屋敷への来訪者と海鮮 後編
この8日後、グリュッセンにクレバがやって来た。
軍は駐留させたままで、指揮は一番上の兄ウェイリバさんに任せたという。
屋敷の玄関で会ったが、大きな怪我どころか服も綺麗に見えた。
「なんだ楽勝だったのか?」
「まさか、そんな簡単なものではありません」
慌てていた。
ラウルにクレバと出かけてきていいか聞くと、『僕も行くよ。上着をとってくるね』と部屋に行ったので、戻ってきたら3人で海鮮を食べに行くことにした。
「あ。エイレバさんにも声をかけた方がいいな」
「え! まさか、まだ泊めていただいているのですか?」
「泊まったり泊まらなかったりじゃないかな? 魔道具がないと連絡とれないだろ。あれは、貴重なんだよ。夜間に動きがありそうな時はゲストルームに泊まっていたよ。今日はいたはずだ」
「私も泊めて下さい」
「まあ、いいけれど……」
すかさず言ってくる。泊めるくらいならいい。客室は多い。
「ミーナ。悪いんだけど客室を一つ頼めるかな」
「かしこまりました」
頭を下げ、下がっていく。
そして、ラウルが階段を下りて来ると上着を羽織ったエイレバさんもいた。ラウルがちゃんと声をかけてくれたようだ。
じゃあ4人で食べに行こうかと海の近くにあるレストランまでのんびりと歩いた。
コース料理もあるけど、好きなものを単品で頼む方がいいかな。
行くと、まだランチ時だったため、ランチメニューしかなかった。
店の前の看板を見る限り、スープを3種類の中から選び、前菜も、メインも3種類の中から選ぶ式で、単品で頼めるメニューはエビフライやイカフライといった揚げ物とカルパッチョくらいだった。
「ソウル、店を変える? 屋台は?」
「アハハ、そうだな。夜にしか来てなかったからこんなに少ないとは思わなかった」
ラウルと話していると、クレバもエイレバさんも十分です、と言ってくれたため、入ることにした。
店の味はいいのだ。
店の前に立って扉を開けるドアマンが、ほっとした顔で扉を開けた。
中に入ると、支配人がすぐにやってきて、
「いつもご利用ありがとうございます」と挨拶をした。見られていたのかな。個室を使いたいことを話して、先にチップを渡す。
「昼時に悪いけれど、家に招いている客人なんだ。個室とあと珍しい食材があれば頼みたい」
「かしこまりました。当店自慢のブイヤベースをお楽しみください。本日は、大エビと秋サバも良いものが入っております。珍しいものですとクラゲとアコヤガイでございます」
クラゲ……。刺身かな。
「ブイヤベースは全員に、ペンネも入れて欲しい。大エビは 1匹ずつで、白身の魚と美味しいイカがあればカルパッチョにクラゲも前菜かカルパッチョで。アコヤガイはフライで。サバは……任せるよ」
「かしこまりました」
好き嫌いはないと聞いたので、注文をして案内された個室に座る。
本来なら席に着かずに注文するのはマナー違反なのだが、グリュッセンに滞在して何年も経っており、そこまで気を遣う間柄でもない。
食前酒で乾杯をして口につける。
その後は、料理が運ばれ美味しい料理に舌鼓をうった。
デザートまで運ばれると、ここは紅茶も一緒に供されるため給仕たちにチップを渡し下がってもらった。
個室にしたのは話ができるようにだ。
盗聴防止の魔法陣を部屋の広さで張る。ラウルも隔絶魔法で空間を切り取り、軍の機密が漏れないように念を入れた。
「ご配慮ありがとうございます。ソルレイ様、ラウルツ様。……クレバ。全員アインテール国に帰るということでいいのかい?」
「そう言いたいのですが、ここにきて少し状況が変わりました」
俺もラウルもなんとなしに聞いているだけだ。聞いても分からないことの方が多いだろう。
