の令息も同じ学校に通うとは思わず、検閲の時にその話で盛り上がったのだとおじいさんが伝えた。
子供が同い年だと知ったアメリアの反応は劇的だった。
他国の学校に通う我が子を守ろうとする母の愛情は世界共通だ。
仲良くさせておきたいとアンテナが立ったらしい。
「ノエルは物静かなので心配しておりましたの。いつも読書をしていますのよ」
困った子と、悩まし気な息を漏らす。
「ガンツ殿にも申したが、子供の成長は子供それぞれ。気になさる必要はないだろうて」
「あなた……。気にしていない振りをなさっていたの? 言ってくだされば私だってあのような…」
ええ?
急に頬を染めて、ガンツをチラチラ見るけど、ラウルの前でやめてくれ。
「うむ。お前が気に病む必要はないのだ」
「あなた……」
何か分かっていないけど、野生の勘で話に乗っただけだろう。
明らかに分かっていない顔をしていた。それでも堂に入っているので、狼狽しないというのは本当に大事なことなのだな。こんな時だが、エリドルドに教えてもらった助言の復習をする。
俺にも関係する話なので耳を傾けていたが、急に始まった二人の世界を見せられてどっと疲れた。
侯爵家ってゴーイングマイウェイだな。自分本位とまでは言わないけど、食事会の席なのに俺たちは置き去りだ。
視線を切り、美味しそうに食事を食べるラウルとマリエラを見て和む。
ノエルの妹のマリエラは、ラウルの2つ下になる。人形のように冷たい第一印象を持ったが、見る限り普通の女の子だ。
好きなものが皿の上にあるのか笑顔を見せている。
ふと視線を感じて、そちらを見るとノエルにじっと見られていた。
びっくりした。
負けじと見返す。
見返す中で気づいた。これは、観察だな。
幼い子が虫や花をじっと見るあれだ。
「ノエル様は、昆虫がお好きなのですか?」
目を“パチパチ”と瞬いた。
当たりだ。
「何の昆虫がお好きですか?」
「なぜ?」
短い問いかけはエルクを思い出させた。
最後にはたくさん話してくれていたけど、相当頑張っていたはずだ。思わず思い出し笑いをしてしまった。
“何故言わないといけない”や“何故そんなことを聞く”なども考えられるけど、単純に“何故分かったんだ”だな。
驚いたからレモン水に手を伸ばしたのだろう。
「私のことを観察していたでしょう?昆虫の観察をする時は、驚かせないように静かにじっと観察するので、お好きなのかと思いました」
「……蜘蛛」
蜘蛛が好きなのか。
会話が成立していないように感じるが、俺の質問に答えてくれているだけだ。
納得したからされていた質問に戻った、ということだな。
「蜘蛛は種類が多いので観察のし甲斐がありそうですね」
「そう」
僅かに口角を上げる。話すのが嫌なわけではなく、楽しいと思っているのかな。
俺も笑い返して食事を再開させた。
会話を楽しみながらエレガントに食べる技術は身についていない。どちらか1つしかできないのだ。
ただ、アメリアとガンツ、おじいさんからの視線はひしひしと感じる。もっと子供同士で話をして欲しいという願望が滲み出ていた。
でも、頑張ったと思う。
今日はここまででいい。
ドルチェを食べている時にノエルに見られていたので、目があったまま咀嚼をした。
「……」
「?」
じっと見られるのでコクンと飲み込み、言葉をじっと待つ。
「……明日一緒にーー」
「いいよ!ラウルも遊ぶー!」
あ。
待てなかったラウルが笑顔で返事をした。
ノエルはどう言うかなと、待つと、驚いたようだが笑って頷いた。
「では、明日。弟とまた来ます」
機嫌良さそうに軽く頷くので、ドルチェに戻る。美味しいから残したくない。
自分の口を拭きラウルの口元を見て、まだしてやれることを喜べばいいのか、今日はできて欲しかったと思うべきなのか……。
やっぱりしてやれることが嬉しい。
前は一人っ子だったから姉弟がいることの幸せを転生してから知った。
下のラウルは、特に構いたくて仕方がない。
自宅出産でラウルが生まれた時から見ていることもあるのだと思う。小さい指を握った時の柔らかさと暖かさに驚いたことは鮮明に覚えている。
「ラウル」
小声で呼んで、振り向いたラウルの口元を拭いてやる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
頭を撫でると笑う。同じタイミングで給仕に紅茶を淹れてもらい、ディハール産茶葉の豊かな香りを楽しむ。
様子を見守っていた大人たちが再び口を開いた。
「ラインツ殿。お急ぎではないと聞いたが、予定は本当に宜しいのか?」
「よい、よい。この歳の子らの遊ぶ時間は貴重だ。時を戻したくとも戻せぬ。明日は1日遊ばせる。しかし、遊びに夢中になると……多少の粗相は大目に見てもらえるかの」
「うむ。その通りだ!子供は腕白こそが花だ。無礼講で構わぬ。アメリアよいな?」
「ええ、かまいませんわ」
大人たちも上機嫌なので上手くいったのだろう。
それにしても、ノエルが無口なのは、ガンツの声が大きいからではないかと疑問に思うのだった。
また明日參ります、と挨拶をしてホテルへ戻ったのだが、ダニエルとカルムスに明日遊ぶ話をすると、俺のやった失敗を指摘された。
なんと、遊びに誘うのはこちらから誘わないといけなかったらしい。
「え!? 誘うのに順番とかあるの?毎回誘われたら向こうも困らない?」
断り辛くならないのかな?
「ん? どうしてだ? 遊ばんと言えばいいだけだ」
酷い。
そんなことを言われたらもう2度と誘いたくない。
「ダニー。上級貴族は、カルムお兄ちゃんばっかりなの? 断られるのにこっちから誘い続けないといけないなんて辛いよ」
「アハハ、そのようなことはありません。優しい方も多いですよ。それに行きたくないけど、上級貴族の方が行きたそうな場合もこちらが誘わない限り向こうからは言ってきませんので、気づかないふりも大切なのです」
遠い目をするダニエルに何があったかは聞けない。
「そ、そうなんだ。分かった」
「おいおい、ソルレイ。俺へのフォローはないのか?」
「ないよ。遊びに誘ってあげたのに“遊ばん”とか高慢過ぎるよ。カルムお兄ちゃんは反省してダニーに謝って」
「ダニエルにそんなことはしていないぞ」
「誰かにはやったんでしょ? どこかでダニーが泣いてるよ」
「お前は何を言ってるんだ?」
「遊ぼうって言われたらいいよーって言うんだよ」
ラウルがメッと注意をする。
「そうだよな。友達だからな」
「うん!」
「大して仲も良くもないが、同じ輪にいるやつもいるだろう? そういうやつは断っていいんだ」
ソファーに腰掛けて優雅に紅茶を飲みながら言っているけど、同じ輪にいてもいいってもいい思っている時点で、まだ仲良くなっていないだけなんだから、思い切って遊びに行って相手を知ればいいと思う。
すごく気が合うかもしれないのに……。
「お兄ちゃん、そんなことある?」
「うーん、今まではなかった。……けど、貴族の集まりだとそういうこともあるのかな? ラウルが行きたくない時は行かなくていいけど、意地悪で言うのは駄目だ。それに遊んでみるとすごく楽しい場合もある」
「うん。僕も遊んでいる内に仲良くなれると思う」
皆が顔見知りの小さな世界ではすまないので、そういうこともあるんだろうなと漠然と考える。
変な子もいるかもしれないからな。
意地の悪い子もいるのだろう。
それでも相手がどういう子かは、結局、遊んでみないと分からないのだ。