「グリュッセンの第一王女も人柱にされていた一人だと分かりました」
「「「!!」」」
「持ち帰った髪飾りです。全裸の女性たちの持ち物で持ち帰れるのはそれくらいでしたので。調べたら隠し紋が入っていました」
「そういえば……亡くなったって耳にしたね。聞いたのは随分前だったよ」
ラウルの言に頷く。
「亡くなったのは聞いたけれど、ダンジョンで亡くなった女子生徒の中の一人とは気づいていなかったな。その髪飾りはどうするんだ?」
使い方は色々ある。
「事実を話して返そうと思います」
エイレバも賛成のようだ。
「そういうところは、本当に騎士道に基づくんだな」
「「?」」
返さないより返す方がいいですよね、と言うので俺の性格が悪いように感じる。
「使いようだよね」
「うん。使いようだ。一枚切れるカードを手に入れたということだ。グリュッセンの王は静観していたが、娘が殺されたと分かればカインズ国を攻めるかもしれないし、アインテール国に持ち帰り外交交渉として使うのであれば、グリュッセンに多くの人間が逃げることも可能だろう。門を開けてくれって言えばいいわけだ。他国に広く知らしめることで、他に犠牲とされた女子生徒のいる国は、カインズ国に協力しない」
クレバは分かっていたようで、そう言って第1騎士団を引かせる説得をしたという。
言う必要はなかったようだ。
「そうだよね。カインズ国に入ったら途端に各国が疲弊したカインズ国を襲おうと出軍するかもしれないよ? やっぱりアインテール国に帰るのがいいよ」
ラウルもそう言って頷く。
俺もラウルも平和が一番だ。
各国も参入してきて戦国時代など恐ろしい。今なら白旗をあげたセインデル国に賠償をさせることもできる。
カインズ国にも話をして賠償金を得る方が国内の立て直しにはいいだろう。
「ただ、国に持ち帰ったとして、混乱している中、外交を担う家がどこまで動くのかという問題があります」
ここでグリュッセン王と話を詰め、返却するのがよいのではないかと考えているという。
話すのなら王になる。王女だものな。
信じるかは、微妙そうだな。
「そういうのは、エリドルドさんに任せる方がいいんじゃない?」
「確かに。外交から圧力をかけるのも必要だと思う」
エイレバさんも軍の単独よりは外交が機能していると見せるためにも一旦持ち帰ってもいいが、それだと後手に回ることになるという。
「いくつか方法はありますよ。例えば、エリドルド殿をゲートで連れてくるとか。グリュッセンの王に面会できるように、今から申し入れをするとか」
これでアインテール国が落ち着くなら協力してもいい。
亡国ラルドの侯爵家、ソルレイ・フェルレイが善意の第三者として協力をするのだ。
エリドルドが昔、お爺様を助けるためにディハール国で骨を折った。
そして、俺とラウルがアインテール国でも受け入れられるように動いてくれた。
ここでその恩を返すのが、人というものだ。
「ソウル、待ってよ。この戦争ってどうなったら終わるの? クレクレはどこまでしろって言われているの?」
「それもそうだな。そもそもの命令って何なんだ? 戦争終結の絵図を描こうとしているけれど、カインズ国を落とせって話なのか。それとも力を見せての和平交渉なのか?」
そう言うと、クレバだけではなくエイレバさんも揃って困った表情だった。
「命令は、セインデル国の後ろにいるカインズ国と戦ってくれ、だけです」
「他には何も言われていないんです」
「「本当に?」」
「「はい」」
それはどういう。指揮系統が途中で切れているとでもいうのか。
黙って話を聞くと、第1騎士団も5人だけで、あとは辞めたりしていると言うので増々、意味が分からず、盗聴防止の魔法陣が反応していないことを確かめ、
「もしかして、怖くなって逃げたのか?」と聞いてしまった。
「クレクレ……責任者にされる前に逃げた方がいいよ」
「俺もそう思う。第2騎士団長の立場が重くなっていくぞ。そして、王の守りに据えられて逃げられなくなるんだ。帰ったら王都勤務だぞ。しかも王城で王の隣だ」
「本当にそうなるかもしれません。考えないといけませんね」
嫌そうに息を吐く。やっぱりそれは嫌なんだな。
「今回の戦争に赴いてから知ったのですが、第1騎士団の騎士が言うには、アーチェリーは処刑をされていないそうなのです。そのことを知らなかった者と知っていた者がいて、第1騎士団は空中分解のようになってしまっているんです。騎士団長は、辞任したそうですが、後継はまだ指名されていません」
第1騎士団が滅茶苦茶で混乱しているらしいと聞くが、それ以前に疑問符だらけになった。
「処刑って?」
「アーチェリーって処刑されそうだったの?」
俺とラウルが疑問一杯で尋ねると、驚いていた。
「アーチェリーは王子の後ろ盾があるのだろう?」
「王もだよね? だって王命でグルバーグ家の当主になったんだから」
「第1騎士団内で何か揉めたのか?」
クレバが兄を見るので、エイレバさんが説明するのかとそちらを見ると、『クレバから説明します』と言うので、ラウルと揃って、また視線を戻した。
「……ご存知だと思っていました。アーチェリーはグルバーグ家の人間だということで戦場に出ていたのです」
「うん、そこまでは知ってるよ」
「フィルバが言っていた。学食をおごってくれた時に、それで第3騎士団が出ていると聞いたよ」
2年前の話だな。それから何かあったのかと尋ねたが、それからの展開が意外すぎた。
話を聞き、俺とラウルは「あぁぁ」とか「うわぁー」と言った声を漏らしていた。
高等科は、カインズ国の貴族学校に通っていたらしく、そこでつながりを持ちカインズ国の手先となっていたそうだ。
性能のいい魔道具を持ち、アインテール国の騎士達を何度も殺害しようとしていたと聞き顔を顰める。
味方だと思って油断していた頃に犠牲者も一人出ていると聞き、頭を振り紅茶を飲んで落ち着く。
アインテール国の王都に集中砲火があったのは、死刑判決が出たにも関わらず、第一王子が処刑を拒み匿っていたため隠し持っていた魔道具を使い誘因したことが原因だというのだ。
そして、皮肉にも一丸となって事に当たらないといけない有事に、第1騎士団長をはじめ知らなかった王族派閥の騎士達が辞意を表明し、もはや第1騎士団は何人残っているのかも把握できていない状態だという。
「「なにそれ」」
俺とラウルは同じ言葉で呆れた声が出ていた。
クレバに、それなら報告に戻ったら第2騎士団がそのまま第1騎士団になるのは確実だろう?と、問うと遠い目をする。第1騎士団自体が無くなっていればその可能性は高い。
「ずっと思っていたんだけど、アーチェリーと第一王子って恋人かなんかなのかな」
「ラウル、それはちょっと……。いや、あるのか? 何でそこまで庇っているのだろうな?」
グルバーグ家に据える時も強引だったけれど、ちょっと異常だ。
学生の時は、器量がないのに、何かをして自尊心を満たしたい残念な王子くらいに思っていた。が、ここまでくるとアーチェリーをどこかで見初め、当主に据え自分のものにできるように引き立てていると言われた方が、納得はできそうだ。
クレバに第1騎士団の人はその辺りは何か言っていたかと尋ねた。
「いえ。“とっくに死んでいると思っていた”と言われました」
あの第1騎士団が、そう言うのか。
なんだか真っ当に聞こえるな。
「やっぱり恋人だよ。じゃないと、死刑囚を匿う理由がないよ」
「まあ、そうか。……だとしたら一貫して愛はあるよな。周囲どころか俺たちにも国にとっても、はた迷惑な愛だけど。その愛を貫けるということは、王も容認しているんだろう」
「でも、王子の一方的なものだよ。だから、アーチェリーは魔道具で対抗しているんでしょ」
そう考えると怖いな。早めに国を出て正解だった。
「妄執的な愛で追い詰める王子と国を滅ぼしても逃げたいアーチェリーか……」
紅茶に手を伸ばす。
男女なら壮大なロマンス小説になりそうだ。
アインテールが勝てば、王子はアーチェリーを手に入れ、カインズが勝てば、アーチェリーは自由になれる。
「なんだかアインテール国の王都が襲われたのは、自業自得な気がするね。もう、軍は戦わなくていいんじゃないの? これって王子が原因だよね」
「うん。クレバ、俺は以前にも残念な王子は国を潰すって言ったけど、本当にそうなるかもしれない。身の振り方は考えてから帰ったほうがいい」
俺たちのやりとりを聞いていたクレバとエイレバが、額を抑えたり、眉間のしわを揉んだりしていた。
「なんだかそう思えてくる一面もあるのですが、アジェリード第一王子には妃がいますよ」
エイレバの言に大きく頷いてから返す。
「政略結婚でしょ」
「弟の言うとおりだと思います。愛はないのでしょうね。愛人が本命だなんて悲しいことですが、王族ですから……」
俺たちがそう言うと、エイレバさんは沈黙したが、クレバはアーチェリーと話をしたことがあるらしく、言い切った。
「あの者に、人に好かれる要素などありません」
カインズ国の貴族学校の時に、何人も女性を脅して身体を奪っていたらしく、アインテール国の騎士団の中でも被害女性がいることを話した。
戦場から26回逃亡したが、夜半に女性たちに石を投げつけられているのを見たらしく、その時に理由を聞いて判明したと言うから吐き気がした。
「最悪だ。なんてことを……」
「信じられない。女性にそんな酷いことをするなんて」
俺とラウルは嫌な気分になった。
使用人たちへのセクハラでも許せなかったのに。
もし、アインテール国の高等科に進んでいたら領内でどれだけの被害者が出たか分からない。
女性を見たら手を出そうなどと……。
振る舞いが傲慢過ぎる。動物でも行う求愛すらしないのだから。欲望を抑えられないなんて、ただの危険人物でしかない。
グルバーグ家の名前を使って脅していたと聞き、怒りがこみ上げた。
死刑囚になっていることを知り、余計に腹立たしく思う。
領地を守ることも盛り立てることも考えていなかったのだ。
フォルマの”辺境は無事です“という手紙の言葉や、会った時に”心配しないでいいですよ“と言った時を思い出す。
グルバーグ領に誰もいなくなっても領民を守ってくれる気だったのだろう。
一つ大きな息をつく。
「……クレバ。俺たちは、アーチェリーの蛮行を今知ったところだ。騎士団に協力してやるから屋敷に滞在するといい。他の騎士団もグリュッセンで一度羽休めだ。アインテール国にゲートを潜って戻れ。俺は辺境に逃げている先生達に正確な情報をもらう。エイレバさんもミルバさんに会った方がいいでしょう。辺境から閉店した時間のルベリオに送ります」
その間、騎士団は海辺に用意した屋敷に入れればいいだろう。
「僕は騎士団の着替えを用意するよ。軍服や武器は収納の魔道具に入れるから心配しないで。10日ほどで完了するようにしようかな。エルクも連れて行くね」
「うん。頼んだ。第1騎士団が5人だっけ? 煩かったら騎士達に縛り上げてもらってくれ」
「5人は第1騎士団だからおいていくって言ってみるね。それで言うこと聞きそう。5人だけで帰るのは、嫌だろうからね」
俺とラウルは、アーチェリーが絡んでいることを鑑みて、関わる覚悟を決めた。
目を丸くしているクレバに屋敷に帰って、家族に相談したいと伝えて、席を立つのだった。




